第38話 フォークダンスPart3・静間先輩、そして…編(体育祭その9)

「じゃあ、いつか続きを教えてね、上井くん」


「あっ、はい、何だか色々途中になっちゃいましてスイマセン」


 前田先輩とフォークダンスではお別れし、次の女子の先輩と踊る番になった。


 機材トラブルで2曲目と3曲目が入れ替わることになってしまい、今年のヒット曲ダンスを前田先輩とのコンビでスタートしたのだが、いきなり腕を組まれたのにはビックリした。誰もこんなこと、教えてくれなかったしなぁ…って、聞かなかった俺も悪いけど。


 曲は小比類巻かほるのHold On Meだったが、最初は男子がリードする腕組みで8歩歩き、次は女子がリードする腕組みで8歩あるく。その後腕組みは離してお互いの手を取り女子がゆっくりと一回転し、お別れの挨拶をしてから次の相手と、曲のリズムに合わせて再び腕を組む、そんなダンスだった。曲がロックな分、逆にダンスはスローテンポなのが幸いしたが…


 前田先輩にリードされるまま踊ったが、腕を組むのは俺の中の発想にはなかった。当然踊ることに精一杯なのと、腕を組まれた驚きとで会話は何も出来ず、中途半端に終わってしまったので、いつか続きを…となるわけだ。


「待ってたよぉ、上井くん!」


 さて次のペアになる先輩はどんな方だろうと思っていたら、なんと静間先輩だった!


「え?あっ、静間先輩!前田先輩の次でしたっけ?」


 フォークダンスが始まる時は、前方に見えた静間先輩だったが、前田先輩と続いていたとは気が付かなかった。間に他の女子の方がいたような気もするが…それだけ俺に余裕がない証拠だな、ウン。


「あー、ミッキーとのダンスに夢中で、すぐ前にいるアタシに気付かなかったんでしょ。後でお仕置きが待ってるから」


「な、何を言うんですかぁ」


「ウフッ、冗談よ。さ、アタシと腕組もう。ね?」


「はっ、はい」


 最初の村上さんという先輩みたいに、今日初めてお会いするような…予行演習で休んでなきゃ初めてではないのだが…とりあえず、面識がない方が相手だとそんなに意識しないが、前田先輩、静間先輩といった吹奏楽部、生徒会とで密接に関わりのある先輩が相手だと、却って異常に意識してしまう。


 その内曲のリズムに合わせて、静間先輩の左腕が俺の右腕に絡まってきた。


(わっ!こ、こんな近い距離…反則だ)


 これまで静間先輩とは、一度一緒に宮島口駅まで帰った時が、一番近い距離で接した記録だ。

 それを体育祭のフォークダンスという魔物は、いとも簡単に塗り替えてしまう。


「そうそう、上井くん、予行演習を休んだ割には上手いね。ミッキー相手だから、あっという間にHold On Meのダンスも覚えれたんでしょ?」


「いや、曲はロック調なのに、ダンスはゆっくりリズムだからで、前田先輩の影響はそんなに…」


「ミッキーは無関係って言いたいのかな?」


「いや、お世話になった先輩ですし、ゼロじゃないですけど」


 静間先輩、攻めてくるなぁ。俺は腕を組みながら、なんとかして割と目立つ静間先輩の胸に、俺の肘が当たらないように気を付けた。


「静間先輩は前田先輩と、クラスでは仲良しなんですか?」


「アタシとミッキー?まあ、普通に友達かな?どうして?」


「いや、クラスで前田先輩が俺のことを話したりするって、最初に踊った村上…さんだったかな、が言ってくれまして。俺みたいな奴について何を話して下さってるのかな、静間先輩は何か聞いたことはあるかな、そんな興味からです」


「そうだね~、ミッキーは上井くんのことってね……あん、もう次のペアに移るタイミングだよ。この僅かな時間じゃ、突っ込んだ話は出来ないね」


 確かに細かい話は出来るような時間はない。


「詳しくはまた後でね、上井くん」


 静間先輩とはそこでお別れになり、次の女子の先輩と踊る番になった。


(前田先輩も静間先輩も、消化不良だなぁ、なんか)


 だがどうやら静間先輩の後は、俺が知らない女子の先輩ばかりのようなので、予行演習に出てない分、自己紹介だけで済みそうだ。


 だが俺の顔は前田先輩や静間先輩のお陰もあってか結構知られているようで…


「あ、生徒総会で椅子から落ちた子だよね?」


「キミが噂の上井くん?ミッキーの話から想像しとったんとは違うタイプじゃね!」


「吹奏楽部の部長さんなんじゃろ?それで生徒会もやっとるなんて、よぉやるね〜」


「上井くんって、カッコいいというよりは、弟って感じね。守ってあげたくなるような…感じ?ぬいぐるみみたいな」


 などと次々とペアを組む先輩女子の皆さんから、俺が名を名乗ると、俺の評価が下された。


(一体前田先輩は俺のことをどんな風にクラスで話してるんだ?)


 まあ大体、否定的なことは言われなかったから良かったけど…。

 なんとか一通りフォークダンスを3曲目まで終えて、閉会式での演奏に向けて吹奏楽部のテントに戻ってきた俺は、早速口撃を浴びた。


「上井センパーイ!年上の女の人とフォークダンスなんかしちゃって、顔が緩んだまんまですよ!」


 最初にそう声を掛けて来たのは、ニヤニヤ顔の若本だった。既にバリサクは組み立てて、自席に座っていた。


「ど、どこが?業務をこなしてきただけじゃけど?」


 若本に変に思われるのは避けたかった。若本の顔を見れば、からかってるだけで本気じゃないのは分かったが、否定しておかないと…。

 だが他にも


「あー、デレデレの上井先輩だ!」


「ニヤニヤが止まらないって噂の上井先輩はどこてすか?」


 次々と1年女子から声が掛かる。なんでこうも俺だけ弄られるんだ。山中だって同じ環境にいたのに…。


「あー、今俺をからかった1年生の、特に女子!夕方楽器を片付けても帰らずに音楽室に残るように!話がありますので」


 えー、なんでですか!という声が上がったが、俺も本気で言ってる訳では無い。ただ俺だけ弄られて山中は不問なのが、悔しかっただけだ。


「ま、そういうことで。とりあえず今やってる紅白対抗リレーが終わったら閉会式向けのチューニングするけぇ、みんな準備しておいて」


 俺はそう伝え、自分の担当の打楽器スペースへと向かった。

 すると


「上井部長、お疲れ〜」


 という男性の声がした。


 誰だ?と思って声のした方を見たら、朝以来姿を見掛けなかった若本先輩だった。


「あれ、若本先輩!どっか行かれてたんですか?もしかしたら帰られたのかなとか思ってましたよ」


「いやぁ、みんなの演奏とか近くで聴きたかったんじゃけど、同期生が結構体育祭観に来とってさ。卒業して半年経っとるじゃろ?女子なんかすげぇ変身しとって、校舎の中をみんなでウロウロしたりしとったんよ。同窓会にはまだ早いけど、懐かしいもんじゃね、同期生って」


 …そう嬉しそうに話す若本先輩からは、若本妹が語る厳格な教師を目指す人間像は感じられなかった。普通の先輩というのも失礼だが、青春を楽しんでいる兄貴みたいな先輩だった。


「失礼ながら若本先輩…」


「ん?なに?」


「実は妹さんから、先輩がどんな先輩かっていうのをお聞きしてましてですね」


「え、そうなん?アイツ、なんか変なこと言ってなかった?」


「いやぁ、その…。変なことと言いますか、妹さんの話す若本先輩って、とても厳しくて、学校の先生になって思春期の男子を誘惑する女子の…体操服…ブ、ブルマを廃止する運動をするのだとか…それほど真面目なんだと。そういうイメージでしたから、俺はちょっと怖々と朝方話させて頂いてたんですけど、今お話しさせて頂いて、なんか妹さんが話すイメージとはちょっと違うな、なんて…」


 俺がそう言うと、若本先輩はしばらくキョトンとしておられたが…


「アイツ、俺のことをそんな風に上井くんに言ってるんだ?ハハッ、笑っちゃうな…っていうか、誰だ?それは、だよ」


「えっ?そっ、そうなんですか?」


「まあ、将来先生になりたいのはホンマじゃけぇ、大学も教育学部に入ったけど、なんで先生になって女子の体操服をどうこうなんて話が出てくるんだろうな」


 若本先輩は笑いながらそう言ってくれた。


「…となると…」


「俺、妹に対して女子の体操服?ブルマ?アレをどうこうするなんて一言も言ったことはないよ?妹の創作じゃろ。ったく、逆に俺が偏屈な人間に見られてたってことじゃな、上井くんには」


「あっ、いえいえ…。でも、なんでそんなことを言う…仰られるんだろ?ブルマに恨みでもあるのか?とは思ってました」


「恨みなんかないよ、ハハハッ!まあ確かに思春期の男子には目の毒じゃな、アレは。と言いつつ俺もさ、好きな子がいた時には、体操服姿見て、ドキドキしよったよ。それがアイツにはなんでそう伝わるかな。今日帰ったら聞いとくよ」


 若本先輩は豪快に笑い飛ばした。


 俺はチューニングが始まりそうだったので、一旦話は打ち止めにさせてもらい、シンバルの準備に取り掛かったが、若本先輩が不思議な先輩ではなかったことに安堵した反面、若本妹がなぜ兄は教師になってブルマを廃止すると言っているなどと、俺に言ったのかが、全く意味不明になっていた。


 福崎先生の指揮棒が上がる前にチラッと若本を見たら、特に変わりなく横の永野や伊藤と会話をしていた。


(なんか今日は消化不良なネタが積まれる日だなぁ…)


<次回へ続く>

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