第76話 -お盆休みその8・プールの続き(交換デート?)-

「じゃあ、もう2時間残りたいメンバーと、ここで帰るってメンバーに分かれようか?」


 若菜が、午後3時の休憩時間で今日のプールは終わりになっていたことが寂しいと言い出したので、一旦他の3組のカップルも集まったところで、俺から若菜の話を持ち出してみた。


 山中が若菜の希望ということで、残りたいメンバーと帰りたいメンバーに分かれることを提案してみたのだが、その言葉を受けて右と左に分かれたメンバーは、ここで帰る組が大村と神戸、大上と広田、もう2時間残りたい組は俺と若菜、そして山中と太田という具合に、綺麗に半分に分かれた。


「おお、丁度半分か。ま、どっちかに偏るよりは、いいかもな」


 と言ったのは大上だった。


「センパイ、ありがとうございます!アタシの我儘を聞いてもらって…」


 若菜は山中にお礼していた。山中も


「実は俺と太田も、ちょっと名残惜しいって思っとったんよ。じゃけぇ、いい提案してくれてありがとう」


 と返していた。


「俺らも塾がなけりゃあな…」


 と言ったのは意外にも大村だった。


「何々、もう大学受験見越して、塾とか行きよるん?」


「親が喧しくてさ。まだ早いって抵抗したんじゃけど」


「まあ塾ってことはお金が掛かっとるけぇね、仕方ないよね」


 大上と広田の場合は、広田が今夜の夕食当番だから、だそうだ。


「俺1人なら残れるけど、男が余ってもしょうがなかろう?」


 と大上は言い、残る俺たちはみんな苦笑いしながら頷いた。


「じゃ、とりあえずここで一旦締めて、残るメンバーはあと2時間、楽しもうや」


「そうじゃね」


 ということになり、帰る組は荷物を持って更衣室方面へ歩いて行った。


「さて残る組は、あと2時間、何かする?」


 山中が聞いてきた。それに対して太田が、


「あの…変な意味に捕らえないでね?カップルの相手を交換して、最初の1時間、過ごしてみない?」


 と言った。

 意外な提案に俺は驚き、


「え?ってことは、俺が太田さんと組んで、山中が若菜と組むってこと?」


「そうそう。だってね、ずっと同じ2人で今までおったじゃない?ちょっとだけパートナーをチェンジしてみたら、マンネリにならずに、新鮮かもしれないなって思って」


「なるほど…。若菜はどう?」


「アタシですか?アタシはセンパイ方の決定に従いますよ。もう2時間残りたいって我儘を聞いて頂けただけで感謝してますんで」


「そっか。山中は?」


「俺?まあ太田がチェンジする相手がウワイモなら、一応安心じゃけどな」


「イモは余計じゃっつーのに!」


「ウフフッ、じゃあ、決定ね!アタシは上井君と、若菜ちゃんは山中君と1時間限定デート。ではこの場で、入れ替わってみようか、若菜ちゃん」


「あっ、はーい。アタシは山中センパイの横に並ぶ、と」


「アタシは上井くんの横。どうかな?男子の感想は」


 俺の真横に、太田が立っている。なんか不思議な気持ちになった。


「俺は、なんか、不思議な気持ち。山中は?」


「俺は若菜とは師弟関係にあるけぇ、違和感はないよ」


「センパイ、いつアタシが弟子入りしました?」


 早くもいいコンビネーションを見せている。少しだけ、山中に嫉妬心を抱いてしまった…。


「上井くん、なんか悲しそうな顔してるよ?若菜ちゃんを取られたから?」


「えっ、いや、その…」


「当たりでしょー。上井くんって、隠し事できない性格だよね。フフッ」


 太田はいつもは山中に向けているであろう笑顔を、俺に向けてくれた。

 水着も、若菜は白ベースのビキニだったが、太田は黒ベースのビキニなので、視覚的にもさっきまでとは別の女の子なんだ、という意識が湧いてくる。


「じゃあとりあえず1時間、それぞれで遊んでみようよ。1時間後にここに再集合ね」


「分かったよ〜」


 太田がこの場をリードし、誰ともなく返事をして、俺達は2組に分かれた。


 若菜と山中は、若菜が先に元気よくリードして、山中が必死に後を追いかけているようだった。


「アハハッ、年の差が出とるね!山中君、若菜ちゃんに付いていけるんかなぁ」


「まあそうは言っても山中もまだ高2じゃもん。大丈夫じゃろ」


「そうね。じゃ上井くん、アタシ達はどこへ行く?」


 黒ビキニの太田に目を見つめられると、無茶苦茶照れてしまった。

 元々吹奏楽部の同期で一番の美人顔だけに、山中と付き合い始めた去年の今頃は、他の男子が落ち込んでいたものだ。


「太田さんはどう?まだ泳ぎたい?」


「アタシはね、まだ帰るには早いと思ってたけど、泳ぐのはもういいかな?って思ってるんだ」


「まあ朝から水に浸かっとるもんね。ふやけちゃうよね」


「フフッ、そんな言い方が、上井くんらしいんだなぁ。どこか適度に太陽が当たる場所で座って話したりしない?あんまりアタシ、上井くんとこれまで喋ったことがないけぇ、色々聞いてみたいこともあるんよね」


「そう言えばそうじゃね。俺、一部の例外を除いて彼氏がおる女子とは、あんまり喋らんようにしとるし」


「その例外って暗に、神戸さんのことを指してるの?」


「ハハッ、暗にもなにも、最初から指してるよ」


「そっかぁ…。ね、部長しとってさ、やりにくいことはないの?」


「そうじゃね…。最初はやりにくかったよ。役員の女子が、2人とも失恋相手ってどないやねん!って感じ」


「あ、そうか。上井くん、サオちゃんにもフラレたんじゃったよね、そう言えば」


「うぅ、その傷口に塩を塗りこむ言い方が…」


「ごめーん!でも上井くん、そんなに悪くない男子だと思うけどな。なかなか恋愛運が実らんのじゃね」


「まあ、太田さんが悪いわけじゃないけぇ。…こういう運命なんじゃろうね」


 俺は、自分のモテなさを運命のせいにしてしまった。


「でも、運命ならまだ変えられるって。アタシ達だってさ、進路についてそろそろ考えろって言われてるじゃない?どこへ進むのか、進学か就職か、色んな選択肢はあるけどさ、最終的には一つになるじゃない?その時点では、これで良かったのかとか悩むと思うんだ。でも後から考えると、やっぱりその選択肢で良かったって思える、そうなれば運命を変えたことにならない?」


「す、すげぇ~。太田さん、もうそんな事まで考えよるん?」


「フフッ、まあ女子は早熟じゃけぇ、進路選択も早くから意識するんかもね」


「確かにね。早熟じゃけぇ、ビキニとか着ても似合っとるよね。俺がビキニ…の海パン穿いたら、全然似合わんじゃろうし」


 俺は改めて横に座る太田の黒ビキニを、マジマジと見つめてしまった。


「上井くん、なんか話が違う方に行ってるよ?そんなことない?」


「そ、そうだね、せっかく太田さんは真面目な話をしてくれとるんに、俺は何を言ってんだか。やっぱり男はガキだなぁ」


「アハハッ、でも上井くんからそんなセリフが出るなんて、思わんかったよ。いつも部活に一生懸命じゃけぇ、そんなビキニがどうのこうのとか、言うとは思わんかったもん」


 太田はそう言い、ビキニのブラジャーの紐の結び目を、改めて締め直していた。


「上井くんは神戸さんと付き合っとった時、デートで泳ぎにとか行かんかったん?」


「全然!せっかく夏休み前にカップルになれたのに、夏らしいことを彼女にはしてあげられなかったよ…。俺がウブでオクテなもんじゃけぇ、付き合う前は気楽に話しとったんに、彼女になった途端、喋るのも恥ずかしくなってさ。どうしても喋りたい時は後輩を伝令に使ったりしてた」


「アハハッ!そんなに照れ屋さんだったん?」


 太田は、笑う時はちゃんと口元を手で隠すような仕草をする。これは神戸にも言えることだが、ご両親の躾がちゃんと出来ていることの証左だな、と俺は感じていた。


「だって次の副部長の女子に、上井センパイはオクテじゃけぇいけんのよ!なんて、説教喰らったほどじゃけぇね」


「そっか〜。でもさ、今の時代、上井くんみたいな存在って貴重かもしれないよ?」


「どうして?」


「ウブでオクテ…ってことは、よく言えば慎重ってことだし」


「優柔不断とも言われたよ」


「それは、相手の事を真剣に考えてることの裏返しだよ。だから思い立ったらすぐ行動っていうんじゃなくて、相手の立場や気持ちを理解してから、自分も納得した上で行動するってことだもん」


「そ、そう?」


「うん。だから上井くんはね、きっと家庭的な女の子が、母性をくすぐられて、好きになってくれると思うんだ」


「そんなもんかなぁ…」


「そんなもんだよ。そうそう、上井くんの今のクラスに、大谷香織って子がおるじゃろ?」


「大谷さん?あ、あぁ、名前だけは分かるよ」


「アタシ、1年の時、カオリンと一緒のクラスだったの。この前久しぶりに会って話しとったら、カオリンが、上井くんのことが気になるって言ってたよ!」


「ええっ?」


「もう上井くんってば、いつの間にか女子に好かれちゃってるじゃん。モテないとか言わずに、今まで通り過ごしてたら、きっといつか、良いことがあるよ」


 俺は突然の太田の爆弾発言に驚いた。

 大谷香織さん…。

 確かに一学期の最初の頃は、ア行から順に男子と女子で列を作っていたので、俺と近い位置にいたことになる。

 敷いて言えば、その頃に何か大谷さんの心に残る行動でもしていたのだろうか?

 だが悲しいかな、今そう言われても顔が出てこないし、どんな女の子なのか全くピンとこない。


「一応確認じゃけど…」


「うん、なーに?」


「別に俺のことを好きだとか言ってた訳じゃ、ないんだよね?」


「うーん、好きとまでは聞いてないな、確かに。気になる、って言ってたのは確かじゃけど…。でも上井くんも逆にこれで、カオリンのことが気になるじゃろ?いい子じゃけぇ、よければ二学期が始まってからでも、話し掛けてみんさいや」


「う、うん…」


 まずは顔と名前を一致させなくちゃな…。


「ずっとお話ししてたら、日焼けしそうだね。少し泳ぐ?」


「あ、そうじゃね、せっかく太田さんのビキニを間近で見れるラストチャンスなんじゃけぇ」


「アハハッ、アタシのビキニなんて、一緒に泳ぎに行けばまた見せて上げるよ。じゃ、思い切ってスライダーにでも行く?」


「そうしよっか。負けないよ〜」


「なんの勝負か分からんけど、アタシも負けないよ〜」


 といい、お互い立ち上がってスライダーの方へと向かった。

 女子が水着姿で立ち上がる時は、お尻の部分の食い込みを指で直すのが印象的だ。

 太田も当たり前のように、食い込みを直していた。

 悲しいかな俺もつい男の性で、勝手に目が向いてしまう。


(山中の彼女なのに…スマン、山中)


「さ、行こうよ、上井くん」


 と、太田はなんと手を繋いできた。


「え、手なんか繋いでもええん?山中に怒られん?」


「1時間限定じゃもん。たまにはええじゃろ?アタシと手を繋いでも」


 積極的な太田にリードされて、引っ張られるようにスライダーの階段へと向かった。


(ああ、夢なら醒めないでくれ…)


<次回へ続く>

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