第89話 ー会場入りー
「おぉ、みんな無事に着いたか?」
西廿日高校吹奏楽部を率いて、西条駅から東広島市公民館へ到着すると、福崎先生から声を掛けられた。
「先生、先に着いてらっしゃったんですね。おはようございます!」
やっと福崎先生に会え、俺はホッとした。部員も一斉に…ではないが、先生に挨拶をしていた。
「じゃあ早速、楽器を降ろしてくれるか?なんとか会場の搬入口に近い場所を確保出来たけぇ、ちょっとは楽じゃと思うぞ」
「はい、分かりました。じゃあ、男子…やっぱ村山に頼らんとな。村山~、楽器降ろし隊のリーダー頼むよ!」
「了解~。じゃ、男子は大きい楽器から降ろしてくれ!」
村山は率先して楽器の積み下ろしを仕切ってくれるので、こういう時はとても頼りになる。
「でもそしたら、結構先生は早くここに到着されたんですか?俺らは6番目ですから、ちょっとトラックを停める場所は不利かな…と思うとったんです」
「おぉ、ここに俺は7時半前には着いとったな」
「わ、早いですね」
「高校も早く出たけぇの。今日はド平日じゃろ。通勤ラッシュで渋滞に巻き込まれちゃ敵わんと思うてな。お前達もどうだった、電車の旅は?」
「いや、宮島口以後は凄まじいラッシュでしたよ。俺、五日市を出た辺りで、車内に部員が揃ってるか確認しようと思うとったんですけど、無理でした」
「そうか、JRも早くから混むんじゃの。やっぱり今回の会場は、ちょっと無理があるな」
「ですね…。駐車場が少なすぎっていう点で、コンクール開催には向いてないですよ」
「まあ、来年は連盟も早くからいい会場を押さえてくれるじゃろ、今年の失敗があるけぇの」
「先生、来年の話はまだ早いですよ!俺は今年、この広島大会で終わるつもりはないですよ!9月に、この次のレベルの大会に出たいです!」
「お、部長の心意気だな。よし、目一杯頑張ろうな」
「はい!」
福崎先生とそんな会話をしている内に、1年生男子と村山が中心になって、どんどん楽器を会場に搬入してくれていた。打楽器はこの入り口から、管楽器パートと別行動になるというのを、今更だが俺は初めて知った。
「上井くーん、打楽器5人は別行動なんよ~。こっちこっち」
広田が呼んでくれたが、別行動となるのなら管楽器をまとめるリーダーを指名しておかねばならない。副部長案件だな…。
「広田さん、ちょっと待っとって…。大村~!」
「ん?呼んだ?」
俺はホルンを抱えていた大村を手招きし、大村は気付いてくれ、俺の方へ来てくれた。
「悪いけど、俺はどうやらここで皆さんとお別れせんにゃあならんみたいなんよ。次会えるんは、ステージの袖ってことになるんよ。じゃけぇ、管楽器軍団の方を引っ張ってくれん?」
「そうなんや?ああ、分かった…。だけど打楽器ってこんな早くから別行動じゃったっけ?いや~、1年前のことは忘れとるなぁ」
「俺も。ま、管楽器も打楽器も係員さんが誘導してくれるとは思うんじゃけど、管楽器の方の準備とかチューニングとか移動の引率とか、頼みたいんよ」
「うん、了解。じゃ、上井も打楽器、頑張って」
「お互いに、な」
大村とはスラスラと会話できるのだが…。
俺が打楽器の入り口に戻ろうとしたら、神戸がクラリネットケースを抱えて、心配そうに俺と大村の方を見ていることに気付いた。
(なんなんだろう…。まあ、俺じゃなくて大村を待っとるんじゃろうけど…)
管楽器の方は大村に一任し、俺は打楽器のメンバーとして会場入りした。
「田中先輩、こんな早く打楽器って、管楽器と別れてましたっけ?」
「そうね~、会場にもよるけど、割と早いかな?」
「そうでしたか…。俺の思い違いか…」
「上井くん、基本的に打楽器は会場に着いた瞬間から、管楽器とは別行動と思っとった方がいいかもよ?」
広田がそう教えてくれた。
「そうなん?これでコンクール4回目じゃけど、覚えとらんねぇ~」
「でも、これで覚えたでしょ?上井くんは何となく来年もコンクールまで出そうじゃけぇ、今年色々覚えとけばええんじゃない?」
「そうじゃね。いや、俺は来月の中国大会を目指しとるけぇ、来年じゃなくて来月!打楽器搬入の知識を生かしたいな!」
「まっ、まぁ、目指せゴールド!じゃもんね〜」
広田は苦笑いで応えてくれたが、俺も実際に中国大会へ出れるレベルに達したかというと、そこまではまだ遠いかな…と思っていた。
昨夜電車の中で遭遇した中学の同級生、武田美香の廿日高校がまず名門だし、その他沢山の中国大会進出常連校が、広島市内を中心に数多くいる。
だが部長として部員を鼓舞せねば…何のための部長なんだ?
「上井くん、中国大会は難しいかもしれんけど、なんとかゴールド金賞は獲りたいね」
田中先輩がそう言って下さった。
「勿論です!そうじゃなきゃ、この夏に苦しんだ意味がないですから」
「そうだね。文化祭以降、本当に上井くんは大変な状況だったと思うけど、よく頑張ったね」
「うわ、田中先輩…。感動させないで下さいよ~ウルウル」
「ハハッ、感動しちゃった?でも、あの時の打楽器の危機は、上井くんがいち早くバリサクから打楽器へ来てくれたことで、かなり助かったと思うよ」
「本当ですか?」
「ね?宮田さん」
「あっ、はい!もちろんです!上井部長が自ら打楽器に来て下さるなんて、1人ぼっちになったアタシには、神様に見えましたよ!」
「神様は大袈裟じゃって。まだ足を引っ張っとる存在じゃけぇ…。貧乏神かもよ?鍵盤系は全然ダメだし」
「いえ、ティンパニーと小物っていう担当分けで十分ですよ。ね?広田先輩?」
「そうね~。多分さ、上井くんは打楽器にこんなに種類がある…ってのを、見てはいたけど、実際触って感じたことは無いじゃろ?」
「そうじゃね。それこそ出張演奏の時に運ぶ手伝いでちょっと触っただけじゃなぁ」
「うんうん。打楽器の中でも細かく分かれるけぇ、得意、不得意ってのは出て来ると思うんよ。アタシは鍵盤系を主に中学でやっとったし、宮田さんも練習してるし。逆にアタシ、ティンパニーはやったことないんよ。じゃけぇ、上井くんが短期間でティンパニーの調音とかマスターしたのにビックリしとるんよ」
「調音?」
「あ、曲の途中でペダル踏んで、叩いて出す時の音を上げたり下げたりする調節のこと」
「ああ、それは何とか…。だってティンパニーが5つあればそんなことせんでも良かったんじゃけど、4つしかないけぇね」
「上井くん、普通の学校はティンパニーは4つしかないよ」
「あ、失礼しました…。宮田さん、部長じゃ言うても、こんなレベルじゃけぇ、安心してね」
「アハハッ、そんな上井先輩、お茶目ですよ!」
打楽器5人でこんな感じでワイワイと話していたら、係員さんから会場内の打楽器スペースに入るよう、促された。
「前の学校が移動した、ということです?」
「はい。まずその控室で15分間、最後の調整をして頂いて、その次はステージ袖に移動して、という流れになります」
「分かりました…。緊張するな~」
「先輩、大丈夫ですよ!アタシも初めてですから!」
宮田がそう言って、前向きに励ましてくれる。さすが中学時代はバスケ部だったこともあって、いざという時は度胸が据わっている。
「アタシも打楽器は2年ぶりじゃけぇ、ちょっと緊張しとるけど、大丈夫よ、きっと。上井くん、色々とあったけど、全力で頑張って来たんだもん」
「宮田さん、広田さんも…ありがとうね。いや、打楽器ってアットホームですね~、田中先輩」
「そうかもね~。アタシの上の2期の先輩が、ホンワカした感じの先輩で、怒ることはなかったしね。1年の時はいつも楽しかったよ」
「そうなんですね」
俺達5人は指定された部屋へ向かいながら、話を続けていた。
「でも田中先輩、1年の時は、若本先輩が部長だったんですよね?」
「うん、そうよ」
「若本先輩はかなり厳しかったって聞いたんですけど…」
「あー、それは金管楽器に対して、じゃないかな?若本先輩はトロンボーンじゃったけぇ、金管だけで分奏する時とか、リーダーとして仕切る訳よ。その時結構厳しかったみたいね」
「へぇ…」
「打楽器は専門外だからか、そんなに干渉されたこともないしね」
指定された部屋は俺達が思っていたより遠かった。なのでまだまだ話は続いた。
「こんな話を俺以外女子の皆さんって環境でしていいかどうか迷うんですが…。まだ俺がサックスにおった時、若本先輩の妹とよく話をしとったんです」
「若本さんね。性別は違うのに、顔はそっくり!って、アタシらの代はちょっと盛り上がっとったよ」
「そうなんですか。でも妹は、厳しい所は全然なくて…」
「そりゃあ1年生だもん。来年、先輩になったら変わるかもよ?」
「そうか…。そういう可能性もありますね。で、お兄さんのことを色々聞いてたんですよ。そしたら唐突に、若本先輩は将来教師になる夢を持っておられて、俺が教師になったら女子の体操服のブルマを廃止する!って言ってるんです~なんて、ケラケラ笑いながら教えてくれました」
このネタには、俺以外の4人の女子がドッとウケていた。
「アハハッ、そんなこと言うんじゃね、あの先輩も」(田中)
「確かにちょっと恥ずかしいけど、廃止は無理でしょ」(広田)
「アタシはそんなに嫌いじゃないですけどね。動きやすいし」(宮田)
「もう少し早く先輩が先生になってくれてたら…」(宮森)
四者四様の発言だったが宮森先輩だけ、賛成?のような感じで話されたのが印象的だった。
「でも妹ちゃんも、そんな際どい話を上井くんにしとるんじゃね。結構信頼されとるんじゃないかな?普段の様子を見てても。まあアタシは物心付いた時から男子は短パン、女子はブルマっていうのが当たり前じゃったけぇね、それで今まで過ごしてきたし。あと一ヶ月もすれば、もうアタシの大根足を披露することもないし、どっちでもいいかな」
と、田中先輩がそんなことを言ってくれた。そこへ広田はストレートに、
「アタシもものごと付いたらこれって、決まってたから…ブルマは仕方ない派かな?じゃけど、せめて色はノーマルな色が良かったな~。高校に入ってビックリしたもん」
と、広田が言った。
すると、そうそう!あの色はないよね~等と、俺を放置して体操服談議が始まってしまった。
(ここに男がいるんですけど…)
打楽器の控室まで、延々と女子4人は盛り上がり、時には俺は耳を塞いだ方が良いのではないか?と思うようなネタまで笑いながら話し合っていた。
(一度火が着くと、燃え尽きるまで喋るんかな~)
悶々としながら俺は、控室はまだか…と歩いていた。
「ここが西廿日高校の打楽器の皆さんの部屋になります」
係員さんに案内されて着いた部屋は、5人で使うには結構大きな部屋だった。
もちろんかなりのスペースを占める打楽器のアレコレが、既に置いてある。ただ適当に置かれているため、課題曲と自由曲の順番で演奏するために必要な配置にはなっていない。
「先輩、俺の場合、ティンパニー4つを、全部ここからステージ袖に運ばなきゃいけないんですか?」
何もかも初めてのため、田中先輩についつい質問してしまう。先輩はさっきまでの女子トークの余韻に浸っているようだったが、
「大丈夫。上井くんが、これはここへ…って指示すれば、スタッフさんが手伝ってくれるよ」
「そうなんですね。良かった~」
「多分ね、上井くんが今思っとる心配事は、殆ど会場のスタッフさんが手伝ってくれるけぇ、安心して演奏に集中できるよ」
「はい…。既に足が震えてる俺には、ありがたい言葉です…」
俺は緊張し始めて、足がガクガクしていた。
「セーンパイ!大丈夫です?人っていう字を3回手のひらに書いて飲み込めば、緊張はほぐれますよ」
宮田がお茶目にそう言ってくれた。宮田も初めてのコンクールなのに、申し訳なく感じた。
「ふぅ…。今まで頑張ったんですもんね。先輩方や広田さん、宮田さんと一緒に」
「上井くんは部長職もあったり、生徒会もあったりして、大変じゃったろ?でも今日はイチプレイヤーとして、頑張ってね!」
広田が明るく声を掛けてくれた。
「よし、みんなで実力以上のものを出し切りましょう!」
と俺が叫ぶと、4人の女子もオーッと拳を上に突き上げた。
(本番、全力で頑張るぜ!)
<次回へ続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます