第4話 ドタバタな2学期初日

 俺が新村、永野の2人を新入部員として吹奏楽部にリードした後、もう一つの仕事である生徒会役員の会合のため、生徒会室へ向かおうとした時だ。


 恐らくは渡り廊下を走ってきた女子に、不意を突かれた感じで激突し、予想だにしない出来事だけに俺は廊下に吹っ飛ばされてしまった。


「誰だよ…」


「すいません…人がいるなんて思ってなくて…」


 お互いにダウンした状態だったため、相手の女子のスカートの中が際どい所まで見えていて、こんな痛い目に遭った直後だというのに、つい目線はスカートの奥へと、男の悲しい性が勝手に発動している。だが…?


「あれ?もしかして…その声は、若本?」


「あ、やっぱり上井先輩でしたか…。ごめんなさーい、周りを見てなくて」


 やっと上体を起こし顔を見合わせ、とりあえず互いに激突した箇所は痛いものの、出血するような怪我はしていないことを確認し、無事なことに安堵した。


「いつつ…でもどしたん、若本がそんなに走って音楽室に来るなんて」


「あ、単純に、ちょっと遅れたかな?と思ったのと、それと…」


「それと?」


「今朝、上井先輩が話してた男子が来てるかな?って思って」


「男子?ああ、俺の後輩かぁ。ふーん…。若本も、やっぱり新しい男には興味津々?」


「なんつー言い方ですか、先輩ってば!…あれ?先輩、もしかしたら妬いてるの…?」


「え?」


 俺は不意に放たれた若本の一言に、何故か動揺してしまった。若本も意味有りげな表情を浮かべている。


「えっ?いや、そ、そんなはずは…」


「わ、先輩ってば、顔が赤いんじゃけぇ。図星?」


「な、何をか言わんや…」


 実際、俺は顔が火照るのを感じていた。


「でもアタシはちょっと嬉しいな!先輩に妬いてもらえるなんて。少しは上井先輩に意識してもらえる女になったのかな?なーんてね!」


「え?あの、わ、若本…?」


「上井先輩もあんなに急いどったけぇ、何か急ぐ用があるんでしょ?早くそこへ行かなくちゃ。アタシに嫉妬してる暇はないですよ?」


「ま、まあ…その…」


 俺の琴線を揺さぶる若本の一言一言に、動揺が収まらない。


「じゃ、アタシは部活に行きますんで。先輩は…生徒会でしょ?終わったらまた部活に来てくださいね〜」


 若本はそう言うと立ち上がり、音楽室に向かっていった。

 その瞬間、際どかったスカートが翻り、一瞬更に中まで見えてしまったような気がしたが、なんとなくその時は罪悪感が芽生え、目を逸らしてしまった。


(あれ?何時もの俺じゃないな)


 何時もなら女子のスカートが翻ったり捲れたりしたら、それが例え誰だろうと勝手に男の本能が勝つのだが、今は珍しく理性が勝ってしまった。


 なんとなく若本のパンツ等を見てしまうのはいけない、という気持ちが、男の本能に打ち勝ったのかもしれない。


 しばし呆然としてしまったが、ふと我に返り、生徒会室に行かねばならないことを思い出し、俺は再び小走りで生徒会室へ向かった。


 その途中で、山中とすれ違った。


「おい、ウワイモ!生徒会室へ行こうとしとるんか?」


 俺は再びブレーキを踏まざるを得なかった。


「おぉ、山中!そうなんよ。ちょっと部活を優先したい事情が急に出来て、田川さんに言付け頼んだんじゃけど、やっと終わったけぇ」


「ああ、田川さんから上井は部活で緊急事態が起きたけぇ、遅れる、とは聞いた。また緊急事態か?って、みんなざわつきよったよ。俺も何か知らんか?って聞かれたけど、何も知らんから、分かりませんとしか言えんかったんじゃが、何だったんよ?」


「こういう時って、悪い方向に話が進んじゃうもんじゃな」


 俺は今朝、下駄箱で中学時代の後輩2人に声を掛けられ、吹奏楽部への途中入部を直訴されたこと、そのため部活開始の時には先生に紹介したり、担当楽器を決めたりしなきゃいけなかったことを、山中に説明した。


「ほうか、ほうなんか!そりゃ、ええ意味での緊急事態やな!」


「じゃろ?部長として立ち会わんわけにはいかんし」


「ほうじゃの。それなら良かった。てっきりまた退部者が出たとか、そんな話かと思って、ちょっと俺も落ち着かんかったけぇ、早く生徒会室を出させてもらったんよ」


「ん?ちょっと早く?…今は生徒会室はどんな状態なん?」


「今日は生徒会役員の久々の顔合わせがメインかな。後は、体育祭当日の動線の確認。役員は生徒の入場の先頭で、国旗やら校旗やら持って歩かんにゃいけんのじゃけど、俺と上井は吹奏楽部の演奏優先になったよ」


「お、それは助かる。打楽器が俺を入れて3人になってしもうたけぇね。抜けるわけにはいかんし」


「確かにな。あとは、基本的に役員は吹奏楽部のテントの横の役員テントで万一に備えて過ごすこと、揉め事が起きたらまず3年生役員が対処すること、各委員会の仕事はこれから細かく決めていくこと、こんな辺りの確認じゃった。あっ、それと…」


「それと?なんか、嬉しくない仕事?」


「上井は夏休みの後半、3年生の手伝いに来とったらしいじゃん」


「あ、ああ…。家におっても暇じゃけぇ、暇潰しに遊びに来とったようなもんよ」


「それが岩瀬会長には素晴らしい!って言われて、お前に特典が当たっとったわ」


「とっ、トクテン?」


「ああ。3年生のフォークダンスの時、例によってどのクラスも男子が足らんけぇ、役員を中心に2年生男子から補充するんじゃけど、お前は優先的に好きなクラスを選んで、補充男子になれるようにする、だってよ」


「そっ、そうか…」


「ん?不満か?ウワイモは」


「いやいや、光栄なことよ。どうせなら吹奏楽部の先輩が多いクラスがええし。春先に俺に陰口叩いた先輩のクラスは避けれるし」


「まあそうじゃな。慣例だと自分と同じ数字のクラスに入る…じゃけぇ、上井なら7組じゃけぇ、3年7組の男子を演じるんじゃけど、8組でも選べるし、1組、2組、好きなクラスを選べるんよ」


「そっか〜」


「俺がお前に伝えたかった連絡事項は、以上。一応今日は特に仕事はなくて、明日から本格的に生徒会の担当する部分とか詰めていくみたいじゃけぇ、今から無理に生徒会室に行かんでもええけど…お前なら顔は出したい方じゃろうな」


「まあ…。その特典の御礼を会長にしといた方がええじゃろうし」


「じゃ、俺は音楽室に行って、その新しい後輩の顔と名前を覚えるとするよ。上井はとりあえず生徒会室に行ってみな」


「うん、ありがとう」


 俺は山中と別れ、再び生徒会室へと向かった。


(特典かぁ…。でも結局3年7組を選びそうじゃな)


 というのも、3年7組には、俺のファーストキスの相手になった元吹奏楽部の前田先輩がおられるし、生徒会役員で直属の上司、静間先輩もおられるからだ。

 確か春先に俺に陰口叩いたあの先輩は、4組だったはず…。4組を選ばなけりゃいいだけだ。


「失礼しまーす。遅くなりましてすいません、上井です」


 生徒会室の入口でそう声を出しながら、中へと入った。


「わっ、上井くん!吹奏楽部、大丈夫だった?」


 まず心配してくれたのは、夏休みから毎日会っていた、静間先輩だった。


「あ、はい…。何だか大事に伝わっちゃってすいません、先輩」


「おお、上井くんよ。吹奏楽部は大丈夫なんか?」


 岩瀬会長からも声を掛けられた。


「会長、すいません。凄い大変な事態が起きてしまったように言ってしまって」


「でも上井くんは吹奏楽部の部長兼務じゃけぇ、今は吹奏楽部優先でええからな。とりあえず緊急事態は解決したんか?」


「はい、お陰様で…。何とかなりました」


「おお、それなら良かった。じゃけぇ、こっちにも来てくれたんか」


「そうですね…って、脇腹をくすぐるのは誰っ?」


 振り向いてみたら、夏合宿以来になる女子バレー部の近藤妙子だった。


「上井くん、お久しぶり!でも最初、吹奏楽部に緊急事態が起きたって田川さんが言うとったけぇ、心配しよったんよ?」


「近藤さんか、ビックリしたぁ。噂って怖いね、うん」


「噂?緊急事態は噂じゃったん?」


「いや、悪い方へと話が進んでいくんじゃなぁ…って思って」


「え?じゃあ、吹奏楽部の緊急事態って、良い話だったってこと?」


「うん。今日から入部したいって1年生が来てくれて、その案内と楽器決めとかせんにゃあいけんかったんよ。それで部長がおらんわけにはいかん、ということで…」


「へぇ!今からでも1年生が入ってくれるなら、嬉しいよね。それなら良かったね。アタシさ、上井くんが吹奏楽部の用事を優先させる時って、いつも良くない事が起きた時ばっかり、としか思わんけぇ、今回もきっと…って思っとったんよ」


「田川さんは一体、どんな風に俺の遅刻を皆さんに説明してくれたんじゃろ…。田川さーん、おる?」


「あ、田川さんなら放送部に行ったよ、もう」


「なんだあ、もう解散みたいなもんかぁ」


「まあね。本格的な生徒会の活動は明日からで、今日は2学期になって、久しぶりじゃけぇ顔合わせみたいな感じかな?山中くんもさっき早目に音楽室に向かってたから、すれ違わなかった?まあアタシも上井くんに会えたし、部活に行くとするかなぁ、嫌じゃけど」


「プッ、近藤さんでもそんなこと言うんじゃね」


「んー 、だってたいぎいもん。メグの手前、そんなことは言えんけど、上井くんになら言えるから、今の内に毒を吐き出しといたの。じゃあ、また明日かな?バイバーイ」


 そう言って近藤妙子はカバンを持って、生徒会室を出て行った。


 残っているのは岩瀬会長、静間先輩、そして俺。3人になってしまった。


「あれ?なんかこの3人、夏休み終わり頃のメンバーって感じね」


 静間先輩がちょっと楽しげにそう言った。


「ほうじゃね。偶然かな?」


 岩瀬会長もそう言ったところで、俺は岩瀬会長に御礼を言わねばならないのを思い出した。


「そうだ会長、わざわざ私に先輩方のフォークダンスの時、クラスを選べる権利を頂き、ありがとうございます!」


「お、そうじゃった。山中くんから聞いたんかな?上井くんは夏休みの後半、毎日生徒会室に来てくれたじゃろ?そのご褒美にしちゃあショボいけど、会長権限で出来ることをコッソリと…」


「え?コッソリなのぉ、岩瀬くん?」


 静間先輩が笑いながら言った。


「結構みんなの前で堂々と発表しとったじゃない?」


「ハハッ、ま、上井くんの頑張りを、特に2年のみんなに知らせたかったけぇね」


「いっ、いや、頑張ったなんて言われるほどは、何もしてないですよ、俺は…」


 ちょっと恐縮してしまった。

 夏休みの後半、家にいても面白くないので、生徒会室に遊びに行っていた、が正直なところだからだ。だが


「でも3年だけだったら煮詰まりそうな時に、上井くんがヒョコッと意見を挟んでくれたりしたじゃない?アタシは嬉しかったよ」


 と静間先輩が言ってくれた。俺は照れるばかりだった。


「じゃけぇ上井くん?」


「はっ、はい?」


「3年のフォークダンスは、アタシの7組を選んでね。一緒にダンスしてお礼するけぇ。そうそう、ブラスのミッキーもおるじゃん。ね!」


「あ、は、はい…」


「ちょっ、静間さん、話が一方的じゃのぉ。7組だと、俺の特典の意味がないじゃろ?上井くんは確か2年7組じゃったよな」


「ええ、2年7組です」


「この機会に、縦割りじゃ踊れない、憧れの先輩のクラスを選んでもええんやぞ?」


「岩瀬くん、それはアタシが上井くんに強要してるって意味かな?」


 なんだか俄に言い合いの様相を呈してきたので、俺は


「まあ、まだ体育祭本番まで時間がありますので、考えまーす。すいません、部活に行きますので、また明日…」


 と言って、音楽室へと戻ることにした。


(ふぅ…。でも静間先輩にしちゃ、珍しいなぁ。あそこまで意思を明らかにするなんて。まさか俺のことを気になってくれてたりして。いや、そりゃないか)


 音楽室に着くと、気持ちも入れ替わる。


(さてコンクールとは全然違うマーチの演奏、頑張らなくちゃな…)


 何となく俺は、身の回りで起きる出来事がザワザワしている気がしてならなかった。


 <次回へ続く>


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