第7話 1年ぶり

 結局、野口とは結構な時間話していたため、野口と別れた後に生徒会室に顔を出そうとしたが、既に生徒会室は閉まっていた。


(まあ、今日は一度は顔出したし、大丈夫じゃろ…)


 俺はそのまま1人で帰路に着いたが、宮島口駅に着いた頃には駅周辺の賑わいもひっそりとし、駅構内のたこ焼き屋も閉店していた。


(えー、腹減っとったし、何か食べたかったんになぁ…。早く列車が来りゃええけど。帰って夕飯食べるか…)


 丁度タイミングよく、徳山行きの列車が来たので、俺の定番、4両目に乗り込んだ。


 時間的に車内は帰宅するサラリーマンが目立ったが、部活帰りであろう制服姿の高校生もチラホラと乗っていた。

 その中から聞こえてきたのが…


「あの、もしかしたら、上井先輩じゃないですか?」


 という女子の声だった。


 俺のことを西廿日高校以外の場所、しかも列車の中で先輩と呼ぶ女子は、そう多くない。

 その声が聞こえた方を見てみたら…


「あれ?久しぶりじゃね!横田さん」


「やっぱり上井先輩じゃあ!お久しぶりです!」


 その声の主は、緒方中時代の後輩、横田美紀だった。


「ホンマ、よう俺じゃ言うて、見付けてくれたね」


「だって先輩、アタシが立ってるドアから乗り込んで来るんじゃもん。あっ、あれ?ってなりますよ」


 横田は西高を受けたが残念な結果に終わり、三洋女子に通っている…までは、若菜から聞いて知ってはいたが、改めて俺からも聞いてみた。


「横田さん、去年体育祭で聞いた、西廿日高校受けて、って話は…」


「…センパーイ、アタシは西廿日高校に縁がありませんでした…」


 横田はそう言い、泣き真似をした。


(相変わらず小柄で可愛い系だよな…。リスみたいだな、横田って)


「そうなんやね。残念じゃったね…。じゃあ、その制服は…どこの?」


 若菜から、横田は三洋女子だと聞いてはいたが、敢えて知らないフリをして聞いてみた。


「三洋女子です。女の子ばっかりだから、男の人と話すの、凄い緊張するようになっちゃって」


「もしかしたら今も緊張しとる?」


「そっ、そりゃあ…。だって上井先輩は男子で、それにアタシの先輩への気持ち、伝えたも同然じゃったけぇ…」


 少し横田は照れながら答えた。


「あっ…そうだった…よね」


「はい…」


 俺は照れてしまったが、横田は少し寂しそうな顔になった。


「アタシ、あんな宣言したから、逆に西高に落ちたんかな」


「そんなことないじゃろ?偶々試験で分からん問題があったとか、体調が悪かったとか…」


「体調かぁ。もしかしたらそれかも。先輩には言えないけど。タイミング悪かったなぁ…」


 なんとなく女子に月一回訪れる症状ではないかと察したが、男の俺が突っ込む訳にもいかない。

 痛みが激しい女子もいると聞くので、もしかしたら横田は入試当日、その痛みとも戦っていて、試験に集中出来なかったのではないだろうか。


「ま、まあ、久しぶりだし、話を変えようよ。三洋女子では、何か部活はやっとるん?」


「はい!吹奏楽部に入って、フルート続けてます!」


「そうなんじゃね!吹奏楽を続けてたら、いつかどこかの会場で会えるかもね」


「です…かねぇ」


「ん?気になる言い方じゃけど」


「実はついこの前のコンクールで、西廿日高校と同じ日なら、先輩にお会い出来るかな?って思ってたんです。あの東広島公民館で、です。だけど三洋女子はB部門の出場だったので、先輩達のA部門とは1日違いだったんですよ」


「そうだったんや。俺も自分自身のことや部員を引っ張ることで精一杯じゃったけぇ、前日のB部門までは詳しくチェックしとらんかったなぁ…。もっとも横田さんが今何校で、吹奏楽続けとるかとかも知らんかったし。ごめんね、横田さん」


 俺は虚実を混ぜて、横田に話した。


「いやいや、先輩が謝る要素なんて、どこにもないですよ?ただアタシは、西廿日高校は三洋女子の次の日で、A部門で難しい曲をやるんじゃなぁ…って思ってました。先輩や緒方中関係の方の名前をパンフで見ては、ちょっと溜息ついたり…なーんて」


 俺は改めて、西廿日高校吹奏楽部に横田が来てくれていたら良かったのに…と思った。

 俺の恋愛どうこうとは別にしても、素直で可愛く、フルートの人手不足も起きなかっただろうし。


「1日違いかぁ。で、三洋女子の結果は?」


「それが、B部門だからか、ゴールド金賞を取れたんです!これは単純に嬉しかったですよ!」


「おお、それは凄いじゃん!良かったね、おめでとう」


「ありがとうございまーす♪ところで先輩達の西廿日高校の結果は…」


「シルバー銀賞!いや〜、ゴールドの壁、そして廿日高校の壁は高いね」


「あ、そう言えば、廿日高校と西廿日高校のやる曲が課題曲はともかく自由曲まで同じだ、ってプログラムで見て思って、不思議だったんです。どうしてですか?」


「あれはね…。廿日高校からの逆挑戦みたいなもんだよ」


「え?何です、それは…」


 横田は不思議そうな顔をした。


「まあ、俺らに挑戦してこい、みたいな上から目線じゃよね。ウチらの先生は、部員には穏やかに伝えてくれたけど、内心はバカにするな!って思っとったと思うよ。でもコンクール前にゴタゴタがあって、結局銀賞しか獲れんかったけぇ、先生に申し訳なくてね」


「うーん…なんか、上井先輩の喋りを聞いてたら、凄い責任があるような立場に思えるんですけど、もしかしたら先輩、高校でも部長さんなんですか?」


「あ、一応…ね。本当は中学時代に懲りたけぇ、なりとうなかったんじゃけど、なんか…ね。気付いたら部長になってしもうて」


 実際はいつの間にかではなく、立候補して選挙戦を勝ち抜いて部長になったのだが、本当は大上か山中に部長になってほしかった思いが未練として残っているからか、俺は曖昧な言い方をしてしまった。


「わぁ、凄ーい!上井先輩、やっぱりそういう星の下に生まれたんですよ。あ〜あ、西高に通えてたら、上井部長!って呼べたし、それより何より、アタシの彼氏が部長っていうことになるけぇ、神戸先輩へのリベンジも出来たのになぁ」


 横田は一気に思いを話したような感じだった。だが列車はそろそろ玖波駅に着こうとしていた。


「リベンジって大袈裟やなぁ。まあ、今日は久しぶりに横田さんに会えたし、俺も嬉しかったよ。俺、玖波で降りるけぇ、また列車で会えたら、色々話そうよ」


 確か横田は、大竹駅近くが住所だったように記憶していた。なので話を打ち切ろうとしたのだが…


「先輩、もし良ければ、アタシも玖波で降りても良いですか?」


「えっ?横田さん、大竹駅から通いよるんじゃないん?」


「そ、そうですけど、次に上井先輩にお会い出来るのを待ってたら、いつになるやら…。もう少し先輩とお話ししたいネタもあるし、せっかくお会い出来たからもうちょっとだけ、なんて思ったんですけど、ご迷惑ですか?」


 そこまで言われて、迷惑じゃけぇ玖波で降りるな、大竹まで乗れ、そのまま帰れ等と言えるわけがない。


「迷惑だなんてとんでもないよ。それより横田さん、遅くなっちゃうけど、大丈夫なん?」


「アタシの親は、そんなに門限とか厳しくないんです。吹奏楽部に入ってるし、廿日市駅から高校までちょっと距離があるのも知ってるから、よっぽど遅くならない限りは…」


「そうなんやね。じゃあ、玖波のホームのベンチで、もう少し話そうか」


「はい!ありがとうございます!わ、嬉しいな、偶然上井先輩に会えただけでも嬉しいのに」


 横田にほぼ一年ぶりに列車の中で会えたのは、偶然の産物ではあるものの、二学期初日に掻き乱された俺の心を落ち着かせてくれた。

 列車は減速し、玖波に着いた。


「さてと、暗いけぇ、気を付けて降りてね」


「あ、ありがとうございます…。先輩、前と変わらずに、優しいですね」


「いっ、いや…。玖波なんて横田さんは慣れとらんじゃろ?カーブしとるけぇ、段差があるし。暗いとそんな所で転んだりするけぇ…」


「でも、普通はそこまで気を使ってくれる方が珍しいですよ。やっぱり先輩はアタシ達の代のアイドルです!」


 中学時代に俺が後輩からモテていたのは都市伝説だと思っていたが、こんな一言を聞くと、どうやら本当らしい…。なんて俺は鈍感なんだ。

 とはいえその時は神戸と付き合っていたこともあり、後輩からのアクションなどは何も無く、いくら俺がモテていた、と聞かされても信じられなかったのは、仕方ないことだ。

 今更過去を振り返っても、再びモテる訳はないのだ。


 とりあえず俺と横田は、ホームの改札近くにあるベンチに並んで座り、話し始めた。


「アイドルだなんて、大袈裟じゃろ。確かに横田さんと森本さんからは、去年の体育祭で告白予告…って言えばええんかな、そんな言葉をもろうたけどね」


「えー、そんな謙遜しないで下さいよ、先輩」


「いや、謙遜も何も…」


「アタシ、先輩が引退される時に掛けて下さった言葉、今でも忘れてませんよ?先輩は覚えてないんじゃないかなと思いますが」


「引退式?うーん、確かにみんなに同じ言葉を掛けないように気を付けてたよ。個性や性格も気を付けてね。でも流石に2年近く前じゃけぇ、横田さんに何を言ったかは、ごめん、覚えてないや…」


「いえ、良いんです。言われた方が覚えてれば良いだけですから。先輩はあの時、1年生、2年生合わせて約30人以上の後輩に、それぞれ違う言葉を掛けてたんですから、2年も前になれば、覚えてる方が奇跡ですよ」


「そっかぁ、そんなに後輩がいたんだよね。…俺、横田さんにはなんて言葉を掛けた?」


「アタシにはですね〜『横田さんはフルートもピッコロも出来るから、器用さに磨きを掛けて頑張るんだよ』って、言って下さったんです」


「そう言われたら、なんとなく思い出すね。確かピッコロを3年生が吹いとって、3年生引退後に誰が吹くか?って話があったんじゃなかったっけ」


「そうです。さっすがぁ!ちょっと突いたら、先輩、ちゃんと記憶の中に覚えててくれてますね」


「あ、いや…。やっぱりちょっと俺も関わった件じゃけぇね。誰にピッコロ吹かせたらいい?って話は。同期の塩屋さんがパートリーダーじゃったよね。一度塩屋さんに、参考までに…って条件付きで、ピッコロの後継ぎは誰がええと思う?って聞かれて、俺は横田さんを推薦したんよ」


「わぁ、そうだったんですか!文化祭の直前に塩屋先輩から、横田さんはアタシ達が引退したら、フルートもじゃけど、ピッコロも吹いてね、って言われたんです。上井先輩が影にいたとは…」


「はい、そこの横田さん、影とかハゲとか言わない!」


「キャハハッ!わー、先輩の楽しいトーク、健在じゃあ。懐かしいな」


「いや〜、こんな喋りくらいしか能がないけぇね。今も西高でこんな喋りばっかりしよるけぇ、いまだに彼女が出来んのよ」


「彼女、かぁ…」


 俺はこの時、横田からアタシが彼女に立候補します、というような言葉が出ないか、つい期待してしまった。だが現実は厳しかった。


「上井先輩、神戸先輩と別れたのに、その後もずっと一緒っていう環境は、どうです?」


「えっ…。う、うーん…。まだ友人のようには喋れないよ」


「そうですか…。アタシが彼女になれてたら、先輩のそんな傷も少しは軽く出来たかなぁ。落ちたけぇ、もうどうにもならんけど」


「……」


 この言い方だと、横田はもう俺に対する恋愛感情は無くなったようだ。変に期待した俺がバカだった。だから現状確認する意味も込めて聞いてみた。


「横田さんは、新しく好きな男子ができたとか、告白されたとか、そんな話は何かないの?」


「アタシですか…。実はアタシ、中学の卒業式で、永野くんに告白されたんです」


 永野?確かにパート練習で永野と俺の男2人だけになった時に、永野から横田さんが好きなんです…という話は聞いた事があった。だが途中入部した日の夜に当人の名前が出てくるとは、因縁めいたものを感じてしまった。


「永野に?そっかぁ。確かに俺がいた時から、永野は横田さんのことが好きじゃ、って言いよったよ」


「そうなんです?じゃあ結構長いこと、アタシのことを好きだったってことですね」


「そうなるね…。でもなんか、覚めてない?」


「はい。アタシはその時点では、西廿日高校に合格して上井先輩に告白するんだ、って気持ちで一杯ですから。永野くんには悪いことしましたけど、他に好きな男子がおるって言って、お断りしたんです。それに、なんか永野くんって、軽い気がして…」


 永野が男女別け隔てなく話し掛ける性格だったことが仇となったようだ。


「それで卒業式後に西廿日高校の受験に向かったら、永野くんがいるじゃないですか。気まずかったなぁ、あれは」


「ということは、知らなかったんじゃね。永野が何高校を受けるか、は」


「はい。アタシ達の代って、上井先輩から石田くんに部長交代してから、なんか厳しくなって、先輩の時みたいに和気藹々な雰囲気が薄れちゃったんです。石田くんが厳しかったし、後藤さんも厳し目だったなぁ。だから、仲良しグループで集まって、時々話すくらいしか楽しみが無かったんですよ。ましてや男女でどうこうなんて、全然無かった…から、突然永野くんがアタシに告白してきても、戸惑うばかりでしたね。予兆もなかったし、クラスも別じゃったし」


「そうなんじゃね」


 俺は永野について他にも情報がないか横田に尋ねたくなり、話をもう少し続けたいと思った。なんで直ぐに吹奏楽部に来なかったのかとか、分からないだろうか?


<次回へ続く>

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