第29話 森瀬優子って?

「なんで笹木さんが逃げるような形になるんよ〜?」


 俺は、まるで俺から逃げるようにして宮島口駅のホームに入った笹木を掴まえて、尋ねた。


「いやっ、上井くんから逃げようっと…したわけじゃないんよ、あの、なんか、話の成り行き?」


 何故か笹木は、主将モードから一転、恋する女の子モードになっていた。なんか笹木を恋愛ワールドに誘うようなことを言ったっけ?俺…。


「成り行き?んー、俺には分からんけど、まあいいや。笹木さん、俺さ、もう一つ悩んでることがあるんよ。忘れたかな…」


「あ、そう!そう言えば、そうやったね!あまりにも一つ目のチカちゃんとのこれからについて、が強烈じゃったけぇ、もう上井くんの悩み事は解決したみたいな気持ちになっとったよ!ア、ハ、ハ…ハァ」


 なんか笹木らしくないなぁ。でも二つ目の悩み事は、一つ目よりももっと驚くかもしれないんだよ?とりあえず列車が来るまではホームで話を続けなくては…


「まあ神戸…さんには、何か手紙書いてみるよ。何とかしてあの方…いや、神戸…さんに届くように」


「んー、上井くん、喋り方がぎこち無いねぇ。まだ本音はスムーズに表に出てこないか、やっぱり」


「そ、そりゃあ、これまでの積み重ねがあるけぇ、しゃーないじゃん。笹木さんなら分かってくれると思うけどな」


「まっ、まあ…その辺りは分かるよ。うん、どうしてもそうなっちゃうよ、ね」


「笹木さんも、何かあったん?…やっぱり広島に来る前に…」


 笹木こそ喋り方がぎこちないじゃないか、何かあるんだろ、広島に来る前か、あるいは西高に入ってから。俺はそう思って聞いてみたのだが…


「それは、そ、それは、また何時か、ね。アタシの恋愛話なんて、興味持たんでええんよ。今は上井くんの一つ目を何とか解決したんじゃけぇ、二つ目の解決に向かお?ね?」


 頑なに遮られて先には進めなかった。俺が二つ悩みがあると言わなかったら突っ込めたのだが、仕方ないや。実際、神戸への返事をどうするかについては、何となくモヤモヤしていた俺の気持ちをスッキリさせてくれたのだから、笹木に感謝しなくては。


「まあ、笹木さんがそう言うなら俺の些細な疑問は横に置いとくけど。もっとも俺が恋愛の相談に乗れる訳ないけどね、失恋癖が染み付いた体質じゃけぇね」


「またそんなこと言うとるし。中学の吹奏楽部の後輩にはモテとったんじゃろ?いい加減認めんさいや」


「え?あぁ…う~ん…。認めざるを得ない状況に遭遇もしたけど…。でも…リアルタイムじゃなかったしなぁ」


「上井くん、それは贅沢ってもんよ。少なくとも女の子から好かれる要素は持っとるんじゃけぇ、胸張りんさいや。大体、アタシだって中学の時に上井くんのこと好きじゃったって白状したじゃろ?神戸さんに負けた、ってことも」


「はっ、ははぁ。笹木様には敵いませぬ…」


「ふふっ、上井くん、調子戻って来たかな?」


「いや、それはどうだか分からんけど」


 そんなやり取りをしていると、下り普通列車、徳山行が宮島口駅に到着したので、降りるお客さんを待ってから、俺と笹木の2人は列車に乗り込んだ。

 少し遅い時間帯だったので帰宅ラッシュは過ぎたのに、車両が8両と長かったため車内は結構空いていて、珍しく海側の4人掛けボックスシートを独占することが出来た。笹木に進行方向に向かって座ってもらい、俺は反対側に座った。

 たまに膝同士が当たると、いくら男女を超えた友人的存在だとはいえ少し照れてしまうのは、仕方ない。


「ちょっと遅いからかもしれんけど、玖波までの10分だけでも座れるのは、結構ありがたいよね」


 笹木からそう話し始めてくれた。あまり膝同士が当たることは気にしていないようだ。


「そうやね。コッチ側だと大竹の工場群が見えるけぇ、意外と綺麗だなって思うよね」


「そうね。あの中でアタシの父親もじゃけど、上井くんのお父さんも仕事しとってじゃろ?」


「うん。でも多分、笹木さんのお父さんとは部門が違うんじゃろうね。前に一度、笹木って言う名前の同僚さんっておらん?って父に聞いたけど、全く心当たりない、って言うとったし」


「そっか。まぁアタシもお父さんが会社で何をしよるかなんて、なんも知らんしね」


 等と当たり障りのない世間話をしていたが、二つ目の悩みについて初めに触れたのは笹木だった。


「ねえ上井くん。も一つ悩みがある…んだよね?」


「あっ、…うん。悩みというか、その、あの…」


「なんか、2つ目の悩みも奥歯に物が挟まったような感じね。スムーズにアタシには言えないようなことなん?」


「いやっ、そんなことは…ない。笹木さんじゃけぇ聞けるって内容でもあるんじゃけどね。でも…言おうかな、どうしようかなぁ」


 そんなことを喋っている内に、列車は次の駅、大野浦に着いた。結構お客さんが降りていき、更に車内は空いたようだ。


「アタシだから聞ける?わ、そこまで言って、やっぱ止ーめた!は、ナシじゃけぇね〜」


 笹木は少し…いや、かなり興味津々な表情でそう言った。ワクワクしてるな、きっと。

 列車は次の駅、俺等が降りる玖波駅に向けて出発した。


 …相変わらず膝と膝がぶつかる。俺はいくら笹木が相手とはいえ、女子の膝と俺の膝がぶつかるのは恥ずかしかったので、少し体をズラしたりしたが、笹木は気に留めていないようだ。あまり女子って膝がぶつかるくらい、気にならないのか?


 ともかく外堀は埋まっているので、これ以上引っ張る訳にもいかない。俺は2つ目の悩み、俺のことを気に入っているという女子バレー部の1年生女子、謎の森瀬優子について聞いてみることにした。


「あのさ、思い切って聞くけど、笑わんといてや」


「何を今更。アタシ、上井くんの悩みを聞いて、笑ったことなんてないよ?遠慮せずに言いんさいや」


「ふぅ、でも緊張するなぁ。決して驚かんとってよ?」


「上井くん、かなり警戒しとらん?なんかアタシに深く関係する悩みなん?」


「わっ!当ててくるねぇ」


「だって上井くんの言い方!そんなに慎重になるなんて」


 流石、女子は指摘が鋭い。これが男子なら、ここまで当てては来ないだろうな。


「却って喋りにくくなったような…っていう時間稼ぎは許されん…ね」


 笹木はジッと俺の目を見つめていた。無言の圧が掛かってくる。


「では白状します!女子バレー部の1年生に、森瀬優子って子がおるじゃろ?」


「1年生の森瀬?あー、はいはい、これはアタシが早く察するべきじゃったね!上井くん、森瀬ちゃんから好かれとるよ!」


「はいっ!?」


 俺が少しずつ聞きたかったことを、一気に結末まで笹木は教えてくれた。そこで列車は丁度、玖波駅に着いた。

 慌てて俺と笹木は下車したが、当然話は終わっていない。玖波駅の改札を出た待合所に座って、話を続けた。


「上井くん、モテないとかいう被害妄想は、もう通用せんよ」


 笹木から話を切り出された。


「いや、そのさ…」


「上井くんが言いたいことは分かる。分かるよ~、アタシは。なんで森瀬ちゃんが上井くんのことを気に入ったのか、上井くんは心当たりがないんじゃろ?で、アタシに聞いたら何か分かるかと思って…あ!それより、なんで森瀬ちゃんが上井くんのことを気に入ってるって話を、上井くんが知っとったん?」


 笹木は待ってましたとばかりに、一気に俺に向かって喋り倒した。その勢いに気圧されつつ、俺は答えた。


「あ、あの、生徒会の近藤さんから、だよ」


「ん?あぁ、タエちゃん?そっか、森瀬ちゃんも上井くんへの最短ルートを探しとるんじゃね」


 最短ルート?


「近藤さんが最短ルート?」


「上井くんが白状したようなもんじゃん。生徒会繋がりでタエちゃんから聞かれたか、教えられたんじゃろ?体育祭の準備の集まりの時にでも」


「うん、まあ…」


 最初は笹木と付き合ってると決め付けられ、なんだか問い詰められるような感じだったので、戸惑ったのを思い出した。


「アタシは、森瀬ちゃんが上井くんのことを気になったキッカケみたいな存在なのと、まあ女バレの部長じゃけぇ、相談されたみたいなもんよ」


「キッカケ?」


「そう。上井くんは多分ピンと来とらんと思うけど、タエちゃんからはキッカケは聞いた?」


「一応ね。でも俺としては、それだけで?って感じが大きいんよ」


 1年生の森瀬優子という女子バレー部員が俺のことを気に入ってくれたキッカケは、夏の合宿で女子バレー部員に、二度目のシャワーについて会話していた時だ、と近藤からは教えられていた。だが、そんな些細な一場面で、異性に一目惚れなんかするものだろうか?


「ふーん、タエちゃんからキッカケまで聞いとるんじゃね。でも上井くんはそう思うかぁ。じゃけどね、正直いえば女子バレー部におると、男子と話すことって少ないんよ」


「そうなん?男子バレー部員とは話さんの?」


「同じバレー部って括りにはなるけど、部活では全然絡まんよ。部活だけじゃないや、試合もだね。同じタイトルの大会に出ても、男子と女子は完全に分けられるけぇね。移動も違うし」


「ほぉ…なるほどね」


「じゃけぇね、森瀬ちゃんはアタシと会話する上井くんの姿を見て、年上の男子の先輩でアタシと楽しそうに話す姿に、キュンとしたらしい…よ?」


 笹木はそう告げた。だが…


「ホンマかなぁ。大体俺自身、森瀬優子さんと聞いても全然ピンと来んし」


「逆にそれが当たり前じゃろ。女バレ部員は、アタシら2年生とは色々関わっとるけど、1年生とは関わっとらんもん。ピンと来られた方が怖いって」


 笹木はそう言うと、ケラケラと笑った。

 俺は結局、狐に摘まれたような気分になり、かえって森瀬優子という1年生の女子バレー部員のことが顔も分からないのに気になってしまった。


「あの、笹木さん、俺はこれからどうすればええ?」


「えっ?ど、どうすれば、って言われても…。アタシも分かんないよ。強引に上井くんと森瀬ちゃんを会わせることは出来なくもないけど」


「あ、会っても何を話せばいいのやら…」


「そうねぇ…。キミが俺のことを気に入ってくれた森瀬さんかい?なーんて、上井くんから言えるわけないよね!」


「そ、そのとーり…。俺の性格をよくご存知で」


「まあアタシが今言えることは、とりあえず森瀬ちゃんからのアプローチを待てば?に尽きるかな」


「待ちの姿勢?」


「そう。アタシやタエちゃんから聞かされたとはいえ、上井くんからアクションを起こせる状態じゃないでしょ。顔も知らん、っていう存在じゃもんね」


「うーん、やっぱりそれしかないか」


 何とももどかしい気分になった。だがこれまでの、俺が実はモテていたという話と違うのは、過去形ではなく恐らく現在進行系という点だ。

 待つしかないとは言われたが、無念というよりは少しは俺にも運があるのかもしれないと思うのに十分だった。


 森瀬優子の話が一段落したあと、その日は笹木と社宅までどうでもいい話をしながら帰ったが、俺を驚かせる要因はまだ隠れていた。


<次回へ続く>

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