第17話 初恋ってやつは…

 西廿日高校から宮島口駅へ、夜の帰り道を笹木恵美と歩きながら、俺は中3の一学期、特に7月の林間学校後の1週間、笹木から好かれていたこと、そして俺は笹木が広島へ引っ越してきてから初めての好きな男子だった…という話を教えられた。


 だが笹木は『広島での初恋』と繰り返して言っていたので、俺が『広島で、の意味は?』と尋ね、それに対して笹木は千葉時代に付き合い掛けた男子がいた、と答えたのだった。


「なんか、意味深じゃね。千葉から広島へ引っ越す直前に、笹木さんが告白したか、逆に告白されたかのどっちか、ってこと?」


「さっすが〜!その通りよ。って、当たり前じゃけどね」


「じゃあどっちなのか、当ててみるよ!」


「うんうん。二択じゃけぇ、5割の確率じゃね」


 俺は話の流れ的に、広島へ引っ越さざるを得なくなった笹木のことを好きだった男子が、慌てて三学期に告白した、そう感じた。


「なんか俺の想像じゃけど、男子の方が、笹木さんのことを好きで、引っ越してしまうんならその前に告白しよう!って、三学期に焦って告白してきたんじゃない?」


 そろそろ宮島口駅に着きそうな頃に、やっと核心に入った。


「アハハッ!今までの話の流れじゃと、そう思うよね?実は逆」


「えーっ?」


 となると、笹木の方から告白したのか?


「そんなに驚かんでもええじゃん。アタシだって好きな男の子くらい、いたもん」


 そう言った笹木の顔は、バレーをしている時の厳しい表情ではなく、純粋な女の子という表情だった。


「じゃ、じゃあ、笹木さんから告白…したん?」


「なに、その信じられん!って顔は」


「いや、信じない訳はないよ?」


「でも疑っとるじゃろ~」


「いやいや、そんな顔しとる?」


「…しとる」


「しとらんってば!」


 等とやり合っていたら、宮島口駅に着いた。

 つい数分前に岩国行が出たところで、次の列車までは約20分待ちだった。夜になると、列車の間隔が伸びてくる。それだけ俺も笹木も遅くなったということだ。


「しばらく列車待ちやね。じゃあベンチに座って、続きを…」


「えー、もうアタシから告白したって白状したけぇ、ええじゃろ?」


「いや、肝心の部分を聞いとらんのよね。『付き合い掛けた』って言葉の意味!」


「元気じゃねぇ、上井くん。それぐらい積極的にさ、新しい好きな女子を見付けなよ」


「うっ…」


 俺は脳裏に若本が浮かんだ。今好きな女の子は?と聞かれたら、まだ完全な自信はないが、やはり若本になる。


「急に黙っちゃって…。もしかしたらまた痛い所でも突いちゃった?」


「まっ、まあ、俺の話は、笹木さんの謎を解決してから…」


「何かありそうね。クラスが2年になって別々になったけぇ、上井くんのプライベートをあまり把握しとらんしなぁ」


「ええじゃん、俺のプライベートなんか。誰も興味ないって」


「はーい!アタシ、興味津々でーす!」


 俺は笑うしかなかった。同時に、男女関係なくこんな話が出来る同級生がいて、嬉しくも思った。だが若本の件はまだ他人に話せるレベルまで進んではいない…。


「えー、そこの笹木さん、まずは彼氏になり掛け、って言葉の解説をお願いします」


「上井くん、正確には『付き合い掛けた』が正解よ」


「はい、揚げ足を取らない、そこの笹木さん!」


「んー、逃げれないか、やっぱり」


「え?この話題から逃げようとしとったん?」


「…だって、恥ずかしいもん」


 笹木は再び、いかにも恋する女子高生という表情を見せた。

 多分、千葉での笹木の恋の思い出は、俺に当て嵌めれば神戸との出来事に相当するくらいの、大切な思い出なのではないか?だからなかなか先に話を進めようとしても、笹木は照れてしまうのではないか?


「恥ずかしい…かぁ。確かに俺も、あの方と一時期は両思いだったわけで。その盛り上がっとった時のことを聞かれると、恥ずかしいもんね…」


「あれ?なんか急にトーンダウンしてない?アタシなら、大丈夫だよ?」


「いや、無理せんでもいいよ。笹木さんの大切な思い出に土足で踏み込もうとした俺が悪かった。ごめん」


「いや、別に…。アタシが早く言わないから、上井くんもアタシに質問しにくくなっちゃったんでしょ?」


 俺と笹木の間に、微妙な空気が流れた。


「素直に言えばそうなんじゃけどね」


 何となく会話が途切れ、しばらく無言のまま並んで座っているという妙な雰囲気になってしまったが、その時広島方面の列車が到着し、何人か下車して改札に向かって歩いてきた。


 俺も笹木も、ボーッとその光景を見ていたが、笹木は誰かを見付けたのか、ふと立ち上がると叫んだ。


「あっ!中本さんじゃ!中本さーん!こっち!」


「はい?」


 俺は先に笹木を見上げた。ちょっと落ち込んだ感じだった笹木が、輝いた表情に戻っていた。

 俺も笹木の様子を確認した後、下車してくるお客さんの方を見た。そこには、先日その現状を笹木から聞いたばかりの、俺の中1の時の初恋相手、中本智美がいた。


「あっ…!」


 中本は改札を出ると、俺と笹木の方へと小走りでやって来た。


「メグ!また会えたねー!…あれ?隣にいるのは、もしかしたら…上井くん?」


 中本は視線を俺の方に向けて、確認するように尋ねてきた。


「あ、はい。上井と申す者です」


 俺はどう答えればよいか動揺してしまい、変な返事をしてしまった。だが中本は…


「キャハハッ!上井くん、面白ーい!アタシは吹奏楽部で頑張ってる真面目なイメージしかないけぇ、なんか新鮮じゃわぁ〜。あっ!ねぇねぇメグ、こんな遅い時間に上井くんと2人で電車待っとるってことは、2人は付き合いよるん?」


「えーっ?」


 中本はドキッするようなことを言った。その瞬間、俺と笹木は顔を見合わせた。そして


『いや?付き合ってないよ?』


 と、2人同時に喋った。

 それがキッカケになり、中本を加えた3人で、しばらく笑い合った。

 その笑いも収まった後、中本が話し始めた。


「そうそうあのね、この前、メグ…笹木さんと久々に会ってね〜」


 と中本から、どちらかと言うと俺に対して話し始めた。笹木が応じて、


「ね!アタシ、ビックリしたもん」


「ねー!高校に入って1年半、やっとアタシに気付いた?って思ったんよー、アハハッ」


「じゃけぇ、中本さんはアタシや上井くんに気付いとったけど、アタシや上井くんは中本さんに気付いとらんかったんよね?笑えるけど」


「ホントにそうなん?上井くんもアタシのこと、ずっと気付かんかった?」


 と中本は、俺に聞いてきた。


「い、いやぁ、その…あの…」


 俺の中1の時の初恋相手、中本と直接喋るのは、いつ以来だろうか?

 少なくとも、中本に彼氏がいることを知らされて失恋状態になった時から距離を置いていたので、中1の二学期以降から顔を見ることはあっても話はしていない。それに中学の3年間、一度も同じクラスになったことはなかった。


 だが中本はそんな長年の距離感など微塵も感じさせず、中1の4月に初めて俺に話し掛けてきた時のように、普通に話し掛けてきた。それが逆に俺を戸惑わせた。


「分かんなかったんだね。アタシは高1の4月の中頃だったかなぁ…?宮島口駅へ朝向かってたら、西高の制服着た上井くんとすれ違ったんよ。あれっ?上井くんかな?と思って声掛けようって思うたんじゃけど、なんか疲れとる感じがして、まあまたいつかすれ違うじゃろ、って思って声は掛けんかったんよ」


「はぁ、へぇ…」


 4月中頃だと、高校に入って最初の色んな行事関係が終わり、授業が始まった頃だろう。


 中本が感じた疲れてるな…というのは多分、吹奏楽部に入ったものの、帰りが毎日中学の時より1時間以上遅くなり、朝も朝練に出るため大竹方面から西高に通う生徒がよく利用する時間帯の列車より、一つか二つ早い列車に乗っていたからだろう。それで寝不足に陥り、慣れない環境でなかなか友人も出来ず、クラスでは俺に引導を渡した元カノが左斜め後ろに座っている環境も、俺の精神状態を疲弊させていた原因だ。


「上井くん、今も疲れとるん?」


「え?いや、そんなことは…」


「せっかく久しぶりに再会したのに、なんかあまり話してくれんし」


 それは貴女が俺の初恋相手で、だけど早々に失恋した相手でもあるから、何を話せば良いか混乱してるからだよ…とはとても言えない。


「そうそう上井くんはね、吹奏楽部でも疲れとるとか言われとるんよ。ね?」


 笹木が助け舟を出してくれた。


「まあ、色々やらされとるけぇね」


「そうなの?上井くん、何をやらされとるん?」


 中本は興味津々で聞いてきた。


「一応、吹奏楽部の部長と、生徒会役員を…」


「わぁ、凄いじゃん!そう言えば上井くん、中学の吹奏楽部でも部長しとったよね?高校でも部長なんじゃぁ…。それと生徒会役員?凄いね、高校だと中学の生徒会役員より大変じゃろうね」


 中本は中学校の時、生徒会役員をしていたからか、そんな言い方をした。


「部長は本当はあまりやる気は無かったんよ。中学の時に懲りたけぇね。だけどなんか成り行きで…」


「それは上井くんの人徳じゃない?多分」


「そんなことはないと思うよ」


「いや、上井くんって優しい顔しとるし、真面目じゃけどホンワカした癒やしのイメージなんよね、アタシは。じゃけぇ西廿日高校の吹奏楽部でも、そういう人に部長になってほしかったんじゃない?まあアタシは違う高校じゃけぇ、西高の吹奏楽部の決まりとか知らずに喋っとるけど」


 中1の二学期以降、殆ど話していないのに、中本は俺のことを、そんな分析していたのか?


「中本さんもそう思う?アタシも上井くんって、癒やしのイメージなんよね。バレー部で嫌なことがあると、上井くんと話したいな、なんて思うもん」


 笹木が中本に続けてそう言った。


「俺が、癒やし?イヤラシイの間違いじゃなくて?」


「アハハッ!出た!だーかーらー、そのセンスよ!ワザとそうやって小ボケを挟んだりするじゃろ?そんな上井くんとの会話が、凄いアタシには栄養になるんだよ」


 笹木がそう言うと中本も…


「ホントだね〜。アタシ、もっと中学の時、上井くんとお話ししたかったなぁ」


 俺はその言葉にドキッとした。

 中1の二学期以降、中本に彼氏がいると教えられ、俺から中本との距離を意図的に遠くしたことに中本は気付いていて、そして目線が合っても俺がワザと喋らないようにしていたことを分かっているのだろうか。


 だが今更そんなことを聞ける訳もない。


 中本が俺の初恋相手だというのを知っているのは村山と、彼氏の存在を教えてくれた、1年の時に俺の隣に座っていたことから最初に話せた女子の、Hさんだけだ。笹木にも話したことはないので、知る由もない。


「上井くんってさぁ、中学3年生の時に、確か神戸さんと付き合っとったよね?でも神戸さんの前に好きな子とかはおったん?」


「えっ?いや、ど、どうかなぁ、あはは…」


 よりによって初恋相手がそんなこと聞いてくるかよ?

 俺は色んな汗が体中を流れていくのが分かった。


「なんか、アタシも知りたいかも!1年と2年の時の上井くんってどんな感じだったのか、よう考えたら全然知らんけぇね」


 わぁ、女子が二人がかりで俺の過去を追求してきたぞ…。どうする、俺?


<次回へ続く>

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