第16話 笹木との初恋談義
俺が職員室を出た所で正面衝突した相手が、偶々中3から一緒の女子バレー部主将、笹木恵美で内心ホッとしつつ、久しぶりに部長はツラいよコンビで一緒に帰宅することとなった。
「でも西高から2分の所に住んでるなんて、羨ましいね、その広田さんって女の子」
「だよね~。西高受ける前はさ、電車通学ってカッコいいって思って憧れとったけど、毎日片道1時間近く掛かると…」
「疲れるよね〜」
「鍛えとる笹木さんも疲れる?」
「まあね。練習で疲れるけぇね、帰りは特にたいぎいなぁ。タクシーで帰りたい、って思うこともあるよ。逆に朝は吹奏楽部と違って、アタシ達には朝練はないけぇ、朝早く登校せんでもええけど、吹奏楽部は朝練があるし、上井くんも基本的には出とるもんね?」
「よぉ知っとるねぇ」
「当たり前よ。1年の時は同じクラスじゃったじゃん。まあ、たまーに何故か朝練に出ずに、なんか知らんけど苛々してクラスに早くからおった時もあったけどね」
笹木はそう言うとその時を思い出したのか、手を口に当てて少し笑っていた。
「確かにそんな場面も何度かあったね~。俺が苛々しとるのって、すぐ分かるもん?」
「他の子はどうか知らんけど、アタシはすぐに分かったよ。あー、また神戸さん絡みで何か朝からあったんじゃね?って」
「鋭いなぁ。あの方のせいで苛々しとる、まで分かる?さすが中3からの俺の動きを知ってくれとるだけはあるね!」
「まあね。最初はアレ?って思って上井くんに声を掛けてたけど、その内原因が分かったけぇ、今朝も何かあったんじゃね、って内心思っとった」
「あ…。そんなに分かりやすい奴じゃった?」
「うん。ま、段々とそんな場面は減っていったけど。1月の百人一首大会の後は、ゼロになったような覚えがあるよ」
「まあ百人一首はね…。末永先生の策略で、あの方とチームを組むことになったけぇね」
「そうよ。アタシ、先生に頼まれて、2人の繋ぎ役して、って言われたんよ〜」
「その節はどうも…。あの方ともその時、1年ぶりに口を聞いたんよね。でも笹木さん、なんか、俺のことを凄い気にしてくれとったよね」
「そりゃあそうよ。上井くんと神戸さんを組ませるから仲を改善させて、って先生に頼まれとったし。それがどんなに大変なことかもアタシは分かってたし。それにさ、前も言ったけど上井くんはアタシの、広島での初恋相手じゃもん」
「わわっ?」
俺は疲れも吹っ飛ぶようなセリフを聞いて、すっかり脳内が活性化された。
「な、何も今持ち出さなくても…」
「あれ?アタシ、前に言ったよね?アタシが千葉から転校してきて、上井くんが最初に話し掛けてくれてさ、優しそうな男の子だな、って思って好きになった、って話」
「いや、覚えとるけど…。転校は俺も横浜から来た人間じゃけぇ、気持ちが分かるよ、と思って声を掛けたんよ」
「それが凄くね、嬉しかったんだよ?その時上井くんは、『俺も横浜から来たんよ。もしかしたら同じ社宅じゃない?』って聞いてくれてね。ドンピシャじゃったけぇね、一気に親近感が湧いたの」
「そっ、そうなんだ…」
俺は中3になって早々に笹木が転校してきた時、まだ知り合いもいなくて1人でポツンと座っているのが寂しそうだったので、話し掛けてみたのを思い出していた。
元来ポジティブなスポーツ女子の笹木だから、俺が話し掛けたことで他のクラスメイトとも少しずつ話せるようになっていき、気付いたらクラスに欠かせない存在になっていた。でもそれで俺に恋したっていうのが、今でも???だった。
「上井くん、動揺しとるじゃろ?」
笹木は楽しそうにそう言った。
「あっ…いや、なんでそんなお見通しなの?」
「ハハハッ!だから、中3からの付き合いじゃん。実際に付き合っとったんは神戸さんじゃけど」
「うぅ、またそう言って傷口を抉るんじゃけぇ…」
「あ〜、ゴメンね。でもね、上井くんのことが、単なる好きな男子から、心底本気で付き合いたいってくらい好きになったのは、林間学校の時だよ」
「えっ…。三倉岳に登ったあの時?」
林間学校とは中3の7月に行われた行事で、俺はその時片思いしていた神戸千賀子に告白しようと決意し、班編成の際の班長決めの時に立候補したのだった。
そして同じ班に選んだ女子には、神戸の他に現在アメリカ留学中の松下、同じ吹奏楽部の芝田、そして笹木がいた。
「そう。それまでは、上井くんのお陰で緒方中にも早く馴染めたし、いつもクラスでは面白いこと言ってるし、好きな男子は誰?って聞かれたら広島に来てからは上井くんかな、って答える感じだったの。他の男子より、話しやすかったし、たまに帰り道で一緒になったりしたのも大きいかな。それが林間学校で、初めて一緒の班になったじゃない?前日の買い出しとかもだけど、当日は松下さんの靴が流れたって言って、代わりに靴を貸して上げたり、調理実習の時のリーダーシップとか見たりして。それと帰りのバスの中で変な替え歌を歌ったりしてて、あ、上井くんってなんか凄い男の子だな、一緒にいたら楽しい男の子だな…。あっ、アタシは上井くんのことが本当に好きなんだ!って気付いたんだよ」
笹木は一気に、2年前の出来事を話してくれた。
「そ、それは…」
俺はどう返事すればよいか分からなかった。だがそこはさすがと言えば良いのか、スポーツ女子なだけあって…
「ビックリしとるよね、上井くん。だってアタシ、誰にも言ってないもん。というかさ、林間学校の後、1週間くらいで一学期が終わったよね。その翌週の1週間で、アタシ、神戸さんに負けた!って思ったの」
「んっ…?それはもしかしたら…席の移動とか…」
「上井くんも覚えとるっぽいね。彼女、班の中で松下さんと席替えして、上井くんの隣になるようにしたじゃろ?」
「うっ、うん。それは強烈に覚えとるよ」
俺はその時の光景を思い出していた。確か林間学校の翌週、火曜日の出来事だったと思う。
神戸が俺の隣の席になるように、班体勢を組む時には真向かいに来るように、松下弓子と席を交換したのだった。それまでは同じ班とは言っても俺と神戸の席は離れていた。
「やっぱり覚えとる?なかなかあんな大胆なこと、出来んよー。あれを見てアタシは、あっ、神戸さんは上井くんのことが好きで、行動開始したんだ…って思ったの。凄い行動力よね。だからそこでアタシの広島での初恋はジ・エンドよ」
「ホンマに?」
俺は俄かに信じられなかった。俺自身がその時は神戸に告白したくて、林間学校の班長に立候補したというのに、肝心の林間学校当日には告白出来ず、失敗した…と落ち込み気味だったからだ。
要は他の女子に気が回っていなかった。心の余裕が無かったとも言える。
だから火曜日の突然の席交換、そしてその後の木曜日の偶然が重ならなかったら、俺は神戸に対する思いを完全に諦めていただろう。
逆に言えば神戸も、笹木恵美が俺のことを本気で好きになってくれたという林間学校での一連の行動を見て、俺に好意を持ってくれたのだろうか?確か松下も、林間学校の日の俺の行動を見て好きになってくれたが、神戸の行動力に負けたと言っていたし…。
ただ笹木の仲介のお陰で、失恋からほぼ1年後にあった西高の百人一首大会で神戸と1年ぶりに会話し、その後も少しは話せるようになったものの、まだ部活の業務的な会話がやっとで、友人関係は断絶状態の今は、そんな確認などとてもじゃないが出来る訳がない。
まだ俺が神戸から受けた数々の傷は完治せず、心の奥深くで傷痕として残っているからだ。
そして俺は、笹木の言葉に引っ掛かる所があった。それを確かめたかった。
「…あの、笹木さん?」
「え、なに?アタシの改めての告白に驚いた?」
「あっ、そりゃあ驚いたよ!笹木さん、2度もそんなことを話してくれるなんて、本気だったんだなぁ…って。なんか、その頃の自分は何してたんやらって」
「じゃろうね〜。その頃の上井くんは、神戸さんに目も心も一直線じゃったもんねー」
「ちょっ…。まあ、その頃は、じゃけど…」
「フフッ、素直でよろしい。で、他に何かアタシに聞きたいこととか、あるん?」
「ちょっとね。俺のことを好きだった、って言ってくれてありがとう。嬉しかったけど、枕言葉に、広島での…って言葉が付くじゃろ?そこを確認したくて」
俺が想像するに笹木は、多分千葉で中2まで過ごしていた時に、既に初恋を経験しているのではないだろうか。
「あー、気付いちゃった?そりゃあそうよね、アタシもさっきから何回も言ってるし。うん、広島に引っ越して来てからは、上井くんが最初に好きになった男の子じゃけど、千葉におった時、付き合いかけた男子がおったんよ」
付き合いかけ?どんな意味だろう…。
<次回へ続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます