第43話 修学旅行前日ー2
「ねぇ、なんで先輩は今日あんなに驚いたの?ね、ねぇってばぁ。むぅ」
いよいよ明日から修学旅行という、殆どの生徒は楽しみにしている行事が始まる。
その前日の部活は、予想はしていたが、2年生はやはり欠席が目立った。
修学旅行に行く前に、最近俺と距離を置いている村山を掴まえて、最近どうよ?みたいな話でもしておきたかったのだが、村山も欠席していた。
福崎先生も広島市内へ出張とのことで、なんとなくダラけた感じで修学旅行前日の部活を終え、1年生だけの間の部活は大丈夫かどうか、少し不安を抱きながら帰宅しようとしていたら、下駄箱で俺を待ち受けていたのが若本だった。
そして開口一番、部活始まりの時に若本から声を掛けられて俺が凄まじく驚いたことを追及してきたのだった。
(広田さんに、若本のことが好きになった、どうすればいいかな、って相談しようとしとったんじゃけぇ、驚くしかないじゃろ…)
でも他の部員はもうとっくに帰ってるのに俺の帰りを待ち受けていたなんて、やっぱりもしかしたらもしかするのか?いや、単に疑問を解消したいだけかもしれないんだから、簡単に若本も俺に気があるなんて思っちゃいけない、いけない…
「だって…アレは若本の不意打ちじゃもん。背後から気配もなく忍び寄られちゃ、誰だって驚くもん」
「え?アハハッ!だって…何々じゃもん、だなんて先輩からなかなか聞けるセリフじゃないね!ちょっと先輩、可愛いよ?」
と若本が俺と並んで歩きながら、満面の笑顔を見せた。
「年上男子を可愛いなんて言うな〜」
とか言いつつも俺は内心、満更でもなかった。俺の中で、若本の存在感がガンガン増していく。
「でもええでしょ?ブサイクとか言われるより」
「いや、そりゃそうじゃけど」
「それより先輩、明日からの修学旅行、楽しみでしょ?お土産、待ってるからね!」
若本は本当に何かしらのお土産を期待している風にニコニコしている。
「あー、そう言えば修学旅行ってもんが明日から始まるんよなぁ…。あー明日の今頃はー…何処におるんじゃろ」
そんなに修学旅行に乗り気じゃない俺は、つい気のない返事を若本にしてしまった。
「え?修学旅行って、高校生活最大のイベントでしょ?なのに上井先輩はあまり楽しみじゃないの?」
「んー、修学旅行に行くくらいなら、居残りして11月の吹奏楽まつりの曲練したい」
「なんですと!先輩、なんでそんなに行きたくないの?」
若本は不思議そうに聞いてきた。
修学旅行は普通なら誰もが楽しみな学校行事だろうが、クラスでは少数派に属する俺には旅行中にワクワクするイベントなど期待できそうもない。去年の江田島合宿で身に沁みて分かっている。
せいぜい普段から絡んでる大下、青木、三井といった男友達とクダ巻いて3泊4日を過ごすだけだろうな。
いや?そう言えば三井は修学旅行で田川に仕掛けるようなことを言ってたな…。
でも普段からあまり会話などしてないのに、快活で男子の前でも平気で下ネタ上等な田川女史に突撃しようなんて、三井には勝算はあるのだろうか?
「うーん、黙り込んで考え込んじゃった、先輩が。本当に修学旅行に行きたくないんじゃね。アタシが代わりに行ってあげよっか?」
つい同じクラスの三井の心配をしていたら、若本は別の捉え方をしたようで、少し重くなった雰囲気を明るくするためか、明るい口調で話し掛けてくれた。
「あ、ごめん。ちょっとクラスの友達のことを考えてしもうて」
「先輩のお友達?修学旅行と何か関係あるん?」
「まあね。かなり前から、同じクラスの…田川さんって分かるかな、その女の子のことが好きな奴がいてね。修学旅行で勝負を掛けるって言いよったんを思い出して」
「田川先輩なら、アタシも分かるよ、有名人だよね?先輩と同じクラスなんじゃね、凄いじゃん!」
「え?田川さんって、有名人なん?」
「うん。放送部の部長さんでしょ?生徒会役員もやってるし。昼休みの放送で田川先輩が担当の時はハズレがない、ってアタシ達の間でも有名じゃもん。偶にお見掛けするけど、いつも爽やかな感じで。ファンが多いんじゃないかな〜って思うなあ、アタシは」
田川ファンが多い?初耳だったが、あの爽やかさと豪快さを併せ持つ気さくな人柄だと、確かにファンは多くても納得出来る。俺とは正反対だもんなぁ…。
「そっかぁ。1年生にも知れ渡ってるんなら、俺のクラスの友達は勝ち目薄いかもしれんね」
「うーん、そこら辺まではアタシは分かんないけど、逆に告白してみたら案外スムーズにOKがでるかもしれないよ?先輩のお友達さんに、頑張れって言ってあげれば?」
「そうじゃね。玉砕覚悟で仕掛けてみろ、って伝えてみるよ」
「そしてお友達の心配をする上井先輩は、修学旅行で狙っとる女子の方とか、おらんの?」
「はい?」
「例えば…末田先輩を狙うとか」
そんな存在はいないから、修学旅行など気が乗らないってのに。しいて言えば春先にクラリネットの太田から匂わされた、大谷さんって名前のクラスメイトの女子はいるが、その後なんの行動も起こせていないし、先方からもアクションはないし、この先も何もないだろう。それになんで今更末田を狙わなくちゃいけないんだ。俺の微かに残った恋愛に対する気持ちは、若本へと向かっているのに。
「末田さんに告白って、そんなの突然過ぎて失敗するに決まっとるじゃろ。お互いになんで?って思って余計に気まずくなるだけじゃってば」
「そっか。上井先輩と末田先輩はクラスが同じじゃったね。でも他の吹奏楽部の女子の先輩とか、同じクラスの女子の方とか、先輩は心動かされんの?」
俺の心を揺さぶっている張本人が何を言うんだってば!
「うーん…。吹奏楽部の同期の女子は、良くも悪くも恋愛対象じゃないよ、俺は」
俺は巧みに、『同期の女子』というキーワードを織り込んで返事した。
「そうかぁ…」
「既に失恋相手が同期に2人おるし、それ以外の女子はみんな彼氏持ちじゃけぇ、俺が入り込む余地は同期女子にはないよ」
「噂には聞いてたけど、一つ上の先輩方って、殆ど恋人持ち?」
「じゃないかな?女子の場合は…。男子はまず、俺は募集中」
「募集中かぁ。でも先輩は自分から動こうとかは…?」
なかなか痛い所を付いてくるなぁ、今日の若本は。
「むむ…。募集中…じゃけど確信が持てないと動けなくなっちゃった、かな?二度の大失恋で」
「確信ねぇ。先輩が確信持てるようになるのを、アタシも祈ってるからね!じゃ、明日から気を付けて…ね、先輩」
色々話しながら来たら、若本家の前に着いた。
「あっ、ああ…。ありがと」
「アタシは先輩の味方じゃけぇね!元気出してね!では今日もお疲れ様、先輩。バイバイ!」
若本はそう言って自宅玄関へと消えていった。
俺は若本の心中を推し量っていた。
(どう考えても、俺に彼女が出来る可能性の有無を探っとるとしか思えん…。大体、俺みたいに親しげに話し掛けとる2年生はおらんし。最後はバイバイ!だ…。こんなの、親しい間柄じゃないとやらないよな?)
考えれば考えるほど、若本は俺に気があるんじゃないかとしか、着地点が見付からなかった。あとは俺が若本に対して告白しても大丈夫か、って確信を持てるのかどうか?だった。
(その辺り、修学旅行から戻ったら見極めて…)
<次回へ続く>
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