第2話 9月1日ー神戸視点ー

 大村くんと久しぶりに宮島口駅で再会して、2学期が始まった。


「チカちゃん、おはよ!」


「おはよう、大村くん」


「しばらく会わなかったら、変な夢見てさ」


「変な夢?」


「それもリアルなんだ」


「へ〜。どんな夢なの?」


「9月1日にチカちゃんからフラれる夢。ハハッ、リアルじゃろ?」


「えーっ、アタシはどう反応したらいいのよ。少なくともそんなことはないよ、って言えばいい?」


「ありがとう。ホっとしたよ」


 …でもアタシは、少しウソをついたかもしれない。

 部活がコンクール後で休みに入って、今日までの間、上井くんのことばかり考えていたから。

 いや、正確に言えば、上井くんに対するごめんなさい、って気持ちがずっとアタシから抜けなかった。


 コンクールの表彰式でアタシが大村くんに押し出されるように、上井くんのパートナーとして横に立ったけど、当たり前だけど上井くんは戸惑ってしまって、全然会話が出来なかった。


 コンクールからの帰りも、大村くんに広島市内で遊んでいこうって言われて、上井くんが疲れて眠ってるのをいいことに、無言で広島で途中下車して…。


 アタシは副部長なのに、って凄い罪悪感があったわ。


 サオちゃんがそんなアタシ達に付いて列車から降りて来たのはびっくりしたけど、玖波駅で降りるのはサオちゃんと上井くんの2人だけって聞いて、少し気持ちは分かった。


「サオちゃん、広島で降りるなんて、大胆だね?」


「…うん。実はね、玖波で降りるの、アタシと上井くんの2人だけなの」


「うんうん。確かにまだ2人は話せてないもんね」


「それにね、上井くんはアタシを避けてるのが、玖波駅で分かっちゃったから」


「上井くんが避けてる?サオちゃんを?」


 アタシは疑問を持ったようにサオちゃんに聞いたけど、上井くんならやりかねないとも思った。アタシ自身が身を以て分かってるから。でも列車に乗るのに、どう避けるの?


「アタシが先に駅に着いてホームに入ってたの。後から上井くんが来たのが見えたんだけどね…。何故かホームには入ってこなくて、列車が来るギリギリでホームに走り込んできたの。多分、アタシがホームにいたのが見えたからだと思うの。これって、やっぱり避けられてるってことだよね…」


 サオちゃんはすこし複雑な顔でそう言った。あ、それで上井くんは列車に乗り込んだ時、少し走ったあとみたいに、息が荒かったのね。

 でもサオちゃんには悪いけど、上井くんはそういう性格だから仕方ないわ…。

 フラレた相手と仲直り出来る性格じゃない、って思うから。

 アタシが今やっとこさ交わしてる会話も、事務的なことが多いし。

 夏の合宿で少し気安そうに声掛けてくれたけど、アレだって食事の当番班について、だし。


「上井くんは多分、サオちゃんと2人になった時、何を話せば良いのか分かんないんだよ。変な言い方だったらごめんね?でも去年、形としてはサオちゃんが上井くんをフッて、それからしばらくはサオちゃんの方から上井くんを無視してたでしょ?」


「う、うん」


「多分ね、上井くんは…。それでもサオちゃんと話そうとはしてたと思うの。でもアタシは見てたけど、去年の2学期、上井くんがサオちゃんを見ても、サオちゃんは上井くんを無視したり、時には露骨にプイッと横を向いたりしてたじゃない?」


「…うん」


「しばらくそんな感じが続いたら、上井くんは…。ネガティブな部分があるから…。もうサオちゃんと話そうとするのは止めよう、って決めたんじゃないかな。アタシも他の子…マミとか太田ちゃんに言われたりして気付いたこともあるんじゃけどね」


「…自業自得、なのかな」


「上井くんが良くも悪くも頑固な一面を持ってるのは、アタシともまだスムーズに話せないことで分かるよね?なんてね。じゃけぇ、サオちゃんの気持ちも分かるけど、上井くんは絶対にサオちゃんに対しては、自分からは話し掛けないわ。きっとこれから先もずっと」


「ずっと話せないのは…悲しいな。でも、アタシが上井くんをそんな状態に追い詰めちゃったんだもんね…。やっぱり自業自得だね」


 サオちゃんのその時の複雑な表情は忘れられない…。


「ごめん、女の子同士の会話に乱入して」


 横で聞いていた大村くんがシビレを切らしたように、話し掛けてきた。


「伊野さん、どうする?俺達はちょっと遊ぶ…というか、パフェでも入って、って思うとるけど」


「アタシは次の電車で帰るわ。改札出たら、切符が無駄になっちゃうから」


「まっ、まあ確かに…」


 あれ?大村くん、途中下車したらもう一度切符買い直しになるのを知らずに途中下車したの?


「じゃ、2人は楽しんでね。アタシは次の列車に並ぶから」


 サオちゃんはそう言って、アタシ達から離れた。


「…伊野さん、上井のことが引っ掛かってるんじゃね」


「うん、そうみたいね。でも同じ吹奏楽部にいる以上、何とかもう少し仲直りさせて上げたいな」


「それは伊野さんと上井もじゃけど、チカちゃんと上井も、じゃろ」


「アタシ?アタシは…。上井くんのことをサオちゃん以上に傷付けてるから…」


「…俺も入る?」


「そ、そりゃあ当たり前でしょ。でもそれを乗り越えて上井くんと話せるようになったんじゃないん?」


「一応ね。本当は俺は、上井に感謝しなきゃいけないんだよな」


「感謝?」


「上井が俺を吹奏楽部に誘ってくれたけぇ、チカちゃんと付き合えるようになった…から」


 アタシは苦笑いしか出来なかった。そのことで上井くんはより深く傷付いてしまったんだから。


「でも大村くん、改札出て、どっかに行くの?」


「うーん、恥ずかしながら途中下車しても同じ切符でまた列車に乗れるって思いよったんよ。また買い直しせんといけんのなら、駅の中で時間潰そうか」


「…まあ、それでいいよ。美味しそうなパフェでも見付かればいいね」


 その日は広島駅の中で、軽く食べられる喫茶店に入ってから帰ったけど、それ以来アタシの頭は、上井くんに対する申し訳ない気持ちで一杯になっちゃった。


 途中の駅で降りていく部員の確認とか、役員の仕事はあったと思うし、何より無言で途中で消えたアタシと大村くんに気付いた時、上井くんはどう思ったのか。

 それを考えると、どうしても前向きな気持ちにはなれなかった。


 だからコンクールの次の日の部活も、行く気になれずに休んじゃったし…。


 そして今日、2学期が始まって、嫌でも上井くんと顔を合わせる。


(きっと怒ってるよね…)


 と思ってたら、下駄箱に着いたら上井くんと誰かが話してる声が聞こえた。


「上井の声だね。誰と話しとるんじゃろ?」


「え、もしかしたら、同じ中学の後輩かもしれない…」


「ホンマに?男子の声じゃけど、チカちゃんの母校の吹奏楽部って、男子って上井しかおらんかったんじゃなかったっけ?」


「アタシ達の代は上井くん1人だったけど、1つ下は4人いたんよ」


「へぇ、そうなんや。じゃもしかしたらその後輩が、途中入部したいって、上井と話しとるんかな」


「そうみたいだね…」


 あたしは遠目からだけど、上井くんと話してる男子を確認した。


(あっ、新村くんと永野くんじゃない)


 その2人が西廿日高校に入学してたのは、高橋さんから聞いて知っていた。

 だけど吹奏楽部には全然来ないから、もう吹奏楽には興味を失ったのかな、って思ってた。


「どう?チカちゃんが分かる男子?」


「うん…。あの…こんな話しても怒らないでね?」


「え?な、なんの話?」


「あの…アタシが上井くんと付き合っとった時、色々とサポートしてくれた後輩の男子なの」


「はぁ、そういう意味か…。まあでも、過去の話だよね?」


「うん。昔のこと…だよ」


 そう、上井くんは昔の彼氏。今の彼氏は大村くん。


 …でも心の中がザワザワするのは、なんでだろう。


 遠くから聞こえてきた会話では、どうやら今日の放課後に、2人を福崎先生に紹介して、途中入部させるみたい。

 アタシは、どう対応すればいいのかな。


「でもまあ割り切ってさ、単純に補強が出来たと思って、歓迎しようよ。上井との昔のことを、彼らがチカちゃんにどうこう聞いてはこんじゃろ?」


「そうよね、うん。割り切らなきゃ」


 そう言ってアタシ達は、予鈴も鳴ったから、クラスへと向かった。大村くんにはそう言ったけど、アタシの心の中はモヤモヤしたまま…。


(上井くん、2人が入ってくれたらいいね。でも…コンクールからの出来事、絶対に怒ってるよね。大村くんは何も気にしてないけど、アタシは上井くんがどんな気持ちでコンクール以降を過ごしてきたか、想像できるから…。ゴメンね、本当に)


<次回へ続く>

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