第12話 静間先輩の本音

 宮島口駅まで静間先輩と2人で歩いてきた。

 歩きながら色んな話をしよう、と先輩は言ってくれたが、本当に色々なことを話した。

 しかし最後は俺の過去を話すことになり、結局重たいムードにしてしまった。


(何か明るい話題はないかな…)


 と思っていたその時、俺の左頬を、静間先輩が数回突付いた。


「えっ…」


 思わぬ突然の行為に驚きはしたが…


「上井くん、顔が赤くなってないね。アタシの免疫も出来たかな?」


 そこにはついさっき、俺の過去を聞いて涙を一筋流してくれた静間先輩ではない、いつもの静間先輩がいた。俺自身も、照れて顔を赤くすることはなかった。


「先輩、今のって?」


「うーん…今日ね、最初に生徒会室から下駄箱まで歩いた時、アタシが上井くんのホッペを突付いたら、物凄い照れて動揺したでしょ?アタシはあの時、分かったんだ。まだアタシは上井くんとは上辺だけの関係なんだ、って」


「え…」


「上井くんは優しいから、女子に不慣れだからとか、シドロモドロになってたけど、今は自然にアタシのやったことを受け入れてくれたでしょ?なんだよ~みたいな感じで」


「え、ええ…」


「それってね、アタシの勝手な思いだけどね、上井くんとの親しさのバロメーターじゃないかな?と思ったの。吹奏楽部での上井くんが、女の子とどう接してるかは分かんないけど、生徒会室での上井くんと女の子の距離…親しい関係って言えばいいかな?例えば近藤さんや田川さんだと、気軽に話し掛けられたり、今のアタシみたいなちょっとしたイタズラも、照れずに受けてるでしょ?逆にやり返したり。それが親しさのバロメーターなんじゃないかな、ってね…ゴメンね、なんか難しいこと言ってるね、アタシ」


 俺は静間先輩が話してくれたことの全部はすぐには理解出来なかったが、静間先輩が生徒会で俺との距離を感じ、風紀委員長とその部下という上辺だけの関係ではなく、本気で向かい合いたいと思ってくれたんだ、と解釈した。


「あの、不器用で上手く言えないんですけど、静間先輩…。ありがとうございます!」


「うん!あと半年で卒業、生徒会役員もあと2ヶ月ってタイミングで、やっと上井くんと心が通じた気がするな。嬉しいよ、アタシ」


 静間先輩は少しはにかんだ笑みを浮かべて、俺を見てくれた。


(こんな清楚な先輩に余計なことさせちゃって…。つくづく俺は女心が読めない男なんだな…。神戸にフラレた中3の1月末から成長してないよ、まったく)


「どしたん?上井くん…。迷惑?」


 静間先輩は少し心配そうに俺を見ていた。俺が少し悩んだような顔をしたせいだろう。こんな所もまだまだ成長してないな…。


「あ、あの…。本当に先輩と、もっと早く色んな話とかして、生徒会の仕事の上下関係だけじゃなくて、生徒会抜きでもお話出来るようになれれば良かったのにな…って、後悔してました。迷惑だなんてとんでもない!」


「後悔して、ちょっと元気がなかったの?そっか…」


 静間先輩は少し考えてから、もう一度俺の左頬を突付いた。


「あっ、先輩…」


「フフッ、少しいい顔になったね、上井くん。ね、もう少し時間、大丈夫?」


「はっ、はい!」


 俺は努めて元気に返事をした。


「それそれ。上井くんは明るくて元気じゃないとね。良ければもうちょっと、ベンチにでも座って話さない?」


 静間先輩はそう言うと、宮島口駅待合所のベンチを指した。


「先輩こそ大丈夫です?女の子だし、早く帰らないとご家族が心配されませんか?」


「あー、そんなの大丈夫よ。生徒会の仕事でもっと遅くなることも沢山あったし」


「そうなんですか?でもそれは先輩が親御さんから信頼されている証拠ですよね」


「どうだろうね〜。1年生の時に、部活に入らないことにした、って言った時は、なんで入らないんだ、って説教されたけど」


「せっ、説教…」


「アタシの両親ってね、実は高校時代の部活で出会った、先輩と後輩だったんだよ。そしてそのまま付き合って…今に至る。だから、アタシにも何か部活に入って、いい男でも見付ければいいのに、とか思ってたのかもね」


「へぇ…。そんな青春小説みたいな出会いで、ご両親は結婚されたんですね!羨ましいなぁ…」


 部内に失恋した相手が2人もいる俺としては、静間先輩のご両親の出会いが羨ましくてならなかった。


「でも静間先輩、中学の時も帰宅部だったんです?」


「ううん。中学の時は部活してたよ」


「おぉ。何部でした?」


「そうだね~、当ててみて?」


「えっ?」


 静間先輩はちょっとお茶目な表情をして、ニコニコしながら俺を見た。


「上井くんが考えてる間、ジュース買ってくるね」


 静間先輩はそう言うと、ベンチから立ち上がって、自販機コーナーへ行った。


(う、うーん…。静間先輩は何部だったんだろう…。今の雰囲気だとスポーツ系とは思えないけど、中学の時は違ってたかもしれないし…って、ヒャーッ‼️)


「わっ!先輩、ビックリしましたよ!」


「エヘヘ、こんなことを一度やってみたかったんだ、上井くんに。はい、何がいいか分からなかったから、無難にアクエリアスにしたよ。飲んでね」


 俺は冷えたアクエリアスの缶を、突然頬にくっ付けられたのだった。それに驚く俺を見て、イタズラっ子のような表情を見せた静間先輩は、当然これまでの俺の上司という枠を超えた存在に変わっていた。


「まさか静間先輩から、冷たい缶をホッペに当てられる事件が起きるとは思いませんでしたよ!」


「そのまんまじゃん!ハハハッ」


 ケラケラ笑う静間先輩。これまであった、俺との間の壁がどんどん低くなり、そして壊れていく。


「じゃあカンパイしよう、上井くん?はい、蓋を開けて」


「は、はい…」


 カンパーイと言いながら、俺は静間先輩とアクエリアスをぶつけ合った。


「先輩って、こんな一面も持ってたんですね」


「ん?アタシ?そうだよ。アタシだって…上井くんの前では猫被って、年上らしく先輩らしくしてなくちゃ、って緊張してたんだから、これまでは」


「そうなんですか?」


「でも、もう上井くんと一緒に活動出来る大きな行事は、体育祭だけになっちゃったじゃない?だからね、普通の、いつものアタシでいいじゃん、って思って…」


 そう言うと静間先輩は少し照れながら、アクエリアスを飲んだ。


「先輩がそこまで言って下さるなんて、嬉しいですよ。もしかしたらその覚悟…はオーバーかもしれませんけど、気持ちがあったから、宮島口まで話しながら一緒に来てくださったとか?」


「そうだね~。それはあるよ。上井くんと沢山お話して、上井くんのことを知りたかったし、本当のアタシも知ってほしかったし。そうそうアタシ、3年7組でしょ?上井くんの吹奏楽部の先輩の、前田のミッキーと同じクラスなのよ」


「あ、そう言えば文化祭の後だったかな…。前田先輩に吹奏楽コンクールでサックスの復帰のお願いをするために、下駄箱で待ち伏せてた時、静間先輩にお会いしましたよね?」


「あっ、そうそう!そうだったね。覚えてるよ〜。あの時、アタシは結構普段のアタシモードで接したつもりだったんよ、生徒会室じゃなくて下駄箱じゃったけぇね。でも上井くんはガチガチだったのを覚えてるよ」


「そ、そりゃあ3年生の皆さんが沢山いらっしゃいましたから…」


「まあでもあの頃はまだ、アタシも猫を被ってる方が多かったしね、ウフフッ」


「俺は6時間目が体育だった、って聞いて、まだ制服に着替えたばかりで汗が流れてる先輩を見て、なんか青春だな、眩しいなって感じたのを覚えてます」


「眩しかった?本当に?青春?もしかして、ちょっと前までブルマ姿だったんだ〜、なんて想像したんじゃない?」


 静間先輩は俺をからかうように、そう言った。あー、ヤバい!女子からブルマという単語を聞くと、俺はやっぱり…


「当たりでしょ?上井くん、顔が赤くなったもん。分かりやすいなぁ、上井くんは。アハハッ!」


 当たらずとも遠からず…


「センパーイ、そんなこと言って困らせないで下さいよぉ…」


「フフッ、上井くんって、そういう可愛い面もあるよね!」


「いや、ブルマなんて単語を女子から聞くと、照れない方が可笑しいですって!」


 俺は少々ムキになってしまったが、


「そんな所も可愛いよ、上井くん」


 上手くいなされてしまった。うーん、やっぱり年上には勝てないなぁ…。


「そう言えばアタシが中学の時、何部だったか、想像付いた?」


 静間先輩はアクエリアスを飲みながら、聞いてきた。


「そうでした。いつの間にか別のネタで頭の中が…」


「ブルマ?」


「だーかーらー、センパイってばぁ!」


「キャハハッ!上井くん、楽しいね!」


 静間先輩は本当に楽しそうに笑いながら、話してくれた。でもその中に、何処か寂し気な雰囲気も紛れているような気がした。まるで俺と話すことで、寂しさを紛らわそうとしているかのように。


「…とりあえず先輩の中学時代の部活は、想像も付かないんですけど、文化系じゃないですか?」


「そう見える?」


「はい。結構今日で、先輩の隠されていた部分も知りましたけど、やっぱり俺が初めて先輩にお会いした時に感じたのは、清楚なイメージなんです。だから、体育系ではない、と思ったんですけど」


「清楚だなんて…。そんなこと言っても、何も出ないよ?」


「いや、何か出して欲しくてそう言った訳じゃないです」


「アハハッ、やっぱり上井くんって頭が良いね。アタシの言うことに、直ぐに上手く返してくるもん」


「いや、頭なんて良くないですよ。中学の時ですけど、定期テストで、理科で9点という点を叩き出した実績がある男ですから」


「でも西廿日高校に合格したじゃん。そんな過去は気にしない、気にしない!あ、部活の答えはね、ブブーッ!不正解!」


「ええっ?じゃ、体育系の部活だったんですか?」


「そうだよ~。さあ、体育系の何部でしょう?」


 意外だった。7月のクラスマッチでバレーボールをしている静間先輩の姿は見ているが、どこか動きにぎこちなさを感じていたからだ。

 でもバレーボール以外にも、体育系の部活は沢山ある。

 予想も付かない部活かもしれない。


「うーん…。テニス部?」


「残念!」


「バスケ部?」


「残念!」


「バレーボール部?」


「残念!」


「あー、もうギブアップです、先輩。参りました。分かんない〜」


「やっぱり分かんないか〜。卓球部よ」


「たっ、卓球?」


「想像も付かなかったでしょ?」


「はい。そうか、卓球部もあるよな、確かに…。でも静間先輩とは全然結び付きませんでした」


「でしょ?だからアタシは、上井くんみたいに体育が嫌いってことはないんだ。好きな方だよ」


「ああ、そこで俺の体育嫌いを持ち出されなくても…」


「フフッ、いいじゃん。アタシが覚えた上井くんデータだもん。体育嫌いでも、ちゃんと2年生に進級してるでしょ?」


「まあそうですけど…。でも先輩?」


「ん?なに?」


「何故に中学時代は卓球部で、高校では帰宅部という選択をされたんですか?」


 俺がそう聞くと、静間先輩はしばらく俯いて考え込んだ。


「…初恋ってやつかな…」


「えっ、初恋?」


 <次回へ続く>

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