第85話 ー同期のライバルー

「あれ?もしかしたら上井くんじゃない?」


 コンクール前日、しばらく一人で心を落ち着けてから帰宅の途に着いた俺が、宮島口駅で丁度やって来た徳山行の普通列車に乗り込んだら、後ろから女性に声を掛けられた。


 ちょっと遅い時間帯だけに、誰だろう…と訝し気に声の主を見たら、中学の時の同級生で、廿日高校に進んだ、武田美香だった。


「え?武田さん?わ、珍しいね、久しぶり!」


「久しぶりじゃね!…と言っても、アタシはたまに上井くんを見かけとったけどね」


「えっ?何それ」


「ま、タイミングの問題よ。アタシが上井くんを見掛ける時は、いつも村山くんが一緒だったり、アタシも知らん西高のお友達?と一緒だったりして、そんな時は声を掛けにくいしね」


「まあ確かに…。そうそう、前にさ、山神さんに会ったんよ。その時、山神さんは吹奏楽部を挫折した…って言いよったけど、武田さんは頑張っとる、とも言うとった。どう?吹奏楽、続けとる?」


「うん、ほら」


 と武田美香は、手に持っていたフルートを誇らしげに掲げた。


「おお、フルートで頑張っとるんじゃね。じゃ、明日はウチらと同じく本番じゃろ?」


「そうよ。ウチの顧問の先生が、西高の先生に、同じ曲でコンクールに出ませんか?って誘ったらしいよね」


「聞いたよ、曲決めの時に。まあ…ウチも部員には、ゴールド金賞を狙って、廿高を抜かそう!とか言って頑張ってきたけど、廿高には正直勝てんよね…」


「ん?その言い方だと、上井くんは高校でも部長しとるん?」


「実はそうなんよ。最初はあまりやる気は無かったんじゃけどね…」


「凄いじゃない。中学でも高校でも部長をやるなんて。人望があるんじゃね」


「いや、そんなのどうだか分かんないよ。俺が部長になってから、トラブルばっかり起きるし」


「トラブル?穏やかじゃないねぇ」


「俺が明日、何の楽器をやるか見てくれれば分かるよ」


「うーん、その言い方だと、トラブルのせいでバリサクから他の楽器に移ったみたいね。西高の出番は何番目だっけ?」


「6番目だよ」


「6番目か〜。間に合うかな?写真撮影とか撤収が間に合ったら、この目で上井くんがどこにおるんか確認するよ。間に合わんかったら、またいつか教えてね、トラブルとやらを」


「ま、まあ…。機会があれば…。廿高はトップバッターだよね?」


「そうなんよ!じゃけぇ6番目の西高の出番に間に合うかどうか…」


 明日のコンクールの出演順番は、自分の高校以外も公開されているので、廿日高校の出番も分かる。なのでトップバッターというのも知っていた。西廿日高校の出番は、6番目という訳だ。

 またトップバッターというのは、その日最初の演奏という訳で、審査員がその後に出てくる高校のレベルがまだ分からないことから、厳し目に審査されるという、かなり信憑性が高い噂も出回っている。


「トップバッターだと、始発で移動するような感じ?」


「当ったり〜。じゃけぇ、今日の練習とか早く終わるんかなって思いよったけど、ゼーンゼン。帰ったらすぐ寝なきゃ、だわ」


「風呂も入らず?」


「お風呂は入るよ!汗だくじゃもん、毎日。レディですから、アタクシ」


「失礼しました。まあそうだよね。でも、疲れたりしない?同期で話せる友人とか、おる?部の雰囲気とか、大丈夫?」


「どしたんね、上井くんってば。やっぱり部長やっとるだけあるねぇ…中学の時を思い出すよ。アタシは今は他校の部員じゃけぇ、そんなに気を使わんでもええよ?」


「いや…。俺さ、あれだけクラリネットが中学の時に好きだった山神さんが、一ヶ月で吹奏楽部を退部してヤンキーになってるのを見たのが衝撃的過ぎだったんよね」


「あー、山神さんは変わっちゃったね…。変わった後の山神さんに会ったんだ?上井くん」


「そうなんよ。で、吹奏楽部を辞める理由の1つに、話せる友達が出来んかった、ってことも言いよったけぇ、武田さんはどうかなと思って。廿高吹奏楽部の雰囲気とかに溶け込めとるんかな、なんてね」


「うーん…。逆にアタシは西高吹奏楽部の雰囲気を知らんけぇ、大きな事も言えんけど…。ま、話せる相手くらいはおるけど、ちょっとウチの雰囲気は官僚的な感じがするかな」


 官僚的とは、武田らしい表現だな、と思った。


「官僚的?」


「そう。部員に与えられた自由は少ないかな、って。幹部が決めたことには従うしかなくて。そんな感じだから、山神さんは割りと明るくて楽しい雰囲気が好きじゃない?上井くんが部長しとった時の緒方中吹奏楽部と物凄いギャップを感じて、辞めちゃったのかもね」


「ふーん…。逆に武田さんはよう耐えとるんかな?」


「アタシ?そうね、アタシがフルート吹いてみたいって中学で吹奏楽部に入ったのは、もう3年生になってからじゃったけぇね。上井くんが既に部長で色々と頑張っとるのを、船木さんがサポートして…ってのを見てたけど、半年ほどしか経験しとらんし。だから半年で辞めるのもどうかと思って高校でも吹奏楽部に入ったけど。官僚的とか自分で言うとるけど、廿日高校の吹奏楽部は一応頑張る価値はあるかな?と思って続けてきたんよ」


「そうなんじゃね。でも緒方から廿高吹奏楽部に進んだ同期って、辞めてしもうた山神さん以外にはおる?」


「同期はおらんわ…。吹奏楽の同期で廿高に来たんは、アタシと山神さんだけじゃもんね。ただ一年下に、クラの藤田さんが入ってきたよ」


「あー、いつもクラの片付けが遅かった二人組の片割れじゃ!」


「ハハッ、やっぱりそういうのって覚えとるんじゃね、上井くんは」


「よく先生達が、手の掛かった生徒ほど覚えとるって言わん?それみたいなもんだよ。ほとんど毎日最後まで、もう一人の中川さんと喋りながらクラを片付けよったけぇね、何回早うせーや、って言ったことやら」


「上井くん、中学時代のことは結構覚えてるんだね」


「そうかな?聞かれたら思い出す程度じゃないかな?」


「でも、神戸さんのことは、忘れられんでしょ?」


「うっ、まさかコンクール前日にそんな弾を打たれるとは…」


「結局、今の2人の関係って、どんな関係なん?別の高校に行くと全然分からんのよね」


 武田は、緒方中卒業の同期生では、松下弓子と仲が良かった。なので俺と神戸が別れた情報も、とっくに知っていると思っていたが…。


「いや、私立高校入試の前にフラレたけぇ、今は単なる知り合いだよ」


「え?フラレたん?上井くんが?私立高校入試直前に?バレンタインの前に?」


「いや、そんなにキラーワードを連発せんでも…ハハハ…」


「そこまでは知らんかったけぇ、悪かったね。でもね、多分お付き合いは続いてはなさそうじゃな、とは思っとったんよ」


「ん?というと?」


「電車の中でさ、上井くんを見かけても、上井くんが神戸さんと一緒だったことは一度もなかったもん。その逆もまた真なりで。もしさ、カップルとして続いてたら、一緒に登校したり、下校したりするじゃろ?」


「まあ、そうなるよね。うーん、そんな夢を描いた青い時もあったような気がする…」


「ほいじゃけぇ、高校で別れてしもうたんかな、って想像しとったけど、まさか中学卒業前に別れてたとは思わんかったよ!」


「…まあその頃って、みんな自分の事で精一杯じゃもんね。他人の色恋沙汰なんか気にしちゃおれんじゃろうし」


 今でもフラレた時や、フラれた後の出来事を思い出すと、胸が痛む。俺は神戸に単にフラレただけじゃなく、直後に真崎に乗り換えられ、高校では俺が吹奏楽部に勧誘した大村に乗り換えられ…という傷を負わされているからだ。


「でもさ、よく失恋相手と同じ高校に通えとるね。偉いわ、上井くん」


「直球で来るなあ、武田さんは」


「ある意味、野次馬みたいなもんじゃけどね」


「そうじゃろうけど…。まあついでに明かすと、去年は、同じ高校ってだけじゃなく、同じ吹奏楽部な上に、同じクラスじゃったんよ」


「…えっ!?なにそれ?」


「で、あの人は今、俺の次の次の男と付き合いよる」


「ええーっ?な、何なの、それ。あまりに色んな情報が一気に入ってきたけぇ、整理できんのじゃけど?」


 その辺りまで話したところで、俺の降りる駅、玖波が近付いてきた。


「じゃあ明日のコンクール、お互いに頑張ろうね!」


 そう言って玖波で逃げるようにして下車したら、武田も一緒に降りてきた。


「おわっ?武田さんは大竹駅じゃないん?」


「大竹駅じゃけど、終盤に怒涛のようにアタシに与えられた情報を片付けないと、アタシは寝れないよ、今晩」


「…その方が明日、廿高の戦力ダウンで有利になるのに…」


「ん?何か言ったかしら?上井くん?」


「いや、何も…」


 列車はそのまま発車していき、俺と武田の2人が、玖波駅のホームに残された。


「ふぅ〜、じゃあしゃーない。質問に答えるけぇ、ベンチにでも座ろうや」


 俺はそう言い、武田をベンチに誘導した。既に空は暗くなっている。


「じゃ、取り調べを始めるわよ」


「黙秘権はある?」


「うーん、その時によって変わるかな」


「厳しいなぁ…」


「別に上井くんを困らせようって訳じゃないけぇ、そんなに構えんでも大丈夫よ」


「んー…」


 結局、神戸千賀子と別れたことを知らない同期生や後輩からは、この先も何歳になっても、こうやって質問攻めに遭うのだろうか。

 逆に言えば、それだけ俺と神戸の組み合わせは、いつの間にか中学校内で有名になっていたのかもしれないな…。


「まずさ、どうしてフラレたの?」


「え?そんな入口から?」


「だってさ、アタシは知らんことばっかりじゃもん」


「でもその質問は…黙秘権使いたいなぁ…」


「うーん…。じゃあ切り口を変えてみよう。上井くんはフッたんじゃなくて、フラレた側なんだね?」


「そ、そうじゃけど?」


「心当たりは?」


「…ま、結局あの人の求めるレベルの男じゃなくなった、そんなところじゃろうね」


「そうなの?」


「…カッコ付けてるだけだよ、フラれたのがミジメなもんじゃけぇ…。結局、俺があの人の気持ちに寄り添えなかった。女心を分かってなかった。反省するばかりだよ」


「そうなんじゃね…。でもさっきさ、同じ西高に進んで、同じ吹奏楽部、同じクラスになったって言ったよね?西高って一学年で何クラスあるん?」


「8クラス」


「じゃあ、1/8の確率に当たっちゃったのね。そのくじ運、宝くじなら良かったのにねぇ」


「ハハッ、ホンマにね」


「そのクラスで神戸さんは、次の男…ってアタシが言うと変だな、次の彼氏を見付けたの?」


「いや?俺の次は…。名前を隠さんでもええか、真崎だよ」


「えっ?えぇっ?真崎くん?同じ中学の?1組で同じクラスじゃなかったっけ?上井くん、神戸さんと」


「そうなんよ、その真崎。しかもなんとオマケに、バレンタイン前日にチョコを上げる現場を見てるんだなぁ、これが」


「はい?な、なんでそうなるの?欽ちゃんの番組じゃないけど」


「正式に俺がフラれたのが、1月30日なんよね。その約2週間後のバレンタイン当日は、岩国の私立高校にみんな大挙して受験に行くけぇ、休みじゃったじゃろ?で、前日に渡したみたいなんよ」


「いや、2週間空いてはおるけどさぁ…。そこじゃなくて、真崎くんに気持ちが移るなんて…。上井くんとは正反対のキャラじゃん。しかもなんで現場を上井くんが見てるのか…。神戸さんって、そんな大胆な女子だったっけ?」


「そりゃあもう。ま、現場を見たのは偶然の産物なんじゃけど、元カレが地獄に落ちていくのを笑って見とったろうね」


「上井くん、自虐が入っとるよ…」


「…その時はもう、生きる気力を失っとったよ。笑い話にでもせんと、やっとれんかったよ」


「そんなに落ち込んだんだ…」


「じゃけぇ、高校で同じクラスってのを知った時もショックは大きかったし、いつの間にか真崎と別れて、次の男と付き合いだした時は、登校拒否したくなったし、吹奏楽部も辞めようかとか考えたし」


「その…真崎くんの次の男…いや、彼氏に変わる時も、上井くんが関係してるの?」


「大いにね」


「大いに、って…どんな?」


「簡単に言えば、高校で同じクラスになった、別の中学から来て知り合った男子2人を、吹奏楽部に誘ったんよ。その内の1人と付き合いだしたんよ」


「…アタシの知ってる神戸さんじゃないよ、そんなことするなんて。上井くん、よく平気でいられたね?」


「平気じゃないよ、内心は。次々男を変えやがって!って、怒りのテンションマックスだよ。選ぶ相手が、俺と関わりのある男ばっかり。絶対に許さないって思ったし、二度と喋るもんか、って決めたし」


 俺自身、過去を武田に話すことで、最近は落ち着いていた神戸への怒りが再燃しそうになってしまった。


「本当はさ、こういうトラブルって、両方の言い分を聞くべきだって思うの。でも神戸さんの言い分を聞いたとして、アタシは納得出来るか自信がないわ」


「ふぅ…。武田さんにそう言ってもらえるだけでも、かなり救われるよ」


「でも…吹奏楽部であんなに仲良しだったのに…どうしてだろうね…」


「そこは…俺の不徳の致すところ、としか言いようがないじゃろうね、残念ながら。俺に魅力が無くなったからか、怒りを買うことをしたからか…」


 俺自身は、今は曖昧にしたが、誕生日プレゼントに添えた手紙が引導を渡されるキッカケになったと思っている。

 それ以前に、最後の班替えで神戸と真崎が同じ班になり、急接近していたのも背景にあるとは思うが…。


 そんな会話をしている内に、列車を何本見送っただろうか。


「ごめんね、上井くん。コンクール前日に長々と嫌な思い出話させちゃって…」


「いや、久しぶりじゃけぇね。逆に武田さん、明日の始発に間に合う?」


「そうなんよね、もうそろそろ帰らんと…。次の列車で帰るとするわ。でも最後に一つ確認させて?」


「何じゃろ?」


「上井くんの次の次の彼氏と神戸さんは、今でも続いとるん?」


「う…ん。一緒の吹奏楽部におるよ」


「そっかぁ。耐えとるね、上井くん。…色々とあるね、人生って。もしかしたら明日、見れるかもしれんのじゃね、その2人も。見たいような、見たくないような…。でもとりあえず明日はさ、まずはお互いに演奏を頑張ろうね」


「そうやね。一応演奏と私情は分けとるつもりじゃけぇね。頑張ろう、お互いに」


 丁度岩国行の列車が入ってきたので、それに乗る武田を見送ってから、俺も自宅へと向かった。


(コンクール前日に、初心を思い出さされたようなもんだなぁ、しかし)


 明日のコンクール、何も起きなければ良いのだが…。


<次回へ続く>

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