第26話 衝撃の手紙
「えー、皆さん!予行演習では突然休んでしまい、大変ご迷惑を掛けました」
部活後のミーティングで、定例の報告を受けた後、やっと俺は部全体に予行演習欠場のお詫びの挨拶をすることが出来た。
「昨日ゆっくり休んで体力も回復したので、今日からまたよろしくお願いします」
「先輩、本当に大丈夫なん?」
1年の元気印、トランペットの赤城が心配そうに言ってくれた。
「赤城さん、ありがとうね。このとーり!」
俺は鍛えてもない真っ平らな上腕部を叩き、笑いを誘った。
「先輩の笑えんオヤジギャグが出たけぇ、大丈夫そうじゃね!」
「そこの若菜さん!笑えん、はいらんのじゃけど」
「だーって、実際そうじゃもん」
今度は若菜がそう言って、ミーティングは和やかなムードになった。
「まあいいや。で、個別にお礼したいのが、まず村山君!」
「ふぇ?」
俺から話を振られるとは全く予期してなかったのか、変な返事をして、それがまた音楽室内を温めていた。村山のアドリブが苦手な性格は、前と変わっていなかった。
「予行演習で、俺の代わりにシンバルをやってくれたそうで、ありがとう。やっと言えたよ」
「あ、ああ、どういたしまして…」
「意外と、見るとやるとじゃ大違いじゃなかった?」
「まっ、まあな。広田さんに教えてもろうたけぇ、やっとこさじゃけど、何とかお前の代打はこなせたと思う」
「また倒れたら代打頼むわ」
「そんなしょっちゅう倒れんなや!」
そんなやり取りをしたのだが、何となく俺の中には、突然話を振って村山が戸惑った以上に、村山に対する違和感が残った。
(なーんか、前と違うんだよな…)
極端なことを言えば、前なら俺がミーティングで呼びかける前から、俺に対してシンバルの代打をやってやったぞ!ぐらいに威張るような感じで話し掛けてきたと思うのに、まるで秘密にしていたのがバレてしまった、みたいな態度のように感じたのだ。
(何か俺には言えないこととか、あるんかな…)
とだけ、この時は思った。
そして次に、大村に礼を言った。
「あと大村、突然休んでしもうて申し訳なかったね。迷惑掛けてごめん」
「ああ、俺なら突然の上井不在はもう慣れっ子というか何と言うか…」
大村の返しに、音楽室内のムードが少し和らいだ気がした。そう考えると、やはり村山とやり取りしていた時は、音楽室内に緊張感があった気もする。
「あんまり慣れられても、俺の立場が…とか言うとる場合じゃないよな。とにかく山中と一緒にしのいでくれたと聞いとるんで、ありがとう」
「まあね。あと俺だけじゃなくて、神戸さんも女子をまとめてくれたけぇ、一応報告まで」
少し和んでいた音楽室内の空気が、再び俄に緊張したのが俺にも分かった。
俺と神戸の複雑な関係を知っている同期生、後輩達の表情が一斉に強張ったからだ。
だが大村から公にそう言われた以上、神戸を無視する訳にもいかない。
「…あの、神戸さん、予行演習の時は迷惑掛けました。色々ありがとうございました」
俺は大村と並んで座っている神戸の方を向いて、しかし目線は少しズラして、そう言った。
音楽室の中を緊張感が襲う。
「…いえ、副部長としてやるだけのことをやっただけだから…」
神戸も少し俯きながら、そう答えた。
これが、コンクールの表彰式以来の神戸との会話だった。
(今朝、俺と目が合った時に何か言いたそうな視線を感じたけど、今の言葉がそうなのか?それとも…?)
しばらく俺は考えてしまったが、まだミーティングが終わった訳ではなかったから、とりあえず締めなくては。
「では日曜日は体育祭本番!皆さん、ダウンしないように気を付けましょう。俺が言えたギリじゃないけど。じゃあ今日の練習は終わりです。お疲れ様でした!」
そう言ってミーティングを締め、後は鍵閉めだけの状態にした。
お先に失礼しまーす、と言いながら先に帰っていく1年生達を見ていると、ふと近藤妙子から聞かされた、
『上井くんのことが気になってる1年の女の子がいるよ』
『その子と同じクラスに吹奏楽部の子もいるみたいよ』
というセリフが思い出された。
(一体その子の知り合いというのは、この1年生達の中の誰なんだろう…。男子なのか女子なのか…。でも“いるみたい”ってだけだから、もしかしたらそんな部員はいないかもしれないし。それに森瀬って女の子自体、同じクラスとはいえ吹奏楽部の部員に俺のことは聞いてないかもしれないしなぁ。動きようがないよ…)
第一、俺が森瀬優子という女の子の顔を全く認識出来ていないのだ。
まあ噂が独り歩きしとるだけだ、俺はそう思うことにした。元々恋愛運に見離されているんだから、そんな未確定情報で一喜一憂していてはいけないんだ。それは同期の太田に教えてもらった、同じクラスの女子、大谷に対しても同じだ。俺から動ける訳が無い…。
(それよりも、意味深な神戸の視線だよ、俺が気になるのは)
ほぼ全員が帰った後の音楽室で、俺は1人で再び席に座り、今日身の回りで起きた色々なことを整理して考えようとした。その時…
「上井、ちょっとええ?」
部員がみんな帰ったと思っていた俺は心臓が飛び出るほど驚いたが、そう声を掛けてきたのは、大村だった。
「あっ、あれっ、大村?どしたん、まだ帰っとらんかったん?」
「ああ。実は下駄箱で上井を待っとったんじゃけど、なかなか来んけぇ、音楽室まで戻って来たんよ。やっぱり1人で悩み事考えモードに入っとったか」
「ま、まあね。大したことじゃないけど。でも下駄箱で待っとった?じゃっ、じゃあ、神戸…さんを下駄箱で待たせとるん?」
「まあ、ちょっとだけ待っとって、ってね」
何なんだろう。大村がこんな感じで個別に俺に話を仕掛けて来るなんて初めてだったから、俺は少し警戒したが…
「実は本当に用事があるのはっ…と、これ。上井に渡してくれ、って頼まれたんよ。神戸さんから」
「え?」
大村が俺に渡してくれたのは、手紙だった。神戸から手紙?いや、まさかそんなことが…
「誰から?」
「上井も天然な鈍感だなぁ。女子の副部長から、とだけ言っとくよ。まあ今読んでもろうてもええし、家に帰ってから読んでもろうてもええし。そこらは上井に任せるけぇ。じゃ、また明日。元気に来てくれよ!」
大村はそう言い残すと、すぐ下駄箱方面へと戻っていった。
俺の手元に残った手紙は、やはり神戸からの手紙だった。よく見たら封筒の裏に、神戸千賀子と名前が書いてあった。
俺は家まで持って帰ってから読む…のは我慢出来なかった。大村の姿が見えなくなったら、すぐに開封して手紙を読んだ。
『上井部長 様
体調、大丈夫ですか?
体育祭の予行演習の日に高熱で休まれたので、驚きました。
いつもどんなことがあっても決して学校を休まずに、みんなの前では明るく振る舞って、特に大切な行事とかでは絶対休まない上井くんだから、余計に驚きました。
もしかしたら無理をしているのではないか、生徒会役員と吹奏楽部の部長って掛け持ちが、上井くんの体や心に知らない内に疲れとしてかなり溜まっているのではないか、そう思って心配になりました。
それと私がこんなこと言える立場じゃないけど、私と大村くんの関係でも、きっと上井くんに迷惑を掛けている、精神的に負担を掛けているに違いないと、私自身も反省しました。
私が昔、上井くんに対して行った色々なことは、謝っても許されるものじゃない、と思います。きっと上井くんは私のことを許さない、そう思っていると思います。
だから昔のように気軽に話せれば、なんて思いません。
でも、どうか体調には気を付けて!あと半年、吹奏楽部の部長として頑張って下さい。
今いる部員のみんなは、部長が上井くんだから、上井くんを信じて吹奏楽部で頑張ろうっていうメンバーばかりです。
私は何もしていない副部長なので、もっと何でもするので、仕事があれば上井くん1人で背負わずに、他の人経由でもいいので、私にも命じて下さい。
ではまた…。
神戸千賀子』
俺は便箋2枚にビッシリと書かれた文を読んで、暫く体の震えが止まらなかった。そして体が落ち着いたら、今度は勝手に涙が溢れてきた。
(神戸さん…)
今朝、俺と視線が合った時、何か言いたそうな表情に見えたのは、このことなのだろうか。
中3の3学期に渡された別れの手紙以来の、神戸からのメッセージになったが、正直言って俺は人間として、成長具合が神戸に負けていると感じた。
(俺はフラレてからというもの、神戸を…いや、神戸さんのことを憎んで恨んで、一生絶縁だ、二度と喋ったりするものか、と思ってこれまで生きてきた…。百人一首の時だけは誕生日だったから少し話したけど、部長と副部長になってからは最低限度の義務的な会話しかしてこなかった。だけど彼女の方がよっぽど大人じゃないか…。俺は心がガキのまま体が大きくなってるだけじゃないか?)
しばらく俺は音楽室で涙を流しながら頭を抱えて、動けなくなった。
(2年前はもっと楽しい、初々しい手紙のやり取りをしてたのにな。それがこんな他人行儀な手紙になってしまって…。俺のこれまでの神戸…さんに対する行動は、俺1人だけが酷い目にばかり遭わされた被害者だ、そう決め付けてワザと無視したりしてたけど…。もしかしたら…神戸さんにも言い分はあるかもしれないよな…)
ふと俺は、村山や松下が去年教えてくれた、誰と付き合っても上井のことは大切な存在だという、神戸からの言葉を思い出した。
(あの時は神戸に対する怒りが先行してたから、そんなことあるわけないって猛否定したけど。本当の話だったのかな)
考えれば考えるほど、神戸に対する俺の態度は酷かった、という自責の念が襲ってきた。
(俺はこれからどうすれば良いんだ…)
手紙をくれたからには、何かしら返事を書かねばならないのだろうか。それとも手紙ありがとう、と話し掛けた方が良いのか。または今までと変わらぬ接し方で良いのだろうか。
以前ならこんな時は迷わず村山に相談したものだが、最近の村山は何か俺とは一線を画そうとしているように思え、こんな重い話を持ち掛ける気が起きなかった。
(音楽室で悩んでても答えなんか出ない…。とりあえず帰るか…)
俺は音楽室の鍵を閉め、職員室に返すと、重い足取りで下駄箱へ向かった。そこへ…
「上井くん!どしたん、地の底に落ちたような顔して?」
<次回へ続く>
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