第23話 放課後、心の乱れ
9月24日、秋分の日を合わせて2日間熱で休んでいた俺は何とか復活し、日曜日にある体育祭本番に向けて生徒会の仕事と吹奏楽部の練習のために、放課後に動き始めた。
「末田さん、悪りぃ、部活は生徒会室に寄ってから行くって、誰かに言うといて?」
「あ、上井くん。分かっとるよ。大村くんにでも言うとくわ。生徒会長に休んでごめんなさい、って言って、怒られてから部活に来んさいや。その後、広田や宮田さんに慰めてもらえば?今朝、会っとらんのじゃろ?まぁアタシも朝練に出とらんけぇ、エラソーなことは言えんけど」
末田らしい言い回しを聞くと、逆に安心する。末田も結構モテそうなルックスとボディなんだけど、喋り方で損をしとるんじゃないかなぁ…。なかなか恋愛で苦労しているようだし。俺が言えた義理ではないけど。
「…やっぱ、生徒会長に怒られるかな、俺?」
「いやぁ…。アタシは生徒会役員じゃないけぇ、どんな雰囲気なんか知らんけど、やっぱり体育祭の予行演習を休んだらそれなりに会長には怒られるんじゃないん?部活はまあ大丈夫だと思うけどね」
「なんか、生徒会室に行くのが怖くなってきた。あ〜、どうしようかな…」
そこで俺の肩を叩きながら声を掛けてくれたのが、田川だった。
「上井くん!なんか岩瀬会長を怖がっとるみたいやけど、別に大丈夫よ?アタシ、岩瀬会長が生徒会役員の誰かを怒っとる所なんて、見たことないもん。予行演習の日も、上井くんのことは心配しとったけど、怒ってはなかったし。それでも不安なら、アタシと一緒に生徒会室に行く?」
アネゴ肌の田川だけある。正直助かった…。
「ごめん、田川さん。じゃあ、一緒に行ってもらってもええ?」
「うん、アタシで役に立つんならいくらでも」
「じゃ、お願いです、神様、仏様、田川様」
「アハッ、なーに言ってんのよ、上井くんらしくないんじゃけぇ。ほら、行こうよ」
ということで田川と一緒に生徒会室に向かうことになったが、そこで俺に小声で囁いてきたのが、三井だった。
「上井って、役得だよなぁ」
「ん?なして?」
「田川さんと2人で歩けるなんて、俺にしたらメッチャ羨ましいけぇ」
「なに?三井は田川さんのこと…ウガッ」
三井に口を塞がれてしまった。
「黙っといて…。俺、今度の修学旅行で仕掛けるけぇ…」
「な、なに?田川さんに告るん?」
三井は黙って頷いた。
「どしたん、上井くん?生徒会室、行くよ〜」
と田川が呼ぶので、
「事情は分かった。別に俺は田川さんに恋愛感情まではないけぇ、三井を応援するよ」
と三井に小声で囁き、先を歩く田川に追い付いた。
(まあ田川さんを好きな男子は、沢山いそうじゃけどなぁ…。三井って田川さんとクラスで話とかしとるんか?応援するとは言うたけど、上手くいくんかな。それより俺自身が何してんだか、だよな…)
「ねぇ上井くん、三井くんに何言われたん?」
「えっ?いや、あの…その…えーっとですね…」
今度の修学旅行で三井が貴女に告白するらしいよ?なんて言える訳ない!
「あー、なんかエッチなことじゃろぉ」
「はい?なんでそうなるん?」
「男子2人がヒソヒソ話しとるんじゃもん、エッチな話じゃろ、としか思えんよ~アタシは」
田川はセリフはキツめだったが、表情は楽しげだった。
「天に誓って、エッチな話はしとらんってば!」
「ホンマに?だってアタシが上井くんに声掛けたら、三井くんが慌てて上井くんに話しよったじゃろ?もしかしたらどっかでアタシのスカートの中を見てしまった、代わりに謝っといてとか、そんな話でもしよったんじゃないん?」
「田川さん、前もなんかスカートの中がどうのこうのとか言いよった気がするよ?」
「え?あー、なんか上井くんに言ったかもね。アタシ、基本的にスカートの中にブルマ穿いとらんけぇ、ホンマはもっとお淑やかに過ごさんといかんのじゃけど、どうも柴田が言うには、いっつもアタシはガニ股じゃけぇ、パンチラに気を付けんといけんらしいんよ」
今の会話を三井が聞いたらどう感じるだろうか…。まあ俺はある程度そんな田川を知ってるから、免疫はあるけど。ちなみに柴田というのは、田川のクラスでの親友女子の名前だ。
「じゃ、田川さんもブ、ブルマ穿けば?」
俺は少し照れながら言った。
「嫌よ~。中学生女子じゃあるまいし。冬はまだ分からんでもないけど。毛糸のパンツ代わりに」
「そんなもんかなぁ」
「そんなもんよ。女子は高校時代に成長するけぇね、スカートの中にブルマ穿くなんて、お子様女子のやることよ。それに、男子って幼いよね〜って見てる時もあるかな。あ!上井くんの代わりのフォークダンス要員に、火野くんがやたらとなりたがったのとかね」
「んー、俺も幼く見える時がある?」
「え?上井くんを?…いやぁ、上井くんをそんな目で見ることはないかな。逆にようやっとるわ、って思っとるよ。だって吹奏楽部の部長兼務じゃろ?アタシの放送部部長よりも格上じゃん。前も言ったかもしれんけど。じゃけぇ疲れて、体育祭の予行演習の日にダウンしたりするんじゃないん?あんま無理しちゃいけんよ」
「あ、ありがとう…。でも部活に格とかそんなのはないと思うけど」
などと会話をしてる内に、生徒会室に着いた。部屋の中は慌ただしい雰囲気だった。体育祭本番に向けて、予行演習で得られた改善点を3年生が主に話し合っていて、2年生はその会議を聞きながら時折意見を求められている、そんな感じだったが、俺は話し合いに乱入するような形で会長に謝罪した。
「会長、予行演習の日は休んでしまって申し訳ありませんでした」
俺は勇気を出して岩瀬会長に挨拶をした。すると会議していた先に来ていた生徒会役員メンバーが一斉に俺、そして田川の方を向いたので、少しビビってしまった。
「おっ!上井くん〜。どうや、元気になったか?」
「は、はい、なんとか…」
「まあ人間じゃけぇ、体調が崩れる時もあるよな。偶々予行演習の日になっちゃったのは、俺らや吹奏楽部の皆さんにはビックリじゃったけど、本番では頼むよ!」
岩瀬会長は明るくそう声を掛けてくれた。そして他の先輩役員の方からも気にしないで、と声を掛けてもらえたが、一番嬉しそうだったのは静間先輩だ。
「上井くーん!良かったぁ、無事で。だって月曜日はフォークダンスの練習に元気に参加しよったじゃん。それが次の日にダウンだなんて、アタシ、寂しかったんじゃけぇ…」
「いや、静間先輩、すいませんでした」
そう言われ、俺は委員別に座っている会議の席で、静間先輩の横に座った。そして予行演習で見付かった改善点はコレとアレと…と、教えてもらった。
「アタシ、本当に心配だったんだから…」
最後に静間先輩はそう言った。
「えっ…。俺ですか?」
「当たり前じゃん。上井くん以外の誰を心配するのよ。本番の日は、絶対にダウンしないでね。アタシ、上井くんとフォークダンス出来るのを楽しみにしてるから…」
「静間先輩…」
そんな言い方されると、若本に揺れ動かされている俺の心中が更に揺さぶられるじゃないか…。でも俺のことを好きだとか、恋愛対象として見ている訳では無いことも、俺は気付いている。
反対側の席にいる山中は分かっている筈だが、そうじゃない同期生が1人いた。近藤妙子だった。
何だか視線を感じてその方向を見ると、近藤と目が合った。
その瞬間、慌てて俺も近藤も視線を外したが、静間先輩と小声で会話している俺のことが何か気になったのだろうか。
「えーっと、本番までに修正しておきたい部分はこんなもんかな?どう、みんなの意見は」
岩瀬会長が話し合いを締め括るような雰囲気でそう言った。
「もう大丈夫じゃないですか?予行演習もそんなに進行を乱すようなミスはなかったですし」
1年生ながら副会長の桐原がそう言った。
「そっか?他のみんなもそれでええかな?」
ほぼ全員が頷いていた。
「じゃ、話し合いはこれで終わりにして、各委員で仕事がある、又は話し合いで新たな仕事が出来たって方は、このまま残って仕事して下さい。俺も残りますんで。ラッキーなことに何もない!って方は、部活に行くなり、帰るなりしても構いません。では話し合いは終わりです」
俺は静間先輩に尋ねた。
「風紀委員は何か新たなことはありますか?」
「ううん。まあしいて反省点を言うとね、割り当て通りに来なかったクラス委員がおったけど、そればかりはどうにもならない、ってことで特に追加の仕事はないよ」
「そうですか!じゃあ俺、部活に行っても良いですかね?」
「う、うん…」
何故か静間先輩は寂しそうに呟いた。
「そうだよね。上井くんは体育祭で演奏しなくちゃ、だもんね」
「はい…。それこそ予行演習で多大な迷惑を掛けちゃったので。今朝も朝練で謝ってはいるんですけど、まだ肝心な部員と話せてませんし」
「うん…。個人的にはね、上井くんのことが心配じゃったけぇ、元気に復帰してくれたことは嬉しかったよ。まあまた、お話出来るよね?」
静間先輩は、俺と何か話したかったのだろうか?だが今の俺は、とにかく吹奏楽部へ早く顔を出したい、その一心だった。
一緒に生徒会室に来た田川も、放送担当ということで特に追加の仕事も発生していないようで、部活へ行くみたいだ。
「じゃ上井くん、お疲れ様〜。お互い部活もまとめなくちゃ、だね」
「そやね。田川さん、ありがとう」
「いやいや。じゃあ今度何か奢ってね。修学旅行の時、ディズニーランドでお菓子とか」
「げっ。それはかなり高そうなイメージが…」
「うふっ、冗談よ。じゃあお先に〜」
田川は一足先に放送室へと向かって行った。俺も静間先輩に、今度またゆっくり話しましょう、と約束して音楽室へ行こうと生徒会室を出た。
すると俺のカッターシャツが引っ張られた。
(えっ、こんなことするのは野口さんぐらいじゃけど、誰だ…?)
<次回へ続く>
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