第15話 疲れ過ぎ?
「上井くーん?起きなよ、上井くーん!」
ん?うーん、ここは何処だ?俺は何をしてるんだ?誰が俺の体を揺らしてるんだ?
「うーん…」
「あ、起きた。良かった〜」
「え?あれっ?ここは…音楽室?俺は何してんの?」
「それはアタシが聞きたいよ。とりあえず起きてくれて良かった〜」
俺は音楽室にいた。
そしてどうやら寝ていたらしい。
…少しずつ思い出してきた…
そうだ、俺は部活後に居残りして、ラジカセでマーチの曲が収められているカセットテープを聴いていたんだ。
で、マーチ各曲を聴いている内に、心地良くなったのと疲れでも出たのか、恐らく睡魔に襲われ寝てしまったのだろう。
勿論とっくにカセットテープは再生を終え、音楽室は静かになっている。外も既に暗くなっていたが、音楽室内は電気が点いて明るいままだった。
そして俺を起こしてくれたのは、ジャージ姿の同期の広田だった。
「もしかしたら広田さん?」
「やっと気付いた?」
目の前に広田がいた。髪の毛が少し濡れている。シャワーでも浴びた後だろうか?
「ごめん…。今何時?」
「もう8時だよ」
「えーっ!」
時計を見たら、確かに8時を少し回ったところだった。
「俺、2時間近く寝とったんかぁ…」
「うん、そうみたいね」
「でも、なんで広田さんが俺を起こしてくれたの?」
「忘れた?アタシの家は高校から徒歩2分。アタシの家から音楽室も見えるんよ」
「あ、前に聞いたことあったよね」
「でさ、アタシはいつも部活から帰ったら、お風呂入ってから夕ご飯食べるんじゃけど、ふと気になって音楽室の方を見たら、もう8時なのにまだ電気が点いてるじゃない?何か起きたのかな、って心配になって、パジャマになってたけどとりあえずジャージに着替えて、様子を見に来たんよ。そしたら音楽室の鍵が開いたままで、上井くんが寝とったんよ」
「なるほど…。こりゃ、失礼しました。ごめんね、広田さん」
「どしたん?」
「え?」
広田は俺の対面の席に座ると、俺の顔を心配そうに見てくれた。
「今日さ、久々に上井くんがほぼフルに部活に出てくれたけぇ、アタシも宮田さんも安心したけど、なんか上井くん、疲れとるね、って2人で言うとったんよ」
「ホンマに?」
「こんなことで嘘ついてどうすんの。生徒会の仕事と部活とで、疲れとるんかなぁ…って、その時は収めたんじゃけど。まさか音楽室で寝るなんて。校内で寝る合宿は先月終わったよ?」
広田はそう言い、俺を安心させるためか、少し微笑んでくれた。
「うーん…、俺自身は…どうかなぁ。春先みたいな上からの陰口もないし、大村とも上手く連携とって、生徒会に行かんにゃいけん時は大村に任せとるつもりじゃけぇ、そんなに疲れとらんとは思うけど…」
その他にも少なくとも、そんなに自分自身が激しく落ち込むような個人的悩みも、今はそれほど感じていないつもりだった。しいて言えば若本の事くらいだが…
「でも上井くん、鏡で顔を見ることある?慢性寝不足みたいな感じで、目の下のクマが結構目立つよ。あまりしっかり寝れとらんのじゃないん?」
「そう?うーん、まあ今月は家に帰るのが早くて8時、最近は9時頃が多いかなあ。そして風呂入って夕飯食べて、少し勉強して、寝るのは日付が変わった後になってるよ。たまにオールナイトニッポン聴きながら寝とるかも。朝練には出たいけぇ、目覚ましで起きるのは6時前…」
「それを世間では睡眠不足って言うんよ。6時間以上、眠れとらんの?じゃあ疲れも取れないよ。じゃけぇさっきみたいな、寝落ち?しちゃうんよ」
「いやぁ、でももっと早く寝たくても、帰るのが遅いけぇね」
「とにかく上井くんは、生活習慣から見直した方がええと思うよ?多分上井くんのことじゃけぇ、生徒会でも、何でもかんでも頼まれたら引き受けとるんじゃないん?それでまた背負い過ぎになっとるとか」
「そう…でもない…いや、どうだろ…」
まだ生徒会役員ではヒラの立場だけに、あの仕事をやれ、コレを作れと言われたら、断れやしない。
「もう少し自分の負担を減らさないと、倒れちゃうよ、いつか」
広田はドキッとすることを言った。
「上井くんが倒れたら…打楽器どうなんのよ。ね?」
広田は半分お茶目に、しかし半分冷静な感じで、そう諭してくれた。
「うん、分かったよ。ありがとね。わざわざ自宅から俺を起こしに来てくれて」
「まあ徒歩2分じゃけぇ来れたけど。アタシがおらんかったら、ヘタしたら上井くん、明日の朝まで音楽室で寝とったかもよ?」
広田はそう言うと、じゃあ気を付けて帰りんさいね、と一言追加して、音楽室から自宅へと戻って行った。
(知らん内に、疲れが溜まっとるんかなぁ…。今は深い悩みはないつもりじゃけど。…なんか対人関係で色々思うことがあるな、そう言えば。それが心理的に負担になっているのかな)
俺は目を擦り、頬を叩いて意識をハッキリさせた。
(とりあえず8時過ぎてるし、帰るか…)
生徒会室の方を見ても、既に真っ暗だった。
(先生方まで帰ってたりして。ヤバいな)
音楽室の鍵を職員室へ持って行ったら、まだ明かりは点いていたのでちょっと安心したが。
「吹奏楽部でーす。音楽室の鍵、戻しておきまーす」
いつものように宛もなく職員室の中へ向かって声を掛け、鍵を戻して、下駄箱へ向かう途中、俺は誰かと激突した。
「キャッ!」
「イテーッ!」
眼の前に星空が見える…。
誰もいない前提で歩いていて、突如誰かが眼の前に現れると、人間は案外何も出来ないのだな、一つ覚えたぞ。
しかし痛かったな…。肩と肩がぶつかったのか?それとも頭がぶつかったのか?
俺も少しクラクラしていたが、廊下でしゃがんでいる相手…女子だったが、とりあえず謝った。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
すると
「…ったた…。え?その声は、上井くん?」
「ん?ひょっとしたら、笹木さん?」
お互いに顔を見合わせ、確認した。
『遅いね、どしたん?』
お互い同時に発した言葉だった。その見事なシンクロに、つい俺は笑ってしまったが、笹木も笑っていた。
「吹奏楽部、まだ何かやっとったん?楽器の音とかは全然聞こえんかったけど」
「いや、まあ詳しくは後ほど…。笹木さんは女子バレー部の鍵?返しに来たん?」
「うん。部室と、倉庫の鍵。部室が離れとるけぇ、面倒なんよね」
「そうやったね。どの部活も部長が鍵閉めて、ここへ返しに来るんかな」
「そうじゃない?でも多分、一番遅いのは野球部よ。アタシらも大概遅い方じゃけど、野球部より遅くなったことはないけぇね」
「ひゃあ、そんな遅くまで練習しとるというのにな……以下省略」
「ウッ…上井くん、以下省略ってなによ〜。アハッ!やっぱり上井くんのその絶妙なセンス、絶品だわ」
「そ、そりゃどうも…」
「あっ、上井くん!どうせなら一緒に帰ろうよ。暗い中、いくらアタシでも1人で帰るのは、ちょっと嫌なんよね。いい場面で上井くんに会えて良かったよ」
「あ、そうじゃね。そりゃあもちろん。同じ高校、同じ駅、同じ社宅なんじゃけぇ、むしろ笹木さんを放置するわけにはいかんじゃろ。タッグチームも組んどるし」
「わあ、良かった!ほんの少し待っとって?鍵返してくるけぇ…」
笹木は小走りに職員室へ向かい、すぐに戻ってきた。
「お待たせー。行こっか」
「行こう、行こう。結構遅いけぇ」
「あ、吹奏楽部だと、かなり遅い時間よね。アタシ達だと、ちょっと遅い程度じゃけど」
「へぇ。やっぱり体育系部活は、ワタクシには無理ですなぁ…。普通に毎日、これくらいの時間なんじゃろ?家に着いたら9時頃?」
「うん」
「それから食べたり、風呂入ったり、勉強したりで、寝るのは結構遅いじゃろ」
「そうね。日付が変わる前に寝ることはないかな」
俺はさっき広田に、もっと早く寝なくちゃ、と言われたのを思い出していた。だが、もっと過酷な毎日を送っている同級生がいる。
下駄箱で靴を履き替えて外に出ると、何となく9月の中頃ということもあって、今までより少し涼しく感じた。アチコチから虫の鳴く声が聞こえる。
しばらく2人で並んで、無言のまま歩いていたが、笹木から話を振ってきた。
「そう言えば上井くんはなんでこんなに遅くなったん?」
「あ〜、俺はね、恥ずかしい理由で…」
「恥ずかしい?今更アタシに恥ずかしがらんでもええじゃろ。どうしたんね」
「…部活が終わった後に、そのまま音楽室で2時間ほど爆睡しとったんよ…」
「爆睡?珍しいじゃん、上井くん。疲れでも溜まっとったん?」
「自覚はないんじゃけどね。でも発見者によると、生徒会と部活の二足のわらじのせいで、最近は顔が疲れとるし、部活では無理してる…、らしいよ」
「発見者?自分で目覚めた訳じゃないの?」
「そうなんよ」
俺は広田に発見された経緯をザッと話した。
「それじゃあ、その広田さんが何か気になる…って音楽室の方を見なかったら、上井くんは寝続けてたかもしれんのかな?」
「そうかもしれんね、ハハッ」
<次回へ続く>
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