第39話 閉会式後(体育祭その10)
「はい、皆さんお疲れ様でした!無事に今年の体育祭での演奏も終わりましたので、楽器を片付けて着替えたら、今日はミーティングなしにしますので、帰っても大丈夫です」
はい!と部員達から声が上がる。閉会式も滞りなく無事に終わり、今年度の吹奏楽部の行事も半分終わった。後半は11月の吹奏楽まつり、年末のアンサンブルコンテスト、2月の地域の吹奏楽フェスティバル、そして3月末の第2回定期演奏会が主だった予定になる。
「あっそうそう、1年女子でさっき俺を冷やかした女子は、帰らずに残るように!分かったね?」
えー、何を本気にしてんですかぁ!とブーイングが飛んだが、俺はあえて無視して打楽器の片付けに入った。
もちろん冗談のつもりだからだ。
だから言い方も、少し冗談っぽくしたつもりだったが、本気に受け取られていたらどうしよっかな…。
「ね、上井くん」
「え?あ、広田さん」
シンバルを袋詰めしていたら、広田から声を掛けられた。
「お疲れ様。今年は生徒会役員の仕事も兼ねとるけぇ、アタシ達が思うとる以上に疲れたじゃろ?」
「うーん、そうかも…ね。今は気が張っとるけど、家に帰ったら抜け殻になるかもね、なんて」
「フフッ、抜け殻ね。でもまだこの後、生徒会役員の仕事があるんじゃろ?」
「まあ、多分…。所属委員の仕事はもうないけど、全体的な反省会とか何かあるんじゃないかと思うんよ。今のところ特に何も指示は受け取らんのじゃけど」
「そうなんじゃね。じゃあ生徒会の動きはよく分からんけど、とりあえずアタシ達で打楽器は片付けとくけぇ、先に生徒会室覗いて来んさいや。で、何もなければ音楽室に来てね」
「えっ?そんなん、頼んでもええの?」
「うん。上井くんは疲れとるって噂を聞いたけぇね、それくらいは。まあ噂だけじゃなくて実際そうじゃろ、ってシーンもアタシは見とるけどね、フフッ」
広田が女神に見えた。横にいる宮田も、ウンウンと頷いていた。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうとして…」
「副部長の二人にもそう言うとくけぇ、音楽室には慌てずに来てね」
俺が懸念したこともすぐ察してくれ、そう言ってくれた。広田から触れてくれたが、前に音楽室で寝落ちしていた時もわざわざ起こしに来てくれたし、こんなよく気が付く女の子が彼女だなんて、大上が羨ましいぞ、この野郎。
「じゃ、色々迷惑掛けるけど、よろしくです」
「はーい。じゃ、また後でね〜」
俺は広田と宮田に手を合わせて感謝しながら、少し横目で若本と神戸と野口の様子も気にしつつ、生徒会室へ向かった。
…気のせいだろうが、神戸の表情は今日見た中では、一番スッキリしていたような気がした。
若本妹は変わらず。若本兄先輩に閉会式前の話の続きを尋ねたかったが、福崎先生と話し込んでおられて、更に俺も時間的余裕がなかった。
(後でまたお話出来ればええんじゃけどなぁ…)
と思いながら少し急ぎ足で生徒会室へ向かったところ、
「よぉ、ウワイモ!お前も先に生徒会室に行ってこい、って言われたんか?」
山中が後ろから追い付いて話し掛けてきた。体育祭ではお互いに違う仕事をしていたので、話すのは今日初めてだ。
「イモは余計じゃっつーの!山中もトロンボーンは誰かに頼んだん?」
「まあな。ボーンは、バリサクやシンバルやティンパニーと違うて運びやすいけぇ、高橋さんに頼んだんよ」
「俺のこれまでの担当楽器を個別に名指しせんでもええやろ。でも山中もお疲れさん。結局自分の出番以外は、ずっとグランドのゴミ拾いじゃった?」
「まあな、ちょっと足腰に来とるかな」
山中は美化委員なので、体育祭の最中は自分の出番以外は、グランドのゴミ拾いに回っていたのだった。
「でもテントの中でジッとしとるより、目の保養にはなった。それが役得じゃったな」
「目の保養…?」
そこへ山中の上司、美化委員長の渡辺先輩がやって来た。
「山中くーん、お疲れ様!って言おうと思ったんじゃけど、聞こえちゃったー。目の保養って何かしら?」
「わっ、渡辺先輩!」
渡辺先輩も俺は偶にしか会わないので、体操服姿は初めて見る。目の保養という山中の一言が聞こえたようだが、既に何かを企んだような微笑みを浮かべているので、もう山中の回答は渡辺先輩は分かってて聞いてるんじゃないか?珍しく山中も慌てた表情だったが…
…女子のブルマ姿、この一択しかないじゃろ。のぉ、山中…
「目の保養が出来たなら良かったねぇ。で、目の保養って、何を見たのかな?」
渡辺先輩はニヤニヤしながら山中を追い込んでいる。
(渡辺先輩も意地悪じゃなぁ…)
そこへ
「上井くん!お疲れ様」
「あ、静間先輩。お疲れ様です!」
後ろから静間先輩も俺を追い掛けるように小走りでやって来た。
「あっという間に終わったでしょ、体育祭」
「そうですね…。何だか身の回りが落ち着かなくて、結果的には先輩が言われる通り、気付いたら終わってた、そんな感じです」
「やっぱりそう?帰宅部のアタシでも、去年同じことを思ったから、吹奏楽部の部長も兼ねてる上井くんなら、余計にそう感じるよね、きっと。あっ、吹奏楽部部長としての上井くんの働きを初めて見たけど、アタシの知ってる上井くんじゃなかったから、新鮮だったよ〜。カッコよかった!」
そう言って静間先輩はニコッと笑顔を見せてくれた。あーっ、ブルマ姿でそんな笑顔を俺に向けられたら…。しかも食い込み直しなんてしながら言わないで下さい〜
「あっ、上井くーん。照れとるじゃろ?」
予想通り俺の顔は真っ赤になっていた。
「あっ、いやっ、その…ですね、カッコいいなんて滅多に言われることはないもんで…はい…」
「ミッキーが上井くんのことを、ギャップが可愛いって言ってたのは、こういうところなのかなぁ」
「まっ、前田先輩ですか?」
「そう。さっきはペアの時間が少なくてあまり話せんかったけどね、ミッキーはクラスでは上井くんのことを、しっかりと練習に打ち込んだり、部員に指示出したりしとる時はカッコよくて頼もしい後輩って思うけど、オフの場面だとついからかっちゃう弟キャラみたいな存在、って言うとるんよ」
「は、はぁ、なるほど…。それがギャップってことですか」
フォークダンスでも3年7組の色んな女子の先輩方から俺の評価が下されたが、今静間先輩から聞いた話をベースに考えると、納得がいく評価だな、と素直に思った。って、弟キャラ?初めて聞かされたなぁ。
だがいくつか消化不良で残っていた俺の心の中の重石が、一つ取れたようだ。
背後から聞こえる渡辺先輩と山中の、教えてよ、いや教えられませんというナンダカナーなやり取りを聞きながら、俺と静間先輩は一足先に生徒会室へ入った。
「お疲れ様です!」
「お、上井くんに静間さん、お疲れー!」
岩瀬会長が先に来ていて、声を掛けてくれた。
「会長、今日はこの後、何かありますか?」
俺から聞いた。
「うーん、去年まではその日の内に反省会しとったんじゃけど、今年は後日改めて、にしようかと思うんよ。どう?静間さん」
「えっ?あ、そうだね~。みんな疲れとるもんね。会長、いいこと言うじゃん。明日が代休じゃろ。明後日かな、やるとしたら」
「そう。明後日の放課後にやろうと思うとるんよ。じゃけぇ今日は、みんなにコレを渡して解散とするよ」
岩瀬会長は冷蔵庫から冷えたポカリスエットを取り出して、静間先輩と俺にくれた。
「あ、いいんですか?」
「いや、風紀委員のマネなんよ。去年の石橋先輩の時もじゃけど、風紀委員ってちゃんと校内見回って報告にきた生徒にオレンジジュースのパックを上げとったじゃろ?じゃけぇワシもマネしただけなんよ」
岩瀬会長は少し照れながらそう言った。
「じゃあもしかしてこれ、岩瀬くんの奢り?」
「一応ね」
「やーっぱり会長になる人は一味違うね!ありがとう、遠慮なくもらうね。上井くんももらっちゃいなよ」
「あ、はい」
静間先輩はすぐに蓋を開けて飲み始めた。よっぽど喉が渇いていたのだろう。
その後も続々と生徒会役員が戻ってきたが、その都度岩瀬会長はポカリスエットを渡して今日は解散、明後日会議、と伝えていた。
(…気配り、だなあ。上に立つ者はあんな気配りが出来なくちゃな。俺はまだまだだな…)
吹奏楽部の部長としての自分を比較しながら、岩瀬会長を眺めていた。
「じゃあ上井くん、アタシ達も解散しよっか?アタシはもう着替えて帰るだけじゃけど、上井くんは吹奏楽部の仕事が残っとるんじゃろ?」
静間先輩はあっという間にポカリスエットを飲み干して、下敷きで火照った体を扇ぎながらそう言った。
(ブ、ブラジャーが透けて見える…。やっぱり静間先輩は清楚な、無地の白いブラなんだな…ってジッと見るな、俺!)
なんとなくザワザワとした胸騒ぎを覚えつつ…
「はっ、はい。後始末の点検に行かにゃあなりませんので」
「うん、分かったよ。もし風紀委員の関係で何かあれば、アタシしばらく残っとるから、安心して吹奏楽部に行っておいで。どーしても上井くんの力が必要な時は…校内放送かけてもらうわ」
「じゃあすいません、音楽室に…。会長、ポカリありがとうございました。何かあれば、マジで校内放送で呼んでくださいね」
そう言って俺は音楽室へ向かった。山中はまだ渡辺先輩と言い合いをしているようだ。逆に渡辺先輩の方が、ワザと山中で遊んでるような感じにも見えたが…。
(さてと。音楽室で色々と疑問を解決したいな。若本先輩、残っとってくれたらええんじゃけど)
俺はそう考えつつ、今日の締め括りの為に音楽室へと向かったが、そこで待ち受けていたのは…
<次回へ続く>
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