第18話 実は…
「そんな、男の過去なんか聞いても面白くもなんともないよ?俺が、2人が知っとる女子と付き合っとったとか、そんなのがあれば別かもしれんけど」
俺は、中学時代の過去を追求してくる笹木と中本にそう言い、なんとか質問から逃げようとした。
笹木は中1と中2の時には千葉にいたから、まだその頃の俺について知りたがるのも分からないでもないが、中本が一緒になって追求してくるのには困った。
「そっかなぁ。アタシはさっきも言ったけど、上井くんが1年生や2年生の時、好きな女の子はいたのかな、とか興味津々よ?」
笹木がそう言うと中本も、
「アタシも…。上井くんは覚えてくれとるかどうか分かんないけど、アタシ、上井くんが転校してきた頃、1組に仲良しな友達がいたのもあって、よく1組に顔出してたの。そしたら上井くんがポツンと休み時間に座ってて、これが噂の転校生君か!って思ってね、声を掛けてみたんだよ」
「中本さん、それ本当?」
笹木が反応していた。
この、俺が忘れる訳がない出来事を、中本は語ってくれた。
その影響で、俺は小学生時代は敵だと思っていた女子に対して、初めて胸が熱くなる恋心を抱いたのだから。
逆に俺こそ、中本がそのことを覚えていたことに驚いた。
その話を持ち出されたら、俺は白旗を揚げるしかないが…
どうこの場を切り抜けようか悩み始めたところで、思わぬ救世主が現れた。
「あっ、岩国行が来たよ!どうする、笹木さん?」
JRの列車だ。遅い時間帯なので、これを逃すと次は20分待たなくてはいけない。
「えーっ、これからが話の面白いところなのにな…」
と笹木が言うと、中本も
「タイミング、悪いー!せっかくアタシのとっておきの話を披露したのになぁ」
そうこうしている内に、岩国行の列車がホームに到着し、ドアが開くのが見えた。
「これ逃したら、また20〜30分待たないかんよ。乗ろう、笹木さん。中本さん、続きはまたね!じゃあ…」
俺は改札に向かって走り出した。笹木も俺の後から中本にまたねーと言って、走って追い掛けてくれた。
列車に乗り込むと、丁度ドアが閉まり、次の大野浦へ向かって走り出した。
少しだが走ったせいか、息が乱れてしまった。
走行中の列車内でしばらく俺も笹木も無言で息を整えていたが…
「ふぅ…。ね、上井くん?」
「はっ、はい?」
「もしかしたら、この列車に助けられた?」
「うっ?なんで?」
「この列車が来た時、凄い安心した表情になったの、アタシは見逃さんかったよ~」
と笹木は、ニヤッとしながら俺に問い掛けてきた。
なんだろう、俺のことなんかお見通しなのだろうか、笹木は?
「あの、なんでそんなことを思ったん…?」
「アタシも中本さんが現れて、ちょっとやり過ぎちゃったかなと思っとるけど、上井くん、困っとったじゃろ?」
その通りだ。だが何故困ったのかまでは分からない筈だが…。
俺が中本に恋して玉砕したのは中1の最初の頃だからだ。中本がそのことを知っていて、なおかつ笹木に教えていれば別だが…。
中本は、俺が中1の最初に好きだったことを知っているとは思えなかった。
だが最初は休み時間に、1年1組に遊びに来る中本が俺に話し掛けてくれたらちゃんと返していたのに、中本に彼氏がいることを知ってからは話し掛けられても素っ気ない返事しかしなくなり、その内中本から話し掛けてくることも無くなっていった。
そんな過程があるため、もしかしたら中本は俺の本心に気付いていた可能性はある…。
だからこそかなり久しぶりに顔を合わせたというのに、早々に中1の時のネタを放り込んできたのではないか?
「さすが笹木さん、鋭いね〜。実は困っとったし、一安心したのは事実」
「やっぱり?…うーん、アタシの想像なんじゃけどね、上井くん、中本さんのこと、好きだった時があるんじゃないん?どうじゃろ?」
やはり女性の勘というのは凄い。もはや隠せそうもないので、笹木には全て白状しようと思った。
「もう隠しても意味がないけぇ、白状するよ」
俺は横浜での小学生時代、女子は敵だと思うほど嫌われていたこと、広島に引っ越して中本が女子では初めて俺に親しく話し掛けてくれ、女子が敵どころか初めて恋をしたこと、だが、彼氏がいることを知らされて失恋し、以後は中本と話さなくなったこと…を一気に話した。
「前に笹木さんが、俺と中本さんには何かありそうな気がする、って言いよったじゃろ?あの時、凄いドキッとしたんじゃけぇ」
「そんなことがあったんじゃね…。ごめんね、アタシが軽々しく聞いたりして」
「いや、笹木さんは何も知らん…かったんよね?」
「うん。全部初耳よ!じゃけぇ、ビックリよ」
「中本さんから、何か俺について聞かされたことがあるとかも…」
「殆どないよ。前に言った、上井くんのことを朝見掛けたけど話し掛けられなかった…ってことだけだよ」
「中学時代はどう?笹木さんが途中入部の形でバレー部に入った後とか、中本さんとはどんな感じじゃったん?」
「んー、緒方中の女バレは人数はまあまあおったんよね。そんな所へ転校してきたって言っても3年生で途中から入るってのも珍しいけぇ、最初はお手並み拝見みたいな視線を感じとったんよ。アタシも最初はそうだろうな、と思っとったけぇ、そんなに気にせんかったけど、まだ女バレに溶け込めてない内に初めて話し掛けてくれたのは、中本さんなんよ」
笹木もまだ女子バレー部で周囲と馴染んでない時に、中本から話し掛けてくれたとのことだ。
俺の時も、まだ転校してきたばかりで友達と呼べる存在がいるかどうか…というタイミングで、積極的に話し掛けてくれた。
一人ぼっちの仲間を見ると助けたくなる、そんな性格なのかもしれない。
「上井くんはさ、中本さんのことを好きになった、って言ったよね?アタシももし女じゃなくて男じゃったら、多分中本さんのことを好きになったと思うよ」
「へぇ。ということは逆に、それだけ初対面の人でもすぐ仲良くなれる性格ってことだよね。中本さんは」
「そうじゃね~。物怖じしない、人見知りしない、そんな性格かも。じゃけぇ、女バレで一緒じゃったんは半年もないかな?でも、中本さんが話し掛けてくれたお陰で、他の同期女子ともあっという間に仲良くなれたし、後輩も慕うようになってくれたしね」
「ふーん…。他人の為に尽くしてくれる、そんな女の子なのかな」
俺は転校したての時のことを改めて思い出していた。
孤独に見えた俺に中本から声を掛けてくれ会話を交わすことで、その話し声が周りにも聞こえ、俺に声を掛けてくれるクラスメイトが増えていったんだ…。
俺はといえば一方的に中本に初めての恋心を抱き、彼氏がいたから失恋したといって勝手に中本との会話を打ち切った男だ。なんと勝手な男だろう。
「…上井くん?」
俺が考え込む表情になったところで、丁度列車は玖波に着いたので、笹木と一緒に下車した。
改札を抜け、同じ社宅に向かって並んで歩きながら、笹木は聞いてきた。
「ねぇ、上井くん。電車を降りる前に凄い考え込む表情してたけど、中本さん絡みで何か思うことがあったん?」
「うん…」
「どんなこと?アタシにも言えないようなことかな」
「いや、逆に笹木さんにしか言えないよ」
「えっ、アタシだけ?なんか、凄い重大なことかな…」
俺はワザと笑顔を作った。
「まあ重大といえば重大かもじゃけどね。俺、中本さんに酷いことしたなぁ…って思って」
少し夜空を見上げるようにしながら言った。
「酷い…こと?」
「そう。笹木さんが中本さんから話し掛けられて、中学の時の女子バレー部に馴染めるようになった、って話を聞いてさ…。さっきの話で、俺、中本さんに彼氏がいるのを教えられて、話さないようになった、って言ったじゃろ?」
「う、うん」
「たかがそんなことで、せっかく他のクラスの俺に話し掛けてくれてたのに、無視するようにしたことが、物凄い申し訳ないことをしたな、って…」
中1の時にそんな失礼な態度を取ったというのに、中本はさっき宮島口で、中1の時の思い出話を楽しそうに披露してくれたし、4年近いブランクがあるというのに、昔からの友達と再会して嬉しいという感じで話し掛けてくれた。
それに対して俺も昔の負い目があるから、視線を合わさないようにしたりして…。
俺の方がよっぽど人間として不出来じゃないか?
今でも神戸と出来るだけ話さないようにしていることや、また先方が避け気味なのを良いことに俺からも無視するようにしている伊野、この2人の女子に対する俺の姿勢は最低なんじゃないか?
「上井くん、元気出しなよ。上井くんは悪くないよ?思春期に色んな経験するじゃん、アタシ達って。その時、その時には、そういう判断しか出来ないっていうか…。多分上井くんは中1の時、中本さんを好きになったのに彼氏がいたなんて、ってショックで、中本さんと距離を置こうとしたんじゃろ?そんなの当たり前だってば。13年しか生きてないんだもん。上井くんが初めて心から好きになった女の子に彼氏が既にいた、こんなショックなことないってば。同じパターンをアタシが経験したとしても、上井くんと同じようなことをするよ、きっと。だって13才だもん。だから上井くん、今更自分を責めちゃダメ。ダメだよ?」
笹木はそう言って、俺を励ましてくれた。
「笹木さん…。あー、やっぱり女の子の方が男より先に成熟するって、本当だね。今みたいな考え方、俺には出来ないもん」
「そんなことないよ。上井くんは優しい男の子。自分を犠牲にしても、他人やその場の空気を優先する男の子。だから中学の吹奏楽部でも、後輩の女の子からモテてたんでしょ」
「その時は全然実感無かったけどね」
「うーん、それが残念ではあるけどさ。でも事実らしいってのは、段々と明らかになってきたんじゃろ?」
「まっ、まあ…」
「第一、アタシが上井くんのことを好きだったの、忘れた?」
「えっ?あ、あぁ…そ、そうだった、ね」
俺は顔から火が出る気がした。
「中3の7月、アタシは神戸さんに負けた、って思って、上井くんを恋愛対象として見ないようにした。でも上井くんとの縁は切りたくなかったから、親友に徹しよう、って思ったの。もしかしたらこの辺り、上井くんには初耳かな?」
「親友に徹する…なんてのは初めて聞いたよ」
「あ、じゃあ上井くんには話してなかったんじゃね。神戸さんに敗北した後、アタシはしばらくは上井くんと話せなかったんよ」
「え?そうじゃったっけ?」
「ほらー、そんなもんでしょ?まあ時期的に一学期が終わって、夏休みに入る頃じゃったけぇね。夏休み中は上井くんとも会わんかったし、二学期になった時には、アタシの傷も癒えて。よし、親友になろう、って勝手に決めたの」
「そうじゃったん?いや、今日の帰り道は刺激が多すぎるよ…」
「そうよ?じゃけぇ、二学期早々に班替えがあって、上井くんは神戸さんと別の班になってしもうて落ち込んどったけど、アタシとは引き続き同じ班じゃったんも、覚えとらん?」
「いや?覚えとるよ。俺があの人と別の班になって、残念だったのを、笹木さんが励ましてくれて…。時には冗談を言い合ったり…。なるほど、繋がって来た。笹木さんは二学期には、ニュー笹木さんに生まれ変わっとったんじゃね?」
「アハハッ!その表現!ニュー笹木ってなによ~。でも上井くんに対する気持ちは、一学期と二学期では違っとったのは事実よ」
「確かに。今思い出せば…ってことが結構あるもんなぁ…。1年の女の子が、体育祭の後に俺に御礼を言いたいって探しに来てくれた時も、防波堤になってくれたよね、確か」
「うん。いきなり上井くんと接触させたら、神戸さんが絶対誤解する、って思うたけぇね。確かあの時、まだ神戸さんはクラスにおったんよ」
「そうじゃった?うーん、俺はその辺は明確に覚えとらんのじゃけど…」
「彼氏なのに?」
「そっ、それは…。その時は…。でも別の班…じゃったけぇね…」
「まあいいか。上井くんを追求したら、また自分を責めちゃうし。とにかく今日の結論は、上井くんは昔のことについて自分を責める必要はないの!ね、上井くん?分かった?」
「…うん。あー、自分のネガティブな部分が、こういう時に顔を出すんよ。自分でも嫌になるよ」
「上井くんは沢山の人から、いい人って思われとるんよ。じゃけぇ、自分を責めるような考え方は捨ててね」
そんな会話を、笹木とゆっくり歩きながら共にしてきたが、社宅に着いてしまった。
「そろそろ終点ね。明日からも、何時もの上井くんでいてね!アタシも元気に頑張るけぇね」
「ありがとう、笹木さん。救いの女神に見えるよ」
「今頃?2年前なら大歓迎なのに…なーんてね。じゃあ、おやすみ!」
「おやすみ〜!」
何とか最後は明るい気持ちで自宅に戻れた。笹木恵美、俺には勿体無いほどの異性の親友だ。
翻って男子の親友の筈の村山と、最近再びコミュニケーションを取っていない。
コンクールの頃や二学期早々には色々話したのだが…。
村山は今、どんなことを考えているのだろうか。船木さんと別れた後、好きな女子は出来たのだろうか?
<次回へ続く>
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