第14話 ブランク

 2学期も中盤に入り、ほぼ静間先輩がお手本を見せてくれながら作り終えた、体育祭での各クラス風紀委員の見回り順番表と見回りマニュアルを、1年生から3年生までの全クラスに配布するよう、職員室前にある各クラスボックスに投げ込みをし、俺の生徒会役員としての体育祭の事前準備第一弾は終わった。


 次はしばらく間を置いてから、各委員の手助けをしたり、当日の役員の動きを一人ずつ表にして、いつ何処に誰がいるのかが分かるようにする、そんな作業があるらしい。


「アタシ達はとりあえず山は越えたけど、これから大変なのが体育委員なの」


 各競技での運営補助、つまり招集係とか判定係とかを体育委員は務めないといけないのだが、部活との兼ね合いとか、考慮する要素が沢山あるらしい。


「じゃあまたこれからも、毎日生徒会室に缶詰めですか?」


 職員室から生徒会室に戻る時に静間先輩に聞いてみたが、


「体育委員は、だね。アタシや上井くんは、お呼びが掛かるまで、ちょっとお休み出来るよ!」


 とのことだった。


「そうですか!よし、やっと部活に行ける!」


「そうだね、ここんとこ、ずっとアタシが上井くんを拘束しとったけぇ…。吹奏楽部の皆さんにはごめんなさい、って言っといてね。あ、ミッキーに言えば良いのかな?」


 ミッキーとは前田先輩のことだ。


「あ、前田先輩は8月のコンクールで引退されたんですよ。なので、体育祭ではイチ競技者になられます」


「そうなんだ?吹奏楽部の引退っていつなの?って、ミッキーに聞いたことがあるけど、曖昧なの〜としか聞いたことがなくってね」


「そうですね~。春にとっとと辞める先輩もいますし、文化祭まで、という先輩もいますし、一番最後は夏のコンクールまでなんですけど、コンクールまで残るよ!って先輩もいます」


「そうなんだ…。いつかさ、上井くんがミッキーを待ち伏せして、復帰して下さい!ってお願いしてたことがあったじゃない?今考えると、ミッキーは春で一度引退してたのかな?」


「そうなんです。サックスの部員が増えたから引退するけど、何かあったら声掛けてね、って言われてまして…」


「あー、じゃあ待ち伏せしてた頃が、何か起きた時だったんだ?」


「そうなんですよ」


 今でも打楽器の1年生が集団で結託して、宮田を除いて逃げるように退部した時を思い出すと、様々な思いが俺の中を交錯する。


「お疲れ様ね、部長としての上井くん!」


「あ、ありがとうございます…」


「あっ、顔が赤くなった!照れた?」


「先輩、照れますよ、さすがに…」


 静間先輩はこの前、宮島口まで一緒に話しながら帰った時以来、俺への突っ込みがそれまでとは違ってきた。

 何処か他人行儀的だったのが、親しみを込めた感じに変わったと言えば良いかもしれない。

 俺は静間先輩に話し掛けやすくなったから、結果オーライと思っていたが…。


「おう、静間さんに上井くん、風紀委員の配布物、お疲れさん」


 生徒会室に戻ったら、岩瀬会長が労ってくれた。


「ああ、会長。チラシ配布みたいなもんじゃけぇ、上井くんもおってくれたし、すぐ終わったよ」


「そっか、それなら良かった。上井くんは来年、静間さんの仕事を真似してくれりゃあええから」


「は、はぁ…」


(いや、静間先輩の真似すりゃあいいと言われても、かなりの時間を先輩は、アタシがやっとくから!上井くんは吹奏楽部も大切でしょ?って、1人でやっちゃってたしなぁ…)


「静間先輩…」


「ん?どしたん、上井くん」


「先輩のこの1年の仕事、マニュアルにして、置いてって下さいね…」


「アハハッ!何をそんなにビビっちゃってんの?アタシなんか、大したことしてないんじゃけぇ、来年は上井くん流にやればいいんだよ」


「…と言われましてもですね…」


「フフッ、じゃあ仕方ない!アタシが石橋先輩からもらった虎の巻を、役員引退する時に上井くんに授けるわ」


 なんだ、マニュアルがあるんじゃないか~。しかも石橋さんの作成なのか?いや、もっと前かもしれないが、石橋さんはこの高校の2期生だ。石橋さんが作られたものかもしれないな。


「助かります!それがないと、俺はまたクラスマッチで怪我するところでした」


「虎の巻とクラスマッチの怪我は全然関係ないじゃん。上井くんってホンマに面白いね!」


 ケラケラと静間先輩は笑った。静間先輩が俺に対して、こんなに心を開いてくれるようになったのはありがたい。もっと早くから色々話せる間柄になりたかったな…。


「じゃあ上井くんに静間さん、次は明後日の全員打ち合わせまで、しばらく休んどって。1日しかないけど。お疲れ〜」


 岩瀬会長はそう言って下さり、俺は静間先輩に、俺は部活に行くのでまた明後日…と挨拶して、音楽室へと向かった。


(こんなに早く音楽室に行けるのは久しぶりじゃなぁ)


 風紀委員としての仕事をしばし優先させてもらえるよう、大村に頼んでいたので、ここしばらくは朝練と部活終わりに間に合いそうなら部活に行く、そんなサイクルで過ごしていた。


 俺の生徒会役員との兼務を快く思ってなかった3年生のフルートの先輩が今もいたら、間違いなく槍玉に上げられるだろうな…。

 大村副部長に感謝だ。


 やっと少しは練習に打ち込める…と考えながら音楽室に着いたら、まず俺に突撃してきたのは…


 若本だった。


「センパーイ!生徒会から解放されたの?こんなに早く部活に来れるなんて」


 そういう若本は、満面の笑みを浮かべていた。その表情に、俺の気持ちがまた揺らぐ。俺にだけ、そんな笑顔を見せるんだよな、若本は…。


「束の間の、阿品台の休日、ってとこだよ」


「束の間?」


「体育祭での生徒会役員は、各委員別に仕事があってさ。俺の風紀委員の仕事は、ひとまず今日で一区切り。山中は美化委員じゃけぇ、当日のゴミ集めくらいしかないけぇ、本来の仕事よりも他の委員の仕事に回されとるよ。でも明後日からは全体での打ち合わせが始まるけぇ、どうなるやらね〜」


「ふーん、生徒会って、思った以上に体育祭で仕事があるんだね、センパイ」


「そうなんよ。一番忙しいのは文化祭、次にクラスマッチ、と思うとったら、思わぬ伏兵が現れたって感じやね」


 そう会話を交わしていたら、広田と宮田が早く早く!と、打楽器のスペースから手招きしてくれているのが見えた。


「お、ボスから召集令状が届いたけぇ、また後でね」


「はーい。お疲れ様でーす、センパイ!」


 若本はバリサクを抱え、パート練習の部屋へと向かった。

 今日はパート練習の日なのだろうか?

 部長なのにそんなことも把握してないことに、少し罪悪感を感じた。

 大村にも一言、と思ったが、パート練習の部屋へ移動済みなのだろう、音楽室にはいなかった。


「上井くーん、全然会えとらんけぇ、ちょっと心配しとったんよ」


 広田はそう言ってくれた。宮田も、


「先輩がもし生徒会の仕事が忙し過ぎて、シンバル出来ない、ってなったらどうしよう…って思ってたんですよ」


 と言い、少し不安と安心感が混ざった複雑な表情で話してくれた。


「ごめん、広田さんに宮田さん。朝練やら昼練には出て、1人でシンバルの練習はしよったつもりなんじゃけどね」


「そうなん?なら、まだ良かった〜。体育祭の本番も大丈夫よね?」


「もちろん!俺と山中は、予行演習とか本番は、吹奏楽部メインでいいようになっとるけぇね」


「はぁ…良かったぁ」


 広田がホッとしながらそう言った。


「で、先輩!3人体勢での打楽器パートが本格スタートしたんですけど、まず体育祭でのマーチ、ずっとシンバルで良いですか?」


 確認のためか、宮田が聞いてきた。


「あっ、ああ…もちろん。シンバルは女子には重いじゃろ?」


「良かった〜。アタシと広田先輩、実は心配しとったんですよ。予想外に上井先輩が生徒会の仕事が忙しそうじゃけぇ、ヘタしたら2人で打楽器やらにゃあいけんのじゃないか?って」


「そっか、ゴメン。でも、そんな無責任なことはしないよ」


「でも、もし最悪の場合はバスドラムを外して、スネアとシンバル、それも途中で広田先輩と交代しながら、って案も話し合ったりしとったんです」


「マジで?わぁ、そんなに心配掛けてしもうたんじゃね…」


 確かに大村に後は任せたと言わんばかりに、生徒会の仕事に没頭し過ぎで、肝心の吹奏楽部の練習を疎かにしていたかもしれない。

 広田、宮田の2人となかなか会えなかったのも、彼女らを不安にさせた原因だ。


 その日の部活は、これまで野球部の応援で一度だけ鳴らしたシンバルの正しい持ち方、鳴らし方等々を、改めて広田に習った。途中で落とさないように手首に持ち綱を巻き付ける持ち方は、目からウロコだった。

 朝練や昼練でシンバルを1人で練習していたが、基本を覚えず練習していたんだな…と思い知らされた。


「シンバルも奥が深いじゃろ?」


「確かに…」


「難しい楽器じゃないけど、目立つし重たい楽器じゃけぇ、叩くタイミングも意外と難しいんよ。小さく叩く時と大きく叩く時では全然違うしね。鳴らした後に思い切り響かせる方法とかね。でもせっかく上井くんが今日は部活に早くから来れたんに、先生がおらんけぇ合奏じゃないんよね。シンバルは合奏で合わせてみないと、叩き具合とかタイミングが分からんけぇ、ちょっと残念だな」


「え、先生おらんの?」


「うん。午後から広島市内に出張だって」


 福崎先生の予定も把握してない…。

 おい、俺!吹奏楽部の部長として、それでいいのか?


 落ち込みそうなところだったが、とりあえず改めて正しいシンバルの持ち方を教わったので、綺麗な音が鳴るように、立ち方、腕の位置、フォルテ、ピアノでの叩き方等を改めて練習した。


(わ、キチンと持つと、腕の筋肉を使うなぁ…。腰にも結構来るし、いかに適当に持ってたのかが分かる…)


 自分の情けなさに、更に落ち込みそうになったところへ、大村がパート練習を終えたのか一足先に音楽室に戻ってきた。


「お、上井じゃ!今日は生徒会は大丈夫なん?」


「あ、大村〜。ありがとね、俺がいない時の部活…」


 俺はすっかり大村に頼り切りになっていたので、コンクールの後に広島駅で途中下車した件も、もはや水に流そうと思うほどだった。


「まあまあ。部長がおらん時の副部長じゃけぇ、気にせんでもええけど。今は予想外に不在が多いよな。結構大変なん?」


「うーん、なんというか、もう生徒会の雰囲気が、来年を見据えての、今の2年生役員育成モードになっとるんよね」


 これは事実だった。だから山中も音楽室で見掛けるより、生徒会室で見掛ける方が多かったし、静間先輩もアタシの後は…という話をよくするようになっていた。


「ふーん…。で、拘束時間が長くなるって訳か。山中もなかなか部活で会えんしなぁ」


「そうじゃろ…」


「でもまあ、次の演奏が体育祭で良かったよ。これがコンクールとか本気のステージの直前だったら、部長にはもっと練習に来てもらわんといけんけぇね」


「まっ、まあ、そうじゃね」


 体育祭での演奏はマーチがメインで、他には国歌や校歌、表彰式の曲くらいだから、楽といえば楽なのだ。とは言っても、俺は苦笑いするのが精々だった。


「じゃあ今日は、久々に上井部長のミーティングやね。よろしく」


「え?もうそんな時間?」


 時計を見たら、6時近かった。だから大村も戻ってきた訳だ。それだけシンバルの練習に集中していたとも言えるが。

 他の部員も次々と各練習部屋から音楽室に戻ってきては、俺の姿を見て、あ!上井くんがおる!とか、上井先輩がおる!とか、珍獣でも見たような反応をしてくれた。


(そんな驚かれるほど、ブランク空けたんかなぁ…)


 同期や後輩のそんな声を聞きながら、またもネガティブモードにスイッチが入りそうになってしまったが、ミーティングは明るく進めるのが方針なので、なんとかポジティブモードを無理やり全開にさせた。


「えー、私がミーティングの進行役を務めるのは久しぶりのようで、どうも皆さんにはご迷惑をお掛けしております、とりあえず部長の上井という者です…」


 センパーイ、元気ないよ?という声が聞こえた。声がした方を見たら、若本だった。


「いやあ、現金なくても元気はある!ってのが私の持ちネタなんですが……言うタイミングも間違えとるし、全然ウケませんね」


 でもミーティング体系で俺を見ている部員の表情は、久々に出てきた俺が前と変わらぬつまらないオヤジギャグを言ったからか、笑いを堪えているように見えたし、少しクスクスという声も聞こえた。


(ま、こんな雰囲気なら…)


 その後はミーティングのルーティンをこなし、体育祭の予行演習の日を伝えた。これは生徒会役員の特権で、いち早く予行演習を行う日が分かったからだ。本番当日は9月最後の日曜日ということで、9月27日と決まっているのだが、何故か予行演習は未定になっていた。去年は予行の日も早くから分かっていたのに、何か学校側の都合があるのだろう。


「ということなので、その予行の日までにある程度マーチを仕上げなくちゃいかんのですが、一番練習に来れてないのが私だ!という自爆で、今日のミーティングはオシマイとします。何かご意見ありますか?」


 特に挙手はなかったが、アチコチから上井先輩、元気出して〜という声が聞こえた。

 先輩、と呼んでくれるということは1年生だろう、ありがたいことだ。だがなるべく明るく進めたつもりだったが、声に元気がなかったのだろうか。


「はい、じゃあ元気出していきましょうか!お疲れ様でしたーっ!!」


 俺は叫ぶようにそう言って、音楽室は笑いに包まれた。そこで元気になるんかい!という男子勢からの突っ込みも多数聞こえた。


「上井、やっぱりミーティングはブランク感じんかったよ。喋りは敵わんな」


 大村が帰り際に声を掛けてくれた。


「そう?なんか1年から元気ないとか言われたけど…」


「俺はそんなに感じんかったけどな。同期と後輩で、上井の見方が変わってくるんかなぁ」


「まあ、こんなオヤジギャグを言うくらいしかないけぇね、今の俺は」


「ん?なんか気になる言い回しじゃん」


「今日久々に部活に、フルに近い出席したけど…。なんか、置いてかれとる気がしたんよ。現状に追い付くのには、もっと藻掻かなくちゃいけないよな」


 つい俺は、大村に対して、心に感じたことを口にしてしまった。


「そんなに自分を追い込むなよ。上井は何でも背負い過ぎ。夏の合宿もそうじゃったじゃろ?もっと気楽になれって。何かあればこの先も俺なりにサポートするし」


「ああ、ありがとうね。頼むよ」


「じゃあ…って、上井は帰らんの?」


「俺はちょっと居残りするよ。去年福崎先生からもらった、マーチだけ収録されてるカセットテープを聴いて、シンバルのイメトレしてから帰るよ」


「そうか。じゃ、先に失礼するよ。鍵、頼むな」


「おう。本来の俺の仕事じゃもんな。じゃ、気を付けて…お疲れ様」


「上井も気を付けて帰るようにな」


 大村はそう言うと、音楽室を出て、廊下で待っていた神戸と2人で帰り始めた。


(…長いよなぁ、あの2人も。飽きんのかな。さてと、ラジカセが楽器庫にあったはずじゃろ…)


 俺は楽器庫の中にあるはずのラジカセを探し始めた。

 聴こうとしているカセットテープは、去年の夏の合宿のレクリエーションで、現3年生の元トランペットパートリーダー、高橋先輩が優勝賞品として福崎先生からもらったカセットテープだ。

 何故か色々な人の手を経由して、今、俺が持っている。


(あった、あった。さて、と)


 俺はカセットテープをラジカセにセットして、マーチを聴き始めた。一曲目は「星条旗よ永遠なれ」だった。


(あー、なんか耳心地がいいな…。やっぱり吹奏楽っていいよなぁ…)


<次回へ続く>

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