第8話 初恋相手は上井
「中学卒業してから、石田や後藤には会うとらんのじゃけど、2人共、厳し目じゃったん?」
帰りの列車で、緒方中吹奏楽部の後輩であり、西廿日高校に合格したら俺に告白すると宣言してくれていた、横田美紀と偶然出会い、今は玖波駅のホームのベンチで、列車で話し足りなかった話を続けていた。
俺は緒方中の吹奏楽部には、卒業後は殆ど顔を出していなかったので、どんな雰囲気だったのか知りたくて、それまでの横田情報から推測した部活の雰囲気を尋ねてみた。
「うーん、どっちかというと…うん、厳し目だったなぁ。石田くんと後藤さんは、上井先輩と船木先輩みたいに、バランス取れたコンビじゃなかったような気がします。2人共似たような性格じゃけぇかな」
俺と船木副部長は、バランスが良かったのか?
確かに船木副部長は俺が地の底にいた時には、代わりに部内を締めてくれたし、俺に対する主に同期の女子の不満の聞き役に徹してくれて、俺の耳には愚痴や不満が聞こえないように防波堤の役もしてくれた。俺としてはバランスが良いというより、船木副部長がいなかったら、部長ギブアップ宣言をしていただろう、そんな頼りがいのある相方だった。
「横田さんは、そんな部活の雰囲気は…」
「上井部長〜って恋しがってましたよ。なーんて。とにかく石田くんは、毎日の練習を理由なく休むのは禁止…ま、当たり前なんですけど、そう言って引き締めてましたし。後藤さんはコンクールでゴールド金賞をってのをとにかく狙ってて、夏休みはお盆も休みなしにしましょうなんて、竹吉先生に直訴してましたから」
「そんなに?部長と副部長が2人して厳しかったんじゃね。うー、そんな部活、俺は嫌じゃ〜」
その2人は俺が引退直前にキューピット役になって、彼氏と彼女という関係になったはずだが、横田の話からは石田と後藤がカップルだという雰囲気は、微塵も感じ取れなかった。部活中はもちろん、部活外でもカップルだということを悟られないようにしていたのだろうか。
「アハハッ、上井先輩の後継者にダメ出しですか!でもその雰囲気に耐えられないって、ほんの数名ですけど退部しちゃった後輩がいましたからね…。同期生はみんな残りましたけど、上井先輩が部長の時に入った1年生は、石田くんに部長が変わって、あまりの違いにショックを受けたのかも、です」
「そっかぁ。でも…永野は飄々としとったんかな?」
「永野くんですか?そうですね。たまに石田くんに、真面目に練習しろ!って怒られてました。アハハッ!」
「そんな逸話があるんじゃ?へぇ…」
「でもそんな永野くんがモテるんだから、世の中って分かんないです」
「え?永野がモテてたって?」
俺は一瞬耳を疑ったが…
「そうなんです。厳し目の部活で、1人で誰とでも…まあ同期や後輩問わず女子相手が多かったですけど、話しかけてたから、アタシ達はちょっと軽いよね…って感じだったんですけど、その分、後輩からの人気が高かったんですよ」
「なんか役得じゃね。隙間を縫うような感じ…」
永野が中3の時の様子が、少しずつ分かってきた。
「ですね。でも後輩女子から人気があると言っても、上井先輩と違うのは、上井先輩は天然で、永野くんは計算ずくなのが見えちゃうことでしたね〜」
俺は天然と思われてたのか?ちょっとショック!
「天然?俺が?」
「そうです。上井先輩って、アタシ達と話してくれる時、基本的には面白い話とかが多かったじゃないですか。それも誰とでも別け隔てなく。だから上井先輩相手にはアタシ達後輩からだけじゃなくて、一部の先輩以外の、同期の女子の先輩からも、ぬいぐるみみたいに遊ばれてたじゃないですか?」
ぬ、ぬいぐるみ…
「永野くんは後輩の女子はともかく、アタシ達の代の女子からは、遊ばれることは無かったですからね。後輩の女子相手に喋ってるのを見てても、なーんか、あわよくば、って感じが分かっちゃうんですよね」
横田発言は喜んで良いのかどうか分からなかったが、とりあえず悪口ではないから、受け取ることにした。
永野の中3時代の様子も分かったが、横田が永野からの告白を断ったのも、その時点ではまだ西廿日高校に入って俺に告白する、という思いがあったのを加味しても、そんな女子の後輩に対する態度も一因なのではないかと思った。
「上井先輩は西廿日高校の吹奏楽部でも、ワザとダジャレとかオヤジギャグとか言って、部活を明るくしようとしてるんじゃないですか?」
読まれている。俺の行動は単純なのかなぁ…。
「ま、まあね。そんなに性格なんて変わらないしね」
「でも、そんな明るくて一生懸命な先輩と中学の時に知り合えただけでも、アタシは嬉しいですよ!今の高校は女子しかいないから、クラスでも吹奏楽部でも、男子の目がないから…凄いですもん」
「まあ女子校の実態は凄いって、噂はよく聞くけど。どう凄いの?」
「そんなの…。先輩に言ったらアタシまでそういう女なのかって思われるから、言わないですよ、ヘヘッ」
「そうなん?なんかモヤモヤするけど…」
「じゃあギリギリラインで…。今なんか制服なんてまともに着てなくて、上はブラウスじゃけど、下は暑いけぇって、スカート脱いでブルマのまんまとか。うーん、もうこれ以上は言えないよ~」
暗がりだが横田が照れているのはよく分かった。
俺はどう返していいか困っていたが、
「あっ、でもブルマは西廿日高校のようなエンジ色じゃないです!昔からの色というか。それだけは安心したかも。中学時代のブルマも使えるし」
「そっ、そう…」
俺まで照れてきた。そこまで話した所で、夜を迎えて本数が少なくなっていた、次の列車がやって来る案内があった。
「あ、もう次の列車が来ちゃうんだ…。もう帰らなくちゃいけないかな。上井先輩!今日は突然の再会でしたけど、沢山お話し出来て、嬉しかったです!ありがとうございました」
横田はしっかりと挨拶の言葉を言ってくれた。
「こちらこそ。俺のことを覚えててくれてありがとう。残念な部分もあったけど…」
「えぇっ?残念って、アタシ、失礼なこと言いましたか?」
「いや、半分冗談だよ。半年前なら、横田さんと付き合えたのかな、なんてね」
「あ…。そ、そうですね。…アタシ、西廿日高校に落ちた時点で、上井先輩への思いは……封印しちゃいました。ご、ごめんなさい」
「…そっ、そうなんだね。そりゃそうだ、当たり前だよ。横田さんは何時までも俺なんかに拘るより、新しい恋を探しなよ。横田さんなら、きっと俺よりも相応しい男子と出会えるよ」
少し落ち込み気味な気持ちを悟られないよう、俺は横田に話した。
「あの…先輩…ありがとうございます!アタシの初恋が上井先輩で良かったです!」
「初恋?えっ?」
そこで列車が到着し、ドアが開いて横田はヒョイと乗り込んだ。そして俺を見てチョコンと頭を下げ、小さく手を振ってくれた。その内ドアが閉まり列車は発車していった。
暗闇に光る赤いテールランプが、寂しさを感じさせた。
(はぁ…。なんか、寂しいな…。夜じゃけぇかな。それとも…。初恋って言ってたな。福本さんを思い出すな…)
寂しさは、モテない俺の一縷の望みだった、横田の俺への気持ちが完全に断たれているのが分かったからかもしれない。横田と一緒に体育祭に来てくれた森本恵子も、西廿日高校に受からなかった時点で、俺への気持ちは断ち切っただろうし。
失意のドン底にいた中学の卒業式で、唯一俺に学ランのボタンをもらいに来てくれた、豊橋へ引っ越した2つ下の後輩、福本朋子のことまで思い出してしまった。
(今頃、福本さんは何してるのかな。中3のはずだよな。吹奏楽、続けてるのかな。俺のことを初恋相手だって、最初で最後の手紙で書いてくれたよなぁ…)
俺は寂しい気持ちのまま改札へ向かった。今の列車で降りてきた人波の後ろに合流したような感じになった。
ゆっくり歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
(誰じゃろ…。今は1人にしてくれ…。人違い、人違いですよ、間違ってますよ〜)
だが俺が気付かないフリをして歩き続けていると、もう一度肩を叩かれ、声まで掛けられた。
「上井くん?どしたん、遅くなって疲れ過ぎとるん?元気ないよ?」
「あれ?その声は」
「そう、アタシ。部長はツライよ〜の相方を忘れないでよ」
そこには笹木恵美がいた。
<次回へ続く>
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