第34話 神戸の気持ちを推理する(体育祭その5)
「皆さん、プロムナードの演奏、お疲れ様でした。この後、吹奏楽部の演奏の出番は閉会式までありませんが、午後イチの部活対抗リレーという関門がありますんで、選抜されているメンバーの方はよろしくお願いしますね」
と俺はプロムナードでのマーチの演奏が終わった後、福崎先生が指揮をしていた場所で部員に呼び掛けた。何時もの調子で喋ったつもりだったのだが、シンバルを専用袋に収納し吹奏楽部テントの椅子へ立て掛けていると、右肩を叩かれた。
「はいっ?…痛ってぇ~。誰、こんな古典的な…って若本?」
俺の右頬に人差し指を突き刺したのは、若本だった。もちろん2期生の若本先輩ではなく、俺の後輩女子の若本だった。だが表情は俺を心配しているような表情だった。
「どしたん?バリサク、片付けた?まだやんか。手間掛かるから先に片付けてしまえば…」
「なんか、上井先輩、変だよ?」
「変?俺が?」
俺は普段と変わらぬ調子のつもりだが…。
「なんかね、さっきの先輩の喋り方って、心ここにあらず!上の空!って感じたんじゃけど、気のせいかな?」
「俺の喋り方が?うーん、そんなことは…」
でも朝から気になっていた件はある。そのことでもしかしたら俺自身が気付かぬまま、無意識に気持ちが何処かに飛んで行っていたのかもしれないが。
それは神戸千賀子への返事だ。
朝イチで見掛けた、覇気のない雰囲気。みんなが笑っている中、1人黙っていた姿。
(どう考えても、必死に書いてくれた手紙に対して何日も俺が返事をしとらんから俺のことも見れないし、部活の雰囲気にも心が乗らないんだろうな)
「そしたらやっぱりアタシの勘は正しいって思っちゃった」
「え?なんで?」
「だって先輩って、アタシがこんなイタズラしたら、いつも怒りつつ笑いながら、何か仕返しするもん。それが今はなんか戸惑ったような…上手く言えんけど」
「よぉ見とるのぉ…」
「ははぁ、上井先輩の弟子ですから」
「弟子って、落語家かよ」
「…ほらぁ、なーんか突っ込みに元気がないんじゃもん。何時もの先輩なら、今の返しの突っ込みは、力士かよっ!だと思うよ?」
「へ?なんで若本が俺の突っ込みを予想しとるんだか…。だけどそんな突っ込みの返しの言葉の違いだけで分かるもんかなぁ」
「だから、アタシは上井先輩の弟子なんですよ?師匠のことならお見通し!ね!」
だが俺自身、気に掛かる部分はあるのだから、後輩の中で一番俺と話している若本が何か雰囲気が違うと感じるのも仕方ないのかもしれない。
逆に若本の言葉が、神戸とのギクシャクした関係をスッキリさせて、次に進めと背中を押してくれているのではないか、そんな気までしてきた。
…後輩で神戸との関係について話してあるのが、同じ中学の若菜、橋本、新村、永野以外だと若本だけというのも、俺の中では特別感を持つ一因だ。
(今から神戸宛ての手紙書いてみるかな…)
「多分俺はさ…って、若本はもうおらんし」
既に若本はバリサクを片付け、1年生の女子の輪で次の競技は面白そうだとか話していた。
だが若本に、俺の中で燻っていた神戸へどう返事すればよいのかという気持ちを、ハッキリさせてもらえたような、気がした。
(生徒会室に少し籠もるか…。で、早目に大村にでも託そう)
「静間センパーイ!」
「ん?どしたんね、上井くん」
3年女子の100m走を終え、静間先輩は生徒会テントへと戻ってきていた。
「ちょっと俺、生徒会室に籠もりたいんですけど、大丈夫ですか?」
「え?なんで〜。風紀委員の仕事はどーすんのー。アタシを1人にして何すんのー」
珍しい口調で静間先輩が返してきたのに少し俺は戸惑ったが、これは以前色々話しながら宮島口駅まで帰って、俺との距離が縮まったから…だろうなと思うことにした。
「いや、プログラム見ると、3年女子の出る競技は午前中はもうないじゃないですか。だからちょっと先輩に頼って…」
「抜かり無いねぇ、上井くんって。じゃあ昼からはしっかり頼むよ!」
「勿論です!じゃ、スイマセン、しばらくの間、私を探さないで下さい…」
静間先輩の、耐えきれず笑い出した声を背に受けながら俺は校舎内の生徒会室へ向かった。
(あ、封筒とか便箋とか持っとらんな…。まあ何かあるじゃろ)
生徒会室は鍵が掛かっていたので、一旦職員室へ鍵を取りに行き、その後俺1人で生徒会室に籠もって、出来れば昼休みにでも神戸への手紙を大村に託したかったので、急いで文面を考えた。
因みに封筒と便箋は、生徒会長が使う公的な文房具類の中にあったので、それを借用した。
(…何書けばええんじゃろ)
俺は神戸への返事を書くとは決めたが、どういう文面にするかは殆ど考えていなかった。
(まあ…体調を気遣ってくれとったんと、大村との関係で迷惑掛けとるとか書いてあったよな…)
それより俺は、物凄い他人行儀な文面だったことの方が強く印象に残っていた。
だから返事を書くとしても、いきなり2年前のように砕けた文面にするわけにはいかない。
これまで時々会話はしたとは言っても、殆ど関係が断絶していた相手だ。
慎重に返事を書かないとダメだ。
(…「神戸千賀子様」、と…)
宛名を書いたがその先が続かない。
(ん~~、出だしは何にするかな…)
迷ったが、神戸からの手紙はまずは俺の体調を気遣ってくれた手紙だったから…
(えーっと、「体調は大丈夫です」かな)
それらしき体調は大丈夫だという文面を書いた後、大村との関係についても触れた方が良いかと思った。
恐らく神戸から初めて、大村との関係について俺に対して言及してくれたからだ。
だからといって別れろ、と書けるわけもない。去年の今頃ならともかく。
もうどうでもいいし、俺の視界外で仲良くしてくれればいいや…
「ふー、こんなもんじゃろ」
俺は誤字脱字がないかを確認してから、手紙を封筒に入れ、大村を探すために生徒会室に再び鍵を掛け、吹奏楽部のテントへ向かった。
(結構大村はテントにおったよな、確か)
だがグランドへと向かいながら、俺はふと神戸の気持ちを推し量った。
(でも、俺こそこんな他人行儀な文面の手紙を神戸に渡して、ええんかな。俺が神戸からの他人行儀な手紙にショックを受けたような…そんなショックを受けたりしないかな)
神戸の心中を考えると、これまでの俺との歪な関係を少しは改善したい、そんな気持ちがあるのかもしれない。
俺自身、神戸に対して一生喋るものかと激怒していた時期は過ぎている。
だがわだかまりが無くなったといえば嘘になる。
いつまで経っても高校受験直前にフラレた時のダメージは、消えないからだ。
フラレただけではない、直後に同じクラスの真崎という、俺とは正直いって真逆の性格の男子にバレンタインのチョコを上げて付き合い出している。
せめて真崎にすぐ乗り換えてしまわなければ、神戸にフラレた原因は俺が誕生日プレゼントに付けた手紙の内容としか思えないのだから、こんなに神戸に怒りを覚えることもなかっただろう。
更には大村のことだ。
もう付き合い始めて1年以上経つんだから、俺なんかよりよっぽど神戸には相性が合う男なのだろう。
だが付き合い始めの頃を思い返すと、どうしても苛々してしまう。思い返さなきゃいいだけなのに。
だから神戸は手紙の中で、大村との関係でも俺に迷惑掛けてる、と綴っていた。神戸の中でも、俺に対する意識の変化が起きているのだろうか?
(その辺りが読めないよなぁ…)
大村との付き合いは続けながら、俺との関係も修復したいということなのだろうか。そんな思いを籠めての手紙だったのだろうか。
だけど俺だって一応元カレの範疇には入るはずだ。
いくら別れの手紙に
『これからはお友達として』
と書かれていたからって、じゃあお友達として…なんて無理に決まってる。
(なんか、思い返せば返すほど、腹立ってくるな。やっぱり神戸とはこのままの関係でいいや。3年でクラス替えがあるわけじゃないし、もう同じクラスになることもないし。部活の時間だけ我慢してりゃあいいや)
結局俺はウダウダと考えることをやめ、神戸宛ての手紙を託すべく大村を探した。
吹奏楽部のテントにいてくれ…という俺の願いは見事に叶い、ホルンの自席で1人で弁当を食べていた大村を見付けた。神戸と2人で食べてるわけじゃないんど…と一瞬不思議に思ったが、却ってこの方が俺には都合が良い。
「大村〜」
「ん?ああ、上井か。どうしたん?」
まずは当たり障りのない話から始めるか…
「今日は1人で昼飯?それともいつも?」
「ああ、チカ…いや、神戸さんといつも食べとるか?って質問?まあ答えは、今日は1人で、かな」
「やっぱりか」
想像通りだ。普段はクラスが別になったからとはいえ、2人で昼飯を食べているんだな。
「それがなんで今日は大村1人なん?」
「昼イチの部活対抗リレー、部長が忘れちゃいかんじゃろ。真っ先に俺を指名したくせに」
大村は苦笑いを浮かべつつ言った。
中学時代は陸上部で、高校でも続けるつもりだったのに、足の怪我で陸上部で上位入賞を狙うのは難しくなり、断念したのだった。
だから俺は吹奏楽部に大村を誘ったんだった。
因縁めいてるよな、やっぱり。
「そ、そうじゃったね」
「じゃけぇ、とっとと食べてウォーミングアップをしようと思ってさ。ここにいるわけ」
「そっか、悪かったね。野暮な質問で」
「俺より、上井こそ昼飯は食うたんか?」
「俺はまだじゃけど、大村に頼みがあって…」
「リレーで2回走れとか?それは勘弁してくれよ」
「違うよ。…これを、もう1人の副部長に渡してほしい…」
俺は手紙を大村に託した。大村は怪訝な目で手紙を眺めていたが、どうやらこの前神戸から俺に渡された手紙の返事らしい…と悟ってくれたようだ。何しろその時も大村がメッセンジャーだったのだから。
「なんとなく宛名でこの手紙の位置付けは分かったよ。じゃあ早速渡してくるよ」
大村は手紙を持ち、すぐに立ち上がった。
「い、いや、そんなに焦らんでも…」
「焦るな、って言ってる上井が一番焦っとるじゃろ?昼飯も食べずにこれを書いたんじゃろうから」
大村には心が読まれていた。
「な、なんか大村には敵わんな〜。じゃ、頼んます」
「おう。ま、向こうはクラパートで昼飯食べとるはずじゃけぇ、サッと渡してくるよ」
大村はそう言って、音楽室へと向かった。
(大村が俺と神戸さんのメッセンジャーってのも…複雑やな)
大村の背中を見ながら、そう感じた。
<次回へ続く>
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