第9章 2学期 ’87 ー高2ー
いざ体育祭へ
第1話 9月1日
俺としては全力を注いだ夏のコンクールが、もう一歩で金賞という評価で終わり、これからもっと練習を頑張らねばならない、部活を盛り上げたい、と思っていたものの、コンクール翌日に楽器の片付けにきた部員の緊張感のない様子に苛々と焦りを覚え、モヤモヤした気分が拭えないまま2学期が始まった。
夏休み終盤は部活を休みにしていたのが良かったのか悪かったのか、分からない。
だがあの雰囲気だと、部活をコンクール後に設定していても、欠席者続出で、却って俺の苛々が募るだけだったかもしれない。
(2学期は体育祭以外では11月の吹奏楽まつりまで間が空くからなぁ…。こんな時こそ基礎力を付けなくちゃいかんのに…)
俺自身はそんなモヤモヤを晴らしたいという思いもあって、夏休み中はずっと高校に通い、生徒会室で体育祭の準備をしていた。
と言っても、実際は2学期が始まらないと動けない部分が多かったので、大半は3年生の先輩方とのお喋りに終始してしまったが…。
そんな夏休みが終わり、迎えた9月1日。
俺は朝練に出るために早目に登校した。
途中、誰とも会わなかったが、下駄箱に着いた時、思わぬ生徒から声を掛けられた。
「おはようございます、上井先輩!」
それも1人ではなく、2人から揃って声を掛けられたのだ。
(誰だ?俺を先輩って呼ぶってことは、1年生か?)
その声がした方を振り向いて見ると、懐かしい顔が並んでいた。
「あれ?」
そこにいたのは、緒方中学時代の男子の後輩、新村と永野だった。
「やぁ、久しぶりやなぁ。どしたん❓」
「ご無沙汰してます」
新村の方が、主に喋ってくれた。新村は緒方中の吹奏楽部の後輩男子4人組の中で、ユーフォニアムを吹いていて、俺の中では後継部長に指名した石田の次に、内心の評価が高い後輩だった。
もう1人の永野は俺と同じサックスパートで、アルトサックスを吹いていた男子だ。
引退後、吉岡さんからサックスのパートリーダーの座を引き継いだのだが、無事に務め上げただろうか?
「懐かしいね。2人が西廿日に入った、ってのは聞いとったんじゃけど、全然吹奏楽部には来てくれんかったけぇ、もう楽器とかは止めて、別の部活に入ったんじゃろうな、と思いよったよ。今、何部なん?」
新村は少し下を向いた後、
「実は、帰宅部なんです。俺も永野も」
と言った。永野はその隣で頷いていた。
「帰宅部?なんや、勿体無いのぉ。2人とも中学で楽器を止めたなんて。ホンマに何部にも入っとらんの?」
俺は、今俺に声を掛けてきたことや、2人揃って俺を待っていた様子などから、もしかしたら今からでも吹奏楽部に入ってくれるんじゃないかと期待が増しつつも、冷静に会話のキャッチボールを試みた。
その間も少しずつ吹奏楽部の部員が俺を見付けて、同期生はおはよー、後輩はおはようございます、と声を掛けてくれつつ、一体誰と話してるんだろ?という表情を見せながら、校内へと姿を消していった。
「そうなんです。実は緒方中学の吹奏楽部も、上井先輩達が引退されて、石田が部長になったら、なんだか俺らが1年の時の北村先輩の時みたいな雰囲気に変わっちゃってですね…」
確かに石田は自分にも厳しく、他人にも厳しい一面があった。
だがたまに俺と帰る時は、結構ユーモアもあって会話が楽しかったので、上手く部活を引っ張ってくれると期待していたのだが…。
「そうなんや?ちょっと俺が思っとった石田の理想像とは、違う方向に行っちゃったかのぉ…」
「何人か退部者も出ましたし、1年生も見学は多かったんですけど、実際入ったのは1桁になってしまって」
「え?マジで?」
今の3年生が、俺が部長していた時に入部してくれた部員だが、かろうじて2桁入部がやっとだった。
それでも俺は罪悪感を感じていたのだが、それより少なかったのか…。
「じゃ、今の緒方の吹奏楽部は、結構危ないん?」
「いや、今年俺らと入れ替わりで入った1年生が結構いまして。お陰でなんとか…って感じですね」
「そっかぁ…。で、新村と永野は、そんな感じで中学の吹奏楽部を引退したけぇ、なんとなく高校ではやる気が起きんかった、そんな感じ?」
「正直、そうでした。ですけど…」
「ん?ですけど…の続きは?」
俺は期待しながら、続く言葉を待った。その間に若菜がやって来た。
「センパーイ!おはよーございます!…あれ?新村くんに永野くん?久しぶりじゃねぇ。上井先輩と話でもしよったん?」
若菜は緒方中吹奏楽部の1年下の後輩だ。俺が今話している、新村、永野と同期になる。
「あ、若菜さんじゃ!吹奏楽部に入ったんじゃね」
ここでは永野が話に参加してきた。ん?そう言えば永野は若菜と同じフルートの横田が好きだったはず…。
でも横田は、実は俺のことを好きだったことが去年分かったから、俺は永野にとって恋敵みたいなものなのか?
「うん。まあアタシも回り道してからじゃけどね。文化祭の前に入ったんよ」
「そうなん?最初は違う部活に入っとったとか?」
そう言えば若菜は、文化祭前に途中入部してくれた時、他の部に少しだけ在席していたようなことを言っていたな…。でも何部にいたのかは、聞いてなかった。
「そうなんよ。でもやっぱりアタシはフルートが吹きたいな、って思って、吹奏楽部に見学に行ったら、この上井先輩が、ガッチリとアタシを掴まえて、逃さないわよ、って…」
新村と永野は噴き出していた。
結局若菜が吹奏楽部に来る前は何部だったか分からないままだったが、俺も反撃した。
「あの、若菜さん?俺、かなりオカマになってエロいことして吹奏楽部に引き摺り込んだようなイメージにされちゃってるけど…」
「エーッ、違いましたっけ?」
「違うってば!確かにフルートは人手不足じゃったけぇ、若菜が来てくれた時は逃してなるものか、とは思ったけど」
「ほらぁ、セーンパイ?素直にならなくちゃ」
「…なんだかなぁ…」
結局女子には弱いんだな、俺は。
「ところで新村くんも永野くんも、吹奏楽部に入るん?だから下駄箱で上井先輩を待っとったん?」
新村と永野は顔を見合わせて、苦笑いしながら、若菜と俺に向かってこう言った。
「そうです。ストレートに言われちゃいましたけど」
「わ、セーンパイ!良かったね!1年生が増えるよ!」
俺は素直に嬉しかった。それが中学時代の後輩で気心知れている2人だから、尚更だ。
「いや、嬉しいよ!ホンマに入ってくれるん?」
と俺が聞くと、新村が代表する形で
「はい。夏休み、ずーっと家で遊んでたんですけど、なんかこう、落ち着かないんですよ。やっぱり夏休みはコンクールに向けて毎日楽器を吹いていたい、そんな気持ちになりまして…。なぁ、永野?」
「あっ、はい、俺もです。だから新村と連絡取り合って、実は西条までコンクールを観に行きました」
「えっ?ウチらの演奏、観に来とったん?」
「はい、こっそりと。上井先輩、高校では打楽器なんですね、ビックリしましたよ」
そうか、それまでの経緯はこの2人は知らないから、最初から俺は高校では、バリサクから打楽器へコンバートされた、と思ってるんだな。
「で、結果は銀賞でしたけど、流石高校生の演奏って凄いって、そう思いましたし、やっぱりあの現場にいたい、そう思いましたよ」
銀賞という結果まで知っているということは、最後の表彰式まて会場にいたということだろう。ということは、俺が神戸と並んでぎこち無く表彰されているのも見ているのか…。
だが新村も永野も、俺と神戸との関係については何も触れなかった。
去年の体育祭で横田、森本の2人が俺と神戸の顛末を聞き倒して言ったので、それを聞いているのかもしれない。
とりあえず…
「じゃあ、俺としては大歓迎!じゃけぇ、放課後、音楽室の入口で待っとってよ。俺から先生に紹介して、その後みんなに紹介するけぇ」
「マジで、いいんですか?」
新村がそう聞いてきた。楽器はやりたいものの、一抹の不安があるようだ。
それは俺自身、中学で吹奏楽部に途中入部した経験者だからこそ感じることが出来たのかもしれない。
「うん。若菜大明神もオーケーと仰言っておられるし。ね?」
「だーれが大明神ですって?でも新村くん、永野くん、上井先輩って変わらんじゃろ?」
「確かに…。上井先輩、部長なんですね?高校でも」
「俺?ま、まあね…」
「凄いです、上井先輩!じゃあ部内の雰囲気もきっと…」
「うん、楽しいよ!先輩も中学の部長時代に比べて進化しとるけぇね、楽しい時は呼吸出来ないくらい笑う時があるし、要所ではビシッと締めるし。アタシも緒方の同期が高橋さんだけじゃったけぇ、嬉しいな。よろしくね!じゃあアタシ、朝練に行くから…。先輩は2人に吹奏楽部の魅力を語っとって下さい」
若菜はそう言うと、なんとなく嬉しそうな足取りで上履きに履き替えに向かった。
「先輩…。若菜さんって、あんなに弾けたキャラになったんですね…」
永野が、若菜のパワーに圧倒されたように言った。
「うーん、確かに。中学の時も元気な方じゃったけど、今の吹奏楽部で、ウマが合う同期生と出会って、かなり影響受けとるかもしれんな~」
そこへ続けてやって来たのが、若本だった。
「あ、上井先輩!おはよーです!…ん?このお二方は?」
若本は若本らしい聞き方で、新村と永野の2人の正体を探ろうとしてきた。2人は若本に、軽く頭を下げていた。
「おはよー、若本。この2人は、俺の中学時代の後輩で、2学期になるのを機に、吹奏楽部に途中入部希望の男子、新村と永野」
「おぉ、それはありがたいですね~!3年生の先輩方がコンクールで完全引退されたから、手薄なパートが出てきましたもんね」
「まあね。でも彼らもやりたい楽器があるはずじゃけぇ、その辺りは放課後に調整かな?」
「まあ、そうですね。ねぇねぇ、お二人さんって、中学の時は何を担当しとったん?」
若本は恐らく初対面の新村と永野に、持ち前の積極性で話し掛けていた。
新村はユーフォニアム、永野はアルトサックスだ、と答えた。
「先輩!新村くん?は、ユーフォニアム決定じゃない?八田先輩が引退されて、誰もいなくなっちゃったじゃない。永野くん?は、サックスか〜。アタシと同じね」
「そうですか?サックスは人が足りてるんですか?」
「ちょっとお二人、同じ1年なんじゃけぇ、敬語なんか使わんでもええのに!」
若本はそう言って笑った。新村も永野も、若菜や若本という元気で明るい同期女子と会話して、かなり緊張が取れ、いい表情になっていた。
「先輩、お二人は今日から吹奏楽部に?」
「一応ね。まだ先生に話しとらんから、放課後に先生に紹介して、楽器を正式に決めて…。で、ええ?新村と永野?」
「あっ、はい!よろしくお願いします」
「じゃ、さっき言うとった感じで頼むね」
「はい、分かりました!」
そんな、俺や吹奏楽部にとっては吉報と言える話を下駄箱でしている内に、朝礼の予鈴が鳴ってしまった。
「ありゃ、朝練、行けんかった…。でもそれよりもっとええ話が出来たけぇ、今日はええよな?ワカもっちゃん」
「あっ、センパーイ!ワカもっちゃんは、ワカ様だけしか使用許可してないあだ名なの!いくら上井先輩でも、ダメ!」
「なんでよぉ〜。俺と若本の仲じゃん」
「うぅ…。とにかくダメなものはダメ!さ、朝のホームルームが始まりますよ。お二人さん、放課後に音楽室で待ってますね~」
新村と永野は、呆気に取られたように、俺と若本のやり取りを見ていた。
「せ、先輩…。高校でも先輩はイジられキャラなんですか…」
永野がそう聞いてきた。
「ハハッ、まあ俺はそんな位置付けが相応しいじゃろ。後輩のみんなとの間に、変な壁は作りとうないんじゃ。じゃけぇ、放課後、安心して音楽室においでや。待っとるよ」
「はい、ありがとうございます!」
とりあえず俺は2人と一旦別れ、自分のクラスへ向かった。
(さて、永野はどのパートにすりゃあええかなぁ…)
そんな様子を遠くから、神戸と大村が眺めていたのは、全然気付かずに…。
<次回へ続く>
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