第84話 ーコンクール前日ー

「以上で今日のミーティング、そして明日のコンクールの説明は終わります。質問、ありますか?」


 今日は8月25日(火)、いよいよ明日がコンクールの本番だ。

 先週、会場までの行き方についてちょっと波乱はあったが、なんとかそれも収まり、後は連日合奏で、細かい所まで何度も何度も練習を繰り返してきた。


「えーっ、質問が無ければ、次に明日の切符代の交付に移ります。会計の村山という方から話がありますのでよろしく」


「お前、まだ村山という方とか使うなや!」


 村山は半笑いではあったが、その呼び名は止めろと言ってきた。だが…


「いや、これを使うとウケるけぇ…」


「…ウケるんならしょうがないか、悔しいけど。えーっと、往復で1,760円の切符代を、人数分用意しました!1年生は伊野さん、2年と3年は俺の所に取りに来て下さい」


 村山がそう言うと、一斉にみんなが立ち上がり混乱したので、


「一斉に行かずに、順番に!最初はフルート、そしてクラ、サックス…といきましょう。皆さん、まずは一旦席に着いて~」


 村山は俺に、手を合わせて悪りぃ、悪りぃと謝ってみせた。村山の不慣れな部分だろうし、仕方ない。

 ちょっと場が荒れたので、俺はクールダウンさせようと一言挟んだ。


「切符代は逃げませんので。皆さん、慌てずにお願いします。あと私も7月分の部費の滞納を解消しましたので、無事に切符代が頂けることとなりましたので、ご報告いたします」


 何故かオーッと拍手が起きた。ムードが変わって来たので、切符代の配布を再開した。


「じゃ、まずはフルートからお願いします。続いてクラとオーボエの皆さん、並んで下さーい」


 進行は俺が配布状況や並び具合から、急遽務めることとなった。


「続いてサックス、ホルンといきますか」


 各パートを順に呼んで、全員に行き渡ったのを確認すると、この日最後の仕事、トラックへの楽器積み込みがあった。

 楽器は明日、コンクール会場の専用駐車場にて受け取り、演奏が終わったら即積み込んで、発車しなければならなかった。

 そのトラックの往復に、福崎先生が明日の朝一旦学校に来て行きに同乗し、帰りも同乗することになったので、部員の移動は往復とも俺が代表者として、団体割引は効かなかったもののJRで引率することとなったわけだ。


 ちなみに楽器をトラックから降ろすのは、コンクールの翌日の朝にした。明日結果発表後に西条からJRで戻り、そこから高校へ登校して楽器を片付けるのは、時間的にも体力的にも持たないと判断したからだった。


「楽器の積み込みが終わったら、一旦音楽室に集合して下さーい!」


 楽器の積み込みとなると張り切り、場を仕切るのが、これまた村山だった。

 なので特に任命はしていないが、俺は勝手に心の中で、遠征の際の楽器トラック積み込み隊長と思っていた。

 実際、楽器を積み込む手順も、昨年度体が大きいからという理由で須藤前部長にいつも指名されていたから、自然とバランス等を覚えたのだろう。


「もう全部積み込んだかぁ?」


 村山が聞いていた。1年の瀬戸と出河が多分…と答え、田中先輩も打楽器は大丈夫!と答えていた。


「じゃ、ドア閉めまーす」


 村山がドアを閉めた。福崎先生はその間、ずっとトラックの運転手さんと話をしていた。もしかしたら旧知の仲なのかもしれない。じゃないと、この高校から西条までの距離を、運転手さんと2人きりというのは、辛いだろうし。


「先生、楽器は積み終わりましたんで、一旦音楽室に戻ります」


「おお、ご苦労さん。俺、最後に一言、要るか?」


 先生は苦笑いしながらそう言った。


「そ、そりゃあ先生、次にお会いするのは現地ですから…」


「分かったよ。じゃ俺も音楽室に戻るとするか。じゃ、明日はよろしく頼むな」


 先生はトラックの運転手さんにそう言っていた。

 俺は音楽室に戻りながら、先生に聞いた。


「トラックの運転手さんは、先生の知り合いですか?」


「ああ。大学時代からの知り合いよ。大学の演奏会とか発表会の時によく楽器運搬しに来てくれとってな。それで俺も知り合って、去年も運搬頼んどったんじゃが、去年はその日の朝に積み込んで、その日の夜に降ろすっていう遠征ばっかりじゃったけぇ、あんまり話す場面もなくってな。偶々今回は面倒くさいことを連盟が言うてきたけぇのぉ、こんな面倒な運搬の仕方を頼めるのはアイツしかおらんと思うて、早目に頼んどったんよ」


「へぇ…。さすが先生、顔が広いですね!」


「まあな。庄原でコンクールあった時は…上井はまだ中学生だったか?その時もアイツに頼んだんじゃ。何せ庄原なんか遠すぎてなぁ」


「分かります。確かに庄原は遠かったですね~」


 たった2年前だが、俺を取り巻く人間関係は激変している。

 その頃は神戸一筋だったが、今は恋愛に憶病になっているし。


「じゃけぇ、学生時代に知り合った縁っていうのは大切に、っていうのが、俺が究極的に生徒達に伝えたいことになるよなぁ」


「うーん、そうですね…」


 福崎先生の思わぬ縁のお陰でコンクールに出場出来るのだから、しっかり練習の成果を出さねば、とも思い直した。

 同時に、学生時代に知り合った縁を大切に…という言葉は、痛切に胸に沁みた。


(結局神戸千賀子っていう存在は、中2の秋からずっと続いてる縁でもあるんだよな…。いくら縁を切ろうとしても切れなかった。今年はクラスこそ別になったけど、部活で部長と副部長って関係になった。広島で築いた人間関係で、村山に次ぐ2番目の旧知の間柄ってことにもなるし…)


 そんな考え事をしながら音楽室に向かっていたら、ボーッとしていたのか、音楽室のドアにそのまま激突し、転倒してしまった。


「おい、上井!どこ見て歩いとるんじゃ、お前は」


 福崎先生が困惑したように転倒した俺の腕を掴み、引っ張り上げてくれた。


「せ、先生、スイマセン…」


「怪我とか、大丈夫か?頭をぶつけたりしてないか?」


「はい、その辺は大丈夫です。頭よりも、首から下が激突したので…」


 激突音を聞いて、音楽室の中からも部員が何人かが何事かと様子を見に出てきた。


「あっ、センパーイ!コンクール前日に何してんですか!」


 宮田がやや怒りながら声を掛けてくれた。


「ゴメン、油断禁物ってことで…。身を以て示させてもらったよ、ハハハ…」


「んもう、部長が前方不注意で音楽室のドアに激突したなんて、アタシャ恥ずかしいよ〜」


 そう言ってくれたのは田中先輩だった。


「とりあえず、怪我とか大丈夫?出血してない?」


 そう気遣ってくれたのは同期の広田だった。打楽器メンバーによる三者三様の意見をもらって恥ずかしかったが、若本は


「でもそんなお茶目な先輩、人間味があって可愛いよ」


 と言ってくれた。若本のその一言に、何となく心が温かくなった。


(若本…小悪魔なだけじゃないんだよなぁ…こんな一面があるけぇ…)


 なんとか体勢を立て直し、ザワザワしている音楽室に戻って、本日の締めを行うこととした。


「はい!えーっ、皆さん!一寸先はハプニング!只今、私がこの体で証明した所です。どうか明日のコンクールの本番が終わるまで!何事も皆さんの身に起きませんように!なんなら俺、今からでも厳島神社に行って、祈ってきますんで。今夜も辛い物とか過激なものは食べず、精進料理でも食べて、明日の本番に備えて下さいね」


 部員からは、笑い声交じりの返事があった。


「じゃ、最後に福崎先生から一言です。先生、お願いします」


 俺は指揮者台から降り、先生に壇上に上がってもらった。


「えー、今部長が言った…というか、見本を見せてくれましたが、とにかくみんな、学校からの帰り道、家での過ごし方とか、とにかく慎重にお願いします。皆さんと次に会うのは、コンクールの会場で、ということになりますから、明日は1人も欠けることなく、全員と、今日までの練習の成果以上のものを出し切れるよう、12分間全力で頑張りましょう」


 ハイ!と元気な返事が返ってきた。


「あんまり長く話すのもアレじゃけぇ、先生からはこれで終わるけど、部長から付け足しとかあるか?」


「はい、そうですね…。とにかく明日は、遅刻厳禁でお願いしますね。とりあえず指定した列車に、何駅からでもいいから、飛び乗って下さい」


 俺は黒板に、西条まで行くための列車の、大竹から五日市までの各駅の発車時刻を書き記していた。


「あと、こんなことはないと信じたいですが、万が一、いや百万が一、体調が悪化したとか、緊急事態が発生したりしたら、朝の6時半までは俺の家に電話して下さい。俺は6時半に家を出るので、その後は会場へ電話して、西廿日高校の…と名を名乗って、担当の方に伝言するようにして下さい」


 部員からはやや緊張したハイ!という返事が返ってきた。


「とりあえず俺からはこんなところです。何か質問はありますか?」


 音楽室内を見回したが、特に意見もなさそうだった。


「もし後から思い出して、聞いておきたいこととかあったら、俺の家へ電話して下さい。多分…12時くらいまでは起きてますんで。先生、ではこれで今日は解散ということで…」


「おう。じゃみんな、明日の朝、会場でな。元気な顔を見せてくれよ」


 ハイ!と、この日一番の元気な声が返って来た。


「ではこれで本日の部活は終了です。明日の朝、列車で会いましょう。あっ、そうそう!とりあえず分かりやすいように、皆さん、先頭の車両に乗って下さいね。これを追加しときます。では今度こそ…お疲れ様でした」


 お疲れ様でしたーと三々五々に声が上がり、部活は一応終了となった。


 直ぐ帰る部員、明日の予定を話し合う部員、色々といたが、俺は鍵閉めもあり最後までいなくてはならないので、楽器が搬出されて寂しくなった音楽室でしばらく待機していた。


「どうする?一緒に帰るか?」


 村山が座っていた俺に声を掛けて来た。最近では珍しいことだった。


「うーん、ちょっとまだやり残しとることがあるけぇ、先に帰っとってええよ」


「まだ何かあるんか?」


「まあね」


 実際は俺がやることなどもう何もなかった。しいて言えば音楽室の鍵を閉めて職員室へ返すだけだ。ただしばらく、1人になりたかった。


「じゃ、悪いけど先に行くわ。明日、先頭車両でな」


「うん、頼んだよ。いい席確保しといてくれや」


「ハハッ、取れるもんならな。じゃあ…」


 村山は、伊野、高橋という2人の女子と帰っていった。これで全員、音楽室から退室し、俺1人になった。


(伊野さんがおったんか…。だったら結局、用事を思い出したとか言って、学校に戻って来るじゃろうな)


 俺は1人で苦笑いしていた。


「フゥー…」


 やっとここまで来た。コンクールは吹奏楽部の最大の行事。明日の本番までに、実に色々なことが起きた。

 文化祭の後に曲決めをした直後、打楽器の大量退部。そして俺の打楽器への移籍。その間にあったクラスマッチで太腿を4針縫う大怪我をしたこと。石橋さんにその時は助けてもらったこと。

 合宿も盛り沢山だったなぁ…。

 初日に野口から根回し不足だと言われ、思わぬ言葉に気力が萎えてしまったこととか、遠い昔のことのように感じる。

 前田先輩の失恋の相談に乗ったり、女子バレー部の笹木キャプテンとの定例会議、精神的に追い詰められて行方不明騒ぎを起こしたこと。


 その全ての出来事が、明日の本番へ直結しているんだ。

 俺のティンパニーは即席栽培だが、この夏、全力で練習してきたつもりだ。


 明日はこの夏の全てを注いで、ゴールド金賞を絶対に獲ってやる!


<次回へ続く>

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