第81話 ー実は意外な組み合わせー

「上井くんじゃろ~?待ってよ」


 俺が宮島口駅へ向かってのんびり一人で歩いていると、高校の方から走ってくる女子がいた。


 俺のことを後ろ姿だけで見分けられ、ちょっと走ってでも追いつこうとしてくれる…。


 こんな嬉しいことはないのだが、それだけ俺とは長い付き合いがある吹奏楽部以外の女子となると、かなり限られてくる。


 俺も歩みを止め振り向いた。


「笹木さんじゃろ?」


「当たりーっ!はぁ、結構走ったわぁ。引いた汗が、また噴き出ちゃった」


「でも笹木さんなら、汗をかいてても爽やかじゃね。さすがバレー部ってとこ?」


「えー、汗は汗だよ。爽やかな汗なんてないよ」


「そうなん?」


「そんなのはテレビの中だけの汗よ。でも上井くん、吹奏楽部の練習って、結構前に終わったんじゃない?今までずっと音楽室で何かしとったの?」


 笹木はハンドタオルで汗を拭きながら、ゆっくり俺の歩みに合わせて歩きつつ、話し掛けてきた。


「よくご存知やね〜」


「吹奏楽部の練習の音は、校内によう聴こえよるもん。蒸し風呂の体育館で休憩の時に吹奏楽部の練習しとる曲が聴こえたら、一服の清涼剤なんだよ~」


「へぇ、そんな効果があるん?」


「来週じゃったっけ、コンクール?」


「そうなんよ。じゃけぇ、ちょっと焦りが出よるんよね、個人的にも」


「本番一週間前とかだと、焦って当たり前やって。アタシらも重要な試合の一週間前くらいになると、色々落ち着かんようになるしね。気持ちは分かるよ。でもさ、2曲?3曲?演奏するのかな、その内の1つが、凄い爽やかな曲じゃない?アタシ、その曲の題名も何も知らんけど、休憩の時に聴こえてきたらいい曲じゃわ~って聴いとるんよ」


 笹木から意外にもそんな言葉が聞けるとは思わなかった。

 多分「風紋」を指しているのだろうと思ったが、1学期の期末やクラスマッチが終わってから、これまでずっとコンクールの課題曲「風紋」と、自由曲「オーストラリア民謡変奏組曲第3楽章・第4楽章」ばかりを練習しているので、特に合宿が同時期だった女子バレー部には、馴染みのあるメロディーになってきているのかもしれない。


「そんな風に言ってもらえると、励みになるよ~」


「ホンマ?言うだけならタダじゃけぇ、いくらでも言ってあげるよ?」


「いや、たま~に一言言ってもらえるんが、価値があるんよ。じゃけぇ、さっきの一言は、大切な言葉として胸に仕舞っとく」


「上井くんの胸?仕舞えるほどあったっけ?」


「なっ、失礼な!男女が逆みたいなことを聞くなってば。ガリガリじゃけど、ちゃんと、ちゃんと……笹木さんほどはないけど」


「アハハッ、アタシの胸なんて、もはや筋肉みたいなもんよ?だからって触らせんけど」


「いやいや、神聖な笹木さんの胸を触ろうだなんて、これっっっぽっちも思うとらんけぇ。安心してや」


「…そう言われると、なんかムカつくんだなぁ、これが」


「ハハッ、こんな会話しとったら、中3の頃を思い出すよね」


「えっ?」


「笹木さんと会話してるとさ、いつの間にか話が脱線して…気付いたら漫才みたいになってるんだよね」


「それは…今も変わらんでしょ?ほら、先週の合宿の時も、夜に上井くんとアタシが部長会議として会話してると、メインテーマを忘れてどんどん脱線していって…」


「今も変わらんって、良い言葉やね」


「どうしてもアタシ達って成長して、立ち位置が変わって来るし、会話の内容も変わって来るじゃない?でもアタシも上井くんとだとね、なんでだろ、中3の頃みたいな、まだ悩みもそんなに深くなかった頃に戻っちゃうんだ」


「お互い、良い関係だよね…。これが神戸さんみたいに一度付き合ってフラれちゃうと、もう喋れなくなっちゃう。俺の悪い癖でもあるんじゃけど」


「上井くんの場合は…半分は仕方なくて、半分は上井くんの意地じゃない?」


「意地?俺の?」


 笹木の新たな意見だった。


「今、吹奏楽部で2人はどれくらいの距離感なのかは知らんけど、チカちゃんは多分、上井くんと普通に話したいって思ってるはず」


「やっぱりそうなのかなあ…」


 俺は生返事をしてしまったが、神戸千賀子が去年とは違って、俺との距離を縮めようとしているのは分かっていた。野口も何度もそう言っているし。

 俺自身、部長としてどうしても副部長に話をしないといけない時は、ぎこちなくなってしまうが、神戸に話し掛けていた。

 ただその話し方が、事務的なだけだ。

 これをフレンドリーにすればいいということだろうか?


「まあアタシだってさ、転校してきた時に最初に話し掛けてくれた時から、上井くんは性別を超えた親友って思っとるけぇ、その親友がチカちゃんから受けた傷が多すぎて深すぎて…っていうのは、痛いほど分かってるつもりよ。去年も同じクラスになったしね」


「まあ、同じような経験してる男子は…女子でも、なかなかこの年ではいないと思うよ」


「それでも…。高校を卒業するまでには、上井くんとチカちゃんは笑い合って話が出来る関係に戻ってほしいな」


「うーん…」


 本当はそんなのは簡単なことなのだ。

 笹木にズバリ指摘された、俺の意地、プライドさえ捨ててしまえばいいだけなんだ。

 だけどそれが出来ない…。


「アタシさ、今でも中3の時の林間学校を、思い出すよ!」


「へ?また唐突な…」


 笹木は話題転換とばかりに、2年前の林間学校の話をし始めた。


「あの林間学校は、アタシ達の人間関係を一旦破壊して、再構築した行事だと思うんだ」


「一旦、破壊した?」


 意外な言葉に俺は驚いた。


「そう。だってね…。今だから言えるんじゃけど、アタシ、転校してきてから林間学校まで、上井くんのこと、好きじゃったもん」


 笹木は俺にしてみたら爆弾発言をした。当人はもう時効成立のような感じで淡々と話しているが…。


「はい?えっ?ちょっ…な、なにそれ?」


「もう1回言わないとダメかな?アタシ、中3の1学期、上井くんに片思いしとったんよ」


「あっ、あのっ、それ、ほっ、本当?」


「本当よ。本人が言うとるんじゃもん」


 俺はどう言葉を返せばいいか、分からなくなっていた。


「照れて顔が真っ赤になるのも変わらんね」


「…本能じゃけぇ…」


「じゃけぇね、林間学校の班を決めた時、上井くんは班長に立候補したじゃろ?で、アタシを選んでくれた。わ、これはもしかしたら…って思ったんよ?」


「……」


「でも上井くんの本命は、チカちゃんだった。でしょ?」


「そ、その時は…」


 俺は嫌な汗が背中を伝うのが分かった。


「大丈夫よ、上井くん。アタシはなんとも思っとらん…というのも嘘になるけど、アタシは班替えした後も上井くんと一緒の班になって、色々話したりして親友関係みたいになれて、今もこんな風に喋れてる。こっちの方が合ってる、って思うとるけぇ」


「でも、笹木さんには辛い思いを…させた?」


「うーん、アタシが諦めたのは、チカちゃんが机を上井くんの横に動かした時かな。だってね、チカちゃんが上井くんを見る目が、林間学校の前と後で、全然違うんよ!気付いとった?その時」


「いやっ…。さすがに机を動かして俺の横に来た時は、ひょっとしたら、とは思ったけど」


「結果的にね、そのチカちゃんの大胆な行動で上井くんを諦めたのが、アタシと松下さん」


「えっ?松下さんまで?」


「松下さんは当然というかさ、上井くんが一日靴を貸した相手じゃん。上井くんに惚れないわけないってば」


「そう言われればそうじゃけど…。今アメリカに行っとるから本当かどうか確かめられんのが辛いな」


「そうか、留学したって言ってたもんね。あとは残念なのが、芝田さんの本音が読み取れんかったことかなぁ。あの子、おとなしかったじゃろ?なんで上井くんは芝田さんを選んだん?」


「いや…。同じ吹奏楽部で料理が得意ってのをどっかで聞いたけぇ…」


「ふーん。ちゃんと理由があるのね。じゃ、アタシを選んだ理由は?」


「攻めて来るねぇ、今日の笹木さんは」


「今まで、中学の時の話なんてあまりしなかったじゃない?今日は…どっちが先に中3時代を思い出すって言うたんかいね?」


「お、俺です、はい…」


「じゃあもう少し昔話をしてもええよね。ね、アタシを林間学校で同じ班に選んでくれて、糠喜びさせてくれたんはなんで?」


「…上手く言えんけど、住んでる所も近いしさ、俺も親近感は持ってたんよ、笹木さんに」


「ホンマに?」


「ホンマだってば。じゃけぇ、笹木さんがおってくれれば、明るい班になるな、って思ったのが一番。まあ、俺が喋りやすいってのもあったけど」


「なるほどね。でも班長会議?で、一番に指名したのは、チカちゃんじゃろ?」


 核心を突かれ、俺は少し動揺した。


「そこはお代官様、お察しくだせぇ…」


「ふむふむ。良きに計らうがよい。なーんてね。あーっ、でもスッキリしたな!」


「スッキリ?」


「そりゃあもう。実はアタシが上井くんのことを好きだった過去がある、なんて今更言えないし、言う相手もおらんし。アタシの密かな失恋記録として心に秘めておくだけかな~なんて思うとったけんね」


「それを2年後、まさか成り行きとはいえ本人に言うとはね…」


「へへっ。でもさ、上井くんに失恋した後も、上井くんはそんなアタシの気持ちなんて知らんけぇ、普通に話し掛けてくれたじゃろ?それがアタシには、嬉しかったんよ」


「えっ、そんなもん?」


「うん。上井くんとの繋がりは切れてない、って思えたけぇね」


「そっかー。そんなところは、やっぱり女の子じゃね」


「またぁ。照れるようなことを言うんじゃけぇ…」


 少し笹木が、はにかんだ表情を見せた。


「まあ、俺との話は大体分かったけど、今は?今は誰か好きな男子とか、おらんの?」


「今?今はバレーボールが恋人よ!」


 笹木はアタックするポーズをしながらはぐらかそうとしたのが分かったので、逆に問い詰めてみた。


「またそんなこと言うし…。そういう丸い物じゃなくて、人間のオス対象で…」


 すると笹木は急にそれまでの雰囲気からガラッと変わり、俯きながら言葉を選んで答えてくれた。


「…おらんことはないんよ。でもね、叶わないのが最初から分かってるから…」


 急にしんみりしてしまった。


「なんか…深く聞けないよ?」


「そんなに気にせんとってね。既に彼女がおる人を、好きになってしもうただけじゃけぇ」


「…笹木さん…」


「ん?」


「それが誰か、とは聞かんけど、無理してない?大丈夫?」


「…無理は、してないよ」


「俺に昔…ってほど前でもないけど、よく言ってくれたじゃん。無理は良くないって。本当に大丈夫?」


「上井くん…。アタシにも優しいんじゃけぇ…。変わらんね、昔と」


 笹木は感極まって溢れそうな涙を堪えながら、そう呟いた。ゆっくりと2人で歩いてきたが、宮島口駅に着いた。


 だがここで別れるわけではない。


 2人とも同じ玖波駅までJRを利用するから、不意に泣かせてしまった笹木が落ち着いてから、電車に乗ろうと提案した。


「いいの?上井くん…遅くなるよ?」


「ええんよ。部活じゃったって言えば」


 ん?このセリフ、どっかで最近聞いたような…。


<次回へ続く>

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