コンクール・ビフォーアフター

第78話 ー練習再開ー

 夏休みの練習が、合宿後にお盆休みの3日間を挟んで、再開された。

 俺は本当は明日の月曜日からの再開にしたかったのだが、福崎先生の


「4日間も休むと、合宿の成果が消える」


 という、部長の俺でも極めて反論しにくい一言で、8月16日の日曜日からの練習再開となった次第だ。


 ただ先生も日曜日ということで、午前中からではなく、午後1時半からの再開ということを事前に俺と話し合って決めてくれたので、朝はゆっくり出来るから、ちょっとは助かったと思う。


「お疲れ様でーす」


 3日間の休みを挟んで、俺の次、2番目にやって来たのは学校から徒歩2分の広田だった。


「広田さん、お疲れ~」


「あれ?上井くんしかまだ来とらんの?」


「ご覧のとおりで…」


「まあまだ1時過ぎたばっかりじゃけぇ、こんなもんかもしれんけど…。もっと来ててもええよね?」


「仕方ないよ。春からずっと部活やって来たけど、中間や期末以外で部活を3日間完全休みにしたことはないけぇね」


「そうだっけ?ゴールデンウィークも部活やったっけ?アタシ、全然覚えとらんわ~」


「うん、1日だけやったんよ。楽器の勘を忘れんようにって、3連休の真ん中という、実に嫌がらせなタイミングで…」


「う~ん、やっぱ覚えとらん。もしかしたらサボったんかも…。サボっとったらごめんね、今更じゃけど」


「ま、出席率も1年だけ良かったけど、2年や3年はそんなに…だったよ。気にせんでもええよ、今更じゃけど」


 俺が広田のマネをして話すと、笑い出すと止まらない広田がウケてくれ、2人でしばらく、お盆に8人でプールに行った時の裏話をして笑っていたら、その次にやって来たのは1年の宮田、続けて3年の田中先輩と宮森先輩のお2人、つまり現打楽器メンバーばかりが続々と集まった。


「あれ?他のパートは?」


 田中先輩が聞いてきた。


「いや~、1時半開始っていうのも、3連休で忘れてますかねぇ…」


「気合が足らんねぇ。コンクールまであと何日だっけ?」


「本番は26日です」


「じゃ、10日しかないじゃん!ゴールド金賞を狙おうってのに、やっぱみんなの気合が足らんわ。合宿の最後はなかなかいい締めになったのにね、上井くん」


「ま、福崎先生もまだですから、今日はみんな休みボケかもしれません…」


「部長!もっと厳しくいかにゃあ、いつも通りのシルバー銀賞になっちゃうよ?頑張ろうよ!」


「はい…」


 再開初日から気合の入りまくっている田中先輩に、俺は気圧されてばかりだった。


「まあ俺達のセッティングだけでも始めましょうか」


 基本的にこれからコンクール本番までは、毎日合奏だ。

 夏休み前半は、午前中は個人・パート練習で午後合奏だったが、後半は朝から帰りまで合奏が続く。

 去年の経験から考えると、先生もかなり不出来なフレーズや揃わない旋律、合わないピッチに細かく突っ込むようになってくる。

 機嫌が悪いと、音楽室の外へ出される部員もいたはずだ…。


 なので今の俺は、福崎先生の登場を待っているようでもあり、まだ来てほしくないようでもあり…という精神状態だった。


「お疲れ様でーす!」


 やっと他のパートの部員も集まり始めた。

 これまで見ていて、比較的真面目な部員はやはり時間までにはやって来ている。

 俺が密かに次の部長にと期待している、クラリネットの瀬戸もやって来た。


 そんな、部員の集まりに神経を集中させている俺の肩を叩く部員がいた。


「ん?なに…イテーッ!油断しとった…若本―っ!」


「わーい、先輩、引っ掛かってくれてありがとうございます!でも先輩、全力で振り向くから、アタシの人差し指もちょっと痛いんですけど」


「そんなのより、若本の爪!なんつー鋭いんよ!痛かったぁ…」


「え?普通の爪ですよ?ほらほら」


 若本はそう言って両手を広げて見せた。確かに爪は女子の長さ的には普通だった。


「んー、校則に引っ掛かるような爪じゃないし…。じゃあなんであんなに痛かったんだ…」


「でしょ?先輩の振り向くスピードが速すぎなんですってば。アタシ、人差し指の骨が折れるかと…」


「折れたら、バリサク吹けんようになるよ?」


「わっ、それだけはご勘弁を…」


「じゃ、コンクールが終わるまで俺を弄るの、禁止!」


「はい…って、肩叩き以外は別にいいんじゃない?先輩?」


「何を他に弄る手段を考えよるんよ…。油断ならんのぉ、お主も」


「ふふっ、上井先輩の一番弟子ゆえ…」


 若本とアドリブで会話している内に、いつの間にか部員は揃ってきていて、音出しをしている部員もいた。


「ほれほれ、早くバリサク準備しないとダメだよ」


「はいはーい。さてと、頑張るかぁ…」


「オッサンかよ、若本は」


「ええ、上井先輩の一番弟子ゆえ…」


「オッサン化の修行はしてないってば」


「そうでしたっけ?おかしいなぁ…」


 相変わらず小悪魔な若本と会話をしていると、心の奥が揺れるのが分かる。

 恋愛には消極的になってしまった俺だが、若本がこれだけ俺のことを弄って来るのは、もしかしたら気があるんじゃないか?などと考えてしまう。


(ダメダメ、また痛い目を見るだけだ…)


 結局福崎先生は30分の遅刻で、午後2時に到着された。


「みんな、元気だったか?悪かったな、遅くなって。西広島バイパスが全然動かんくってなぁ。途中で衝突事故が起きとったみたいで、現場を過ぎたらやっと流れ始めたんよ。みんなも車はまだ運転せん年じゃが、歩いてても自転車でも、事故が起きる可能性はあるけぇ、気を付けてくれよ」


 部員はハイ!と返事をしていた。


 事故渋滞じゃ仕方ないか…。

 きっといつも事故がよう起きる、佐方の交差点じゃろうな…。


「もしかして俺が聞いたの、その事故の音かも…」


「え?大上、心当たりがあるんか?」


「はい。バスに乗って広電の電停目指してたら、佐方の交差点を過ぎてしばらくしたら、ドカーンって凄い音がしたんですよ。多分それかも…。先生、現場って佐方の交差点じゃないです?」


「おお、佐方の交差点じゃったよ。じゃ、大上は間一髪事故前にあの現場を通り過ぎとったんじゃな。良かったな~。結構凄い事故だったみたいじゃけぇのぉ」


 そんな会話を聞いたからか、事故現場付近をよく通る部員をメインとして、音楽室内がザワザワし始めた。


「ハイハイ、事故については、今日夕方のニュースでも見て確認して下さい。先生、合奏始めますか?」


 何とか軌道修正を図らねば…。

 ただでさえ3連休後で集中力がまだ散漫なのに、このままじゃ何のための練習再開初日か分からなくなる。


「おお、そうじゃな、悪い悪い。まずコンクールの曲、一回通してみよう。チューニング、合わせてみてくれ」


 先生はそう言い、指揮台の横のチューニングマシンから音を出し、チューニングを始めた。

 俺も4台のティンパニーを、それぞれ風紋の音程に合わせた。


「いいか?じゃ、最初はなにがあっても途中で止めずに通してみよう。風紋からいくぞ」


 一気に音楽室内に緊張感が走る。


(よし、これだよ、これ。頑張らなくちゃ)


 俺はティンパニーのマレットを握り締め、指揮棒が振られるのを待ち構えた。


 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


「お休みの後の練習は疲れるね~、センパイ」


 練習再開初日を終え、俺は大竹方面へと向かう集団と一緒に帰っていた。

 俺以外のメンバーは村山、若本、高橋、若菜という、これまではあまりなかったパターンのメンバーだ。

 そんな中で口火を切ったのは、若菜だった。


「あれ?なんかワカ様、上井先輩とそんなに近しい喋りってしてたっけ?」


 と若本が聞いた。


「何々、若菜ってワカ様って呼ばれとるん?」


 村山が反応した。


「えー、そんな呼び方するの、ワカモッチャンだけだよ~」


「アタシは苗字の最初が被るんで、ワカ様と呼ぶようになったんじゃけど」


「いやいや、普通にワ・カ・ナって呼んでもらえりゃいいのに、ワカモッチャン、悪ノリしとるけぇ…」


「アタシもワカモッチャンになってるし~。聞き方次第じゃ、オッチャンって聞こえるけぇ、ワカ様も悪ノリしとるじゃろ?」


 と、若菜と若本がやり合っているのを、高橋は苦笑いしながら見ていた。


「なんだかんだ言って、今年の1年は仲がええよね」


 村山がしんみりとそう言った。


「ん?俺ら1年の時、仲悪かったっけ?」


「いや、年々良くなっとるって意味じゃけぇ。俺らの上の3期生は、言っちゃ悪いけど仲良しとは言えんかったじゃんか」


「へぇ。そうなんです?上井センパイ」


 若菜が聞いてきた。若本はお兄さんが2期生だからか、この場面では沈黙を保っていた。


「んー、そうやね~。まだ3年生として在籍しとられるから、でかい声じゃ言えんけど…」


「けど…?」


「横の繋がりは良くなかったね!」


「センパイ、声、デカいですよ!」


 若菜が突っ込んでくれ、何とかその場は笑いに包まれた。

 だが若菜の突っ込みはますます磨かれているように思えた。

 2年生ばかりの中で、1人だけ1年生女子としてプールに来てくれた度胸は、やはり凄いものがある。


 それ以前に、若菜は中学の時の俺と同じ、途中入部だ。文化祭の前に、他の部に入ってはみたもののやっぱり吹奏楽部が良い!と言って入ってくれ、あっという間に同期の1年生と打ち解け、フルートパート以外の同期とも仲良しグループを結成しているし、俺らの代の女子も、良い子が入ってくれて良かったね~と話してくれるほどだ。


 中学の時はさほど目立たなかったが、今や1年生の中心のような存在で、思ったことは率直に口にする物怖じしない性格と合わせ、ひょっとしたら来年、俺が次期部長にと考えている瀬戸と張り合うようになるかもしれない。


 こうやって今は楽しく帰れているが、そのうち1年生各自がコンクールを経験し、色々意識して動き出したら、吹奏楽部もどう変化していくだろうか?

 その1年生の勢いを、俺は受け止められるだろうか。


 若本と若菜、そして高橋の1年生女子トリオのやり取りをちょっと後ろから眺めつつ、俺は今後の吹奏楽部について再び考えるようになっていた。


「上井、どしたんや。何か考え事か?」


「んー、まあね。でも前向きな考え事じゃけぇ、心配無用じゃ」


「そうか?ならええけど」


「まあ、後輩達が元気ってことは、ええことよ。そう思わん?」


「そうじゃな。あとは、お前に彼女でも出来ればのぉ」


「俺の心配なんかどうでもええけど、そういう村山は船木さんショックからは立ち直ったんか?」


「別の高校じゃけぇな。大竹駅で顔さえ見んにゃあ、大丈夫」


「逆に言うと、顔を見たらまだダメなん?」


「そりゃあ、まぁ…。そう考えると上井は偉いのぉ…。失恋相手が2人とも吹奏楽部におって、2人とも役員って状況で頑張っとるもんな」


「もうその点については考えんようにしとるつもりじゃけど…。やっぱり…な。1人は話せんし、もう1人は話したそうにしてくれとるけど、まだ雪融けは進んどらん」


「上井のこれからが心配じゃのぉ。これ以上、失恋相手が部内に出来んように祈るよ、俺は」


「ああ、祈っといてくれ。とりあえず今は…」


「ん?今は?」


「誰も好きにならんように気を付けとるけぇ」


 俺は心の中とは裏腹なことを村山に告げていた。後に波乱の元になるとも気付かずに。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る