第82話 ー部長はツラいよコンビ再結成ー

「よく考えたら、アタシ、上井くんと2人で学校から帰ったこと、あったっけ?」


 俺の不用意な発言で笹木を動揺させてしまったお詫びに、宮島口駅の待合所で数本列車をやり過ごしたのだが、もう大丈夫と笹木が言ってくれたのを機にホームに入り、次にやって来る岩国行の列車を待った。

 ちょっと時間が遅かったので、駅構内のたこ焼き屋が閉まっていたのは残念だった。


「んー、高校内では結構喋っとるけど、いざ登下校の時となると、もしかしたら初めてかもしれんね…でも忘れとるだけかもしれんし…」


「その辺は気にせんでもええよ。アタシも忘れっぽいけぇね、ウフフッ」


 2人して笑った。やっと笹木のいつもの笑顔が戻って来た。


「もう中3の時の思い出は、出尽くした?」


「そうね…。個人的な思い出は上井くんに話しても面白くないだろうけど」


「いや?もしかしたら俺にとっても面白いかもしれんよ?」


「ハハッ、まぁ、そうかもね。アタシが上井くんの吹奏楽部での話とか聞いてても、面白いってことがあるもんね」


「そうそう。よく俺の話はするけど、笹木さんの中3時代の話…、なんで西廿日高校にしたのか、とか知らんしさ。一度聞いてみたかったんよね」


「そうじゃね。アタシの中3時代の一番の思い出は…さっきも言ったけど、上井くんを好きだったこと」


「ちょっ、それは俺が照れるって…」


 俺は、また顔が熱くなるのを感じた。


「いいじゃん。アタシはもう消化しとるもん。その他は…女子バレー部にすんなり溶け込めたのが、嬉しかったな。やっぱり千葉から引っ越してきて、不安だった頃のことが一番大きいよね」


「ああ、そうだよね。俺も横浜から引っ越してきた時、周りは誰も知らないって環境で大丈夫かな?って不安はあったし。それと部活の途中入部も、俺と同じじゃもんね」


「俺と同じって…。え?上井くんは吹奏楽部に、最初から入っとった訳じゃないん?部長までしてたでしょ?」


 ここで丁度、列車が入って来た。

 動き出した列車の中で、笹木に吹奏楽部入部の経緯を話し始めた。


「中2の春に、1年生の入部と同時に入ったんよ」


「ホンマに?1年の時は何しよったん?帰宅部?それとも他の部活?」


「いや~、黒歴史なんじゃけど、新聞部とかいうのに入っとってね。男は俺だけ」


「なにそれ。ハーレムじゃん!なのに黒歴史なん?」


「まあ…色々あってね。幽霊部員になっとったんよ。その内、活動を何もしてないってことで中1の秋に学校から廃部させられちゃってね」


「…何か闇を抱えてそうな部活ね」


「ま、廃部になったお陰で、俺は晴れて1年の途中で、幽霊部員から帰宅部に入部出来たんよ」


「帰宅部に入部って…ハハッ、上井くんらしいわ~」


「そこで運が良いのか悪いのか、1年の時も担任が竹吉先生じゃったんよね」


「ほぉ、なるほど」


「吹奏楽部もやっぱり男手を欲しとってさ。最初は同期の男子が1人おったらしいんじゃけど、1年の2学期にお父さんの転勤で転校してったみたいなんよね。で、女子だけになってしもうたけぇ、3学期になったら先生の激しい勧誘攻撃が始まったんよね」


「うーん、その光景が目に浮かぶようだわ…」


「じゃろ?もう最後は逃げられんようになって、途中入部したんじゃけどね。俺は笹木さんと違って、なかなか溶け込めんかったよ」


「へぇ…。でもアタシが転校してきた時は、もう部長だったじゃない?溶け込めてないと部長にはなれないよ?ましてや…その、途中入部で…」


「いや~、最初は溶け込めんかった。嫌で嫌で仕方なかったよ。楽譜は何が書いてあるのやら分からんし、楽器もバリトンサックスっていう、首と右手親指を痛める重たい楽器だしね。多分笹木さんも文化祭とかで俺が吹いとるのを見たことはあると思うけど…。ほら、この右手親指を見てよ」


 俺は笹木に、右手の親指の関節を見せた。そこは左手の親指と比べると一目瞭然で、ぷっくりとタコが出来て膨らんでいる。ある意味では、俺の勲章のつもりだった。


「わぁ…。結構比べると目立つね。楽器を吹いてても、そういうタコみたいなのが出来るんじゃね。知らんかったわ。でもそんなタコが出来ても、どっかのタイミングで吹奏楽が好きになったんでしょ?じゃけぇ、高校でも続けて、また部長も務めて…」


「そうやね。中2の夏のコンクールが大きいかなぁ。金賞を獲ったんよ」


「金賞?今上井くん達が目指してる賞だよね?なかなか獲れんのじゃろ?」


「そうなんよ。それをビギナーズラックみたいな形で獲れてね。結果発表を待つまで、他の中学校の演奏とか聴いとってもなんか吹奏楽って華やかだな、楽しいな、って思えてきて。その時演奏した曲には、たった1小節だけど俺のソロもあってね。ステージで演奏する快感みたいなのを覚えたんよね。後は練習の時の、竹吉先生の褒め殺しかな」


「ソロかぁ。カッコいいね!先生の褒め殺し?なんか想像できる~アハハッ」


「褒め殺しは、まだ俺が楽器に不慣れで悪戦苦闘しとる時じゃけどね。で、気付いたら文化祭の後に役員改選だ、部長をやれって言われて…。まあ途中入部で部長なんかやったから、一部の同期は反発しとったけどね。そのせいで多分白髪が50本増えたと思うよ」


「ハハッ、白髪が50本って…、数えた訳でもないでしょ?上井くんらしく言うとるけど、その時は苦しかったじゃろ?具体的な嫌がらせみたいなのもあったん?」


「うん…。殆どは副部長さんが対応してくれて、俺の耳には入らないようにしてくれとったんじゃけど、ある時帰り道に反乱軍に掴まってね。あの時は…辛かったよ」


「反乱軍に掴まったって…。淡々と言うとるけど、いつ頃?部長になったばかりの頃?それとも今の話の流れ的に、結構後半になってからかな?もうチカちゃんと付き合いよった頃?」


「そう、あの人と付き合っとった時やね。体育祭の後じゃけぇ」


「あ、アタシも思い出してきたよ。上井くん、体育祭で実況してたじゃん?何競技か喋ってたけど、最後の全学年リレーだっけ、あれ、凄かったね!アタシは赤組優勝ってので舞い上がってたけど、よく考えたら上井くんの実況も、中3が喋るようなレベルじゃなかったよ。その後、1年の女の子が、実況で助けてくれたって言って、わざわざ上井くんを探し出してお礼を言いに来たじゃない。それくらい、凄い実況だったんよ」


「ああ、あれは単にプロレスの古舘伊知郎の真似をしただけじゃけぇね、大したことじゃないよ」


 そう謙遜はしたが、笹木がまだ2年前の体育祭のことを覚えていてくれたことは、とても嬉しかった。


「上井くん、プロレスも好きなん?とてもそんな風には見えんわぁ」


「いや~、これでも横浜の小学生時代は、砂場でプロレスごっこしよったよ。テレビで見て覚えた技を掛け合ったりしてね」


「ほうなんじゃ。でも体育は…?」


「依然として苦手やねぇ。体育にプロレスがあればええんじゃけど」


「まあ、流石にそれは難しそうね…って、結局アタシが上井くんの過去を聞く場になっちゃってるよ。アタシの中3時代の話はどっかに飛んでっちゃったね」


 列車もそろそろ玖波駅に到着すると、車掌が伝えていた。

 俺と笹木は玖波駅で下車し、改札を通り抜けた。


「なんか新鮮じゃねぇ、上井くんと一緒に帰るなんて」


「そうじゃね。でもいつもは大体、俺より笹木さんの方が遅いんじゃないん?」


「そうかな?」


「俺らが部活終わっても、まだバレー部の練習は続いてたり、部室で着替えよったりしとるじゃん」


 何気なく言った俺の一言が、笹木には気になったようだ。


「…ん?今、聞き捨てならないことを言わんかった?」


 そんなに怒った口調ではなく、むしろ楽しみつつ言ってきたような感じだったが、笹木は俺の一言を掴まえてきた。


「げっ、なんじゃろ?なんの地雷踏んだ?」


「あのねぇ…。『部室で着替えよる』ってとこ!」


「あー、それね!」


「もしかして上井くん、女子バレー部の部室、覗いたのぉ?」


「ハハッ、夏場の話じゃって。今も夏じゃけど。どのスポーツ系部活も、部室はあるけどクーラーまではないけぇ、窓全開じゃろ?それが高校からの帰り道に、よう見えるんよ」


「そう言えば…そうじゃね」


「ある日、偶然だよ?窓全開で着替えとる女子を見てしもうたんよ。いや、こんな大胆なことするのは女子バレー部じゃないんか?って思ってね。詳しい部室の割り当ては知らんけぇ、他のバスケ部とかテニス部かもしれんけど、何故か俺は女バレに違いないって決めつけてしもうたんよ」


「まっ、まぁ、アタシらもイチイチ気にしとらんけぇ、窓が開いとっても平気で着替えるけどさ。…上井くんは目撃した女の子が誰か、までは知らんのね?」


「分からんよ、遠いもん。背中向けとったし、何年生かとかも分からんし。視力が5.0くらいあれば色々とクッキリ見えたんじゃろうけどなぁ…あ~ぁ…」


「なんで悔しがってるのよ!」


「そりゃ、健全な高2の男子じゃもん、仕方なかっぺや?」


「プッ、なんで東北弁が出て来るのよ。じゃけぇ上井くんと話すと楽しいんよね」


 俺達はすっかり暗くなった玖波駅から俺や笹木、そして中学の時の同級生で吹奏楽部だった川野という女子が住む社宅へと歩いていた。


「いつもは笹木さん、1人なん?」


「うん…。林の愛実ちゃんは大竹駅じゃけぇ、一緒に帰ることはあっても、玖波でバイバイなんよね。駅からはいつも1人よ」


 林の愛実ちゃんというのは、俺と同じ緒方中から西廿日高校に進学した同期生だ。ただ今まで中高を通じて一度も同じクラスになったことがない。だけどお互いに存在は知っている…という感じだった。


「他に大竹方面の中学から女子バレー部に入った同期って、おらんの?」


「うーん、最初は久羽中の子がおったんじゃけどね。仮入部期間が終わったら辞めちゃって。テニス部に入ったんだったかな…」


「あー、おるよね。仮入部期間に現れて、期待させておいて本入部でいなくなるヤツ」


「吹奏楽部も?」


「もちろん。去年の、俺らの同期にあたる生徒や、今年の春も…。まぁ今年は俺の不甲斐なさのせいで、仮入部後以外にも、文化祭の後に1年生が一気に辞めてしもうたけぇ、部長の責任を取って、辞職しようかと思ったもんね」


「そこまで考えるほど、1年生が辞めたの?」


「そう。打楽器なんて今年は充実しとるな~って思ってたのが、一夜にして1年生1人になっちゃったし…」


「それは…部長としては責任感じちゃうよね。分かるよ」


「それで今は、その打楽器に移籍したんよ」


「え?そんなこと初めて聞くよ?」


「あれ?合宿とかで言わんかったっけ?」


「うん。アタシ、合宿の時もシャワー時間の調整とか、3年生の横槍とかの愚痴を上井くんに聞いてもらったりしとったけど。へぇ、打楽器に移っただなんて…いつから?」


「その文化祭の後に顧問の先生と話しして、自分で言うのも恥ずかしいけど、1年生の大量退部の責任を取りたいって言ったら、部長を辞めるとかは言わんとってくれ、って言われて…」


「凄いじゃん、上井くん。先生に部長を続けてくれなんて、なかなか言われないよ」


「じゃけぇ、この話は自分が恥ずかしくなるし自慢っぽくなってしまうけぇ、あまり誰にも言うとらんのかな?とにかくじゃあこの打楽器問題を解決するために、部長として打楽器に移籍します、っていう話に変えたんよ。それで、バリトンサックスから打楽器へ移って、あと中学時代に打楽器で高校ではホルンを吹いとった女子も打楽器に移りますって手を挙げてくれてね。なんとか超最低限の3人は揃ったんよ」


「いやぁ…。吹奏楽部も色々大変な局面があったんじゃね…。でもそんな中でも、チカちゃんとは話したりせんかったん?」


「ま、まぁ…。あの人だけじゃなく、他の誰にも相談はせんかったかな…。あ、サックスのメンバーには、事前に伝えたよ」


「ふーん、そうなんじゃね」


「結局笹木さんの中3時代の思い出話とか聞きたかったのに、俺の話になってもうた。なんでやねん!」


「ハハッ、今度は関西弁だし!でもさ、家は近所で同じ駅を利用してて同じ高校に通うとるんじゃもん、また話せるよね、きっと」


「そうやね。縁は切れとらんよ、中3の時から」


「あーっ、アタシの言葉パクっとるし!」


「バレたか…」


「でも…ありがと、上井くん。下校する時、走って追い掛けて良かったわ。楽しく帰れたよ」


「いや、途中で泣かせてしもうたやん。悪いヤツだよ、俺は」


「あっ、あれはアタシの水分が勝手に暴走したけぇ…」


「笹木さんもありがとね。部長は辛いよコンビ、継続でよろしく!」


「オッケー!じゃ、また色々と話そうね、今の悩みや昔話とか。おやすみ~」


「おやすみ!」


 同じ社宅に住んでいるとはいえ、棟は違うので、社宅の門で笹木と別れた。


(今日は夕方以降、色々あったな~。団体割引の話とか、遠い昔みたいだ…。でも明日の部活で説明せんにゃならんし…)


 満天の星空を見上げつつ、明日以降に向けて再び策を練らなければ…と思った。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る