第77話 ーお盆休みその9・アフタープールー
「若菜ちゃん、今日は楽しかった?」
女子更衣室で着替えながら、太田は若菜に聞いていた。
「はい!メッチャ楽しかったです!アタシ、上井センパイと同じ中学校ですけど、こんなに上井センパイと話をしたのは、今日が初めてで。だけどセンパイは昔と変わらないな、って思いました」
「そうなんじゃ?今と変わらないっていう上井くんの中学時代、どんなんだったのかなぁ」
「ホント、今とは着ている制服が違うだけで。練習熱心で、後輩には基本的に優しくて楽しい先輩じゃけど、部の雰囲気がダレてきたら時には厳しく…」
「そこに、神戸さんと付き合ってた、ってのが加わるのかな」
「あー、そうですね。その事をアタシの同期とか1年の女子が知った時、結構ショック受けてた子が多かったですから」
「なのに、上井くん本人は自覚がなかったんだよね」
「らしいですね。去年の体育祭に、アタシの同期の女の子が2人、見学に来たんです。その時初めて、上井センパイに直接言った!って、その子は言ってましたから」
「直接言った?え?好きです、ってこと?」
「みたいなもんですね。西廿日高校に合格して、上井センパイに堂々と告白します、って予告したらしいです。でも残念ながらその子、不合格で…」
「わ、可哀想に…。上井くんも可哀想。待ってたかもしれないよね、その子が入ってくるのを」
「かもしれませんね」
「そうなれば、上井くんも女子に対してあんな卑屈な態度にならずに済んだのに」
「やっぱり上井センパイって、自分はモテない、女運がないって思ってるんです?」
「うん。そんなことないよ、って言っとるんじゃけどね、バレンタインの悲惨さとか、同期の男子6人の内、上井くんだけ恋愛イベントか何もないとか、とにかく恋愛話になるとネガティブになるんよ」
「やっぱり上井センパイは優しいから、その分、自分が思い続けたこと、願っていた事とかが実らなかったら、ガクンと来ちゃうんてすね、きっと」
「若菜ちゃんはそう思う?」
「はい…。上井センパイは中学生の内に神戸センパイにフラレて、高校に入って伊野センパイにフラレてと、失恋した話はこの2人しか聞いたことがないですけど、失恋した悔しさ、辛さがあるはずなのに、全部自分の中で消化しようとするんです」
「へえ、なんか若菜ちゃんらしい見方かも?」
「まあ、後から聞いた話になりますけど、上井センパイが神戸センパイにフラレたのって、1月の終わりの、私立の高校受験直前らしいんですね。そんな時期に失恋なんかしたら、アタシなら精神的に壊れそうですよ。でもアタシ、その頃に上井センパイに中学校で会ってるんです」
「それって上井くんが、神戸さんにフラレた後?」
「はい。私立高校の入試のほんの数日前だから…。校内で何の授業か忘れましたけど、教室移動してたら、上井センパイとすれ違ったんです」
「興味深いね」
「その時もアタシは上井センパイがフラレたなんて知らないから、センパイに『お久しぶりです、センパイ!バレンタインもうすぐですね!神戸センパイからチョコはもらえそうですか?』なんて、脳天気な質問してるんです」
「わわ、その時の上井くんにしてみたら、グサグサ来る質問だね」
2人は完全に着替えの途中で手を止めて、会話に没頭していた。
傍から見たら、下着姿の女子高生2人が語り合ってる訳で、ここが女子更衣室じゃなければ、注意されるところだろう。
「そしたら上井センパイってば、『そうやね、1個はもらえるんじゃない?』って笑いながらすれ違って、去っていったんです」
「…そうなんじゃ」
「後からの情報を付け足すと、上井センパイはフラレた直後で、なおかつ私立高入試が直前で、一番心理的に苦しくて大変な時期じゃないですか。なのにアタシみたいな後輩には、前と変わらないように振る舞って…。センパイの内心はどんなだったんじゃろうって、今でも思いますよ」
「…他人に心配掛けたくない、っていう上井くんのいい部分なのか悪い部分なのか分からないけど、まさにそういう上井くんの性格を現したやり取りだね、それって」
2人は山中も来ているのに、山中には触れず上井の分析に懸命になっていた。
「ところで若菜ちゃん、服着ようか?」
「ありゃ?着替えの途中でつい話に熱が…エヘヘ。でも太田センパイも、派手な下着だと勝手に思ってたんですけど、清楚なお嬢様のような下着ですね」
「なんで若菜ちゃんに、派手な下着を着けてると思われたのかは分かんないけど…。アタシ、派手な下着はあまり好きじゃないの。クラスには派手な下着好きな子もいてね、体育の時も平気で派手なブラとかしてるから、見てるこっちの方がヒヤヒヤしちゃうよ。そういう若菜ちゃんも、おとなしい下着じゃない?」
「アタシは…まだまだお子様ですもん。まだ15歳だし」
「でも今日はビキニ着て頑張ってたじゃない?」
「ビキニは…。上井センパイ、合宿お疲れ様でした!の、目の保養サービスですよ、アハハッ」
「ホンマに?若菜ちゃん、もしかしたら上井くんのことが好きだとか…ない?」
「うーん…。もちろん、嫌いじゃないです。好きなセンパイですけど、恋愛対象には、今更見れないというか。長いこと仲良し先輩後輩って関係で、間に神戸センパイの事件も挟みますし」
「そっか。学年が一緒なら、友達…親友みたいな感覚なのかな?」
「ですね。まあ先のことは分かりませんが」
「あ、なんか意味深〜」
「今日、上井センパイと話して、センパイのことが更に分かったら、面白いな、楽しいな、って考えるようになりましたから。あと上井センパイのウブでオクテな性格は、後輩のアタシ相手でも変わらないんじゃ、って思って」
「ん?というと?」
「手を繋ぐのも圧倒的にアタシから、が多かったですし。腕組んでた時、ちょっと意識的に胸をセンパイの肘に当ててみたんですけど、照れてるのが手にとるように分かるんです」
「若菜ちゃん、小悪魔じゃねぇ。やるぅ」
「あと…。ちょっと恥ずかしかったんですけど、スライダーの後に、ビキニのパンツがお尻に食い込んじゃったんです。だけどセンパイに指摘させようと思って、ワザとそのままにしてたんです」
「なんか、恋の駆け引きみたいだけど…。でも予想が付くよ。上井くんは何も触れなかったでしょ?」
「当たりです~。ちょっと恥ずかしかったです。センパイも気付いてんのかどうなのか分かんないし」
「アハッ、気付いてないわけ、ないよ。そんな刺激的な場面じゃもん。でも上井くんのことじゃけぇ、若菜ちゃんに指摘したら、却って恥ずかしい思いさせるんじゃないかなとか、色々考えたんじゃないかなぁ」
「そんなもんですかね〜」
そう話している内に、2人はやっと私服に着替え終わった。
「さ、男子2人が待ってるし、行こうか?」
「はい、行きましょう!」
その男子2人は、完全に待ちぼうけ状態だった。山中はベンチに座って居眠りしていたし、俺は寝てしまいそうな所を、必死にティンパニーのイメージトレーニングをしながら過ごしていた。
「お待たせ〜。あ、1人寝とる!」
太田がニコニコしながら、山中の横に座り、肩を叩いていた。もちろん定番の、人差し指を突き出して…
「イテッ!」
山中の頬に太田の人差し指が刺さった。
「起きた?着替え終わったよ、女の子2人とも」
太田が言った。
「お、おう、わりぃ、寝とった…」
「上井くんも寝てたの?」
「いや、俺は起きとったよ!女子は着替えるだけでも大変だよね、お疲れ様〜。中では色んなこと話しとったんじゃろ?」
「まあね。詳しくは帰り道で若菜ちゃんに聞いてみて」
「ええっ?太田センパーイ、上井センパイには話せないことばっかりですよ?」
「まあそこは、上井くんと若菜ちゃんの師弟関係に任せるわ」
「えー、ど、どうしよう…」
「太田さん、何か俺のことで変なことでも話したん?若菜が俺には話せんことばかりとか言いよるけど…」
「それも含めて、ヒ、ミ、ツ!」
若菜は同期生で仲良しトリオを作っていたが、今回のサプライズに参加したことで、俺らの代の女子からも可愛がられるだろう。
「じゃ、帰るか。さすがにちょっと疲れたな」
山中がそう言うと、太田が横からオジサーンと小声で茶化している。
(いいなぁ、山中と太田の関係も。彼女がいるって、あんなに楽しいことなんだな…)
「センパイ、アタシ達も帰りましょ?宮島口駅まで、広電乗ります?」
「あ、ああ。歩けんよ、とても」
「アタシも歩けんし…」
「なんだ、じゃあ広電1択じゃんか」
「フフッ、センパイの若さを試してみちゃった〜」
逆に俺と若菜のこんなやり取りを眺めて、山中は
「上井と若菜、いいカップルになれるんとちがう?」
と太田に聞いていたが、太田は若菜の本音を聞いていたので、
「ううん、それはないよ。若菜ちゃんは、今更上井くんのことを、恋愛対象には見られないんだって」
「うーん…そっかぁ。難しいなぁ。相性良さそうなのに」
「そうだね。兄と妹みたいな感じなのかな…。上井くんの本音は聞けたの?」
「上井の?」
「そう、更衣室で着替えてる時とか」
「更衣室じゃ、そんな時間は無かったよ。俺と上井のロッカーも離れてたし…」
「なんだぁ。アタシは若菜ちゃんと、更衣室で色々話しして、さっきの本音を聞き出したのに」
「悪かったね…。でも、俺の直感なんじゃけど、上井が好きなのは若菜ではない気がするよ」
「ふーん。じゃ、山中くんの直感では、上井くんが好きな子って、誰だと思うの?」
「そうやね…。一人は、生徒会でも一緒の、女子バレー部の近藤さんって子。もう一人は、意外な線で卒業生で生徒会役員やった、石橋さんって先輩。あと大穴で……」
「迷うんだ?」
「ああ…。前田先輩か、若本のどちらか」
「なんか、バラエティに富んでるね。上井くんの行動範囲の広さを物語るような感じじゃけど…。吹奏楽部にはそんなに上井くんが好きそうな女子はおらんと思う?」
「アイツ、今まで痛い目に遭っとるけぇ、包み込むような、優しい女の子が好きだと思うんよ。じゃけぇ、大上さえ彼氏じゃなかったら、広田さんを好きになっとったかもしれん」
「へえ~、山中くんならではの分析じゃね。そっか、フミかぁ…」
いつしかお互いに広電の田尻駅で逆方向に向かう2人組は別れ、広電のお客さんになっていた。
「上井センパイ、アタシ達は宮島口駅まで一駅でラッキーですね!電車も空いてるし」
「じゃね。反対側のホームは人が落ちそうになっとったけぇ、山中と太田がどこに消えたか分からんようになってしもうたし」
広電の電車が宮島口駅に着き、今度はJRに乗り換えなくてはならないのだが…。
「センパイ!お腹空いた〜」
若菜は俺を見上げるように、そう言った。
俺は苦笑いしながら、
「要は、若菜は何処に寄りたいん?ドムドムバーガー?たこ焼き?むさし?」
「センパイ、そんなに選択肢出されると悩んじゃいます〜」
「じゃ、困ったのならもみじ饅頭1個ね」
「ええっ、そんな無慈悲なぁ」
「冗談やよ。俺は久しぶりにドムドムバーガーに行きたいな」
「良いですね〜。じゃ、今なら空いてますよ!行こっ、センパイ!」
若菜は今日で最後かもしれない、手と手を繋いで、彼女のようにドムドムバーガーの店へと俺を引っ張った。
「じゃ、反省会しよっか!」
「反省ってなんです、反省って」
「…ウソ。楽しかったよ、若菜。ありがとう」
「…も、もう、センパイったらぁ!」
若菜が珍しく顔を赤くして答えた。
よし、ショッパさが大好きなフライドポテトを食べて、もう少し若菜と話してから帰るとするか!
<次回へ続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます