第5話 思うところあり

「えー、2学期初日のミーティングを始めます」


 俺は生徒会室から戻り、部活をこなした後、定時を迎えたのでミーティングを始めた。


 因みに次の演奏、体育祭の時には、シンバルを担当することになった。

 スネアドラムとバスドラムは、広田&宮田で、交代しながら叩くことに決まったのだが、俺はスネアドラムのロールがまだ上手く出来ないのもあり、女子が持ち続けるには重たいシンバルを担当することになったのだった。


「えーっと、今日は2学期初めの日ということで、夏休み、主に合宿やコンクールの反省点なんかあれば聞いてみたいなと思いますが、皆さん、何かありますか?」


 とりあえず俺は、自分が言いたいことを言うための前フリとして、部員に問い掛けてみた。

 予想はしていたが、特に誰も挙手することなく、しばし時間が過ぎていった。


「ないですか?じゃ、俺からですが…」


 部内の雰囲気は悪くは無かった。だから悪化させるような言葉遣いはしないよう、頭の中で整理してから話すようにした。


「えー、まずはコンクール。お疲れ様でした。皆さんの頑張りのお陰で、金賞に手が届きそうな所の銀賞でした。多分、西廿日高吹奏楽部初めての好成績だったんじゃないかな、と思っています」


 部内は、良かったよなとか、あのフレーズで失敗しなきゃ良かった…とか、コンクールを振り返る発言が乱れ飛んでいたが、雰囲気は悪くなかった。だが…


「ですが、一言!いや、二言かな…。皆さんに、敢えて言わねばならないことがあります」


 俺がそう話し始めると、途端に静まり返ってしまった。


「帰りの列車、凄い混んでましたね。閉会式後の各校吹奏楽部員や、保護者が殺到したせいもありましたけど。俺も疲れが出たのか、途中で寝てしまったんですが、改めてその点はお詫びします。その上で、誰とは言わないですけど、勝手に本来降りる駅じゃない駅で降りた部員がいると、俺に報告がありました」


 俺はここで音楽室内をグルッと見回した。大村、神戸、伊野が座っている付近を中心に、しかし目を合わさないように全体を見回した。

 大村はそんなことは知らないと言わんばかりな表情をしていたが、女子2人は下を向いていた。


「まあ、コンクールも終わったし、途中、広島駅みたいな駅で降りて遊んでいこう、そう思う気持ちは分かります。ですが、あくまでもコンクールの帰り道です。集団行動が求められる場面です。今回は偶々JRでしたが、会場の都合でJR移動を余儀なくされただけで、本来ならバスで移動するはずです。部費からの交通費も、あくまでも宮島口駅基準で皆さんに費用として払いました。いくら俺が寝ていたからと言って、自分勝手な行動はしないようにしてください。今回は俺が寝てしまい、監督不行き届きだった部分があるので、これ以上はもう何も言いませんし、それが誰だとも言いませんが、身に覚えがある部員さんは、二度と同じことはしないようにしてください。いいですね?」


 部員は小さな声で、ハイ、と応えていた。肝心の大村、神戸、伊野の3人は、大村は少し不満気な表情だったが副部長という立場上、何か言いたいのを堪えているような感じだった。

 神戸、伊野の女子2人は、完全に悪いことをしてしまったという雰囲気で、ずっと下を向いていた。


 俺はひょっとしたら大村が何か言い出すかもしれない、と少し警戒していたが、何も言わなかったので、ちょっとだけ安心した。


「はい、コンクールの後始末的な話は、本当はもう一つあるんじゃけど…、暗い話を続けるのもちょっと…ね。まあもう一つのことは、いつか役員会かパートリーダー会で話します。なので、今日は話しません。次は明るい話をしましょう!次のネタは、2学期が始まって、新入部員が来てくれたことです!」


 俺は二言目として、コンクール翌日の出席率の悪さについて話そうかと思っていたが、立て続けにそんな話をするのも雰囲気が悪くなるかと思い引っ込め、新村と永野の紹介へと切り替えた。


 えっ?という声も一部で上がり、音楽室の中も先程とは違うざわめきが起きていたが、部活開始時に部活に来ていた部員や、新村のユーフォニアム、永野のサックス以外のパートの部員はほぼ初めて聞く話だろうから、ザワザワするのも当然かもしれない。


「じゃ、新村と永野、前へ出てくれる?」


「あ、はい…」


 2人共、ミーティング自体初めての参加で、その上初めに重たい話をしたからか、気圧されたような感じで前へ出てきた。


「えー、今朝ですが、私を下駄箱で待ち構えていて、2学期から吹奏楽部に参加したいと、直談判してくれた男子2名を紹介します。あ、福崎先生も呼ばんにゃいけんかった。先生!」


俺は音楽準備室の方を向いて、大きめの声を出した。福崎先生にも聞こえたようで、待っとったぞと言いながら、音楽準備室から出てきてくれた。


「えーっと、先生からも一言言うとくな。コンクールで3年生が完全引退して、正式に1年生と2年生だけの新たな編成になったわけじゃが、3年生がカバーしてくれていたパートとかは、これから大変かもしれん。特にユーフォは八田が引退して空席になってしもうたけぇ、空席になった。先生としても、中低音部をどうするか悩んどったんじゃが、ユーフォをやりたいと来てくれたのが、今から紹介する新村くん、そしてテナーサックス希望で来てくれたのが、永野くんだ」


2人は救世主のように福崎先生が紹介することに、物凄く照れていた。


「ということで、あとは上井に任せるが、みんなも新しい戦力が増えたことで、また気持ちを新たに頑張ってほしい。ワシからは以上じゃ。上井、あとは任せたぞ」


福崎先生はそれだけ言うと、そのまま音楽準備室へ戻っていった。


「…えー、先生からのあっという間の紹介でしたが…。じゃあどうしようか。先生や俺が紹介するだけじゃあアレだし、2人とも自己紹介をとりあえずしてくれる?どっちが先でもええよ」


 えーっ、と言いながら新村と永野はジャンケンをして、新村が勝った。よって永野が先に自己紹介をすることになった。


「先輩、自己紹介するなんて聞いてないですよ…」


「そうじゃろ、ワシも言うとらんけぇ」


 俺と永野のこのやり取りだけで音楽室は少し笑いが起きたので、少しホッとした。


「まあなんでもええけぇ、自己アピールしてみてよ」


「あっ、はい…。えーっと、僕は緒方中学校卒業で、上井部長の後輩になる、永野忠司と言います。中学校の時は吹奏楽部にいました。高校では最初、吹奏楽は中学校でやり尽くしたと思い、帰宅部をやってたんですが、夏休みに補修に来た時、コンクールの練習をされている音が聴こえてきて、自分は吹奏楽部に戻りたいと思い、今朝上井部長に直談判しました。楽器はサックスです。あ、テナーです。よろしくお願いします」


 永野が頭を下げると、ワーッと拍手が起きた。


「永野、いつの間にそんなに喋りが上手くなったんよ?」


「えーっ、必死ですよ!もう一度同じこと言えと言われても、無理です。先輩の体育祭の実況を上回ることは出来ませんし」


 こんなやり取りが、俺は個人的には懐かしかった。体育祭の実況という永野が発したフレーズに、緒方中卒の部員は反応していたが、他の部員はなんのこっちゃという反応をしていたのが、これまた面白かった。


「はい、というわけで永野くんでした。次に新村くん、よろしくね」


「あ、はい…」


 新村は人前で話すのが苦手なのだが、今回だけはなんとか頑張ってくれと心の中で祈るように見つめた。


「えっと、永野くんと同じく上井先輩の後輩です。新村辰夫と言います。楽器はユーフォです。よろしくお願いします」


 新村が頭を下げると、同じく拍手が起きた。


「はい、ありがとう。新村もよく喋ってくれたね。疲れたじゃろ?」


「はい、今ので練習1回分ほど疲れました」


 このセリフに音楽室は笑いに包まれた。


 なんとかほのぼのとしたムードになったので一安心だ。


「えー、この2人が入ってくれることになり、また部活に新たな風が入ると思います。まずは2人は体育祭での演奏がデビュー戦となりますが、みんなで頑張りましょう!」


 はい、と声が聞こえ、それを機にミーティングを終わりにした。


(ふう、じゃ後は一応生徒会室へ顔を出しておくかな…)


 そこへ新村と永野が、俺に一緒に帰りましょうと誘いの言葉を掛けてくれたのだが…


「申し訳ない!俺、今から生徒会室へ行かんにゃならんのじゃ」


「あ、そう言えば上井先輩って、生徒会役員でもあるんでしたね」


 こんな場合は、永野が大体会話の前面に立つ。


「そうなんよ」


「俺、春の生徒総会での、先輩の体を張ったギャグを覚えてますよ。イスから落ちるっていう…」


「半年近く経っても、まだ言われるんやなぁ〜。アレはワザとじゃないんよ。座ろうとしたら俺のケツが、ここにイスがあるはずだと記憶してたはずの場所に、イスが無かった、そういうこと!」


「まあそういうことにしときます。じゃ、先輩と一緒に帰るのは、結構難しいです?中学の時の話とか、先輩の恋の話とか…色々お尋ねしたいな、なんて思ってたんですけど」


「俺の失恋話なんか聞いても面白くないって…。俺、失恋相手が部内に2人もおるんじゃけぇ」


「え?神戸先輩だけじゃないんですか?」


「はい、そこの永野くん、俺の心臓を傷つけないように!」


確かに伊野沙織に失恋したことは、後輩達は知らないから、永野や新村が知らないのも当たり前だ。


「でも先輩、よくフラレた相手と同じ部活で部長まで務められますね。俺なら無理じゃなぁ」


「…ま、いつか余裕が出来たら、そんなことを話す時も来るじゃろ。とりあえず今日は同じ大竹方面の部員…村山は帰ったんかな?」


 そこに村山の、俺ならおるよ~という声が音楽準備室から聞こえた。


「あ、村山がおるけぇ、村山と帰るとええよ。宮島口駅でタコ焼き奢ってくれるはずじゃけぇ」


「わ、マジですか?村山先輩!ありがとうございます!」


 そこへ村山が音楽準備室から顔を出し、勝手に話を決めるな~と主張してきた。だがそんなに本気で言っていないことは長年の付き合いから分かる。


「まあまあ。同じ緒方の仲間じゃろ?それとも、女子なら奢るけど男子には奢らんの?」


 俺はワザとそんな言い方をした。


「うっ、上井!お前な…。まあええや。俺も新村くんや、永野くんとは仲良ぉしたいけぇな。コンクールの楽譜整理しとるけぇ、2人とも、ちょっと待っとってくれるか?」


 村山はそう言って音楽準備室へと戻っていった。


「分かりました。上井先輩、村山先輩とは仲が良いなと思ってたんですけど、見事に水泳部から吹奏楽部へ変身されたんですね」


「まあ色々思う所があったみたいじゃけどね…。大体この高校、プールがないけぇね。水泳部は作ろうにも作れんし。その辺り、帰り道に質問攻めしてみりゃええよ」


 音楽準備室からは、ウワイ〜という呻き声らしき音が聞こえたが、俺は無視して、2人にしばらく待つよう伝えてから、生徒会室へ向かった。


 …っとその前に


「村山、音楽室の鍵閉め、頼むね」


 わーったよ!という、ヤケになった声を後にしつつ、俺は生徒会室へと向かったが、すぐに屋上へ通じる階段の影から、俺のカッターシャツを掴まえて引っ張る力に、前進はストップさせられた。


「え?」


<次回へ続く>

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