第96話 気分転換生徒会

 吹奏楽コンクールの翌日、楽器を片付けた後に立ち寄った生徒会室で、体育祭に向けて動き出した岩瀬会長を手伝っていたら、次に静間先輩が現れ、色々と会話が弾み、コンクール翌日なのに士気の低下が顕著な吹奏楽部を今後どう引っ張ればいいのか悩んでいた俺には、丁度良い気分転換の時間となった。


 3人で作業しながら会話をしていると、そこへ…


「お疲れ様~、会長!」


 と現れたのが…


「あっ、静間ちゃんに上井くんもいる!久しぶりね~。上井くん、足は治った?」


 春に卒業された、現・短大1年の石橋幸美さんだった。


「石橋先輩!どうされたんですか?何か高校にご用でも?」


 岩瀬会長が聞いていた。


「ちょっとね、卒業証明が必要になってね、申し込みに来たの。そしたら懐かしい生徒会室が、なんか賑やかだから誰かいるのかな?って覗いてみたんだ」


「そうでしたか。俺らの学割はその日の内に証明をくれんけぇ、面倒ですけどね。先輩だったら、その日の内にすぐ出るんじゃないですか?」


「それがね…。明日取りに来て下さいって言われちゃった」


「え?卒業してても翌日扱いですか?面倒ですね…。遠方におられる方とか、大変ですよね」


「でしょ?別に怪しい女でもなんでもない、ちゃんとした卒業生なのにさ」


 そう話している石橋先輩は、先月外科へ送迎してもらった時より、何となく大人びて見えた。


「静間ちゃんも元気そうだね!」


「はい、なんとか…」


「上井くんは…元気ある?」


 わ、俺にお鉢が回って来た…。


「ど、どう見えますか?」


 俺はつい石橋さんに問い掛けてしまった。


「うーん…。疲れてるでしょ?」


「ハハッ…。正解です」


「う、嬉しくない正解ね。何かあったの?」


 俺は体育祭の資料を過去の年別に揃え直しつつ、答えた。


「昨日、以前お話してた吹奏楽コンクールがあったんです」


「わ、昨日だったの?知らなかった…。知ってたら観に行ったのに」


「そ、そうですか?ありがとうございます…」


 そこで静間先輩や岩瀬会長が興味津々に会話に参入してきた。


「石橋先輩、上井くんのコンクールの話とか、なんでご存知なんです?」


「アタシ?あのね、7月のクラスマッチの時…だよね?」


 石橋さんは俺に確認を求めた。


「はい、そうですね」


「上井くんがサッカーに出て、足を怪我して大流血ってこと、あったでしょ?」


「あーっ、ありました!保健室じゃ手に負えんけぇ、病院へ行けって言われたんだよね、上井くん」


 静間先輩が、思い出したようにそう言われた。


「そうそう。それでね、アタシは短大からの帰り、上井くんは高校から早退して病院へ行く途中っていうタイミングで、列車の中で偶然再会したのよ」


「へぇ…。凄い偶然ですね」


「でしょ?で、上井くんは応急措置の包帯グルグル巻きで歩き辛そうじゃったけぇ、免許取りたてのアタシが上井くんの送迎を買って出た、そういう訳なのよ。ね?上井くん」


「はい…。その節は本当に、本当にありがとうございました」


 俺は深く頭を下げた。静間先輩が反応し、


「じゃあその時に、上井くんの近況とか、聞かれたんですね」


「そうね。アタシは自分のことより、上井くんのことや高校の現状を質問してばっかりだったかも。その時に8月下旬に、吹奏楽部はコンクールに出る、っていう話を聞いたのよね」


「それで先輩は、上井くんの夏の予定を聞かれたと。なるほど…。上井くん、なかなかいい運勢しとるじゃん」


 会長が俺を弄って来た。


「いや…。その前提に、足を4針縫う大怪我をしとるんですよぉ。去年の暮れもサッカーで脳震盪起こしてますし、俺、クラスマッチとは相性が悪いんですよ、きっと」


「でも早退するタイミングで、2期生のマドンナ、石橋先輩に会えるなんて、怪我の痛みも吹っ飛ぶじゃろ?」


「…まあ、嬉しかったですけど…」


「会長~!上井くんに無理やり何を言わせてんの?アタシの大事な弟なんじゃけぇ、意地悪しちゃダメよ!」


「上井くん、いつの間にか石橋先輩と姉弟の契りを交わしたのか…」


 会長がそんな表現をするので俺も思わず噴き出したが、石橋さんは俺以上に笑っていた。


「んもう、岩瀬くん、真面目と冗談の境目が分かんないよ」


 これは静間先輩の言葉だった。


「ま、まぁ、俺はこんな人間じゃけぇ、静間さん、許してや」


「困った会長よね、上井くん?」


「い、いや…。俺は何とも…」


「上井くんは、俺の味方じゃもんな!」


「コラコラ、3年生が上井くんを取り合わないの!」


 石橋さんが一言締めの言葉を発して、一瞬の間の後に4人で揃って爆笑してしまった。


「いや~、結局、なにがどうしてこうなったんでしたっけ?」


 俺が疑問を呈したら、


「そうそう、アタシが上井くんの吹奏楽のコンクールをなんで知っていたか?ってことから始まったんよね?」


 と石橋さんが応えてくれた。


「さっき、疲れてるとか言ってたじゃない?コンクール疲れなのかな?上井くんは」


「そう…ですね」


「実はさっき、俺にも少しだけ話してくれたんですけど、人間関係で辛い目に遭ってるみたいですよ、上井くんは」


 岩瀬会長がそう口を挟んだ。


「人間関係?」


 石橋さんと静間先輩が同時にそう発したので、2人は顔を見合わせて笑っていたが…。


「でもやっぱり部長さんをやるって、大変なのね。今ここでどう大変なのかは聞かないことにするけど…」


 静間先輩はそう気遣ってくれた。


「すいません、静間先輩にまで気を使わせちゃって」


「アタシは帰宅部じゃけぇ、部長さんの辛さとかはイメージが湧かないの。ゴメンね。でも、頑張ってね、上井くん」


「ありがとうございます。そんな先輩のお言葉を頂けるだけでも幸せですよ、俺は」


 作業しながらそう答えたら、岩瀬会長が


「上井くんはモテるよなぁ、羨ましいぞ」


 と呟いた。


「え、何を言われますやら。俺、モテないことで有名なんですから」


「またそんな嘘を吐くんじゃけぇ、困ったもんよのぉ。ね、石橋先輩?」


「アタシに振るの?上井くんは弟分ってさっき言ったでしょ?上井くんをこれ以上困らせないの!」


「あちゃ、打ちのめされてしもうた…。静間さーん…」


「アタシ、知―らない!」


 生徒会室内を含み笑いが覆っていたが、石橋さんも作業を手伝って下さり、とりあえず今日のノルマは終わったみたいだ。


「ふぅ、静間さんの他にもう1人女子が来る予定じゃったんじゃけど…。石橋先輩が手伝って下さったお陰で、今日やる予定の作業は、とりあえず終わりました。先輩、ありがとうございます!」


「力になれたんなら、嬉しいわ。立ち寄った甲斐があるもんね」


「上井くんもコンクールの片付けで疲れて、人間関係にも疲れてるのに、手伝ってくれてありがとうな」


「会長、人間関係は触れんといて下さい…」


「ハハッ、そうやな。ま、大人ならこの後飲みに行こうぜ~って言うんじゃろうけど。とりあえず今日は秘蔵の缶コーヒーで我慢してね」


 生徒会室には冷蔵庫があり、そこに6本ほど缶コーヒーが冷やされていた。それを4本取り出し、会長は俺を含めたその場の3人にくれた。


「さすが岩瀬くん。こういう細かい気配りは流石よね。ありがたく頂くね」


 静間先輩が一番喉が渇いていたようだ。そう言うなり、あっという間に1缶飲み干してしまった。


「ところで会長、明日も何か作業はあるんですか?何かあれば、俺でよければまた来ますんで…」


 まだ今日は8月27日、2学期が始まるまでにはもう数日ある。何かあるなら、部活は2学期が始まるまで休みに入ったので、手伝いに来ようと思ったのだ。


「うん、一応ね。細々とした作業じゃけど。もし時間と体に余裕があれば、また手伝ってくれたら嬉しいよ。明日以降は、今日降ろした資料を、大まかに本気系、お楽しみ系とかのジャンルに分けて、今年の生徒会からの提案競技を過去資料を基に考えていく…って流れがあるんよ。2学期が始まって、2年生の役員にも来てもらうようになってから、生徒会からの提案競技は本格的に考えようと思っとるんじゃけど」


「へぇ、プログラムの中に、そんな生徒会からの提案競技なんてのが隠れてたんですか?知らんかった…」


「去年は…。そうか、上井くんは去年はまだ1年生で、初めての体育祭じゃったもんな。なんかずっと前からこの高校の生徒のような気がしてしもうた」


「上井くんは去年、3年生のフォークダンスに、不足してる男手として急に駆り出されたりしとるけぇ、そう感じるのかもね?」


 石橋さんはそう言うと、同意を求めるように俺を見た。


「そうですね、アレは焦りましたけど、お陰で石橋先輩と出会えたわけで…」


「あっ、上井くん!アタシに『先輩』って付けちゃダメって言ったでしょ~」


「すいません、流石にこの場では『さん』呼びは馴れ馴れしくて失礼かと…」


「ちょっと、ちょっと!いつの間に2人だけのルールが出来とるん?石橋先輩、やっぱり上井くんのことを…」


「わーっ、岩瀬くん!この話はオシマイ!さ、帰ろう、帰ろう」


 俺には石橋さんの慌てっぷりがおかしくもあり、謎でもあった。

 静間先輩は、なんのことかさっぱり?という表情だったのが逆に印象的だった。


 とりあえず明日又来ます、と挨拶して生徒会室を先に辞し、下駄箱へ向かっていると、後ろから石橋さんに声を掛けられた。


「上井くんは普通に帰る予定?」


「あ、はい…。そのつもりでしたけど」


「アタシ、車で来てるの。ドライブしながら帰らない?」


「えっ、いいんですか?俺みたいなのがパートナーで」


「上井くんだからいいんだよ。じゃ、駐車場に来てくれるかな?車は7月にも乗ったことがあるから、分かるよね?」


「ええ、覚えています」


「じゃ、待ってるね~」


 まさかの展開に俺自身が驚いている。7月の病院への送迎とは訳が違う。高校から玖波駅、もしくは俺のアパートまでとなると、結構な距離だ。


(ホントに俺は単なる弟なのか?)


 <次回へ続く>

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