第25話 まさか?
「あのさ、その…。上井くんって、好きな女の子、いる?」
「え?えーっ?」
ド直球にも程がある。非モテな俺にはど真ん中を突かれる質問で、まさかそれが近藤妙子から聞かれるとは…だった。
近藤は笹木同様、女子の友人という感じでこれまで接してきたからだ。
「なっ、なんで近藤さんがそんなことを、俺に聞くの?」
驚くと共に、率直に俺はそう思った。まさか?
「あの、ね…。上井くんのことが気になるっていう女の子がウチの部におるんよ」
「へ?」
驚きはしたが、どうやら近藤妙子が俺のことを恋愛対象として見ていた訳ではなさそうだ。良かったのか悪かったのか…は不明だが。
「なんでまた?そんな奇特な女の子がおるん?女子バレー部に」
「実はおるんよ〜」
「まさか、田中さんだったりする?」
去年の夏の合宿で初対面を果たしてからというもの、俺と偶々出会う度に、やたらとアピールしてくれる同級生の田中くらいしか、女子バレー部で俺のことを気にしてくれる女子は思い付かなかった。だが…
「いや、タナピーだったらアタシらが全力で止めるわ。上井くんで遊んでるもん、あの子。違うのよ、女子バレー部の1年生。後輩の女子よ」
「へ?女バレの…後輩さん?」
「そう。ビックリした?」
「そりゃあ、ビックリするよ!近藤さんの話し方から、もしかして近藤さんが告白してくるのか?とか、田中さんくらいしか思い付かん…って身構えちゃったじゃん」
「アハハッ!アタシが告白?上井くんに?うーん、確率はゼロじゃないかも?なーんてね。タナピーは論外として…。アタシもメグと同じみたいじゃけど、上井くんのことは信頼出来る友達って思っとるけぇ、イチかバチかの告白なんかして今の関係が崩れるくらいなら、このままがいいな」
これまた良かったのか残念なのか分からないが、近藤妙子が俺に告白するという展開にはならなかった。
仮に近藤に告白されたら?
恐らく喜んで受けるだろうけど、まだ何処かに恋愛に対するトラウマがある俺だと、近藤妙子と上手く付き合える自信がない…。
「そ、そうじゃね。俺も近藤さんとは変な関係になりたくないし。でも、なんで女バレの1年生が俺のことを?なんか接点あったっけ?」
「大いにあるじゃん。まずは文化祭よ」
「文化祭で接点が?女子バレー部なのに?」
確かに文化祭だと、吹奏楽部の演奏は全生徒強制鑑賞なはなっている。逆に言えば、誰とでも接点が生まれる可能性はあるのだ。
「接点は大袈裟かもしれなかったね。でも森川って子は文化祭の吹奏楽部のステージで、大きなサックスを吹く上井くんを見て、カッコいいって思ったんだって」
「そんなに目立つフレーズもないけど…なんでじゃろう」
「アタシが思うに、上井くんは最前列じゃったじゃろ?」
「うん」
「で、サックスってチェッカーズの影響で人気がある楽器じゃろ」
「そう…かな」
「そこへ上井くんが華麗に大きなサックスを吹いたけぇ、森川さんは上井くんのことが気になり始めたんよ」
そんなうまい話、あるだろうか?もっと目立つドラムとか叩いていたなら分からんでもないが…。
だが近藤は続けて言った。
「そして夏休みの合宿よ」
「合宿中、女バレの1年生の子と俺って、どんな場面で会話したっけ?しとらんと思うんじゃけど」
「あのね、直接上井くんと会話したことはない、って森川は言っとったよ」
「やっぱそうだよね?俺、女バレの1年の子は、合宿で顔を少し見掛けた程度じゃもん。その時はバレー部の服装じゃったけぇ、今普通の制服姿で声掛けられても分からんと思う…」
「まあそうよね。会話でも交わしとったら、少しは上井くんの印象に残ると思うけどね」
「まあ、そうだね。でも、近藤さんがそういう話を知っとるってことは、その森川さんが、近藤さんに何か俺について相談したとか…?」
「バレちゃう?」
「そりゃ、なんで近藤さんが1年の女の子が俺のことをどうのこうのって知ってるか、って考えりゃ、何か聞かれたりしたんかな?ってなるよ」
「そっか、そうだよね」
こんな天然な部分が、俺が近藤ファンな部分でもある。
「で、どんなことを聞かれたの?」
「気になる?」
「気になるって!そもそも近藤さんがこの話をだね…」
「ウフフ、上井くん、政治家みたーい。まあアタシに聞いてきた内容は、『近藤先輩は生徒会で上井先輩とご一緒ですよね?』が第一声だったよ」
「ふむふむ…続きは?」
「気になる?」
「またかーい!気になるってば」
「だよね。アタシも上井くんで遊んじゃった、エヘヘ」
近藤は少し悪びれた顔で微笑んだ。
(近藤さんもモテそうじゃけどなぁ。実は俺が知らないだけで彼氏とかおるんじゃろうな)
そう思いつつも、そのことには触れずに、話の続きを促した。
「まあタネ明かし?しちゃうと、その子は同じクラスに、吹奏楽部の子もおるって言うとったよ」
「えっ、マジで?」
「うん…。そんなことで嘘は吐かないと思うよ?」
「誰じゃろう…。そこまでは聞いてない?」
「残念ながらね。でもメグは聞いとるかも?」
「えっ、笹木さんにも俺のことを尋ねてるの?」
「アタシもメグから聞いた訳じゃないけど、アタシに上井くんのことを聞いてくるくらいじゃけぇ、
「うーん…」
ついこの前、俺と笹木が付き合っているんじゃないかと近藤が勘違いした、部活帰りの時にも、笹木からそんな話は全然聞かなかった。むしろ宮島口駅で俺の初恋相手に遭遇し、質問攻めに遭ったことしかなかった。
「アタシが勘違いした、メグと2人で帰っとった時も、その話題にはならんかったん?」
「うん。全くならなかったよ」
「へぇ…。じゃあメグは隠しとるんかもしれんね、上井くんのことが気になる後輩女子の存在を」
「隠しとる?なんでじゃろうね。別に隠す必要もないのになぁ」
俺はしばらく考え、再び近藤に聞いた。
「ちなみに近藤さんがその後輩の女の子…森川さんだっけ、その子から俺について聞かれたのって、いつ頃?」
「んーっとね、そんなに前じゃないんよ」
「つい最近?」
「えっとね、ちょっと待ってね…記憶を引っ張り出すけぇ…」
近藤はしばし考え込んだが、すぐに思い出してくれた。
「そうそう、上井くんがメグと帰ったのを見た日よ!そうだ、じゃけぇアタシはメグと上井くんに、色々と頭に来ちゃったんだった」
「なるほどね。それがさっきの、俺への殺気溢れる問い詰めになると…。で、どんなことを聞かれたん?」
「さっき言った通りよ」
「え?まさか、生徒会で一緒ですよね?うん、そうだよ。だけで終わる?もう少し何かありそうじゃけど」
「上井くんも食い付くねぇ。フフッ、もちろんそれだけじゃないよ。第一、突然そんなこと聞かれてるアタシだって何なのよ?になるもん」
「だよね?で、近藤さんはどんなことを聞き返したん?」
「アタシから?そうね、なんで上井くんを知ってるの?が、最初に聞いた質問かな。同級生ならともかく、一個下だもん」
「うん、俺もそれが気になる」
「そこで森川さんが出してきたのが、さっきも言ったけど、文化祭と夏休みの合宿よ」
「うーん…。文化祭はまだしも、あの合宿で俺が女バレの1年の子といつ関わったんかな…。ましてやそれで俺のことを更に…気に入って…くれた、んだよね?自分で言っててメッチャ恥ずかしいけど」
俺は、本当に恥ずかしかった。
「アハッ、上井くん、照れとるじゃろ?顔が真っ赤じゃもん。まあこんな話じゃけぇ、仕方ないよね」
「よ、読まれてる…」
「ええよ、アタシの前じゃもん。あのね、手短に合宿での森川さんの胸キュン場面を言うと、森川さんはメグが上井くんとシャワーの2回目の交渉をしとる時の、上井くんの様子を見て、何と言うか、カッコいいって思ったんだって」
「えっ、あの時?」
確かに汗でビシャビシャの女子バレー部の1年生のために吹奏楽部との協定には反するけど、女子のシャワー室をもう一度貸してほしいと笹木が俺に交渉してきたのだった。その時の俺の対応が?
「ま、まあそうらしいね。アタシとしては、そんな話まで聞いとったけぇ、メグと上井くんが仲良さげに帰っとるのを偶々見かけて、メグも多分森川さんから上井くんについて聞かれとるはずなのに、なんで上井くんとそんな楽しげに帰ってるのよ!いつの間に2人は付き合い出したん?って思っちゃったのが、アタシの先程の勘違いなのよ。ごめんネ」
「うん、大丈夫だよ。大体分かってきたな。でも念の為じゃけど、近藤さんは、その森川さんが笹木さんに、俺について何か聞いてるかどうかは、確認しとらんのじゃね?」
「ま、まあね。この1週間ほど、メグには悪かったけど、勝手にアタシがメグのことを怒りの対象にしとったけぇね…アハハ…」
「うん。了解。じゃ、いつかタイミングを見て笹木さんに、俺について尋ねた1年の女の子がいたかどうか、聞いてみてもええかな?」
「う、うん…」
何故か近藤は少し憂いを帯びた顔に見えた。まさか俺のことを…?いや、もしそうなら今は絶好の告白のタイミングじゃないか。杞憂に過ぎないだろう…。
「じゃあ俺、吹奏楽部に行くね。近藤さんもバレー部じゃろ?部活も頑張ろうね、お互いに」
「そ、そうね。アタシも部活に行くとしようかな」
近藤はそう言うと微妙に俺と視線を外して、じゃあまたねと言ってから、小走りに女子バレー部の部室がある方へと向かった。
(なんだか近藤さんの気持ちも不安定な気がする…。もし笹木さんと話せたら、その辺りも聞いてみるかな)
俺は俄に慌ただしく感じる身の回りに落ち着け、落ち着け、と言い聞かせながら音楽室へと向かった。
<次回へ続く>
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