第83話 ーバスなら楽なのにー

「今日は朝の練習開始前に、昨日の夕方皆さんを動揺させてしまった、コンクール会場への行き方について、役員会議で決まった事を報告します」


 俺は翌日の練習開始前に、合奏体系になっている部員を前に、コンクール会場への交通手段の説明を始めた。


「まず最初に…。みんなが帰った後に、急遽役員会議で決めたことなので、ご不満の方もおられるかもしれません。でも、これが最善の方法だろうというパターンを役員のみんなで考えましたので、どうぞそのまま受け入れて下さい!何卒よろしくお願いします」


 俺は初めに誠意を見せないと、不公平だなんだと言われるかもしれないと思い、可能な限り事前に、不満を言わないでほしい…というニュアンスを仄めかした。


「上井先輩、ウチらは決まったことには従いますから、そんなに申し訳なさそうにせんとって下さい」


 瀬戸がそう言ってくれた。他の部員も、そこまで部長が卑屈にならなくても…という雰囲気のようだ。


「瀬戸、ありがとうな。じゃあ決定事項を発表します」


 部員がみんな俺を見ている。ミーティングと同じなのだが、何となく雰囲気も重く、久々に味わう緊張感だった。


「西条駅までのJRの往復切符代を、宮島口駅を基準として、コンクール前日に皆さんに支給します。これが決定事項です。よろしくお願いします」


 音楽室内は一瞬の静寂の後、少しずつザワザワしだした。

 俺を含めた役員はしばし緊張していたと思うが、表立った目立つ反対意見は無かった。


「それで決まったんじゃろ?じゃ、それで行くしかないよな」


 大上が先陣を切って、一言言ってくれた。正直、場の締め方に困っていたので、助かった。大上の一言は、他の部員の異論反論を遮る力がある。


「大上、ありがとう。というわけですが…こんな時の為に、部費を集めているんですが、どうやら噂では私がまだ先月分の部費を払ってないと、さっき村山とかいう方に教えてもらいましてですね…」


「おいおい、村山とかいう方ってなんや!俺や、俺。部長、7月分の部費、払ってくれや」


「あ、村山とかいう方、いらっしゃいましたか!すいませんねぇ、滞納しちゃって。後で払いますんで、ここは一つ…」


「今日中に払わんかったら、2倍になるけぇの!JR代の補助もなし!」


「厳しーっ!皆さん、部費は毎月末日までに、払いましょうね」


 俺と村山のやり取りは、実はある程度事前に打ち合わせていたのだが、お陰で緊張した場が、笑い声も聞こえたりして和んだのは良かった。


 だがどう村山に仕掛けるかは、俺のアドリブだった。

 表立って上手くいったな…とは言えないので、村山と俺の間でアイコンタクトし、OKサインを送り合った。


「じゃあ交通費については以上です。それでは今日の練習に移りますので、先生の登場までしばらく待ってて下さい。また今は決定事項の通知だけでしたので、よく考えたらこんな疑問があるよ?って方、後からこっそり私に相談しに来て下さいね」


 俺はそう言って指揮台から降りて、打楽器セクションに戻ったが、この説明に全力を投入してしまったため、戻るなり椅子に座り込んでしまった。


「上井くん、お疲れ様。凄い汗かいてるよ?大丈夫?」


 広田がそう言ってくれた。


「ありがとう〜。喉がカラカラだよ。実は昨夜からこの切符代のことばっかり考えとったけぇ、眠りは浅いし、今も力尽きた感じ…」


「先輩、大丈夫です?合奏、出来ます?」


 宮田が心配してくれ、声を掛けてくれた。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと水分補給すればね。でも反対意見が出なくて良かった…」


「そんなの、上井くんの最初の申し訳無さそうな顔見たら、とてもじゃないけど言えないって」


 ここでは田中先輩がそう言ってくれた。


「そうそう。アタシなんかはJRに乗る時は宮島口じゃけぇ、ラッキーとか思ったしさ」


 広田がニコニコ顔で言ってくれた。その笑顔が、今の俺には七福神のように見えた。逆に宮田が、疑問を呈してきた。


「先輩、アタシはJRだと、今は廿日市から乗ることになるんですよ。ちょっと宮島口から乗るより安いんかな?と思うけど、ええんですか?」


 宮田が、廿日市、五日市方面に住んでいる部員の意見として俺が想定していた通りのことを聞いてきた。


「そう思うじゃろ。でも、一人一人乗る駅を確認して、バラバラの金額を用意するのが大変ってのが一つ。それと、バスで移動する時は一旦高校に集まるじゃろ?じゃけぇ、みんなを仮に宮島口に一旦集合した形と考えて、その上で列車には最寄駅から乗るのでもOKにする、これが細かいスタンスなんよ」


「へぇ…。実は簡単に決めたようで、決まるまでは結構大変だったんじゃないですか?」


「うーん、まあ意見は色々あったけどね。俺は団体割引が取れんかった時点で、そうするのが次善の策じゃと思うとったんよ。一番悪いのは今年のコンクールの会場を、失礼じゃけど東広島の公民館に決めた、吹奏楽連盟だよ」


「ですよねぇ。だからお客さんもあまり入れないらしいですよ?」


「俺らや宮田さんはまだ来年があるけぇええけど、これで引退になる3年生の先輩には、なんか寂しい最後になってしまうな~って思うとるよ」


「上井くん、そんな心配してくれよるん?大丈夫よ。コンクールまで色々あったけど、大切なのは会場じゃなくて、みんなと演奏出来ることじゃけぇね!」


 田中先輩がそう言って、俺の肩を叩いてくれた。

 この話をちょっと離れた所で聞いていたのか、前田先輩も俺の方を振り向き、


「そうそう!アタシ達3年の心配までせんでええんよ?アタシは上井くんに誘ってもらって、最後のコンクールに出れることになった、今は感謝してるくらいなんじゃけぇ、ね」


 と言ってくれた。


「先輩方、ありがとうございます!更に先輩方の引退に華を添えるためにも、ゴールド金賞、狙いたいですね!」


「そうね。頑張ろうね」


 前田先輩がウインクしてくれた。


(どこまで俺を惑わすんだよ~)


 前田先輩が俺を単なる弟的に見ているのか、彼氏代役としてみているのか、今一つ距離感が掴めない。


 距離感が掴めないと言えば、小悪魔・若本もそうだった。


 この日の昼休み、弁当を食べ終わりちょっと寝不足を補おうと目を瞑ってウトウトしていた俺は、ふと肩を叩かれ、条件反射的に叩かれた方を向いてしまった。

 同時に若本の人差し指が、俺の左頬に突き刺さるのであった。


「っつー…。もう少し違う方法で起こしてくれ…」


「だって上井先輩、身体を揺さぶっても起きないんだもん」


「え?俺、身体を揺さぶられたの?いや、それで起きると思うけどな…」


「ウッソー。アタシは揺さぶってなんかいませんでした~」


「なんなんよ、若本は!」


「まあまあ先輩、怒らないで…。赤城が先輩に質問があるって。じゃけぇ、先輩の体を揺らしたんは、赤城が正解。先輩、それでも起きんけぇ、アタシが目覚まし時計の役を買って出たのよ」


「…というわけです。ヘヘッ」


 若本の背後から、赤城が顔を出した。


「どしたん?珍しいじゃん、赤城から俺に質問なんて」


「あのーですね、アタシ、コンクールの日は、JRは大野浦から乗ろうと思っとるんです。その場合、大野浦で買うべき切符は、西条までです?それとも宮島口まで自腹で買って、一旦途中下車して、西条まで買い直してもう一回JRに乗ればいいですか?」


「ふーん、なるほどね…。赤城は普段はどうやって高校まで来とるん?」


「チャリですよ~。雨降ったら面倒じゃけど」


「そっかー…。じゃあ途中下車すると割高になるけぇ、大野浦で西条までの切符、買ってしまいんさい。その方が安くつくけぇ」


「はいっ、赤城、了解しましたっ!同じ大野浦から乗る人にも、そう言えばいいです?」


「そうじゃね。大体は赤城と同じ大野浦中の子やろ?」


「ですねー。同期ばかりかな?」


「じゃ、大野浦班隊長ということで、頼んだよ!」


「わわっ、隊長なんてゆー柄じゃないですぅ。隊長は他の方に是非…」


「でも大野浦から乗ります申告してくれたんは、赤城だけじゃけぇ。頼んだよ!」


「うぅ…ガンバリマス」


「いつもの元気がどっかへ消えちゃったよ。赤城さーん?」


「ハイ」


「赤城さんは元気じゃなくちゃ!な?目覚まし屋のワカモッチャン」


「あっ、先輩まで…。その呼び名はワカ様限定なの!広めないで~」


「どうして?いい呼び名だと思うけどな~」


「アタシがどうかしまして?」


 そこへ若菜まで現れた。


「おぉ、若菜が付けたワカモッチャンって、若本の呼び名として結構いいよね?」


「あー、やっぱり?親しみやすいでしょー、先輩」


「えーん、劣勢だわ、アタシ…。じゃ上井先輩、若菜さんもワカ様と呼んで下さいよぉ」


「いや、若菜は…若菜だよ。中学の時からそう呼んどるし」


「えーっ、不公平極まりない!副部長に訴えますよ!」


「あ、それだけは…」


 そんな俺と1年女子のやり取りを、やや遠くから眺めていたのが大村と神戸だった。


「赤城さんみたいに、切符の質問がこれからも出て来るかもしれないと思うの。そんな時は上井くん任せでいい?それとも…」


「いや、上井任せにしよう、逆に。聞く役員によって言うことが違ったら困るし。そこは村山と伊野さんにも言っとくよ」


「でも上井くん、元気を取り戻したみたいね。合宿最終日には行方不明になったんでしょ?」


「ん?俺、チカちゃんにその話したっけ?…まあ、あれは一時的なもんじゃろ。良く言えば別室で1人で色々考えてたらそのまま寝ちゃった…と」


「…悪く言えば?」


「…俺らを困らせてやろうとか…」


「いや、上井くんはそんなこと考える人じゃないってば!」


「どしたん、チカちゃん。上井のことでそんなに…」


「ごめん、アタシもつい言い過ぎたけど、でも上井くんは…」


 俺が1年女子のトリオ漫才を聴いていると、大村と神戸が珍しく喧嘩っぽく会話してるのが見えた。


(1年以上付き合ってると、マンネリとかあるのかな~。でもほぼ1年の山中と大田はプールでラブラブだったしなぁ…。やっぱり恋愛は怖いや、俺には…。こんな感じで若本達と戯れとるだけでいいや)


 そんなことを考えつつ、午後の合奏が始まるまで寝ていたかった…という野望が砕かれたのは悔しい反面、後輩達の変わらぬ楽しさ、元気さを見られて、ホッとした。


(さて、ウォーミングアップでも始めるかな…)


<次回へ続く>

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