第24話 心揺さぶられる上井
「上井くん…元気になったんだよね?」
生徒会室から音楽室へ向かおうとしていた俺のカッターシャツの袖を掴んだのは、近藤妙子だった。
「うん、元気にはなったけど…こっ、近藤さん…。どうしたの?急にこんな大胆な…他の人に見られたら、かっ、勘違いされちゃうよ?」
「アタシはもう、勘違いしてるもん。いや、勘違いじゃないわ、確信しとるもん」
「はい?もう勘違いしてる?確信しとる?一体何のこと…」
俺はさっぱり話が見えてこなかった。
「上井くん、メグと…いや、笹木さんと付き合っとるじゃろ?」
「えっ?何それ?…どこでそんな噂が?」
突然の話に、驚くしかなかった。
「アタシね、2学期になってから、メグが部活終わってもなかなか帰らんけぇ、何かあるんかな…って思って、メグには内緒で何回か部活後を付けてたの。そしたらこの前、上井くんと一緒に帰るのを見てしもうたんよ。メッチャ仲良さそうでさ…」
そう言う近藤の表情は複雑な表情だった。嫉妬、が一番正しい表現なのかもしれない。だがその一言だけで収まる様子でもなさそうな、そんな表情だった。
「確かに、笹木さんと一緒に帰ったことはあるよ。それは事実じゃけぇ、否定はせんよ。同じ方角じゃけぇね。でも偶然一緒になっただけなんじゃけど…」
俺は努めて冷静に喋った。
笹木とは2回ほど帰り道が一緒になったことがあったが、その内一回は玖波駅から一緒になったので、西高から一緒に帰ったのは一度だけだった。だが近藤はその一回を目撃し、その時の俺と笹木の雰囲気がカップルのように見えたのだろうか。
「でも付き合ってるなんて、初めて言われたよ?じゃけぇ、正直ビックリしとる。笹木さんがそんなこと、近藤さんに言ったん?」
正直言って、驚きと戸惑う自分がいる。
笹木が中3の一学期だけ、俺に好意を持ってくれていたのは本人から聞いているが、俺が神戸と付き合い始めたことでそれ以降は恋愛相手としてではなく、友人として接しようと決めた、ここまで本人から聞いているほどだ。
俺自身も高校に入ってからは、女子だが親友の1人という感覚で笹木と接していたし、神戸との緊張感あふれる関係を取り持ってくれる貴重な存在でもあった。
それに笹木が高校に入ってから、誰か好きな男子が出来たのか。そもそもその辺りを聞いてないな…ということに気が付いた。
最近は中1の時の俺の初恋相手、中本と再会出来たからか、やたらと俺に中本とのエピソードを聞きたがっているが、結局俺は失恋しているのだから、何もネタはないのだが。
「メグ本人には聞いとらんけどね。メグの帰りの行動が何か変だな、って思って追跡し始めたら、職員室で待ち合わせて上井くんと2人で帰りよったのを見たんよ。職員室で待ち合わせなんて、なかなか上手いこと考えるじゃん。これは2人は付き合い始めたんだ、って確信したの」
すっかり近藤は、俺と笹木が付き合い始めた、しかもアタシに黙って!というモードになっていた。
俺は近藤の勘違いをどうすればよいか、迷った。
(吹奏楽部に行かんといけん…とかいう逃げ方は一番マズいじゃろうな)
それにこんな勘違いを何時迄も放置しておきたくなかった。
近藤の表情も、今まで見たことがない表情だったし。逆に仕掛けてみるか…。
「じゃあ仮にさ、俺が笹木さんと付き合ったとしてじゃけど、近藤さんは何か腹が立つこととか、ある?」
「え?」
近藤は俺の逆質問に戸惑った表情を見せた。
「あ、あの…。腹は、立たんけど、あのね、その…」
もしかしたら俺の逆質問が効いたのかも?
「じゃあ、笹木さんと俺のことについて、近藤さんに説明しとくよ。もう聞いとることもあるかもしれんけど」
「うっ、うん」
「ここじゃ他の役員さんに丸見えじゃけぇ、ちょっと場所をずらそうよ。購買前とか」
「うん、ええよ」
俺と近藤の2人は、生徒会室と同じ階にある購買の前に移動した。
「ところで近藤さんは、生徒会の仕事は大丈夫?」
「アタシは、今のところは一応大丈夫」
話を逸らそうとした俺の負けだった。やはり付き合ってなどいないということを、ちゃんと説明しなくてはいけないな。
「まず!笹木さんとは、恋人関係でもなんでもないよ!これは最初に明言しとくね。笹木さんにも確認してみてよ?笑い飛ばすと思うよ?」
「えーっ、ホンマに?…信じれんのじゃけど。だってアタシが見た時、上井くんとメグ、凄い楽しそうじゃったもん。それがね、なんかアタシがおいてけ堀になったような気がして…」
そう言う近藤は、やはりこれまでに見たことのない猜疑心の塊のような顔付きに見えた。 要は取り残されたと感じたのだろうか。
これまで割りと俺とは仲良くやれてきた生徒会役員の活動が、笹木という近藤にとっては同期の仲間でもあり、しかしライバルでもある存在によって、心が乱されている、そう思ったのだろうか。
(いつもの明るい爽やかな近藤さんはどこに行っちゃったんだよ…)
「おいてけ堀なんて、縁起でもない。仲が良さそうに見えたんは、中学からの同級生じゃけぇじゃろ。じゃあ近藤さんの疑惑を晴らすために…俺の恥ずかしい2年前の出来事まで遡って関係を説明するよ」
「2年前って、もしかしたらあの、中3の時に上井くんに彼女が出来たけど残念な結末に…って話?ってごめんね、悪い言い方で」
「いや、ええんよ。それも事実じゃけぇ」
そこまで遡って笹木との関係を説明すれば、近藤の勘違いも晴れるだろうと思ったのだ。
「まず、笹木さんって中3の時に千葉から転校してきたんよ。これは知っとるよね?」
「うん。いつも言ってるし」
「それで俺と同じクラスになったんじゃけど、最初は女子もなかなか声を掛けにくくて、1人でおることが多かったんよね。俺は自宅がほぼ近所って分かったけぇ、きっと俺の父親と笹木さんのお父さんは同じ会社だと思ったのと、俺自身が横浜から転校してきた人間ってのもあって、他人事には思えなくてまだポツンとしてた笹木さんに声を掛けてみたんよ」
「うーん、その辺りも聞いたことがあるよ。メグはそのことで凄い上井くんに感謝してるのって言ってたな…」
「多分俺か笹木さんのどっちかから聞いとるんだと思うんよ。でもこの先は知らんと思うんよね」
「えっ、続きがあるの?」
「実はね。この話、知っとる?笹木さんが中3で転校してきた一学期に、好きな男子が出来たんよ。その話って聞いたことある?」
俺は、答えが自分自身だ、っていうのもあって、近藤に問題を出しながら凄まじく恥ずかしかった。だが照れているのを悟られないよう、少し横を向いて話し掛けた。
「えっ、それは知らん…。そうなん?転校して、すぐに好きな男の子が出来たん?メグに」
「そうなんよ。近藤さんって笹木さんと、好きな男子の話とかしたりする?」
「うーん、そう聞かれると、あんまりしてないなぁ」
「じゃあこれまでに笹木さんが男子の誰かを好きになったとか、近藤さんも好きな男子は…って話はしとらんって思ってもええんかな?」
「そうやね…。少なくともアタシとメグとの会話には、恋愛は無いわ。ウチの部で恋愛に一番熱心なのは、上井くんもよく知っとる田中よ」
「ああ、俺が食われそうになったあの子ね」
田中は去年の夏合宿中に、吹奏楽部の男子1年と女子バレー部の1年とで偶々顔合わせみたいなイベントが発生した時に、何故か俺のことを気に入ってくれた女子だった。
だがモテない癖に、グイグイ来る田中は俺の好みのタイプではなかったので、その当時片思いしていた伊野沙織から心が揺れ動くことはなかった。
今となってはその判断が正しかったのかどうか、分からない。
「田中は今でもたまにアタシに、上井くんは元気なの?とか聞いてくるよ」
「へぇ…。嬉しいような…何と言うか…」
「ええんよ、上井くん。田中は上井くんには合わんとアタシも思う」
「アタシも…ってことは、他の女バレの皆さんもそんな風に思ってくれてるのかな?」
「うん。メグを筆頭にね。あ、メグの話からズレてった。どこまで話したっけ?」
「えーとね、近藤さんと笹木さんは恋愛話はしないってのを聞いたのと、笹木さんが中3の一学期に好きな男子がいた、って部分」
「そうそう!気になる〜。ね、メグは上井くんと同じ中3の時に、誰を好きになったの?アタシが分かる男の子?」
「うん。近藤さんもよく知っとる男」
「えーっ、誰じゃろう?……ってことは、緒方中卒の男子で、アタシも知っとる男子ってことじゃけぇ、かなり絞られるよね?」
「そっ、そうなるね」
流石は近藤妙子、頭の回転が速い。
「緒方中卒でアタシが知っとる男子って、村山くんと上井くんしか知らんよ?あっ!村山くんじゃろ⁉️当たり?」
俺は平静を装いつつ、やっぱり見た目では村山に敵わないんだな、と思い知らされた。
「ざ、残念でした、ブーッでした~。村山ではありませんでした…」
いささか脱力しながら返事をすると、近藤は間髪入れず、
「じゃ、じゃあ、上井くん?えーっ、上井くんなの?ホンマに?」
「正解…」
「キャッ!メグって、上井くんのことが好きだったんじゃ!へぇ~。でも、なんで?メグの片思いに終わった…っぽいよね?うーん…あっ!」
近藤は頭の中で俺達の中3時代の様子を組み立てていたみたいだ。
「上井くんは後から酷い目に遭わされる元カノさんのことを好きじゃったけぇ、メグはソレを察知して身を引いた?どう、合っとるじゃろ?」
最初は見たことのないような表情で俺を攻めようとしていた近藤が、今ではすっかり元通りになったのが、一番俺には安心材料だった。
「い、一応正解だよ」
「わーい、当てたよ!あ、でも、メグとの繋がりが見えてこんのじゃけど」
「まあ俺も笹木さんから聞いて初めて知った話が殆どじゃけぇね。中3の時は、笹木さんが俺のことを好きだったなんて、全く気付かんかったんよ」
「そりゃあもう、上井くんの目は後から酷い目に遭わされる元カノさん一本じゃったけぇ、気付く訳ないじゃろ。違う?」
「それを言われちゃオシマイよ、みたいな部分は、確かにあるよ。で、笹木さんが言うには、アタシは上井争奪戦に負けたけど、上井は初めて話が出来た恩人みたいなもんじゃけぇ、俺と元カノさんを応援しよう、って思ってくれたらしいんよ。そんな女子の心の動きに全然気付いとらんかったよね、その時は」
「いやぁ、メグらしいな、なーんか。女なのに男気があるというか…じゃけぇ今もみんなが推して、
「まあそんな経緯があってね、俺はそんな笹木さんの心は気付かんかったけど、笹木さんは俺と元カノさんが上手く行けばいい、と思ってくれとったらしいんよ。じゃけど私立受験の直前に急転直下が起きて…」
「ウンウン、そこからは涙なくしては聞けない、上井くんの地獄ロードの始まりじゃもんね。そんな時にメグが何かしてくれたん?」
「いや、特に…」
「アレ?なんだ、熱い友情で上井くんに励ましの言葉を掛けてくれたのかと思ったんに」
「まあその時点では、中立だったんじゃないかな。俺を助けてくれとる、って感じたんは、吹奏楽部の朝練の時に、俺がハブてて朝練をサボってクラスで不貞寝しとった時」
「なんで朝からハブてる必要があるん?」
「…元カノさんと今彼さんが告白し合って付き合い出したのを目撃したけぇ…」
「あっ…。それも聞いたかな、どうだったかな。よく覚えとらんけど、上井くんは1年の時は女の子に酷い目にばかり遭ってたって記憶があるけぇ、きっと聞いとるわ」
「じゃあ聞いとる前提で続けるよ。俺が、もう投げやりになったんよね。何もやる気が起きなくなって。まあその後も紆余曲折があって、何かある度にクラスで部活をサボっとったんよ。そしたら笹木さんが、元気出しなよ!って、肩をバシーンと叩いてくれてさ。あの痛みは忘れられんよ」
「熱血メグが出たね。なんだろ、アタシなりに想像すると、アタシが好きだった上井くんは何処に行ったのよ!って気持ちじゃないかな?」
「へ、へぇ…」
これは女子ならではの視点だろうな。
「もしかしたらそうなのかもね。それともう一つ大きかったのは、百人一首大会ってのがあったじゃろ?」
「…そんなのあった?」
「1月末にあったんよ。とにかく、クラスから3人のメンバーを出さなきゃいけなくて、担任の末永先生は、俺と笹木さんと元カノさんという無茶苦茶な3人を選んだんよ」
「え?なんでその3人?って思うよ、ここまで聞いてると」
「ま、末永先生も俺と元カノさんの関係を改善させてあげたい、みたいに思ってくれとったようでね。仲介役に笹木さんを入れた、と」
「ふーん…。その時の上井くんの心境は?」
「辞退!としか思い付かなかった。最初は」
「だよねぇ。そうなんだ、罪作りな先生よね」
「でもその時、笹木さんが上手いこと俺と元カノさんを取り継いでくれて…。その時に1年ぶりに会話したかな、元カノさんと」
「へぇ…」
近藤は信じられない話を聞かされているという風情だった。
「で!長くなったけぇ話をまとめると、こんな感じで笹木さんと友人みたいに付き合っとるけぇ、今更彼女にしようなんて、思わない、ってこと。それは笹木さんも一緒じゃと思うよ。あと近藤さんが見たという、俺と笹木さんが一緒に帰ったのって、その時の一回だけ」
「う、うん…。なんか強引にまとめられたけど、上井くんとメグが恋愛で結び付いとるんじゃないってのは分かった」
「良かった!近藤さんの誤解が解けて。じゃあ俺、部活に行って来るね!」
俺は早く音楽室に行かねば、という焦りから、近藤妙子を置き去りにして、音楽室に向かおうとした。
「待って、上井くん!」
急ブレーキを掛けられた。
「ええっ?他に何か疑問があるん?」
「あの…ね、大部分は解消出来たけど、あの…もう少し聞きたいことがあるんだ、上井くんに」
そう話す近藤の顔は照れていた。
(まさか告白?いや、そんなのこんな場面で有り得んし。非モテがいい気になるなよ、俺)
とりあえず俺は近藤に向き合った。
<次回へ続く>
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