第40話 体育祭後で -神戸視点-

「えーっと…今の状況は?」


 上井くんが遅れて音楽室にやって来て、大村くんにそう聞いた。でも広田さんから聞いてたほど遅くならなかったから、生徒会室ではそんなに後始末みたいな仕事はなかったんだろうな。


「お疲れさん、上井。楽器片付けて着替えた部員は帰ってええよ、って言うたんじゃけど…マズかったか?」


 大村くんが上井くんにそう言った。思ってたより早く音楽室に来た上井くんだけど、もう帰った部員もいて、音楽室内に残っている部員は少なかった。


「いや、それでええんじゃけど…。アイツらに冗談は通じんかったか~」


「アイツら…って、上井が残れって言った1年の女子のこと?」


「ハハ…。まあね」


「俺も上井がそう言ったのは見とったけど、アレは上井なりの冗談じゃろうと思って、彼女らにも着替えたら帰ってええよ、って言うたんよ、俺。まあ彼女らって言うても、いつも上井をイジッとる神田と赤城と若菜じゃろ?フォークダンスの後に上井に茶々を入れたのは。じゃけぇ帰ってもええよ、って言ったら、火曜日に上井センパイに怒られる〜とか、本気か冗談か分からんことを言いながら帰ったよ」


 確かに1年女子の中でも大村くんが言った3人は、良くも悪くも上井くんとよく喋ってるんだよね。あとは若本さんが上井くんと仲良しかな、バリトンサックス経験者同士で。


 その中でも若菜ちゃんはアタシも同じ中学だけど…。


 だけど、アタシとは殆ど話したことがない。話し掛けてもくれない。


 途中入部した時だけ、挨拶してくれたけど。


 中学卒業直前にアタシが上井くんをフッたこととか、きっと去年の体育祭を観に来た横田さん、森本さんから聞いてるんだろうな。


 だからアタシは、中学校の吹奏楽部で後輩の女の子からは憧れの先輩だった上井くんを、いつの間にか奪ったクセに、バレンタインの直前に捨てた女って思われてるんだろうな…。


「どしたん、チカ?」


 上井くんと大村くんが会話してる所からちょっと離れた所に立っていたアタシに声を掛けてくれたのはマミ。


「えっ…。どうもしてないよ」


「まーたそんなこと言うとる。アタシの前でくらい、素直になりんさいや。チカの顔見りゃ分かるよ〜」


 まだマミは体操服のままだった。クラリネットもまだ解体していなかった。どっか行ってから、音楽室に来たのかな。アタシは先にクラリネットも片付けて着替えちゃったけど。で、アタシの顔がどうなってるの?


「せっかく上井くんと、お互い驚くような堅苦しい文面ではあったけど、手紙の交換が出来た。アタシも上井くんの真意を聞いて、チカに告げた。じゃけぇチカは、本当はその辺りも含めて上井くんと一度直接話してみたい、だけどやっぱりアタシから声を掛けられない、上手くいかないわ。って顔!」


 マミは微笑みを浮かべながらアタシに告げた。

 敵わないわ、マミには。確かにそれがアタシの今の本音だもの。


 お昼休み後にマミが上井くんとお話しして、アタシの今の気持ちを間接的に伝えてもらったり、上井くんの本音らしき気持ちを教えてもらったりして、上井くんからの堅苦しい手紙の理由は分かった。


 やっぱりアタシの想像通り、アタシからお別れを告げるキッカケになった上井くんからの手紙、そしてアタシが実際にお別れを告げた手紙が、今でも上井くんの心の中に重石になっているんだと。


「上井くんと、形は変じゃけど、直接1対1でやり取りしたんは、別れた後は初めて?」


「えーっとね…」


 どうだったっけ。末永先生のお陰で別れてから1年ぶりに話せたことはあったけど、あの時も末永先生や笹木さんのお陰だったし。2年生になってから何度かお話はしたけど…会話のやり取りしてるってよりも、業務上仕方なく部活のこととかを話してた感じだから、やり取りとは言えない。

 やり取りっていうのは、マミみたいに上井くんを強引に掴まえて会話したり、若本さんみたいにちょっとイタズラを仕掛けたり…そういうものだと思うし。


 …お付き合いをしていた時から2年も経った…なのか、まだたった2年前なのか分からないけど、アタシから見た上井くんはいつも一生懸命に頑張ってる。あの頃と変わらずに。


「…チカ?考え込んじゃって、大丈夫?」


「あっ、ごめんね。アタシらしくもなく、上井くんとお付き合いしてた頃を思い出しちゃってた」


「なんでチカらしくない、とか言うの?」


「え…」


「別に上井くんが彼氏だった時を思い出したっていいじゃん。思い出は思い出として、大切にしとりゃあええじゃん。それとは別に、現在進行系の彼氏は別にいる、それでええんじゃない?違うかな?」


「思い出ね…。うーん…」


 高校に入学したばかりの頃、間違いなく上井くんはアタシのことを嫌ってたし避けてた。でもそれだけされても仕方ないことをしちゃったんだから、アタシは我慢した。

 今は露骨に嫌われたり避けられたりすることはなくなったけど、積極的に会話する、お付き合いする前のような関係…には戻れていない。


 戻りたいの?とマミに聞かれたことがあったけど、やっぱり運命のいたずらでこんなにお互いに近い環境にずっといるんだから、どっちかと言えば昔のように…お付き合いする前の頃みたいにお喋りが出来ればいいな、って答えたことがある。


 でもお別れの手紙には、これからはお友達として…って上井くんに書いたけど、そんなの無理だって、痛いほど現実を突き付けられてきた。

 アタシの行動を見れば、当たり前。

 逆の立場ならアタシだって怒るだろうし…。


 いつしか上井くんは大村くんとの話は終わって、打楽器の広田さん、宮田さんと話していた。


「…上井くん、お疲れ様!今日は大変じゃったね」


「ううん、みんなのお陰で、なんとか持ち堪えられただけじゃけぇ」


「でも上井センパイ、またダウンしちゃあいけんよぉ。明日はしっかり休みんさいね」


「宮田さんにまで言われてしもうた」


 打楽器3人組が、仲良さそうに笑いながら話してる。上井くんと広田さん、本当にいい関係だな。


(アタシもあんな風に上井くんに話し掛けられたらなぁ)


「チカちゃん、上井も来たし、他の部員も大半帰ったし、俺らもそろそろ帰ろうか?」


 大村くんが現実世界にアタシを呼び戻してくれた。


「あっ、そ、そうじゃね。じゃあ一応上井くんに一言言ったほうが…」


 アタシは上井くんと会話するキッカケにしようとしてそう言ったら


「ああ、そうじゃね。俺、言うとくよ」


 大村くんはそう言って、打楽器の方へ少し体を向けて、上井〜、俺らは先に帰るよ、と声を掛けていた。上井くんもお疲れーと返していた。

 アタシはまた上井くんに声を掛けるチャンスを逃してしまった…。


 いつ、普通に、自然に上井くんに声を掛けることが出来るだろう、アタシは。でも一生無理なのかな…。


<次回へ続く>

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