第33話 上井の気持ちを推理する(神戸視点・体育祭その4)
「はい、チカちゃん。手紙」
体育祭のお昼休みに、音楽室でクラリネットの女子のみんなとお弁当を食べていたら、途中で大村くんがぶっきらぼうにアタシに手紙をくれた。
「え?あっ、ありがと。誰から?」
「まあ、封筒の後ろを見ればええんじゃない?じゃあ俺は行くけぇ」
えらく素っ気なく、大村くんは音楽室から出て行ってしまった。
「あれ?大村くんにしては珍しいね〜。最近、大村くんとはどうなん?倦怠期?誰かに嫉妬しとるん?」
隣からマミ…野口真由美がアタシの腕を突付いてくる。
「えっ、そんなんじゃないよ、多分」
「神戸先輩って、大村先輩とラブラブですもんね!本当は今日も、アタシ達とじゃなくって、大村先輩とお昼を食べたかったんじゃないですかぁ?」
クラリネットの1年生女子で一番元気な神田さんがそう言ってくる。
「いや、そんなのは…ちょっと、ね」
実際にアタシと大村くんの関係は、彼が今でも積極的なこともあって、学校内に知れ渡るほどになってしまっていた。
特にアタシが1人でいたりすると、知り合いからは必ず
「あれ?相方は?」
と聞かれるし…。
(上井くんはオクテじゃったけぇ、こんな心配はせんでも良かったけど、大村くんは逆に他人の目を気にしなさすぎなんだよね)
アタシが抱える悩みの一つでもあった。
かと言って彼の性格を変えろだなんて、アタシが言う権利はないし。
「ねぇ、神戸さん。その手紙、誰から?」
太田さんが卵焼きを食べながら、聞いてくる。そりゃあみんながいる前で手紙なんか渡されたら、みんな気になるよね。そういうところ、大村くんのデリカシーのなさかもしれない。
「あっ、うん…。えっと…。え?上井くんからだ!」
アタシはまさか大村くんが昼休みに、クラリネットのみんながいる前で上井くんから預かったと思われる手紙をアタシに渡しに来たとは思えなくて、驚いた。
「えーっ?上井くん?」
「へ?部長からですか?わざわざ?」
「う、うん…」
もちろんみんな興味津々。そうなることを分かってて大村くんは昼休みにアタシに手紙を渡しに来たのかな…。
でもマミは、アタシを興味深く見るようなことは無かった。一歩引いたような感じだった。
「ねぇ神戸先輩!部長からの手紙って、もしかしてラブレターですか?」
神田さんが一番目を輝かせながら聞いてくる。そうよね、アタシの彼氏が、何故か上井くんからの手紙を預かって昼間に渡しに来るんだもん。恋愛に興味津々な年頃の女の子なら、気になってしょうがないよね。
「そんなこと、あるわけないじゃん。アタシが大村くんと付き合ってるの、上井くんは知ってるし…」
アタシは、予行演習を体調不良で休んだ上井くんを心配して書いた手紙への返事だと直感していた。
だけど、なんで今のタイミング?
あ、前から大村くんに渡していたけど、大村くんが今持ってきた、ってこと?
…なんか、謎が多すぎるよ…
「ねぇチカ、手紙気になるよね?どっかでコッソリと読んで、スッキリさせてきなよ」
敢えてかどうかは分かんないけど、マミが少し大きめな声でアタシにそう促した。
そう言ってくれたマミと目が合い、お互いに気持ちが通じた気がした。
「うん。じゃあみんな、ちょっとごめんね。すぐ戻るけぇ」
アタシはお弁当箱はそのままに、手紙だけ持って、音楽室の外へ出て屋上に通じる階段へ向かった。
去年までは屋上には出られないようになっていたけど、今年からは理由を申し出れば鍵を開けてもらえるらしい。でもまだ屋上まで出たことがある生徒には会ったことはなかった。
「えっと…」
アタシは少し震える手で封筒を開封し、便箋2枚を取り出した。
『 神戸 千賀子 様
前略、先日は手紙をありがとうございました。
予行演習では思わぬ発熱で休んでしまい、大村と神戸さんにご迷惑を掛けてしまい、申し訳ありませんでした。
自分は多分大丈夫です。
熱も一時的なものだと思います。
それより、俺のことなんか気にせずに、大村と仲良くして下さい。
以上
上井 純一 』
封筒の中には便箋が2枚入っていたが、文章は1枚目にだけ書かれていた。
アタシは茫然自失な状態になった。言葉が出てこなかった。しばらく動けないままでいると、不意に涙が溢れてきた。
(アタシは、アタシは…)
そこへそっとやって来てくれたのが、マミだった。
「チカ、大丈夫?」
「う、うん…なんとか…」
「ウソでしょ。その顔見たら、大丈夫とは思えないよ…」
マミはそう言うと、アタシの肩を抱き寄せてくれた。
「マミ…」
「アタシも最近は上井くんと話せてないから詳しいことは分かんないけど、チカが上井くんに何かアクションを起こして、それに対して上井くんがさっきの手紙で、何らかの答えを返してきたと…。そんな感じ?」
「そうなの」
アタシは、体育祭の予行演習を休むだなんて余程のことだと思って上井くんに手紙を書いたこと、だけど親しみを込めた文体になんか出来なかったから他人行儀な文章になったこと、対して上井くんから返ってきた手紙も、物凄く他人行儀な、感情が籠もっていない手紙だったことを話した。
マミはしばらく俯いて考えてたけど…
「…返事が来たんなら、いいじゃん」
と、ポツリと言った。
「えっ…」
「チカと上井くんの間のこれまでの歴史…は大袈裟かもしれないけど、普通の高校生同士なら、もう絶交になっててもおかしくないと思うの」
「…うん」
「アタシが上井くんの立場に立ったら、自分をフッた女の子が次々彼氏を取り替えて上手くいってる、でも自分はなかなか彼女が出来ない…」
「……」
「しかも元カノの今カレは、自分が吹奏楽部に誘ったから入部した男子。これ以上元カノに負けちゃいられないって頑張って好きな女の子を見付けたけど、呆気なくフラレちゃった」
「…マミ…」
「そんな履歴の相手だよ、チカの元カレは。だからアクションしてくれるだけ、ええじゃん、ね!」
「…アタシって、改めて悪い女だよね」
「いや、悪いわけじゃないんよ」
「え?」
マミってば、言うことがコロコロ変わってない?どっちなのよ!
「チカはその時、その時の判断で、自分のための選択肢を選んだんでしょ?例えば上井くんのことがもう嫌いになったから別れたい、だけどもう少し我慢しようかな、でもやっぱり別れちゃおうか…で、別れる方が正しいと決断したんでしょ?中学校も終わろうかって時に」
理詰めで来られると、アタシも敵わない。確かに上井くんの照れ屋、恥ずかしがり屋度が、アタシはもう我慢出来なくなってたし、それに拍車を掛けたのが上井くんが誕生日プレゼントに付けてくれた手紙だった。
手紙だった…手紙?手紙といえば…
(アタシが上井くんに別れを告げたキッカケは、誕生日プレゼントに付いてた上井くんがくれた手紙の、あの一文…なんだよね。…上井くんから聞いたことはないけど、きっと上井くんもアタシが別れを告げたキッカケは、手紙の一文に理由があると思ってるはず…)
うーん、だから上井くんは、アタシに手紙を書くことが怖かったのかな。それでこんなまるで会社員が上司に書くような手紙を…
「ま、まあ、マミの言う通りかも…ね。マミに言ったことはあったっけ?アタシが上井くんに別れを告げるキッカケになった出来事って」
「え?いや〜、どうだったっけ…。2人が中3の3学期に別れたことは2人共から聞いとるけど、キッカケは聞いとらんね、そう言えば」
「でしょ?アタシもそこまでは話した覚えがないから、誰にも」
「誰にも?大村くんにも?中学時代のお友達にも?」
「うん。極端なことを言えば、上井くんにも言ってない」
「えっ、そうなの?上井くんは、なんでチカにフラれたか知らないの?」
「うーん、でも上井くんは勘がいいから、アタシに誕生日のプレゼントをくれた翌週になんで別れを告げられたのか、気付いてるとは思うの…」
「でも確認はしてないでしょ?」
「出来るわけないじゃない…。いまだに…こんな…他人行儀な手紙なんだもん…」
マミは少し涙ぐんでしまったアタシの手から手紙を取ると、目を通していた。そして…
「…上井くん、夏の合宿とかでチカと話してたじゃない?その時の話し方とか聞いてて、少しは2人の溝も埋まってきたのかな、って思ってたのね。でもそうじゃないんじゃね」
「うん。これはアタシが上井くんに書いた手紙に対する返事なの」
「やっぱりね。文面がそんな感じだもん。でもチカ、その手紙って、もっとこう、親しみやすいような文章にしたの?」
「ううん、そんなこと出来ないよ」
「じゃあ上井くんがチカに対して、こんな堅苦しい文章で返事を書くのも当たり前じゃん。上井くんの性格を知り尽くしてるはずなのに、逆になんでショックを受けてるの?返事が来た、ってホッとすればええのに」
「…でもね…」
「あっそうそう、チカが上井くんにキレたキッカケってなんなのよ。それを聞いてないよっ」
マミは暗くなりがちな場を、少しでも明るくしようとしてくれていた。
「ああ、アタシから言ったんだっけ。あのね、アタシの誕生日…1月24日は、中3の時はまだ辛うじて上井くんと彼氏、彼女の間柄だったのね」
「ふむふむ。で?」
「でも3学期になってから上井くんとは班が変わったのもあって、全然話せてなくて。誕生日も知ってくれてるのかな、どうかな、って思ってたの」
「うん…」
「そしたら1月24日の下校時に下駄箱で上井くんに呼び止められて、コレ…って、誕生日プレゼントと手紙をくれたの」
「おー、上井くん、頑張ったんだね」
「でもね…。誕生日プレゼントをくれたのは凄く嬉しかった。だけど一緒に付いてた手紙に、アタシはガッカリしたの」
「ガッカリ…って?」
<次回へ続く>
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