第37話 フォークダンスPart2・前田先輩編(体育祭その8)

「良かった、上井くんとフォークダンス出来て。少し話せるもんね!」


「先輩、それは俺もですよ」


 3年生のフォークダンスで、男子補充員の俺は3年7組に入り、元吹奏楽部の前田先輩と踊れる順番が回ってきた。

 前田先輩と手を繋げるのは、ご褒美級の嬉しさだ。


(あ〜、前田先輩と久々に直接話せるのも手を繋げるのも幸せじゃけど、先輩は2学期になってからどんな過ごし方されたんじゃろうな)


「上井くんさ、予行演習の時はおらんかったよね?」


「あっ、はい…。体調を崩しちゃいまして」


「じゃけぇ、上井くんは3年7組の男子役にはならんかったんだな、って思うとったんよ。今日は会えて嬉しかったよ。でも体調不良なんて、まーた無駄な気遣いとかして、疲れが溜まっとるんじゃないん?」


「えっ。いやぁ…。俺は俺の出来ることをやってるだけなんですけど」


「上井くんは良くも悪くも…自分を殺しすぎよ?とか言うアタシも、合宿じゃ上井くんの優しさに頼っちゃったけどね」


 少し上を向いて、前田先輩はそう言った。


 そのタイミングで、1曲目のオクラホマミキサーが終わった。


「あ、1曲目終わりの相手が上井くんとは。次までもう少し話せるね」


「そうですね。2曲目ってなんですか?」


 一旦前田先輩と繋いでいた手を離して、向かい合った。周りは周りで盛り上がっている。そして男女で向かい合っているようだ。その体勢がどうも次の曲の始まりのポーズみたいだ。

 次の曲を待つ間、前田先輩にミッキー!その子って吹奏楽部の後輩くんでしょ?と、離れた所から声を掛けてくる女子の方もいて、前田先輩はそうよ〜、部長さんなんよ、部長!返していた。


「先輩、照れますよぉ。俺の事をクラスでも話して下さってるって、最初にフォークダンスのペアを組んだ村上先輩が教えてくれたんですけど…」


「あ〜、それは本当よ。上井くんのことはよくクラスで話すよ」


「いっ、一体どんなことを…」


「別に大したことじゃないよ〜。…でもね、合宿でアタシが上井くんに慰めてもらったことは…言ってないよ」


 前田先輩は、夏の合宿最終日の出来事を仄めかした。失恋した前田先輩を、何故か俺が慰めるハメになり、その流れで前田先輩が俺の唇に一瞬唇を合わせ、俺のファーストキスの相手になってしまったのだ。

 前田先輩は少し俯きながら俺にそう言ったのだが、その俯き方が、もしかしたらまだ失恋を引き摺っているのかも…と思わざるを得なかった。

 午前中の3年女子100m走では、遠目に前田先輩が見えたのだが、そんな雰囲気は微塵も感じられなかったから、不思議だった。


 しばらく2曲目が始まるのを待っていたが、なかなか始まらない。

 そのうち、


『えー、3年生の皆さん、フォークダンスの2曲目に用意して練習もしてもらっていた【キンダーポルカ】という曲のカセットテープが、デッキに巻き付いてしまいました』


 という、恐らく3年生の学年主任と思われる先生からの校内放送が入った。

 3年生は一斉に、なにそれーと笑ったり大騒ぎし始めたが、補充男子の俺を含めた2年男子はどうしていいやら分からず、みんな周りをキョロキョロと見回していた。

 俺の次に並んでいた大下も、困惑しつつ苦笑いというような顔で俺を見ていた。


「次のフォークダンスって、割と面白い動きだったんよ。上井くんは今日がぶっつけ本番じゃけぇ分からんと思うけど」


「はぁ、確かに。曲目聞いても、全くピンと来ません」


「でも待ってる間、上井くんと話せるね。それは少し嬉しいかも」


 前田先輩が、俯いていた顔を上げて、微笑みながらそう言ってくれた。


(この笑顔…。反則だよ。なんでこんな綺麗な女子をフルような男がおるんか、全然分からん!)


「俺も嬉しいのは嬉しいですけど、どうしても聞きたいな、ってことがありましてですね」


 と、俺は少しカマかけてみた。


「ん?なんじゃろ。って、白々しいかなぁ、やっぱり。例の…ことだよね?」


 と前田先輩は、さり気なくブルマの裾に指を入れ、少し食い込んでいたのか、ゴムを直していた。


(わ、俺の眼の前でそんなことしないで下さいよ~)


 あまりのセクシーさに前田先輩を直視出来ず、俺は少し横を向いてしまった。


「んっ?どしたん?上井くんからは例の事を聞きたいけど、言い出しにくい?」


 俺は違うんです、先輩がブルマ直しなんかするから…と言いたいのを堪え、


「まっ、まあ、そんなところです」


 と誤魔化した。


「じゃあ後日談!アタシから言うね。アタシを2回フッたアイツね、どうも他に好きな女の子がいたみたいなの」


「えぇーっ!」


 俺は思わず叫んでしまい、周囲の目が一斉に俺に注がれた。

 上井、どしたんや、何が起きたんやと周りのクラスメイトの男子から聞かれたり、3年7組の女子の先輩は、ミッキー、上井くんに何言うたんね~と前田先輩に尋ねたりしていた。

 俺はとりあえず、いやなんでもないから、と言いながら…


「上井くん、驚き過ぎだって!アタシまでビックリしたじゃん」


 前田先輩がちょっとホッペを膨らませながら言った。その表情もまた綺麗というか可愛いというか…


「あっ、スイマセン。でも、前田先輩以外に好きな女子がいるなんて、その男、贅沢ですよ。なんか腹立つなぁ」


「フフッ、ありがと。でももうそんな男のことは忘れたから。今は男より、受験の方が大切じゃけぇね」


 そんなことないでしょ、さっき先輩、凄く寂しそうでしたよ?と言いそうになった時、流石に待たされすぎと感じたのか、この先どうすんのー、という3年生の声が大きくなり、再びマイクが入った。


『あー、3年生のみんな、悪いけど、3曲目にやる今年のヒット曲から振り付けたのを先にやって、その後に2曲目をやることにする。悪い!じゃけぇ3曲目の体勢でもうちょい待ってくれ』


 3年生からは、笑いやしょうがないのぉという声が散発的に上がり、少しずつ体勢を変えていたが、俺は3曲目が何かも分かってないし、体勢も分かってない。つくづく予行演習ってのは大切なんだと実感した。


 まずは3曲目の今年のヒット曲は何かを前田先輩に聞かねばならない。


「先輩、今年は何を選んだんです?」


「あ、上井くんは知らないのか。あのね、小比類巻かほるの『Hold On Me』よ」


「え?結構ハードじゃないですか?」


「曲はね。でも振り付けなんて短期間で出来るもんじゃないけぇ、単純よ。去年も…マイレボリューションじゃったっけ、お互いの手をジャンプしながら叩くとかでしょ。今年も似たようなもんよ。最初はね…」


 前田先輩は周囲と同じように俺に立つよう言った。女子が右側に立ち、男子は左側に立つのが、最初の体勢だそうだ。

 ただその時に、男子は女子よりやや左斜め前に立たないとダメらしい。


「なんか、意味があるんですか?」


「上井くん、クラスの男子に教えてもらってないのかなぁ?」


 前田先輩は楽しげにそう言った。


 俺の頭の中には???が飛んでいたが、周りを見てみると、なんだか浮かれ気分で春模様のような、体育祭でカップル爆誕!みたいな…


「先輩、俺、クラスでは目立たん存在なんです。じゃけぇ3曲目の情報も、よう知らんのです。何をするんですか?」


「え?上井くん、生徒会役員に吹奏楽部の部長もしとるのに、クラスでは控え目なの?」


「意外でしたか?まあ、その方が俺の本来の姿と思ってもらってもええですよ」


 そう、俺は元々ポジティブというよりはネガティブな人間だ。

 この広島県へ引っ越して来る前に住んでいた横浜でも、小学校で確実に浮いた存在で、女子からは理由もなく嫌われていた。

 だから広島では生まれ変わってやる、そう思って父の転勤に同意して、横浜から引っ越してきたのだ。


「うーん、アタシはクラスでも部活みたいに面白い話をしたり、リーダーシップを発揮してるのかな、って上井くんのことを思うとったけぇ、意外だよ」


 前田先輩はちょっと不思議そうにそう言った。


「でも、他人様の前では本来の俺を出さない!明るく楽しい俺であること!を、モットーにやってきましたんで、全然気にせんといて下さいね、先輩!」


 若干俺は無理をしたかもしれないが、普段演じている自分に戻った…つもりだった。


 そうこうしている内に、小比類巻かほるのHold On Meを今から流すぞ、というマイクが入った。


「なんか、フォークダンスでここまで色々話すことになるとはね。でもアタシもあの男のことは全部は話せてないし、上井くんもまだアタシに言いたいことがあるんじゃないかな」


 前田先輩は、そう言いながら俺の右腕に左腕を絡めてきた。


「えーっ!?」


 周りを見たら、なんと全員同じようにしているじゃないか。一体何なんだ?


<次回へ続く>

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