第10話 静間先輩との距離
「上井くーん。どう?風紀委員の割り振り練習、上手くいってる?」
生徒会室で静間先輩が声を掛けてくれた。
2学期が始まって数日経過したある日、俺は吹奏楽部の練習を優先させてもらっていたが、生徒会の仕事も覚えていかないと、来年度後輩役員をリードすることが出来ない。
そのため大村に頼んで、1日部活を休んで、その日を生徒会集中日にし、体育祭での生徒会の仕事を覚えることに専念しようと計画したのである。
この日はまず静間先輩にお願いし、今年の仮プログラムをもらい、校内を巡回する学年別男女別の各クラス風紀委員を、どの競技に割り当ててみるかという作業をしていた。
「いや〜、結構難しいですね。最初は単純に空いてる学年、空いてる男子、女子を当てはめていけばいいと思ってましたけど、同時に複数の生徒さんに頼むわけで、知り合いかどうかとか、それと部活も考えないといけないし。1人何回とか平等にしなくちゃいけないし」
「フフッ、アタシが去年味わった最初の壁と一緒だね」
「壁、ですか」
「そう。色々余計なことを考えちゃうんだよね。風紀委員の名簿があるでしょ?その名簿の生徒が、全員知らない名前だったら、却って楽なの。それが、チョコチョコと知り合いがいたりするから、変に気を使っちゃうんだよね」
「確かにそれはありますね」
吹奏楽部の部員の名前も、風紀委員の名簿に何名か記載されている。そうなると、吹奏楽部員には楽な順番で回してやろうとか思ってしまうし…。
勿論、1年生の拷問競技、ただ歩くだけのプロムナードの時には吹奏楽部がマーチを演奏するので、部員を充てる訳にはいかない。また部活対抗リレーの時は帰宅部の委員にしなきゃいけないとか、考慮しないといけないことが思っていたよりも多いな、というのが初の風紀委員巡回割当表作りで実感したことだ。
「まあ、まだプログラムも仮の状態だしね。そんなに今から眉毛をハの字にしなくてもいいよ。ちなみに去年アタシが1年目で石橋先輩に言われたのはね…」
「あ、石橋先輩も風紀委員長でしたもんね」
「そうよ。来年、アタシの次は上井くんが風紀委員長じゃけぇ、覚悟してね〜」
「か、覚悟?そんな怖いんですか…」
「アハハッ、冗談よ!真面目なんじゃもん、上井くん。生徒会長じゃないんじゃけぇ、気楽でええんよ」
「むー、静間先輩ってば…」
静間先輩と2人で生徒会室で作業していると、こんな軽口を言い合えるようになったのが、嬉しかった。他の役員さんがいると、もう少し喋りは控えるが…。
「あっ、そうそう、石橋先輩から言われたのはね、テキトーでええんよ、って言葉」
「…へっ?マジですか?」
あの石橋さんが、体育祭の最中の風紀委員巡視当番表の作成を、テキトーでいいと言うなんて。マジか?
「というのはね、当番表通りに全員がちゃんと回ってくれるなんて、期待しちゃダメってこと」
「えっ…?」
「ちゃんと当番表通りに、生徒会本部のテントに来てくれる委員さんの方が多いけど、忘れたり、面倒臭いとかで、ちゃんと来ない委員もいる。でも、そのことで神経を使うほどバカバカしいことはないから、テキトーでいいんだよ、って言ってくれたの」
「はぁ、なるほど…」
要は風紀委員だというのに、割当を守らない、乱れた生徒もいると言うことか。でも生徒会としては、イチイチそんな生徒を放送で呼び出したりせず、来ないのも想定内にして、体育祭を楽しむ方を優先させる、ということなのだろうか。
「割当の順番なのに本部に来ない生徒を探しに行くほどヒマじゃない、一言で言うとそんな感じかもね」
「でもそれって、なんか…。悔しいですね。せっかくコッチが頭を捻らせて順番を組んでるのに」
「うんうん、上井くんは真面目だから、その気持ちも分かるよ。でもその風紀委員の仕事ばっかり気にしてると、体育祭を楽しめないでしょ?あくまでも風紀委員の見回りは、サブの仕事。仮に見回りしてて、変な場面とか見掛けても、注意する権限はないし。仮に注意して、変なことになるのも大変だからね。だから、真面目にちゃんと割当を守って仕事してくれた委員さんには、パックのジュースを上げて、お疲れ様でした、ってお礼をするんだよ」
「なるほど。何となく、ちょっと大人の世界、みたいなものなんですかね」
「極端にいうと、そうかもしれないね。まあアタシ達は、そんなに神経を使わずに、体育祭を楽しもうね」
「あっ、はい」
俺は少しスッキリしない気持ちも残ったが、かと言って打開策の妙案がある訳でもない。こんな時は流れに身を任せるしかないのだろう。
「まあ体育祭で一番忙しいのは、体育委員じゃけぇ、応援してあげてね」
「体育委員かぁ。俺には無縁の委員ですね〜」
「ん?どうして?」
「だって、体育が苦手な男ですよ、俺は」
「あー、そうじゃったね!クラスマッチ名物、上井くんの怪我!」
静間先輩はそう言って、ニコニコと笑った。他の先輩にそう言われたら頭に来るが、静間先輩だと許せてしまう。静間先輩の持つ優しさ、清楚さの雰囲気のせいだろうな。
「よ、ウワイモ、今日は生徒会専念だって?」
夕方には山中が生徒会室に顔を出した。
「イモは余計じゃっつーの。しばらく生徒会の仕事は何にも出来とらんかったけぇ、大村に頼んで1日だけコッチに専念させてもろうたんよ」
「そうか。ま、今日の部活も特に上井に報告するような事件もなかったし。そうそう、今度入った新村って、なかなかええな」
新村は3年の八田先輩が引退され、空白になったユーフォニアムを吹きたいと、2学期から入部してくれた緒方中の後輩だ。
「そう?じゃあ良かったよ。中学の時も真面目で練習熱心じゃったけぇね」
「ああ、ホンマに練習熱心じゃ。俺らトロンボーンと近いけぇ、色々質問もしてくるしな」
「あ、そうか。チューバと一緒に括ってしまうけど、音域はボーンやホルンに近いもんな」
「あと新村が言うとったんが、高校では体育祭でこんなに沢山の曲を演奏するんですか!ってこと。緒方中って、体育祭だと毎年吹くマーチって『ワシントンポスト』一曲って決まっとるんだって?」
「そうなんよ。多分顧問の先生の好みじゃと思うけどな。あの曲も悪くないけど、ホンマの行進用には向かんと思わん?ド頭が2拍目みたいに感じるけぇ、歩かされるもんは本メロ入るまで、戸惑うと思うんよなぁ」
「それは言えるかもな。じゃけぇか、新村は『雷神』とか『海を越える握手』とか、喜んで練習しとるよ」
と、俺が山中と吹奏楽部の話をしていたら、横で聞いていた静間先輩が目を輝かせて、俺に話しかけて来た。
「わっ、なんか今の上井くんと山中くんの会話、カッコ良かったよ~」
「えっ?どこがカッコ良かったです?」
俺はキョトンとしつつ、聞き返した。
「あのね、生徒会では1年目の役を頑張ってるけどさ、2人とも吹奏楽部では幹部なんだな~って。上井くんは話し方がアタシと話す時とは全然違ってたし」
俺はいやあ、そんな…と照れてしまったが、山中は山中らしかった。
「静間先輩、あんまりウワイモを持ち上げると転げ落ちますから、そんなに言わんでもええですよ。それに幹部は上井だけで、俺は部活ではヒラ部員ですから」
「え?そうなの?山中くんも何か役員やってるのかなって思うような喋り方だったね。だからかな、アタシって帰宅部でしょ?じゃけぇね、今みたいな部活の話とか、間近で聞くことが少ないけぇね、凄い新鮮だったんよ。弟みたいな上井くんが、兄貴みたいに見えたし」
「あ、兄貴みたいって…その筋の人みたいじゃないですか」
俺は恒例の如く顔を真っ赤にして照れていた。
そこへ新たな役員がやって来た。美化委員長の3年生、渡辺里奈先輩だった。
「あ、山中くんに負けた〜。遅くなってごめーん。静間ちゃんに上井くんもお疲れ様!」
「お疲れ様です!」
山中が一番大きい声で返事をしていたので、俺や静間先輩の声はかき消されてしまった。
「今日は会長は来とらんの?」
渡辺先輩が静間先輩に聞いていた。
「うん。今日はクラスの方が忙しいみたいよ」
「女子なら分かるけど、男子は何で忙しいんじゃろうね?」
ん?女子なら体育祭前は忙しいけど、男子は忙しくないのか?
…中学の時はどうだったかな…
俺の場合は放送委員をさせられたから、何度か集まりはあったけど。
「まあいいや。山中くん、美化委員の体育祭での仕事を説明するね…」
「はい、お願いします」
山中は俺が早くから静間先輩に教えてもらっていたようなことを、これから始めるのか。結構遅くなりそうだな…。
「じゃ、上井くん、アタシ達は今日はこれで終わりにしようか?」
静間先輩はそう言ってくれた。
「あっ、はい。でも今日作ってみた俺のあんなので、今日は終わりでも大丈夫です?」
「うん。初回だもん。これからプログラムも正式なのが完成しないと、アタシ達もちゃんとした当番表作りは出来ないしね。何となくこういうのを作るんだ、いや〜結構大変だね、ってのが分かってくれれば、今日はOKよ」
「ありがとうございます~。先輩、卒業しないで下さいよ」
「突然何言ってんのよ。じゃあ里奈ちゃん、後はよろしくね」
「分かったよ〜。静間ちゃん、上井くんを食べちゃダメじゃけぇね」
「アハハッ!何言ってんだか」
俺は山中と目と目で、また明日…と合図したつもりだ。
下駄箱までは静間先輩と2人で歩く。僅かな距離だが、初めてじゃないだろうか。
「上井くんと2人で歩くのって、クラスマッチで物を運ぶ時以外じゃ、初めてかもね」
「そう…ですよね、きっと。すいません、俺みたいなのが一瞬でも彼氏気取りして」
「ハハッ、そんなこと全然思ってなかったのに。逆に意識しちゃうじゃん」
そう言って静間先輩は、俺の左頬を数回突付いた。当然俺は途端に照れてしまい、瞬間湯沸かし器のごとく顔が真っ赤になった。
「あっ、本当に上井くんって照れ屋なんだね〜。アタシがホッペをちょっと突っついただけなのに、そんなに真っ赤になって」
「あっ、あの…その…。こ、これが女子に不慣れな証拠ですっ」
「女子に不慣れ?えーっ、女子が圧倒的に多い部活の部長なのに?それに、生徒会でもアタシ以外の女の子…例えば近藤さんとか田川さんとか、ウチらの代の角田とも、平気で話しとるじゃん?」
「いえ、それは、俺の中で、基準があってですね」
シドロモドロになりながら釈明していたら、静間先輩は余計に俺に興味を持ったみたいだ。
確かにクラスマッチ、文化祭といったイベントで静間先輩と生徒会役員としての仕事の話はしているが、俺のプライベートまで詳しく話をしたのは更に一つ上の、卒業された石橋さんだ。
静間先輩とは、まだ生徒会役員の上下関係だけで、プライベートな話までは殆ど踏み込んでいない。だからこそ、突然頬を突付かれたりしたら免疫がないから、途端に照れてしまうのだ。
「なんか、上井くんのこと、もっと知りたくなってきたな」
「せ、先輩、照れます…」
「上井くんは大竹方面だったね。アタシは廿日市じゃけぇ…」
静間先輩はしばし考え込んでから、
「上井くん、宮島口まで一緒に帰ろうよ?色々なお話しようよ」
「えぇっ?そ、そんな、先輩がご自宅にご到着なさられる時間が、大変遅くなって申し訳ない…」
「アハハッ!そんな喋り方されたら、余計に上井くんと色々話したくなっちゃうよ。アタシは宮島口から広電に乗ればええだけじゃけぇ、うん、そうしよう」
どうしよう、静間先輩と2人で帰ることになってしまった。
こんな時に限って、若本に見付かったりしそうだな…。
先行き不透明な中、静間先輩の気持ちを断る訳にもいかず、宮島口まで一緒に帰ることになった。
(無事に帰れますように…)
<次回へ続く>
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