第93話 表彰式
「各校の代表の皆さんは、出演順に2人並んで下さい。先頭は廿日高校のお2人…」
スタッフの方が、舞台の下でハンドマイクを使って呼び掛けていた。
(大村は何処にいるんだ?)
辺りを見回しても、大村の姿はなかった。ちょっと背が高いので、すぐ見付けられるはずなのだが…。
「…5番の呉竹高校さんまで揃いましたね。次、6番目の西廿日高校のお2人、いらっしゃいますか?」
「はい、俺が西廿日高校の部長の上井です。もう1人…ですよね?」
「ええ、2人来てもらえるようにお願いしてましたが…。もうお1人、間に合わなさそうですか?」
「ちょっと別の所にいたので、ここに来るように伝言を頼んだんですけど…。まだ来てなくて」
「そうですか…。最悪の場合、もし間に合わなくても、まあ1人でも大丈夫は大丈夫です。賞状と記念の盾をお渡しするので、2人来てもらった方がいいんですけど、1人で2つ持って頂いても大丈夫ですから」
「そうですか、すいません」
「じゃ6番の西廿日高校さんも、一応1人はおられるということでOK…と、次、7番目の三次農業の方…」
俺は1人で列の6番目に並ぶ羽目になった。
(なんだよ大村!手のひら返しかよ!他の高校は全部2人揃うとるのに、ウチだけ俺1人か!)
苛々しながらもなんとか本番開始前までに大村が来てくれることを祈っていたが…。
「あの…遅れてすいません。西廿日高校の者ですけど…」
ん?列の後方から女子の声が聞こえた。ニシハツカって言ったな…。大村じゃないのか?聞き違いか?誰だ?
「あ、間に合ってよかったです。今、部長さんが1人でおられるので、その横にどうぞ」
「はっ、はい…」
緊張した女子の声がやはり聞こえた。
(誰が来てくれたんだ?まさか…)
しばらくして俺の横にやって来たのは、
「…う、上井くん、遅くなってごめんなさい」
「えっ、あ…、はい…。おっ、大村は?」
そこに現れたのは、なんと神戸千賀子だった。
「大村くんは…お昼に食べたものが良くなかったのか、トイレに籠ってて…」
本当かどうか俺には分からなかった。さっき伊東が冗談半分で神戸と並んでステージに上がれ、と言ったのも影響しているのではないか?とも思ったが…。
「じゃ、じゃあ…、よろしく」
「アタシこそ、よろしくお願いします」
会話はそれ以上続かなかった。
周りは騒がしいのに、俺と神戸の間だけは静寂が包んでいるような感覚に陥った。
(どういう経緯で…?本当に大村の体調が悪いのか?)
だが神戸とかなり久しぶりに1vs1で二言三言、会話を交わしたのは事実だった。
役員会議や、更に遡ると百人一首大会のような、他のメンバーもいる中で二言三言会話をするのとは大違いだ。
俺は結果発表を待つ緊張より、横に神戸千賀子がいる緊張の方が大きくなった。
だがそれは神戸も一緒なのだろう。彼女にしては珍しく、物凄く汗をかいている。
(中学の時、俺が汗かきだからって、ミニタオルをくれたよな…)
ふと感慨に耽ってしまいそうになったが、それは1年半前に終わった出来事だ。今は単なる同期生なだけだ。偶々俺が部長で、偶々神戸が副部長なだけだ。本来ここに来るべき副部長の大村が、本当か仮病か分からないが体調が悪いから、代わりにもう1人の副部長が来ただけじゃないか。
なのになんでこんなに緊張するんだ…。
「それでは只今より、第26回広島県吹奏楽コンクール高等学校の部A部門の審査結果を発表いたします。発表は出演順に行いますが、金賞と銀賞は聞き間違いが起きやすいので、金賞の場合は、頭にゴールド、という言葉を付け足して発表いたします。また金賞受賞校の中から5校を、9月に鳥取県米子市で開催されます全国吹奏楽コンクール中国地区部門大会へと推薦いたしますので、金賞を受賞された高校の代表の方は、そのままステージを降りずに、ステージ後方にお並び下さい」
場内が一気に静かになった。
(万一、百万が一、金賞を獲ったら、後ろに神戸…さんと並ばなきゃいけないのか?大村はそれでいいのか?)
大村が嫉妬深いのは、既に有名な事実だった。
全く疑わしくもなんともないような場面でも、神戸千賀子が他の男子と話しているだけで不機嫌になるのだ。
それは俺に対しても容赦ないだろうし、逆に俺の場合、他の男子以上に嫉妬するんじゃないのか?
(仮にも…断絶したとはいえ、元カレ、元カノの関係だぞ…。大村は何度も確認してたよな?)
なので、逆に本当に大村は体調が悪いというのが、真実味を帯びてきた。そうじゃなきゃ、神戸千賀子に代わりに代表として表彰式に出てくれ、なんて言わないだろう。
「では、発表します!」
アナウンスがワンランク上のテンションで、結果発表の始まりを伝える。
他校は並んで待っている2人が談笑したり、緊張するね~とか言っているが、俺と神戸は全く会話もなく、ただ立っているだけだった。
「1番、廿日高校…」
先頭を見たら、緒方中の同期生、武田美香はいなかったので、武田は部長等は務めていないみたいだ。
「ゴールド金賞」
キャーッ!という声が響き渡り、程無くして拍手が会場を包む。
廿日高校の部長と副部長と思しき2人が係員さんに誘導され、ステージに上がっていく。
その瞬間、部長らしき男子が場内の廿日高校の部員がいる辺りに向かって、ガッツポーズを見せ、客席の部員はまたキャーッと悲鳴を上げていた。
「廿日高校吹奏楽部殿 貴方方は第26回広島県吹奏楽コンクール高等学校A部門において、頭書の優秀な成績を収められましたので、ここに表彰いたします…」
廿日高校の部長、副部長と思しき2人が嬉しそうに賞状と盾を受け取って、客席に向けてかざしていた。
思わず、
「ウチらもあんなの、やれたらいいね」
と言ってしまったが、横にいるのは神戸千賀子だというのを忘れていた。
「えっ…。そっ、そう、ですね」
「あ…ごめんなさい」
…なんなんだ、この他人行儀な会話は…。
俺自身、心の中は溜息の嵐だった。
きっと彼女の心中も同じだろう。どうしてアタシが上井なんかと並んでステージに行かなくちゃいけないのよ、大村くんってば!
トップの廿日高校がゴールド金賞を獲ったことで、早くも後方に中国大会候補として並んでいた。
だが続く2番目以降の高校は銀賞が続き、俺らの一つ前の呉竹高校は銅賞だった。
(え?舞台袖で聴いてたら結構上手かったけどな…)
コンクールの魔物のせいだろうか。
「続けて6番、西廿日高校」
アナウンスに呼ばれ、背筋が伸びる思いがした。緊張して続く言葉を待っていたら、
「…銀賞」
俺と神戸は係員さんに誘導され、賞状と盾をもらいにステージに上がった。
(やっぱりダメだったか…)
俺が賞状、神戸が盾をもらい、係員さんに言われ、正面の客席を向いて一礼した。西廿日高校の部員が集まっている辺りから、一番大きな拍手が聞こえ、その他の客席からもパラパラと拍手をもらえた。
「では、そのまま客席へお戻りください」
それまでは親切丁寧に見えた係員さんが、急に冷酷なガードマンのように見えた。
(こっから後ろのハイレベルな高校が並ぶ列には入れないんだよ、君たちは)
そう言われているような気がした。
神戸と会話はしなかったが、そのまま西廿日高校の部員が集まっている客席の方へと向かうと、お疲れ様でしたーとか、上井くんお疲れ様とか、色んな声が聞こえてきた。
その声を聞いたら、不意に涙が溢れてきた。
(この夏…なんだったんだ…。銀賞でこんな悔しい思いをするのは初めてだ…)
そんな俺の肩を叩き、労ってくれたのが山中だった。
「上井、お疲れ」
「山中…」
真っ先に落涙した俺に駆け寄ってくれたのは、山中だった。
「審査員の講評は?もらえたんじゃろ?」
「あっ、ああ…。ポケットに押し込んどった」
5人の審査員は、簡単に演奏に対する率直な思いを書いてくれ、その場でABC、時にはそのABCに更にプラスやマイナスが加わった点数評価をしてくれる。
「ちょっと見せてくれや」
山中はそう言うと、俺の手から講評文を取って、大上や瀬戸と読み始めた。
「…悪くない…じゃん。5人中、4人が、課題曲と自由曲、合わせて4つのAをくれとる」
「…ホンマに?」
「ああ。どっちの曲にもCを付けた人は…おらんし、Bも、プラスが加わっとるBが多い。結構金に近い銀だったんじゃないかのぉ」
「去年より、進歩出来たんかな…」
「絶対進歩したって!去年は、Aに印なんか付いとらんかった。今年はA評価が4/10もあるんよ。頑張ったんじゃ、俺らは」
山中は俺だけじゃなく、部員全体に聞こえるように、話してくれた。
ここで、客席ではなくロビーでお願いできませんか…と係員さんがやんわりと注意しに来たので、俺達は慌ててスイマセーンと言いながら荷物を持ってロビーに出た。
そこには、体調が悪いと聞いていた大村も待っていた。
「あれ、大村?大丈夫?腹が痛いとか聞いたけど…」
「ああ、悪かったね。多分昼に食べた弁当のオカズのせいじゃ、ゲリラに襲われてさ。さっき正露丸飲んだら、落ち着いてきた」
「そう?なら良かったけど…」
しかし俺は、大村仮病説を1人で打ち立ててその説に縋っていた。
大村は神戸に、お疲れ〜と声を掛け、神戸は緊張したよ~等と、会話している。
(やっぱり誰かが、大村じゃなくて神戸に舞台に上がれ、って言ったんじゃないか…?伊東かな…)
ロビーに出たら、部員がみんな講評文を読みたがり、最後は円になって回し読みする状態になった。
俺は山中と一緒に、その円をやや離れた所から眺めていた。
「改めて上井、お疲れさん」
「今日はイモが付かんの?」
「さすがに今日は…そんな日じゃないって。3つに分けた評価じゃ、金には届かんかったけど、細かい評価ではかなり上に食い込んだんじゃないか?」
「そうかもなぁ。俺も去年の講評文を見て、つまらんな、って思ったのを思い出したよ。オールB。なんじゃこれ?って思ったなぁ」
「じゃろ?じゃけぇ、Aが何個あったらゴールド金賞になったのか、その線引きが分かればな…。7つなのか6つなのか、はたまた8つなのか。なんとなく金賞の高校を見とると、Aが半分以上なら金賞だったんじゃないかと俺は思う」
「半分以上…。5個?6個?」
「うーん…。5個じゃ厳しいか。6個かな。そうすると、あと2つAが付けば、俺らはゴールド金賞じゃったかもしれん、そう思えるよ」
「…そっか…。風紋のラストで俺が空振りしなきゃなぁ…」
「誰だって、痛恨のミスは、一つはしとるよ。仕方ないって。俺も自由曲で出だしを間違えたし」
「そうなんや?全然分からんかった」
「じゃろ?俺だって上井がティンパニー空振りしたなんて、今初めて聞いた」
「いや、大村は分かったって言うとった」
「大村はティンパニーの真ん前じゃろ。場所が場所じゃ、気付かん方がおかしい、それぐらいに思っときゃ、ええんよ」
いつも冗談ばかり言い合う山中だが、いざとなったらこんなに熱い話が出来る。そして情に厚い。俺は山中が生徒会役員に推薦された理由が分かった気がした。俺が生徒会役員になったのは、末永先生の苦肉の策なだけだが、山中は去年の担任の先生の確信の下、推薦されたんだろうな。
「そろそろ上井、落ち着いたか?」
「ああ、ありがとう」
「珍しくお前が…人前で涙なんか流すけぇ、焦ったよ」
「ああ…。そうじゃね。なんかさ、ステージで恥をかかされたような気持ちになって、悔しくて戻って来たら、みんなが温かく出迎えてくれたじゃろ…。悔しいのと感激したのとで、思わず…」
「そっか。…何人か、もらい泣きしとる女子がおったよ」
「そう?」
「ま、それが誰かとは言わんけど。俺はその光景を見てさ、やっぱりお前が部長で良かったんだ、って思ったよ。去年、須藤部長が銀賞だった…って涙を流しても、誰ももらい泣きする部員はおらんと思う。でも今年はお前が喜怒哀楽剥き出しで全力で部員に向き合ってさ、お前が辛い時も頑張って耐えてる、楽しい部活にしたいって思いで踏ん張ってる、そういうのがみんなに伝わっとるんよ。じゃけぇ、お前が戻ってきた時、みんなが拍手したのは自然なことじゃし、それにお前がつい反応して泣いてしもうたら、もらい泣きしてしまう部員がおる。部員には分かるんよ、これまでのお前の苦労を知っとるからさ」
「いや、俺は…そんな出来た人間じゃないよ。ただ単に、明るく楽しい部活にしたいだけ、それだけで突っ走って来とる。その中で1年が一気におらんようになったのも、今だに責任を感じとる。じゃけぇ、もっともっと頑張らんと…」
「まあまあ。今日の夜くらいは全部忘れて、ゆっくり休めばええんじゃないか?本当の意味で落ち着いたら…大人なら一杯飲もうぜ、ってなるんじゃろうな。ま、次の目標に向かって頑張ろうや。俺と上井は体育祭がまた掛け持ちで大変になりそうじゃけどな」
「体育祭は…ま、もう掛け持ちに嫌味を言う人はおらんじゃろ」
「確かにな。ハハッ」
山中…素晴らしい同期と出会え、俺は幸せだ。
…さて、騒乱状態のロビーから脱出して帰らなくっちゃな。大村の疑惑も残ってるけど、明るく楽しく帰るとするか!前田先輩に、何が残念だったのかも聞かなきゃいけんし。あ、高校に電話して先生に結果を伝えなくっちゃ…
<次回へ続く>
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