第79話 ー団体になれない?ー

「えっ、そうすると団体割引の対象にはならないってことですか?」


『そうですねぇ…。誠に申し訳ありませんが…。申込期限も過ぎておりますし…』


「でも先ほどのお話だと、仮に申込期限内でも、俺らは団体扱いにならないんですよね?」


『そうです…。誰か引率の先生がおられないと、無理なんです』


「マジですか…」


『申し訳ありませんが、次回またこのような機会があれば、どうぞお早目にご相談下さいませ』


 最後に宮島口駅の社員はそう言って、電話を切った。

 この年の4月に国鉄が分割民営化されて、広島はJR西日本という会社が国鉄の後を引き受けたが、駅員さんを社員と呼ぶことには、なかなか慣れなかった。ただ言葉遣いは、丁寧になったな…とは思ったが。


 この年のコンクールは、いわゆる良い会場が広島県内で見付からなかったのか、東広島市立公民館という、華々しいコンクールが開催されるとは、なかなか連想しがたい場所で行われる。

 主催者側は、駐車場が足りないことと、会場が西条駅から徒歩5分と近いことから、楽器運搬用のトラック以外は出来るだけバスではなくJRを使って会場へ来るよう、呼び掛けていた。


 俺は鉄道が好きだったのでセノハチを体験出来る!と、逆に嬉しかったが、楽器運搬のトラックに同乗するのは福崎先生と決まったため、約40人の部員の移動は、俺が統率する電車移動となった。


 そこでコンクール1週間前の8月19日の部活後、ミーティングを開く前に宮島口駅に、団体割引の申し込みの相談電話を掛けたのだが…。


 まず申込期限を過ぎていることを言われ、次に学生の団体だとどうしても必ず引率する先生が必要だとも言われた。


 ちなみに申込期限は2週間前が〆切とのことで、単純にコンクール本番の日から逆算すると、夏季合宿最後の日が申込締め切り日だったことになる。


 俺は2週間前で〆切なのは知らなかった、引率の先生はトラックに乗るからいないというのも強調し、部長の俺が引率者の代表になると言って、何とかならないかと粘ってみたのだが、結局断られてしまった訳だ。


 今日はコンクールの1週間前、まだ団体の申し込みも大丈夫だろうと思い込んで、細かいルールを知らなかった俺が悪かったのだが、団体割引の恩恵を受けられないとなると、部員1人1人が切符を買って列車に乗り込むしかない。


 そのことをミーティングで説明せねばならなくなったのだが、事前に任せとけ!と偉そうなことを言ってしまっていたため、各自の自己負担で定価の切符を買って、予定の列車に乗り込めと言ったら、凄まじい非難を浴びそうな気がした。


 足取り重く、ミーティングを待つ、夕方の音楽室へ戻った。


「お帰りなさーい」


 部員はみんな、俺と宮島口駅の電話が上手くいったものと信じて、ニコニコと出迎えてくれた。

 仕方ない。事実を告げた上で、改めて来週の本番の移動方法を考えねば…。


「えー、只今戻りましたが、えーとですね、あのー、JRさんはですね、えー、非常に冷たくてですね、えー、団体割引は取れませんでした!」


 みんなの顔が固まる。しばらくの沈黙の後、「え?」「なんで?」「どうして?」といったザワメキが、音楽室を覆うようになった。


「ですよね、皆さんの不思議な気持ちは、私も今この心にグサグサと突き刺さっているところですけど、原因は2つありました」


 2つの原因ってなんですかー?と、元気がいい1年の神田が代表するような形で声を上げた。


「ではご説明いたします。1つ目!申込期限は9ヶ月前から2週間前までだった!2つ目!学生の団体割引には引率の先生がいないとダメと言われた!以上です!」


 そう言うと、一斉にうわーっ、マジかー、何それーという声が上がったが、鉄道好きを自負している俺ですら、団体割引の決まりを初めて知ったのだから、部員のみんなが初めて聞くルールのように感じるのも当然だ。


「ちょっと迂闊でした、俺が。学割のルールは知ってたので、同じようなもんだと思ってたんですけど、団体割引のルールは全然違うってのを、思い知らされました。皆さん、ごめんなさい。そして、改めて当日の行き方を考えなくちゃいけません。合わせてお詫びします」


 俺はそう言って、みんなの前で頭を下げた。


「まあまあ、しょうがないよ。この中の誰も…多分先生も含めて、団体割引のルールなんて知らんかったと思うけぇ」


 副部長の大村が、部員からクレームが上がるのを事前に制するように、言ってくれた。


「確かにそうよね…。学割みたいに、使いたい前々日くらいに事務室へ証明を申し込んで、その証明書を持って行けばいいんでしょ?って思うよね」


 前田先輩が更に俺を助けるかのように、そう言ってくれた。

 とてもありがたかったが、前田先輩の顔を見ると、つい唇に目が行ってしまう…。


(あの唇と俺の唇が、触れたんだよな…)


 俺の事実上のファーストキスを、どうしても思い出さずにはいられない。

 前田先輩はそんなことは億尾にも出さず、普通に振る舞っているけど、内心はどうなんだろか…。


「そうしたら、改めて会場への行き方を考えんにゃあいかんのですが、どうしましょう?」


 村山が立ち上がって話し出し、俺は我に返った。

 多分、下を向いてボーッとしていたため、団体割引失敗で落ち込んでいると思ってくれたのだろう。

 実際にJRの切符代は、部費を集めた会計から払う予定にしていたので、村山が話をしてくれるのも一向に問題はないし。


 …ただ俺が下を向いてボーッとしていたのは、前田先輩とのキスを思い出していたからで…。


 いかんいかん、モテない男がそんな場面に囚われちゃダメだ!現実に帰れ!


「最初はさ、宮島口にみんな一回集まる予定にしとったじゃろ?団体切符の予定じゃったけぇ」


 俺は頭を切り替え、計画の練り直しを考え始めた。


「ねぇ、上井くん?」


 と声を上げたのは、大田だった。


「アタシ、五日市の奥じゃけぇ、ホンマは最初の宮島口集合ってのが、実は辛かったんよ。多分ね、五日市、廿日市、阿品や佐伯の方の子達は、宮島口に集まるとなると、一旦遠くへ集まって、また戻ってくるような感じになるんよ。じゃけぇね、団体割引が認められんかったのを逆手に取って、みんなのJR最寄駅から乗れるようにすればええと思うんじゃけど、どうかな?」


「なるほどね…。確かに俺の場合は、宮島口は通り道じゃけど、わざわざ出てきて引き返す形になる部員もおるってことじゃね」


 大田の言った案に、主に廿日市方面の部員がサンセーイと声を出していた。


「じゃあ上井、後は役員で行き方と帰り方を決めて、明日の部活で発表することにせん?」


 大村がグイグイと引っ張る。大村は夏の合宿を機に、一皮剥けたような気がする。ただ8人集まったナタリーのプールでは、一言も会話していないので、その点はちょっと不気味だが…。

 俺の不安要素、神戸副部長と伊野沙織も、役員会議も仕方ない、という雰囲気に見えた。


(合宿の時みたいに、大村に仕切ってもらおうか…)


「はい、ではこの後、役員でちゃんとした会場との往復方法を話し合って決めたいと思います。明日発表するけぇ、休まずに、来てね?」


 変な締め方をしたら、アチコチで失笑が漏れてしまった。どうも今日はバイオリズムが悪い…。


 そのままミーティングを終え、役員5人は残って、とりあえず合奏体系になっている席のフルートの辺りに座り、話し始めた。


 まずは大村が口火を切った。


「えっと、こういう形式で話す時は、俺が仕切った方がええんじゃないかなと思うとるけど…上井、それでもええ?」


「ああ、勿論。頼もうと思ったくらいじゃ」


「じゃ話が早い。俺が進行役するけど、最初は会計の中から、団体割引の切符を買うって言いよったじゃろ?それは勿論、宮島口から西条までの本来料金に、俺らの人数を掛けて、割引率が分からんけど、とりあえず何パーセントか割引率も考えて計算しとった、ってことでええよね、村山?」


「あっ、俺?あのさ…恥ずかしいけど、割引率はテキトーじゃった。ちゃんと調べりゃ良かったんじゃけど」


「テキトーで、何パーセントと見積もっとったん?」


「…半額…」


「小学生じゃないんだし、半額はないんじゃない?」


 珍しく神戸が発言した。大村が進行役だから話しやすいのか、それとも…。


「まあ、俺もちゃんと調べとらんかったけぇ、申し訳ない。金出しゃええんじゃろ?みたいな気持ちでおったけぇ…」


「じゃあもし上井くんが今日宮島口駅に電話せんかったら、もっとマズいことになっとったんじゃない?かえって1週間前に分かって、良かったよ」


 本当に珍しく、グイグイと神戸が発言してくる。村山と幼馴染という関係もあるからかもしれないが…。逆にこの前の8人プールで何かが吹っ切れたのだろうか。

 ただ俺の名前を出したものの、俺の顔までは見なかった。


「まあまあ。今は村山や上井を責める場じゃないけぇ…。とりあえず西条までの往復のJR代をどうするか、だよ」


 大村が神戸を諫めつつ、俺に話を振った。


「ところで上井はさ、上井なりの打開策は考えたとは思うんよ。どう?」


 大村が聞いてきた。


「うーん、俺は、前の日に、コンクールに出る部員全員に、宮島口と西条の往復の切符代を現金で支給する、って方法しかないかな…と、個人的には考えたんよ」


「ふーん…。でもそしたらさ、大竹方面の部員は損して、五日市方面の部員は得する形にならん?」


 大村は至極最もな意見を言った。


「他のみんな、どうかな?」


 一応みんな考えてはいるが、さっきは村山に色々言っていた神戸を含めて、発言までしようという雰囲気は感じなかった。


 大村は業を煮やす感じで、


「みんなの意見がないと、上井部長の案に賛成ということにして、会計さんに手続きを頼むことになるけど、ええんかな?」


 大村の発言を受けて村山が重い口を開いた。


「あの〜、会計からの意見…っていうか俺の意見じゃけど、上井の考えでええと思うんよ」


「へぇ。村山なりにそう思ったのはなんで?」


「今回だけは偶々、どうしようもない限りバスで来るな、JRで来い、ってことじゃろ?でも他の出張演奏に行く時は、みんな一旦学校に集まって、学校からバスで行くじゃろ?途中、廿日市や佐伯でそっち方面の部員を拾ったりせずに。そのバスをJRに置き換えたら、宮島口基準で一律にみんなに電車代を出した方が、逆に公平でええかもと思ったんよね」


「ふむふむ…。なるほどね。まあ簡単に言えば、部員全員宮島口基準でバス代の代わりに電車代を出すよ、ってことじゃね」


「まあ、そうじゃね。上井の考えと偶々一致したけぇ、形的には部長方針に賛成ってことかな」


「じゃあ前日に切符代を現金で配って、乗る駅は各自に任せる。そうする?」


 大村が大まかに方針を決めてくれた。他の女子2名も、それでいいとばかりに、頷いていた。


「じゃあ結果的に、上井の考えで決定という訳で、切符代の件は決着と。上井、これでええかな?」


 大村がそう締めてくれた。


「もちろん、異議なし!」


「じゃあ明日の部活での説明とかは、上井に一任してもええかな?もちろん、場合によっちゃあ俺や村山も発言するけど」


「まあ、2人の出番がないように、頑張って喋るよ。今晩、考えをまとめとく」


「分かったよ、頼むね。では役員会議はこれにて終了と…。解散でええかな?」


 大村は俺の方を見て確認した。俺は頷いて、解散でOKと伝えた。


「じゃ、また明日ってことで…。お疲れ様でした!」


 大村、神戸の組み合わせと、村山、伊野の組み合わせで、先に4人が音楽室を出た。


 俺は帰ると見せ掛けて、しばらく音楽室に残ることにした。


 明日話す内容をまとめたかったのもあるが…。


 同時に帰ると、村山はまだしも、神戸with大村、伊野と同じタイミングになってしまうと思ったからだ。


(はぁ…。いつまでこんな余計な気を使わなくちゃいかんのか…)


 一応、明日説明する切符代の件について下書きをまとめたが、まだ5分ほどしか経ってなかった。


 (本でも読むか…)


 俺は書棚から、吹奏楽の月刊誌を数冊取り出し、課題曲クリニックのコーナーを読んでいた。


 そこへ…


「上井くん?一人なの?」


 突然女性が現れ、声を掛けてきた。


「えっ!?誰?」


<次回へ続く>

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