第3話 新入部員
2学期の始業式後、クラスでのホームルームを経て、この日は終わりになった。
帰宅部は帰っていいし、部活がある生徒は部活へ…という感じだ。
「上井よ、吹奏楽部が銀賞って、凄いのぉ」
と肩を叩きながら、サッカー部の長尾がホームルーム後に声を掛けてくれた。
体育館での始業式で校長先生が、夏の各部活の大会結果を話してくださり、確かに吹奏楽部は広島県大会銀賞と仰って頂いてはいた。
その時、銀賞ってスゲエ!みたいな雰囲気にもなってはいたが…。
「ありがとう。でも、ある程度演奏出来たらもらえる賞なんよ、銀賞って」
「ん?広島県内で2位なんじゃないんか?」
「それならええんじゃけどね~」
俺は吹奏楽コンクールの各賞のシステムを、長尾に説明する羽目になった。
「そうなんか。まあ、でも何も知らん者は、単純に吹奏楽部スゲェ!って言いよったけぇ、素直に受け取っとけや」
「ハハッ、そうじゃね。ありがとう、ナガさん」
俺はそんなやり取りの後、音楽室へ向かおうとした。そこへ1学期修了式以来久しぶりに会う、生徒会役員の同期、田川雅子が俺を引き止めに来た。
「上井くーん?生徒会の会議があるの、忘れとらん?」
やっぱりか…。でも今は、今朝途中入部を直訴してきた2人の後輩の世話に行かねばならなかった。
「知っとる!分かっとるよ。分かってはおるんじゃけど」
「そう?一緒に生徒会室に行こうよ、って誘おうとしたら、上井くんの足は、生徒会室とは真逆の方向に向いとったけぇ…」
鋭いなぁ、女子って。
「ちょっと遅れる、って言うといて、お願い!」
「え?なんか吹奏楽部でまたもや大変なことが起きとるん?それで…」
離れた所で音楽室に行こうとしていた末田が、何だろ?という目で俺の方を眺めているのに気付いた。
「いやいや、大変は大変じゃけど、いい大変なんよ。詳しくは後ほど生徒会室に行ったら話すけぇ、今はとりあえず、上井は遅れるとだけ、言うといて!田川様々…」
「わ、分かったよ。いい大変ってのがよう分からんけど。そしたら山中くんも来んのかな?」
「山中にもまだ説明しとらんけぇ、アイツは生徒会室に来ると思うよ。あ、山中にも俺は急な用事で遅れるって言っといてくれたら助かる…」
「なんだか緊急事態みたいじゃね。じゃ、なるべく早く生徒会室に来てね。みんな待っとるけぇ」
「うん、ゴメンね〜」
田川に後を託し、俺は音楽室へ向かった。田川も男子から人気の高い女子だけに、俺が気楽に話していることに対する嫉妬の視線を少し感じたが、俺は特に田川をどうこうと思ってないのが、不思議でもある。
とりあえず音楽室へと急いだら、入口に新村と永野が立っていた。
「ごめん、遅くなったね」
「いえ、上井先輩もお忙しい中、すいません」
新村がそう言った。2人でいる時は、新村がどちらかというとリーダー的な立場になっているのだろうか?
「じゃあまあとりあえず、顧問の先生に紹介するよ。音楽の福崎先生って言うんじゃけど、2人とも芸術は音楽取っとる?それとも他の…」
「いえ、音楽です」
ここは2人揃って喋ってくれた。俺は苦笑いしつつ、
「じゃ、それなら初対面じゃないけぇ、楽じゃね。では音楽準備室へと…。先生、失礼しまーす」
俺は音楽準備室に電気が点いているのを確認してからドアをノックし、中へと入った。
「はい…。ああ、上井か。どしたんや、部活前に」
「実はですね、2学期になった今日から、我が吹奏楽部に入りたいという男子が2名来てくれまして、その紹介をと…」
「おっ!ホンマか?ありがたいなぁ。3年が完全引退して、ちょっと手薄になったパートもあるけぇの。とりあえず中に入ってもらってくれ」
「はい。新村、永野、中に入って」
「は、はい…」
俄に2人は緊張していた。俺も中学の時、緊張しながら途中入部したから、彼らの気持ちはよく分かる。だが俺はみんなの前で紹介なんてされなかったなぁ…。
「福崎先生、いつも音楽の授業でお世話になっております。1年10組の新村です。そして…」
「先生、俺も音楽の授業を選択してる、1年9組の永野と言います」
2人はしっかりと最初の挨拶をした。俺なんかよりしっかりしているんじゃないか?
「おぉ、君らか。君達なら音楽でもええ成績取っとるけぇ、こんな生徒が吹奏楽部に来てくれたらなぁ、って思っとったんじゃ。勿論、俺は大歓迎じゃ。なあ、上井?」
「あ、既に先生のお眼鏡に叶う人材でしたか!この2人は俺の中学時代の後輩でして、新村はユーフォ、永野はアルトサックスを吹いてました」
「そうか。じゃあ、新村くんはユーフォ決定だな」
「え、そんなに早く決めて頂いて良いんですか?」
新村が慌てたように福崎先生に尋ねていた。
「ああ。丁度ユーフォを吹いとった3年が引退したところでな、欠員状態じゃったんよ。部としても大いに助かるな、上井よ」
「あっ、はい、そうですね」
先生は時々突然俺に話を振るから、常に緊張してなきゃいけない。
「そして永野くんはアルトか…。うーん、サックス吹きたいよな、永野くんも」
「あっ、はい。出来れば…」
「実はサックスだと、テナーしか空きがないんじゃ。テナーサックスだと、嫌か?」
「いっ、いえ!途中入部ですから、贅沢は言いません。テナーサックスでよろしくお願いします」
「そうか、じゃあ話は早いな。永野くんはテナーサックスで頼むよ。まあこの先、パート内移動もあるかもしれんしな。あと上井、2人の紹介は…最後のミーティングでやるか?それとも今やっとくか?」
俺は早く生徒会室に行かねば、という思いに取り付かれていた。
「ミーティングの時にしませんか、先生。まだみんな揃ってないですし」
「それもそうじゃな、じゃあミーティングの時にやるか。その時は俺からも一言付け加えるけぇ、呼んでくれ」
「はい、分かりました」
「じゃ、とりあえず新村くんにはユーフォの場所を、永野くんにはサックスのメンバーに紹介をしてやってくれるか?」
「分かりました。で、先生、いきなりなんですが…」
「ん?なんや?…生徒会か?」
「先生、お察しの通りで。すいません、2人を案内したらちょっとアッチに顔出して、すぐ戻りますんで」
「まあ仕方ないよな。お前自身、また忙しゅうなるけど、体調には気を付けてくれや」
「はい、頑張ります」
俺はそう言って音楽準備室を辞し、2人を音楽室へと連れて行った。
まだ部員はチラホラだったが、とりあえず来ている部員には紹介しようと思い、
「えーっと皆さん。今日から、吹奏楽部の一員になってくれる、新村くんと永野くんです」
2人は慌てて頭を下げていたが、既に来ていた部員からは拍手が起きた。
「で、新村くんはユーフォを希望ということで、丁度欠員が出たところだったので、我々も助かります。とりあえず…西田、おる?」
チューバを担当している、1年の西田を呼んだ。
「あ、はい。なんですか?」
「西田に今頼むことは、新村くんと仲良くすること!」
「あー、多分大丈夫です。同じクラスなんで…」
「え?そうなん?じゃ、話が早いや。ユーフォの場所を教えてやってよ。で、基本的に2人で一緒に動いてもらうことが増えるけぇ、部活のこととか、色々と教えてやってよ」
「分かりました。新村くん、ユーフォやりたいん?珍しいね」
「あー、俺、中学で吹いとったけぇね」
「なんじゃあ、経験者じゃん。クラスでは全くそんな素振り見せんかったんに」
この2人はもう大丈夫だろう。次は永野だ。
「サックスで来とるんは…末田さん?」
「うん。アタシ以外にも出河がさっきおったんじゃけど…何処へ消えたのやら」
「じゃあ末田さんに、お願い。この永野くん、サックス希望なんよ。じゃけどテナーしか空いてないって言ったら、それでもいい、って言ってくれて、福崎先生も承認されたけぇ、テナーサックス担当でお願いしたいんよ」
「分かったよー。あ、クラスで田川さんとなんか部活で大変なことがとか言いよったんは、このこと?」
「そのとーり!新しく入るテナーが女子じゃないけぇ、伊東は怒るかもしれんけど」
「アハハッ!あり得る〜」
永野が不安そうに俺に尋ねてきた。
「先輩、そのイトウ先輩って、テナーサックスなんてすか?怖い先輩ですか?」
「あ、全然大丈夫!単なる女好きなだけ」
「なっ、なんですか、それ…」
「まあ少しずつ分かるよ。サックスはみんな楽しいメンバーじゃけぇ、すぐに慣れるよ。ね、末田さん」
「そうじゃね。練習より、喋っとることの方が多いかも…」
「そうなんですか?俺もその輪に早く入れるように頑張りますよ。ところで上井先輩は、バリサクじゃないんですね。どうしてですか?コンクールで見た時、ビックリしましたよ」
「あー、またそれについては追々と…。とりあえず今は人手不足を補うため、打楽器におるんよ」
「俺や新村が入る前に、色々あったんですね。確か文化祭では上井先輩、バリサクを吹いておられたのに、コンクールではティンパニーじゃったけぇ、新村と一緒に、どうしてだろう、って噂しとって」
「まあ俺が言う前に、永野の耳に入るかもしれんね、どうしてそうなったか、とか。とりあえず今はあの末田さんに付いて、サックスパートの練習に参加してみてよ」
「あ、はい。分かりました」
「じゃ、末田さん、よろしくね」
「分かったよ~。上井くんは今から、田川さんに締められに行くんじゃろ?」
「うぅ…。ホンマに締められそうじゃ…」
「無事に音楽室に帰っておいでよ」
「何とか、頑張るよ。あとはよろしくね!」
俺は末田にそう言い、生徒会室へ向かった。
その途端、俺の視界外から何者かが突然飛び出てきて、俺は激突し、廊下に吹っ飛ばされた。
「…ってー…。誰だよ、前も見ずに…」
俺が必死に激突した相手を見たら、女子なのは分かった。だが、誰だ?吹奏楽部員か?
「アタシこそ、人がいるなんて思わず…すいません…イテテ…」
「あれ?もしかして…」
<次回へ続く>
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