第41話 体育祭後の帰り道

「まさか体育祭の帰り、若本殿と一緒に帰ることになるとはのぉ」


「ははぁ、ワタクシも兄上と帰るつもりが、福崎先生と兄上の話が尽きぬようでござるため…」


「…む、無理っ!ハハハッ」


「うーん、せっかく頑張ったのにぃ!上井センパイってばぁ〜」


 俺は体育祭後は部活後恒例のミーティングも無しにし、楽器を片付けて着替え終わった者から帰ってもよいと閉会式の時に指示を出していた。昨年度もそうだったし、逆に今年度はミーティングをしようとしたところで自分自身の動きが自分自身で読めなかったから、流れ解散で良かったと思っている。


 ただ2期生の若本先輩を兄に持つ後輩女子の若本が、最後まで音楽室に残るとは想定外だった。


 俺は音楽室の鍵を締めるため、若本はお兄さんが福崎先生との話が終わるのを待つため、部員がどんどん帰る中、最後まで音楽室に残っていたのだった。


 結局まだまだ話は終わらないから、俺も若本も先に帰れと言われ、2人で帰途についたのである。個人的にはラッキーな展開ではあるが…


「でも先輩、兄から体育祭の途中で聞いたんじゃけどね、アタシが前に先輩に言ったことを、直接兄に聞いたとか…」


「ああ、俺が真面目に聞いたら笑い飛ばされたよ!一教師がそんなこと出来ないって。若本はなんで俺にあんなこと…お兄さんはブルマを廃止する為に教師になるなんて言うたん?」


「うーん、女子の体操服…ブルマって、昔から穿いてるけど、やっぱり高校生にもなると少し恥ずかしくって。男子が興味を持つのは仕方ないけど、でもなんか特に上井先輩には、アタシのブルマ姿をあまり見られたくないって思ったの。それで…」


「お兄さんは教師になって女子のブルマを廃止すると言っている、そう言っておけば、せめて俺は厳しい兄を持つ若本のブルマ姿は意識的に見ないようになるんじゃないか、って考えに至ったんじゃ?そうじゃろ?違う?」


「さっすがぁ!アタシが50言えば、100まで話を繋げてくれるね!先輩は」


「うーん、でもさぁ、やっぱりよくよく考えたら、教師になって女子の体操服を変えるなんて、おかしな話じゃろ、よう分からんけど。そんなのは教育委員会とか、PTAとか、そんな所で決めるんじゃないんかな。大体、なんで俺限定でブルマ姿を見られたくないん?」


 少し俺は核心を突いた気がした。若本は少し表情を固くしつつも赤みを帯びた顔で


「あっ、アタシの太い足を、上井先輩には見せたくなかった…の」


 と、隠れていたような本音らしきことを呟いた。


「太い足を?若本の足なんて、普通の足じゃろ。若本の足を大根とか言うたら、誰とは言わんがスーパー大根と呼ぶべき方が多数…」


「んもう、先輩ってば、何言ってんの!…でも、ありがと。ちょっと嬉しいかも」


 若本はこれまで俺に見せたことのない、可愛くも照れた表情をしていた。

 その表情が、俺の心に刺さる。


(うわ、こんな表情されたら、ますます惚れてまうやろ…)


「じゃ、じゃあ、若本先輩が言ってたという幻のブルマ廃止話は、若本の俺に対する牽制?照れ隠し?という結論でOK?」


 俺も何度もブルマという単語を口にするのは恥ずかしい。そろそろ打ち止めにしたかった。


「うん。認めなくちゃね」


 だがもう一つ…


「だけど、俺に対する牽制は良いとして、他の男子に対しては、特に思うことは無かったん?」


 最後に残った俺の疑問だけはスッキリさせたかった。


「…多分ね、上井先輩って、アタシがこの高校に入ってから、一番沢山の時間を共有してる異性だから。だから、なんか他の男子とは違うの」


 少し照れながら若本は俯き気味にそう言った。


(ちょっと待ってくれ、そんなこと言われたら…)


 俺の中で燻っていた若本に対するモヤモヤした気持ちが明確になってくる。こんなことを言われると若本が好きだ、すぐにでも告白したい!って思ってしまうじゃないか。


 だがこんな会話をしている内に、そろそろ若本家が近付いてきた。


「あっ、う、上井先輩!あの、今話したこととか、他の子には言わないでね?」


「え?う、うん。言わんけど…具体的には何?」


 なんだろう、俺が他の男子とは違うってことか?


「アタシが女子のブルマについて、延々と先輩と語りながら帰ったこと」


「なっ…」


「エヘッ、先輩ってばなんか緊張しよるんじゃもん。こっから先は、緊張せんと帰ってね!じゃあ先輩…バイバイ!」


 若本はそう言うと、俺の方を一度だけ振り向いて手を振って、自宅へと駆け出して行った。


「えっ?わ、若本?」


 若本はそのまま行ってしまった。


 だが取り残された形の俺の心の中は、体育祭の疲れなど吹き飛んで、一気にテンションが上がっていた。


(今の、なんなんだ?幻か?いや、若本があんなに俺に積極的に話してくれたなんて、脈ありじゃろ?脈なしじゃとは思えん!)


 ひょっとしたら昨年、伊野沙織にフラレてから封印していた恋愛に対する積極的な気持ちが動き始めたかもしれない。


(でも浮かれるな、俺。去年だって絶対脈ありだと思った伊野さんにフラレたんじゃけぇの。慎重に進めんと…)


 俺1人で突っ走ると、絶対にまた失敗する。強力な味方を援軍に付けなくては…。


 そこで俺が考え付いたのが…


<次回へ続く>


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