第20話 3年女子と踊りたいのは誰?

 末永先生に放課後呼び出され、3年生のフォークダンスでどのクラスを選ぶのか教えてほしいと言われた次の日の朝。


 俺は部活の朝練に出て、先日改めて広田から習った正しいシンバルの持ち方を体に覚え込ませようと、シンバルを持ったまましばらく棒のように突っ立っていた。


「先輩!何か悪いことして立たされてる生徒ですか?」


 と、声が聞こえた。

 声が聞こえた方を向くと、笑いを堪えるのに必死な顔の若本がいた。


「なんじゃ、若本かぁ」


「なんじゃ?はアタシのセリフだよ、先輩!なんでシンバル抱えたまま突っ立ってるの?」


「いや、前の部活で、正しいシンバルの持ち方を広田さんに教えてもらったんよ。そしたら目から鱗でさ。いかに今までテキトーにシンバル持っとったんか思い知らされたけぇ、まず体にシンバルの正しい持ち方を覚え込ませようと思って」


「でっ、でも、シンバルを抱えたままずっと立ってるのは、変だって先輩!」


「そうかなぁ」


 そんなやり取りをしていたら、少しずつ朝練参加の部員がやって来た。


「おはよーございます!上井先輩、何の罰ゲームですか?」


 そう言ってきたのは、若菜だった。


「上井くん、何かまた考えてんの?シンバル持ったまんまで立ってるだけで…」


 そう言ってきたのは、太田だった。

 なんだろう、誰もシンバルの練習の一環として見てくれないのか?


「上井、何しとるん?」


 今度は朝練には滅多に出て来ない伊東から声を掛けられた。


「伊東こそ、珍しいじゃん。朝練に来るなんて」


「俺?俺はマーチの出来がマジでヤバいけぇ、ちょっと本腰いれんと来週の体育祭の予行に間に合わんと思って。あと、突然テナーの後輩が若本から永野に変わったじゃろ。それもあって」


「ほぉ、さすが決める時は決める男、伊東やね。永野の面倒見るんも大変かもしれんけど、よろしく頼むよ」


「ああ、永野は俺と話が合うけぇ、エエ奴で良かったよ。殆どエロ話じゃけど」


 周りに女子部員がいるというのに、平気でこんなことを言うのが伊東だ。それでも俺の代の男子では、女子からの人気が一番高いから、世の中は不思議だ。


 他の部員とも何だかんだ話をしていたら、朝の予鈴が鳴ったので、撤収になった。シンバルを片付けていると…


「上井くん?」


 野口だった。最後に声を掛けてくれたのだ。


「ん?どしたん、野口さん」


「疲れとらん?体、大丈夫?」


 心配そうにそう言ってくれた。


「まあ、大丈夫だよ。あ、もしかしたら音楽室で寝落ちしとった話、誰かから聞いたん?」


「え?何それ。上井くん、音楽室で寝落ち?アタシは初耳よ?」


 俺はてっきり、広田が一旦帰宅後にわざわざ音楽室に俺を起こしに来てくれた、マーチのカセットテープを聴きながら寝落ちした件を絡めているのかと思った。


「あっ、知らんかった?いやぁ、黙っとりゃ良かったな、ハハハ…」


 俺は苦笑いするしかなかったが、野口はますます心配そうに、


「どうして音楽室で寝落ちなんかしたの?部活の後、みんなが帰ったのを確認したら疲れが噴き出たんじゃろ?ねえ上井くん、いつか倒れちゃうよ。もっと…気楽にいこうよ。ね?」


 そう言って、俺の顔を見つめてくれた。改めて野口に見つめられると、照れや恥ずかしい気持ちと、野口のウサギのようなキュートな顔が印象的だった。


「…うん、ありがとう。強がっとるけど、本当は…やっぱり、疲れとるんよ。慢性寝不足じゃけぇね」


「じゃろ?上井くんの顔が、今までと違うもん」


「今まで…って?」


「んーとね、夏のコンクールの頃かな」


「コンクールか…。あの頃は吹奏楽部一本で頑張れたけぇね」


「コンクールの後、上井くんを悩ます事が色々あったじゃろ?チカやサオちゃんの勝手な行動とか、覇気が無くなった部内の雰囲気とか。それに二学期が始まって、生徒会の体育祭の準備が加わっとるけぇ、上井くんが少しでも休める時がなかなかないんじゃとアタシは思うんよ。どう?」


「そこまで俺の様子を見てくれとるん?」


 俺は胸が熱くなった。最近は腹を割って話すことも減っていた野口だが、俺のことを心配してくれていたんだな…。


「う、うん。上井くんは…大事な男の子じゃけぇね」


 少し含みのある言葉を発すると、ホームルームが始まっちゃう!と言って、野口は上井くんも早くクラスに戻ってねと言い残して、先に2年生のクラスがある教室棟へと小走りに向かっていった。もしかしたら野口自身の表情の変化を俺に見られたくなかったのかもしれない。


「…大事な男の子、かぁ」


 色んな意味が含まれているのかなと感じた。

 ただ感傷に浸っている時間はなかった。俺も早くクラスに戻らねば…。


「みんな、おはよう!」


 末永先生は今日も元気に朝のホームルームに現れた。そして音楽室から急いで戻ってきて若干息が乱れている俺の顔を見ると、


(今から3年のフォークダンスの補充男子を決めるよ)


 というアイ・コンタクトをしてきた。

 俺は一応、分かりました…と目で応えたつもりだが、通じただろうか。


「えーっと、今朝はまず男子に、希望者を募る案件があります」


 えぇーっ、という声がクラスの男子から上がり、面倒臭そうな反応を見せている。数分後には変わるクセにな~。


「何だと思う?長尾くん」


「えっ、俺指名ですか?」


「多分ね、長尾くんなら率先して立候補すると思うたんよ」


「わ、分からん…。なんですか、先生?」


 長尾も末永先生からの唐突な問い掛けには戸惑ったみたいだ。末永先生も遊んでるなぁ、生徒で。


「じゃあ発表するね。今度の体育祭の3年生のフォークダンスで、女子の相手役に、7組からは6人の男子が必要なの。で、1人はもう決まってるから、残り5人を今募集します」


 男子が急に騒ぎ出した。ほら見ろ、さっきえーっ?とか言って否定的な反応したヤツは立候補するなよ…?


「先生、どうやって決めるんですか?」


 一番前に座っている谷本が、叫ぶように末永先生に聞いていた。


「えっとね、まずは立候補を募るわ。もし立候補者多数になったら、立候補者同士でジャンケン大会」


 おぉーー!と、ますます男子が騒いでいる。他のクラスからも男子が騒ぐ声が聞こえだしたので、今朝各クラスで、一斉に男子補充員を決めているのだろう。まあそれだから俺は昨日、何組に入りたいのかを末永先生に確認されたのだが。


 ただ今のところはみんな気付いていないが、先生はさり気なく「1人はもう決まってるから」と言った。それは俺のことを指しているので、誰かがその先生のセリフに気付いたら、どうなってしまうだろうか…。ちょっと怖かった。


 一方で女子は、お祭りムードの男子を眺めてなんとなくしらけたムードになっている。


 そんな雰囲気の中、クラスで話せる数少ない女子、俺の席の斜め後ろにいる同じ吹奏楽部の末田が、俺に聞いてきた。


「上井くんは立候補するん?フォークダンス」


「あー、フォークダンス?立候補はしないけど…フォークダンスには出るんよ…」


「え?なんか意味深〜」


「バレる?」


「そりゃあもちろん。部活とクラスで一緒に過ごしとるもん、上井くんの言葉のニュアンスとかで、何を考えとるかとか、もう覚えちゃったよ」


「そっかぁ、やっぱり隠し事出来んなぁ、俺って」


「ね、そう言って墓穴を掘るじゃろ?隠し事ってなんなん?」


 女子って鋭いよな…。俺は周囲の男子に聞こえないように、末田に白状した。


「実は生徒会役員は、自動的にフォークダンスの男子要員になるんよ」


 ちょっと事実を曲げて話したが、生徒会役員の2年生男子は自動的にフォークダンスに入ることになっているので、出鱈目ではない。山中や中下も自動エントリーだ。


「あー、そうなんやね。じゃけぇ、なんか男子が浮足立っとるのに、上井くんは対岸の火事みたいな…。あっ、さっき先生が言っとった、1人はもう決まっとるって、上井くんのこと?」


「…恥ずかしながら」


「…他の男子から攻撃されんよう、祈っといて上げるわ」


 いよいよ先生が動き始めた。


「じゃあ男子から立候補を募るよ〜。3年生のフォークダンスの補充員になりたい男子、手を挙げて?」


 ハイ!ハーイ!オレ!


 …殆どの男子が立候補したんじゃないだろうか。凄い喧騒になった。その中で俺は様子見のように手を挙げていないので、逆に周りの女子から怪しまれてしまった。


「上井くんは立候補せんの?」


 俺にそう聞いてきたのは、これまた俺がクラスで話が出来る数少ない女子、左側の席の関根美帆だった。同じクラスの生徒会役員、田川の親友ということから、俺とも話をしてくれるようになった、貴重な存在の女子だ。


 男子は今から大じゃんけん大会でメンバーを5人に絞るとのことで、先生が、アタシとジャンケンして勝ち残った男子がフォークダンス補充員に入れるけぇね!と叫んでいた。


「あ、関根さん。男ってアホじゃよね〜」


「え?別にいいんじゃない?年上のお姉さんとフォークダンス出来るんじゃけぇ、そりゃ立候補するじゃろ。上井くんは年上のお姉さんと踊りたくないん?」


 俺は苦笑いしながら答えた。


「さっき先生が、1人はもう決まっとるって言うたよね?実はそれが俺なんよ」


「えっ?なんで?」


 関根は驚いた顔をして聞いてきた。


「あの〜、生徒会役員の特権とでも言えばええかな…ハハッ」


「ハハーン、なるほどね!普段色々やらされとるもんね。じゃけぇ体育祭で、年上のお姉さんとフォークダンスして、癒してもらう、ってことなん?」


「え、いやぁ…。そこまで深く考えたことはないけど」


 この関根も、クラスで気楽に話せる女子なので、友達感覚でいつも俺は喋っていた。


 俺の周りでそんな会話をしている内に、男子5人が決まったようだ。


「やっと決まったねー。今回落選した男子諸君も、もしかしたら今決まっとるメンバーが体育祭の日に休んだりしたら繰り上げ当選になるけぇ、まだ微かな希望を捨てんといてね」


 末永先生は、まだ騒然としている…但し男子だけだが…状態のクラスに向けて、話し掛けていたが、聞こえているのだろうか。

 冷静に見ていると、女子が呆れ気味なのが、俺には笑えてしまう光景だった。


 そして結局、最初から決まっている1名は誰だ?という話は、俺の周りの女子にカミングアウトしただけで、他の男子は先生の巧みな「5人決めるよ!」という話術のお陰で、俺だということは公にならず、助かった。


(でも来週の練習会や予行でバレるかな)


 先生とのジャンケン大会で敗北し、一番悔しがっていたのが火野忠司だったので、ひょっとしたら火野が俺に代われ、と迫ってくるかもしれないけど。


 1時間目が始まる前に、ちょっと離れた席にいる田川が、話し掛けに来てくれた。


「上井くん、大騒ぎを評論家みたいに眺めよったね」


「まあね〜。一応俺は決定済みじゃけぇね」


「岩瀬会長が、上井くんには3年のフォークダンスで好きなクラスを選ばせちゃる、って言いよったけど、結局何組にしたん?」


「俺?会長にはそう言われたけど、3年7組しか考えとらんかったよ」


「そうなん?3年7組に、憧れのお姉さんでもおるん?上井くんは」


 そう田川に言われて、少々ドキッとしてしまった。

 俺のファーストキスの相手、前田先輩と、最近俺との距離を縮めたと何故か喜んでくれている、静間先輩がいるからだ。


「い、いや?会長にはそう言われたけど、だからって3年2組にします…ってのも、なんか面倒臭いし」


「ホンマに?なーんか隠された話がありそうじゃけどなー」


「田川さん、追及厳しいって…」


「まあ、今日の放課後の役員全体会もあるし。その時までに、アタシが納得する理由、考えておいてね〜」


「ちょっ、田川さんってば…」


 このやり取りを隣の関根が、笑いながら聞いていた。

 なんだか、どこへ行っても俺は弄られキャラなんだなぁ…。


 放課後になってほしいような、ほしくないような、変な気持ちになった。 


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る