第95話 久しぶり

 結局コンクール翌日の部活には、大村、神戸、伊野の3人とも、示し合わせたかのように姿を現さなかった。


(広島で途中下車したことを俺から聞かれると思ったのか?それとも…)


 何にしろ、神戸との雪融けはまた遠くなったと言わざるを得ないし、大村とは色々話せるようになってはいたが、しばらくはコンクール当日の不審な動きもあったことから、距離を置いて真意を図らねばならないだろう。伊野は…今更、だ。


 この日の部活は楽器の片付けをメインとして午前中だけにしていたため、12時のチャイムで終わりにした。

 福崎先生も来られるはずだったが、疲れでも出たのか、最後まで来られなかったし。


 村山や若菜、若本と言ったメンバーが一緒に帰ろうと誘ってくれたのだが、俺は生徒会に用事がある…と言って、まだ学校に残ると伝えた。

 実際はコンクールが終わって士気が上がっているはずなのに、逆の状態に見えた今日の部活について、1人で色々と考えたかったのだが…。


 何気なく音楽室から外を眺めると、生徒会室には、なんとなく人がいるような気配を感じた。


(もしかしたら体育祭に向けて、3年生は動き始めてるのかな?)


 2年生の役員は、2学期が始まったら始業式後に生徒会室に集まるように言われていたが、3年生は夏休みの内から体育祭の準備をしているのかもしれない。


(ちょっと覗いてみるかな…。モヤモヤした気分転換になるかもしれないし)


 俺は音楽室を施錠し、鍵を職員室に返してから、生徒会室へ向かってみた。


 ドアノブを回すと簡単に開いたので、中に入って声を掛けてみた。


「お疲れ様でーす。上井ですが…」


 その俺の声にビックリして奥から出てきてくれたのは、岩瀬会長だった。


「あれ?上井くん、どしたんや。2年の役員は2学期が始まってからでええんよ?」


「いや、実は昨日、吹奏楽コンクールがありまして、今日は楽器の片付けに来たんです。最後に音楽室の鍵を閉めて何気なく生徒会室の方を見たら、なんだか誰かいらっしゃる気配を感じたので、覗いてみました」


「そうか。いや~、意欲的で助かるな!…とはいえ、今日は俺もさっき出てきて、昔の体育祭の資料を整理し始めようかな、ってところだったんよ。もしよければ、手伝ってくれるか?都合とかあれば無理にとは言わんけど」


「いえ、この後の予定もないので、いい機会ですから是非手伝わせて下さい」


「マジで?大丈夫?助かった~。実はもう少ししたら何人か来るんじゃけど、女子ばかりなんよ。力仕事とかに男手も欲しかったけぇ、ありがたいよ」


「そうなんですね。俺が覗いたのはタイミングが良かった…のかな」


「良かったことにさせてくれ~、上井くんよ」


「ハハッ、冗談ですよ。実は俺、部活は午前中で終わったんですけど、ちょっと色々あって、あまりすぐに家に帰りたくなかったんです」


「そうなんや?上井くんは部長をやっとったよな?悩みが絶えんじゃろ?」


「…ですねぇ。昨日あったコンクールって、吹奏楽部にしたら1年で一番大きな行事なんですけど…。昨日の結果もなんですけど、なんかこうスッキリせずに、モヤモヤが残っとるんです」


「そうか。じゃ、生徒会室で気分をリフレッシュしてくれや…って、昔の資料を探し出して、今年も使えそうなものをその中から見付けるっていう、単純な作業じゃけどな」


「いえ、そんな作業の方が、今の俺にはピッタリです」


 そう言って俺は岩瀬先輩と、書庫の上にある段ボールを降ろし始めた。


「…なんか、抱えとる悩みが深そうじゃなぁ、上井くんよ」


「いやぁ会長、人間関係って難しいですねぇ…ホントに」


「人間関係か。そうやなぁ…。3人おれば派閥が出来るって言葉、知っとる?」


「3人で派閥ですか?いや、初耳です」


 今取った段ボールは、去年の文化祭の資料だった…。俺はそれを元に戻し、隣の段ボール箱を降ろした。


「2人なら、否応なく仲良くしなくちゃ生きていけない。それが3人になったら、同時にみんな仲良くは、人間の成り立ちからして、無理らしいんじゃ。じゃけぇ、どうしても2人vs1人っていう構図になるらしいよ」


「へぇ、マジですか?」


「いや、俺も又聞きじゃけぇ、真相は知らんけど。でも何となく当て嵌まると思わん?いろんな場面でさ」


 俺は過去の色んな出来事を思い出し、確かにそうかもしれんよなぁ…と思い始めた。


「会長は何かそんな実際の経験、あります?」


「俺か?うーん、まあ会長になってからそう感じる場面は増えたのぉ。勿論、俺が少数派じゃけどな。ハハッ!」


「そうですか?会長は人間関係とか上手く回しておられるな~って思いましたけど」


「いや…。ウチラの代は8人の役員中、女子が圧倒的多数じゃろ?男は俺と体育委員長の元木しかおらん。じゃけぇ、どうしても女子に対しては威圧的には出れんけぇ、そう見えるだけかもしれんよ?」


「あぁ…。確かに先輩方は女子が圧倒的ですもんね」


 俺の直接の上司も、女子の静間先輩だ。


「そんな話をクラスでしたら、モテるじゃろ~とか必ず言われるんよのぉ。モ・テ・ん!っつーのに」


「会長、何か女子に怨念でも…?」


「いや、ちょっとオーバーに言っただけじゃけど。でも、一度はモテてみたいよな、女子から」


「俺と違って、会長ならモテるんじゃないですか?俺はホントに恋愛とかダメダメですけど…」


「そうか?上井くんのことは、一つ上の石橋先輩が、凄く気に入っとったけどな。入れ替わりになるのが残念~って」


 石橋先輩…偶然が色々重なった、不思議な縁のある2つ年上の先輩だった。


(7月に病院に送迎してくれたけど…。俺のことは弟みたいなもんって言ってたけどなぁ)


「石橋先輩なら、玖波駅でお見掛けしたことがあります」


 俺は少しボカして、岩瀬会長に伝えてみた。


「そう?声掛けた?その時」


「いえ…。石橋先輩だ!っていう100%の確信が無かったので、見てるだけでしたけど」


「そうかぁ。まあ確かに高校を卒業されたら、女子なんて変わっちゃうじゃろうしな。ヘタに声掛けて人違いじゃったら、目も当てられんよな」


 本当は人違いも何も、石橋先輩の方から俺に声を掛けてくれたので、内心は岩瀬会長にスイマセンと思いつつ、話を合わせた。


「ですよね!万一、何よ痴漢!なんて言われちゃ、退学になっちゃいますから」


「ホンマよ。厳しい世の中じゃけぇのぉ。上井くんは風紀委員じゃけぇ、余計に大変かもしれんな」


 狭い生徒会室で段ボール箱を降ろしては、体育祭の資料を探し、時には体育祭ではない段ボール箱に当たったら元に戻したりしていたので、大汗をかいてしまった。そこへ、2人目の先輩がやって来た。


「お疲れ~、岩瀬くん。あれ?もしかして…上井くん?」


 女性の声で呼ばれたので振り返ってみたら、そこにいたのは静間先輩だった。


「わ、静間先輩!お久しぶりです~」


 久しぶりに見た静間先輩だったが、変わらず清楚で優しそうな雰囲気を醸し出していた。


「久しぶりじゃね!クラスマッチ以来だっけ?どう?吹奏楽部の夏はいい結果だった?」


 静間先輩は、俺が吹奏楽部の部長をしていて、夏にコンクールがあるから夏休みもないんです、という話を覚えていてくれた。


「いや~、3歩進んで2歩下がる、ですかね…」


「いいじゃない?1歩は前進したんじゃけぇ。前向きに考えなくちゃ」


 優しいという、俺の静間先輩に対するイメージは保たれていてホッとした。


「先輩はいい夏休みでした?」


「うーん、女子高生最後の夏休みはね…イマイチよ」


「な、なんですか、イマイチって」


「海やプールに一度は行きたかったのに、受験勉強とか色々な用事で行けんかったんよ。あー残念!」


「静間さんがプールや海に行ったら、ナンパされまくりじゃろう?」


 岩瀬会長がそう口を挟んだ。


「またぁ。会長はそんなこと言って調子に乗せるんだけは上手いんじゃけぇ」


「じゃあ静間先輩、体育祭でいい思い出作って下さいよ」


 俺は岩瀬会長と静間先輩の会話に口を挟んでしまった。


「体育祭ね…。楽しみなような、寂しいような…」


「寂しい…ですか?」


「うん。体育祭が終わると、もうアタシ達って大学受験…就職する子もいるけど、とにかく進路決定のスケジュールばっかりになるんよね。気休めに防府天満宮への遠足ってのもあるけど」


「そうなんですね…」


「そうなんよのぉ。じゃけぇ上井くん、高校で青春を満喫するには、高3の夏が限界って感じかもしれんな」


「中学3年とはえらい違いですね」


「中学3年生の時は、進路を決めるのが初めてじゃけぇ、凄い大事のように感じたじゃろ?」


「そうですね。俺の場合、進路決定の時に色々余計な出来事も引き摺ってましたんで…」


「お?なんか気になるなぁ…。またいつか教えてくれや。まあ高3の場合、進路先ってのは中3の時と違って、全国の大学、短大、専門学校、あるいは会社が対象になるけぇの。早くから適性を見極めろとか進路の先生が五月蠅いんは、そんな意味もあるんよ」


「そうかぁ。だから吹奏楽部の先輩方の引退時期は、曖昧なんですね」


「え?曖昧?そうなの?」


 今度は静間先輩が会話に参入してきた。静間先輩は、俺らが降ろして、中身が過去の体育祭だった段ボール箱から、資料を確認して、今年度必要なもの、不必要なものに分けておられる。


「そうなんです。早い先輩は3年生になってすぐ引退されるし、残る先輩方も文化祭までとか、夏のコンクールまでとかバラバラなんですよ」


「じゃあ、3年生揃って、後輩にこれからは頼んだ!みたいなセレモニーみたいなのはないのかな?」


「はい、無いですね」


「そうなんだね。それも寂しいね」


「そうですね…。中学の時は、秋に文化祭があって、文化祭の後に盛大に引退式ってのを後輩がやってくれたので…」


 俺は中学の時の顧問、竹吉先生まで驚いた、俺達の代の引退式を思い出していた。

 俺の一つ上の先輩は5人しかおらず、しかもあまり仲が良くなく、部長だった北村先輩が派手なことを嫌う性格で、引退式も簡素なものだった。


 それが俺の代は23人も3年生がいたので、後輩達が黒板アートを手掛けてくれ、3年生全員で記念写真を撮ったり、花道アーチで後輩にアドバイスを送ったら泣かれたり、最後に引退の挨拶をしたらこれまた泣かれたりと、思い出に残る引退式になった。


 残念なのはその時、これからもずっと一緒に仲良くして下さいとほぼ全員の後輩に言われた彼女に、3学期が始まってすぐにフラれたことだった。


 岩瀬会長に曖昧に告げた、余計に引き摺ってたものというのは、そのことだった。


「中学生ぐらいだと、まだキャーキャー言うような感じで、上井くんも見送られたんじゃない?その引退式とかで」


「そうだったんなら良いんですけどね。汚いものを触るようなキャーッだったらどうしましょう?」


「アハハッ、そんなことないでしょ、上井くんなら。もうね、優しさが滲み出とるけぇ、中学の時も後輩の子達からは、慕われたんじゃない?」


「いや~、でもバレンタインデーの記録はゼロのまんまですから」


「そんなの気にしないの!年に一度のその日だけモテてもしょうがないよ?年間を通して慕われてこそ、意味があるんじゃないかな」


 静間先輩と話すと、やはり年上の女性だけあって、着眼点が違うことがよく分かる。俺なんかまだまだお子様だと思い知らされた。


 そこへ…。


「お疲れ様~、会長!なんか、楽しそうな雰囲気ね?アタシも混ぜて?」


 とやって来たのは…


<次回へ続く>

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