第28話 微妙な距離ー神戸視点ー

「あの手紙、大体中身は想像付くけどさ、どうして今、上井に手紙書こうなんて思ったん?」


 大村くんは真っ直ぐ前を見たまま、そう言った。


「…アタシも分かんない。ただ上井くんって、前から凄く責任感が強い男の子なの。だから体育祭の予行演習を休むなんて、相当体調が悪かったんだろうな、って思って…」


「じゃあ話し掛ければ良いのに」


「それが出来ない…まだ…。彼との間には山も谷もある。時々部活の事で会話は出来るようになったけど、普通の日常会話は出来ないもん」


 俯きながら、アタシはそう答えた。上井くんとアタシの間にある距離は、もしかしたらこの同じ西高に通っている内に埋まることはないかも、という思いにかられていた。


(でも…ホントなら別れた後はお互いに距離が離れていく筈なのに、何故かお互いに意識しちゃう所にいる。偶に上井くんがアタシと視線を合わせた時に、特にそう思う…)


 運命?それとも…


「俺もチカちゃんと付き合い始めた頃は、上井からの視線が物凄く殺気を帯びてたから、とても上井には話し掛けれんかった。でも…勇気を出した、は大袈裟じゃけど、1年の二学期始めじゃったかな?上井が末永先生に何かで呼び出された時に、今しかないと思って美術準備室の前で上井が出てくるのを待って、先生との話が終わって出て来た上井を掴まえて、無理矢理話し掛けて何とかコミュニケーションを取り戻したことがあるんよ」


 大村くんは前を向いたまま、その時のことを思い出してアタシに教えてくれた。


「1年の二学期の始めじゃったら、去年の今頃?」


「あ、ホンマじゃね。もう1年経つんか。でも上井と話せるようになった時は、正直ホッとしたよ。順番は間違っとらんとはいえ、俺がチカちゃんを上井から奪った形になっとったけぇね」


「…いや、大村くんとお付き合いする前に、上井くんと別れた後、アタシは同じクラスの別の男子と付き合っとるけぇ、大村くんが上井くんからアタシを奪った訳じゃないよ」


「まあチカちゃんとしてはそう思うかもじゃけど、上井としては、その、さ。やっぱり俺がチカちゃんを奪った、って感じたんじゃろうな。じゃけぇ視線が殺気立ってたし、会話すら出来んかったし。…チカちゃんに対する俺の気持ちは初めに話したけど、俺の一目惚れじゃけぇね」


「う、うん」


「あの頃は俺も上井とチカちゃんの中学時代の関係なんて知らんから、クラスでも部活でも一緒におれる、上井、誘ってくれてありがとう!みたいに思っとったほどなんよね。それが、俺がチカちゃんに気に入られようとして話し掛けたりしよったら、上井から殺気立った視線を感じたってもんだ」


「そうだったの?」


 1年の最初の頃、とにかく上井くんはアタシと目線を合わせないようにしてるのは分かっていた。稀に目が合ったらすぐに逸らすか、怖いくらいの表情を見せたり…。

 そりゃそうよね。アタシが上井くんを傷付けたんだから。

 でも大村くんに対してもそんな怖いくらいの視線を向けてたの?


「じゃけぇ、上井とチカちゃんの間には何かある、って思うようになってさ。俺が江田島でチカちゃんに告白した時、付き合ってもいいけど上井の気持ちを聞いてほしいって答えてくれたじゃろ?それでやっぱり…と思ったんよ」


「うん…。上井くんがその時、アタシのことをどう思ってるのか、知りたかったから」


 でも上井くんは、アタシに見せる怖いくらいまでの表情とは違った答えを大村くんに返したんだ。


『好きな女の子はおらんけど、1人いる』


 大村くんから、上井くんがそう返事をしたと聞いて、アタシは逆に戸惑った。


(それって、アタシのこと?じゃあ、なんでアタシと目を合わせようとしないの?なんでアタシと目が合ったら怖いくらいの表情になるの?)


 アタシは上井くんがそんな矛盾した答えを大村くんに返したのを聞いて、心の中で思ってた上井くんに対する気持ちを封印して、大村くんと付き合うことを決めたんだ…。


「まあ俺は、その時に上井とチカちゃんの複雑な関係に気付いたんじゃけど、でももうチカちゃん一直線じゃったけぇね。チカちゃんからOKをもらえた時は嬉しかったんを、今でも覚えとるよ」


 大村くんは少し上を向いて、そう言った。


 …少しアタシと大村くんの間で、無言で宮島口駅へと歩く時間が続いた。お互いに次に何を言えば良いのかな、そう探り合ってたみたいに。

 でも大村くんが先に、無言に耐えられなくなったみたいに切り出した。


「チカちゃん、俺みたいに上井を掴まえて、話し掛ければええんよ。本当は話せるようになりたいんじゃろ?」


 アタシは本音を当てられたような気がして、ドキッとした。


 夏休みの合宿で、大村くんがリードして役員5人でレクリエーションの話し合いをした時、上井くんと物凄く久しぶりに言葉のキャッチボールが出来た時、凄く嬉しかったし!


 …そう、大村くんと付き合った時に、上井くんへの色んな気持ちは封印したつもりだったけど、吹奏楽部で部長として懸命に頑張っている上井くんを見ると、どうしても心の中で中3の時の上井くんを思い出して、あの頃の楽しかったこととか思い出しちゃう。

 そしてきっと今でも、みんなの前では明るく振る舞ってるけど、内心は悩みを沢山抱えてるんだと思う。だから夏休み合宿の最後の日に、行方不明騒ぎを起こしちゃうような、心の疲れが溜まってるんじゃないかな…。

 アタシも上井くんを疲れさせてる1人かもしれないけど…。


「で、でも…。やっと最近、アタシと目が合っても、ソッポを向かなくなったくらいで、会話だってみんなが一緒にいるような場面じゃないと、まだまだ出来ないし…」


「まだダイレクトに話し掛けるのは不安?」


「そうね…」


 大村くんはそんな言い方するけど、アタシが上井くんにダイレクトに話し掛けたりしたら、きっと嫉妬したような態度になるでしょ?それもアタシにブレーキ踏ませてる原因なんだから。


 …だから手紙にアタシの今の思いを書いて、上井くんに届けたかった。


 上井くんがアタシの手紙を読んでくれたら、どんな変化が起きるか、アタシにも予想は付かない。ただ、関係悪化…にはならないと思う。


「まあ上井にも彼女が出来たら、俺達とWデートとか出来るよね。そんな女子、どこかにおらんかなあ」


「大村くんは、上井くんに彼女が出来てほしいの?それとも…」


 アタシはちょっと大村くんの言い方に、少しだけイラッとした。たまに感じる上井くんに対する上からの目線の言葉…。それはいくらなんでも、アタシは嫌。


「あ、別に悪気はないよ?上井も頑張っとるし、彼女くらい出来りゃあええのに、って単純に思っただけ。チカちゃん、勘繰りすぎじゃって」


 そうかな…。


 とりあえずアタシは、今の思いを上井くんに伝えることは出来たと思うから、少しでも上井くんに気持ちが届けばそれでいい。


 体育祭、頑張らないとね。


 上井部長は生徒会と兼務だから、また本番は忙しいはず。副部長が支えてあげなきゃ。


(大村くん、上井くんを支えてね)


 アタシは大村くんの横顔を見ながら、そう思った。


<次回へ続く>

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