第36話 フォークダンスPart1・村上先輩編(体育祭その7)

 結局去年も今年も、体育祭は身の回りが落ち着かない…ということを学び、俺は午後の部の競技を生徒会テントの下で眺めつつ、仕事をしてくれた風紀委員が報告に来てくれたら、お礼のジュースを渡して過ごしていた。その内、


「3年生全員によるフォークダンスを行います。3年生、そして助っ人の生徒は入場門に集まって下さい」


 という田川の声による放送が流れた。


「そう言えば上井くんは、結局フォークダンスの助っ人は何組にしたの?」


 椅子から立ち上がろうとしていたら、既にハチマキをキュッと締め直した静間先輩から聞かれた。


 生徒会の2年男子役員の特権、3年生のフォークダンスへの補充男子役が俺や山中、中下には当たっていたのだが、俺は夏休みに生徒会室に通ったご褒美で、岩瀬会長から好きなクラスを選べる権利をもらっていた。


 だが基本的には数字が同じクラスに入るのが原則だし、その原則を乱すと他のクラスに迷惑が掛かるので、俺は自分の2年7組と同じ数字のクラス、3年7組に入ることにしていた。

 末永先生もその方が助かる…と言っていたのが、かなり昔の出来事のように感じてしまう。


「あ、そうですね。先輩方にはご報告してなかったかも。末永先生に伝えただけで…」


「そうそう。まあ岩瀬くんは末永先生から教えてもらっとったみたいじゃけどね。で!何組に入るん?」


 なんとなく静間先輩の目がキラキラしているような、乙女の雰囲気を感じたが…


「あー、やっぱり原則を崩しちゃダメじゃと思って、3年7組に入ることにしたんです」


「わっ、ホンマに?アタシと踊れるかも〜じゃね!アタシの所まで上井くんが回ってきたら嬉しいな」


「な、なんか先輩、恋する乙女みたいですよ…」


「え?あっ、いや、いつも顔見とる同い年、同じクラスの男子と踊ってもときめかんもん。上井くんを含めた、2年7組の男子のみんなと踊れれば嬉しいな、新鮮だな、ってだけよ」


「うーん、ホンマです?」


「はいはい、ホンマ、ホンマ!入場門に行くよ!」


 そんな静間先輩とのやり取りを周りで見ていた生徒会役員の方々は、笑いを堪えているようだった。

 ただ生徒会役員で取り残される2年女子の面々だけは、テントの中でやや仏頂面で俺達の方を見ているような気がした。

 その中でも特に俺に鋭い視線を浴びせてきたのは、近藤妙子だった。


(わ…。近藤さん、なんか視線が冷たいよ…。なんでやねん)


 静間先輩とのやり取りが気に入らなかったのだろうか…だから女子って分からない。


「よぉ上井!お前、今日初めて見掛けた気がするぞ」


 そう声を掛けてきたのは、同じクラスの男子で、フォークダンス補充員ジャンケンに勝ち残った青山だった。


「え、100m走の時はおったじゃろ」


「そうかいの?まあお前も忙しそうじゃけぇ、これからの時間は年上女性のフェロモン嗅いで、元気になれや」


 そういう青山の目はギラギラしていた。


(みんなフォークダンスより、3年女子と触れ合える方に力点置いとるよな)


 俺は苦笑しながら、他の2年7組の男子と一緒に、3年の先生の指示のまま、3年7組の男子の列の後ろに並んだ。

 今年は人数計算はちゃんと出来ていたようで、男子が足りん!と騒ぎになることはないみたいだ。


「2年男子の諸君も予行演習しとるけぇ、大体フォークダンスの流れは分かっとると思うけど、分からんようになったら年上の女の子に、遠慮なく聞けや〜」


 恐らく3年生のフォークダンスの担当を務めたと思われる体育の先生が、マイクで最初に呼び掛けてくれた。

 そこで俺はハッと気が付いた。


(俺、予行演習に出とらん!何を踊るのか、よぉ分からん!)


 いよいよフォークダンス入場となり、ここで本日最初のパートナーとなる3年7組の女子の先輩と買おを向き合わせた。


「す、すいません、上井という者です…よろしくお願いします」


「あー、君が噂の上井くんね?」


「えっ、噂の?」


 そう言ってくれたのは、俺の中では初めてお見掛けする顔だが、先様に言わせるとアタシは君のこと知ってたよ、だそうだ。


「アタシは村上菜々子って言うの。ほら、吹奏楽部に前田って女子の先輩がおったでしょ?」


「はっ、はい」


「その前田…ミッキーってみんな呼んどるんじゃけど、アタシはクラス替えした時、そのミッキーの次の出席番号じゃったんよ。今もじゃけど」


 村上菜々子と名乗った女子の先輩は、初対面のはずの俺に対しても、まるで昔からの知り合いのように色々話し掛けてきた。


「そのミッキーから、上井くんのことをよく聞かされとったんよ。サックスに男子の後輩が2人入ったけど、1人は女遊びしてそうで、1人は純朴な少年っぽいって。上井くんは純朴な方だよね」


「は、はぁ…」


 なるほど、前田先輩はクラスの友達女子に、俺達のことをそのように話していたのか。しかし伊藤は女遊びしてそうって初めから見抜いてるなんて、前田先輩も流石だなぁ。俺が純朴ってのはどう捉えたら良いのか分からんけど。


 そのうち入場曲が掛かり、手を繋いで入場するように肉声で指示された。


(いやっ、俺がちゃんと踊れるかどうか…不安になってきたな)


「はい、上井くん。手、繋ごう」


「えっ、あ、スイマセン」


「フフッ、ミッキーが言う通りね。手を繋ぐだけなのになんでそんなに顔が赤くなってんの〜」


「いやっ、そのですね…」


「アタシをリードしてね!はい、入場するよ」


 女子の先輩がどのような順番で並んでいたのかは分からなかったが、多分背の順だろう。この村上という先輩女子は、俺と同じ位の身長で、前の方を見ると少しずつ背が低くなっていっている。

 この3年7組在籍の静間先輩は俺より背が低かったから、前方にいるはずだ。前田先輩も背は高いように感じるが、俺と並ぶと俺より少し低かったから、前方にいるはずだ。


 だが前の方をガン見することなんて色々な意味で出来なかった。なんとなく俯いた姿勢になってしまっていた。


(去年はこんなに恥ずかしくなかったのにな…。なんで今年はこんなに恥ずかしいんだろ)


「うーん、そう言えば上井くんって、予行演習で見掛けたっけ?」


「わわっ、俺ですか?」


 村上先輩が輪を形成するために俺と手を繋いで歩きながら聞いてきた。


「…実は俺、予行演習は出てないんです、スイマセン」


「ハハッ、やっぱりそうだよね?予行演習に出とったら、その時にもうアタシと踊っとるもんね?じゃ上井くんはぶっつけ本番かぁ。フフッ、アタシをリード出来るかな?」


 村上先輩は小悪魔風に聞いてきた。


「村上先輩、そんなに苛めんといて下さいよ〜」


「お、アタシの名前覚えてくれた?じゃあリード役は無理にやれとは言わないよ。アタシがリードするから、付いてきてね。でも所詮フォークダンスじゃけぇ、簡単だよ。最後のオリジナル以外はね」


 オリジナル…去年、渡辺美里のマイレボリューションを振り付けたものをフォークダンスに取り入れていたのを思い出す。

 そのタイミングで石橋さんと踊って、不思議な縁があるもんだって思ったなぁ。

 今年の曲はなんじゃろ?


「オリジナルはまた今年のヒット曲ですか?」


「そうそう。去年は確か、マイレボリューションだったよね。決め方は、各クラスから曲の候補を出して、クラスの体育委員が話し合って決めるんよ。上井くんは予行演習に出とらんけぇ、分からんよね?誰かから聞いたかな?聞いてなさそうじゃねぇ…。教えて上げたいような、秘密にしときたいような…」


 今日初めて会ったとは思えない村上先輩の態度、仕草に圧倒されていたら、各クラスの輪も出来上がり、入場曲が止まった。

 手は繋いだままなので、緊張で手汗が酷い。だが村上先輩は俺の手汗については何も言わなかった。年上女性ならではの優しさだろうか?


 緊張したまま待っていると、


「最初は多分上井くんも中学の時にもやってるフォークダンスだよ」


 と、村上先輩が言ってくれた。


「え?なんですか?…なんだろな」


 中学の時のフォークダンスかぁ…。

 神戸とギリギリ踊れたのがあの時は嬉しかったな。


「ダイジョーブ!アタシがリードするから」


 と、微笑んでくれた。

 俺は恋愛運には見離されているが、何故か優しくして下さる年上女性には、石橋さんとか静間先輩とか、縁がある。吹奏楽部の先輩女子も、フルートで陰口を言ってきた一部の先輩以外は優しい先輩ばかりだった。


 だけど勘違いして暴走しちゃダメだ。と、自分を戒めていたら最初の曲が始まった。


「あ!これなら分かります!去年も踊ったし」


 最初のフォークダンスの曲は、オクラホマミキサーだった。


「有名だもんね、これなら。じゃ、リード出来るかな?アタシを」


 そう言いながら村上先輩と体勢を組んで、前へ歩き始めた。


「多分この先、ミッキーとも踊れると思うよ。ミッキーは上井くんのことを本当に大事な後輩、って言ってたから、密かに上井くんと踊れないかな、って思ってたんじゃないかな」


「そ、そうなんですか?」


 確かに前田先輩は、俺のファーストキスな相手だ。1秒も唇を合わせてないけど。

 そう言えば夏の合宿での失恋の傷は癒えたのかな…。

 もし前田先輩と踊れたら、どこまで話せるだろうか…。


 そう思って前方を見ると、何人か前に、前田先輩がいる。


(順番が来ますように…)


<次回へ続く>

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