第75話 ーお盆休みその7・集団プール(驚きの展開)ー

 俺と若菜は手を繋いだまま、流れるプールへと向かった。


 実は若菜のビキニのブラジャーはちゃんと直ったが、パンツは右側が少しお尻に食い込んだまま。

 俺としては早く直してほしかったが、若菜の気持ちが別の方を向いているのか、直す気配はなかった。


 そのせいか、時折すれ違う見知らぬカップルの男の方が、若菜のお尻を思わずガン見しては、その彼女にどこ見てんの?とばかりに怒られているという場面を何件か目撃した。


(男の気持ちはよく分かるよ、ウン。気持ちはな。でも、あんまり見ないでくれよ…)


「若菜、早くプールに入っちゃおうよ」


 これ以上、見知らぬ男から、若菜のお尻をすれ違いざまに見られるのは、俺にとっても苦痛だった。早く水の中に入れば、見えにくくなるだろうし。


「そう?ここら辺は混んでるから、空いてる方がいいかな?って思ったけど。ま、いいか、センパイがそう言うなら」


「よし、じゃあ飛び込もう!」


 2人して、人の流れの合間に飛び込んだ。これで、若菜のビキニパンツの食い込みは、見えにくくなるはずだ。

 若菜もプールの中で動いている内に、パンツに違和感を感じて、直すだろう…。


「やっぱり気持ちいいね、センパイ!」


 若菜がニコッとしながら問い掛ける。嗚呼、こんな笑顔が可愛い女の子が彼女ならなぁ…。


「昼を過ぎたけぇね、西陽が当たると暑いし、少し日焼けもしたんじゃない?」


「日焼け?したかなぁ…。今朝、家を出る前に、これでもかっ!って日焼け止めクリーム塗ってきたんじゃけど」


「日焼け止めは1回だけじゃなくて、その後も何度か追加して塗ったほうがいいよ」


「そう?じゃ、あとでセンパイに背中とか塗ってもらおうっと」


 若菜は小悪魔風でもなく、ごく当たり前のように、家族にでも塗ってもらうかのように言ったので、逆に照れてしまった。


「ところでさ、さっき若菜が言ってた話って、どんな話?」


 若菜が浮輪に掴まり、その浮輪を俺が引っ張るような感じでプールの中を流れていた。

 そんな体勢で聞いたので、若菜も気安く答えたのだが…


「アタシの、失恋の話」


「えぇっ?」


 失礼ながら若菜は可愛いし、彼氏がいても当たり前だと思っていた。

 今朝聞いた時には、今まで彼氏がいたこともないし、今もいない、とは言っていたが…。


「こんな話、いつもの3人組…あ、アタシと神田のメグと、赤城ちゃんね、そこでは言えないし」


「…ってことは、最近の話?」


「うん。結構最近かも…」


「それを誰にも悟られないように、封印しとったん?」


「封印は大袈裟じゃけどね〜。アタシから、ねぇねぇ聞いて!って話し掛ける程のネタじゃないし。何かそれっぽい話の流れになれば別じゃけどね」


「まあ、あの3人組だと、あまり深い恋愛の話にはならんじゃろ?」


「そうだね〜。この前も野球部の応援に行って、他の2人は野球部の男子はやっぱりカッコいいって、キャーキャー言ってたけど、アタシはちょっと覚めてたもん。ウチの高校、弱いな〜って」


「ハハッ、そうかぁ。でも、俺が若菜の失恋話なんて、今聞いてもええの?」


「だって、今しかないもん。他のセンパイ方と一緒の時には言えないし…。あとこれは上井センパイだから、聞いておいてほしいってのもあるの」


「俺だから?何じゃろ…やっぱり吹奏楽部絡み?」


「まあね…。上井センパイはさ、神戸センパイとの間で昼メロドラマみたいなドロドロな展開を経験しとるでしょ?」


「そんなにドロドロしとるかな?」


「うん、アタシはそう思うよ。そんな辛い経験してるセンパイだから、アタシも失恋したことを話せるって思うし…。あと人間関係的にも上井センパイ以外の人には話したくないんだ」


「じゃ、じゃあ、今から聞く話は秘密ってことじゃね?」


「うん…。出来たら…」


「分かったよ。じゃあ失恋のプロが、若菜の秘密の話を聞いてしんぜよう」


「ははぁ、上井代官様」


 ここでお互いに目が合い、つい笑ってしまったが、若菜はすぐ真顔に戻り、話し始めた。


「アタシ、失恋した、ってセンパイに言ったでしょ?」


「ああ、そう言ったね」


「その相手の男子って、気になるよね?」


「そりゃあ、気になるけど…。俺が知らない男子?」


「ううん。センパイも知ってる男子」


「え?じゃあ、凄い限られてくるな。吹奏楽絡みってことだし。いや逆に中学時代に遡るのかな…」


「ヒントは、同じ高校」


「んっ?同じ高校?同じ高校なら、もっと限られてくるよ?」


「うーん…、そう、同じ高校。これは秘密にしたかったけど」


「名前を聞いたら分かっちゃうよ。そうなんや、吹奏楽部内におるんやね、若菜の可愛さを分からん奴が」


「またぁ、心にもないことを言っちゃいけんよ?センパイ!」


「そ、そんなこと、言うなよ…。若菜は可愛いよ」


 こんなところは、若本に似て小悪魔的な感じがする。


「マジで?センパイ、そう思ってくれてるの?わ、嬉しいなぁ。よし、それだけでアタシは失恋から復活出来るよ」


 若菜は独特の言い回しで、照れながらもニコニコしていた。


「うんうん、復活してよ。いやしかし、誰じゃろうか…」


「トドメのヒント、言っちゃおうかな…」


「トドメのヒント?あるなら教えてよ」


「同じ、緒方中のセンパイ!」


 そう言った若菜は、真っ赤な顔をしていた。

 同じ緒方中で、同じ吹奏楽部の男子は…


 俺か村山だ。


 まさか俺じゃないだろうから、村山か?一応念の為に…


「一応聞くけど、俺じゃないよね」


「う、うん…。ゴメンね、センパイ…」


 若菜は申し訳無さそうに言うので、逆に俺の方こそ言わなきゃ良かった、と思ってしまった。


「いやいや、ええんよそんなの。そしたら、1年生男子には緒方の奴はおらんけぇ、残るは村山になるけど、村山で当たっとる?」


「…正解」


「村山かぁ…」


 俺はその答えを聞いた瞬間、複雑な思いを抱いた。

 去年はまさに中学からの親友同士として、神戸から受けた傷を励ましてくれたりして、隠し事など何もなく、俺が伊野沙織にフラレた話も隠さずに話してきた。


 だがどうも俺と村山の間に溝がある?と思い出したのは、村山が船木さん(筆者注・上井が中学時代に吹奏楽部の部長をしていた時、副部長だった女子)と別れていたことを、俺に隠していたことだ。


 その後も今までなら当たり前のように話してきた事柄とかを、周りから教えられて初めて知るということが増えた。


 村山の動きもだが、俺の動きも同じになった。村山に相談することがガクンと減った。


 生徒会役員になれと言われた時の悩み、百人一首に出ろと言われて迷っていたことは、事前に村山には話さなかったな…。


 部長交代の時も、お互いに部長選挙に立候補したが、それは選挙本番で初めて知ったほどだ。まさか村山が立候補するとは思わなかった。最近の村山との関係で一番特徴的だったのは、これだった。


 勿論、互いに今、どんな女子が好きかなんて、知らない。


 逆に俺は高校では、山中や野口に、これまでなら村山に話したような悩み、心配事、あるいはどうでもいい話をしてきている。


 そして村山とは同じ方面からの通学だが、最近は登下校時にも、一緒になることは殆どなかった。


(完全に親友じゃなくなってるな、単なる知り合いレベルに落ちてるよ…)


 そしてまた、若菜から聞かされた話。


 村山との距離が更に広がる気がした。


「センパイ?…落ち込んじゃった?アタシがセンパイのことを好きって言わなくて…」


 考え込む俺の顔を見て、若菜はてっきり、俺のことを好きと言わなかったから落ち込んでいる、と思ったようだ。


「あ、ああ、ゴメンね。大丈夫。だって俺も若菜は可愛い後輩だけど、もし若菜からの好き好きビームを浴びてたら、いくら鈍感でも俺だって今日、気が付くよ」


「フフッ、センパイらしい言葉…。ありがとう、センパイ」


 若菜を見たら、ホッとした表情だった。また、俺が心底心配していた、ビキニパンツの食い込みも、多分どこかで気付いたのだろう、直っていたので、それもホッとした。


「まあ俺のことはええんじゃけど、村山を好きになったのは、途中入部した後?」


「う、うん。途中から入部したけぇね、アタシ最初は、上井センパイと一緒に帰って、色々教えてもらおうって思いよったんよ」


「わ、そうなんじゃ…悪かったね…」


「知ってる人が上井センパイと神戸センパイ、トロンボーンの高橋さんしかおらんくて。でも上井センパイは部長さんしとって、生徒会役員もしとってじゃけぇ、アタシが途中入部した文化祭直前って、メッチャ忙しかったでしょ?」


「まあね…。プラスしてクラスの出し物もあったし」


「そうなんじゃ…。高校の文化祭って、1年生の時は暇じゃけど、2年生になったら忙しゅうなるんじゃね」


「そうじゃね。まあクラスがどんなクラスか?にもよるんじゃけどね。イベントに熱心なクラスかどうか、とか」


「そうなんじゃあ…。あっそうそう、それでね、部活の帰り道に知った顔の人と帰りたいなと思っとったんじゃけど、上井センパイは忙しすぎ、高橋さんとは実はあまり話したことがなくて…。で、神戸センパイは大村センパイとアツアツなのを見て、これは当てにならんと思ったけぇ、1人で帰っとったら、偶々声掛けてくれたのが村山センパイだったんよ」


「そっかぁ…。それで色々話したりする中で、村山のことを好きになったんじゃね」


「途中経過を省略すると、そうなるね〜。村山センパイとは何度か一緒に帰ったけぇ…。背が高くてカッコいいじゃん?モテる外見だよね、村山センパイは。話もそこそこ面白かったし」


「うーん、でも告白まで踏み切るなんて、勇気がいったじゃろ?」


「アタシはその辺りは意外とアッサリしとるんよ。ちょっと女というより、男っぽいのかも」


「そうなん?中学の時、若菜とも色んな話はしたけどさ、恋愛について話したことなかったけぇ、知らなくてさ」


「そうだよね。センパイは中学の時は…神戸センパイ一筋じゃったもんね」


「はい、若菜さん、そこで俺の暗い過去を掘り返さない!」


「ハハッ、いいじゃない、今はアタシと2人なんじゃもん。でね、好きな男の子…今回は年上だったけど、好きだと確信したらすぐ告白するのがアタシだから、ある時帰りが一緒になった時に、村山センパイ、好きになりました、付き合って下さいって告白したんだよ」


「行動力が凄いよ、若菜。村山は戸惑っとったじゃろ?」


「そうね、まさかまだ入部してそんなに時間が経ってないのに、アタシからそんな言葉が出てくるとは思ってなかったみたいじゃけど…ね…」


「ん?含みのある言い方じゃね」


「すぐ、フラレたの」


「へっ?すぐに?1日考えさせてくれとかもなく?」


 俺的にはかなりビックリの展開だが、それほど顔色も変えずに淡々と話す若菜を見ると、不思議な気がした。


「うん、早かったよ〜。アタシも行動は早い方じゃけど、村山センパイの返事の速さにはビックリしたわ」


「俺もビックリだよ。アイツ、そんなイベントが発生したら、すごい悩んだり考え込んだりするタイプじゃけぇね。そんなすぐ返事するってことは、現在進行形で誰か付き合っとる女子でもおるんかなぁ…」


「付き合ってる女の子は、いないって言ってたよ。だからアタシ、告白したんだもん」


「そっか。そうなるよね。でも余計に謎が深まるなぁ…。若菜は村山に、あのさ、その、ふ、フラレた後…」


「センパイ、優しいね。フラレたって言葉を、アタシに気を使って話してくれてるのが分かるよ」


「いや…。俺も失恋のプロじゃけぇ、言葉には気を付けたいと思ってさ。で、村山はなんて言って若菜の告白を断ったん?もし答えるのが嫌なら、言わんでもええよ」


 俺は村山らしからぬ、女子の告白をその場で断るという行為が不思議でならなかった。どんな理由で断ったんだろうか?


「別に好きな女の子がおるんじゃって」


「ホンマに?」


 初耳だった。合宿中にも聞いたことのないネタだった。ほかの男子、女子からも聞いたことがなかった。


 もっとも今の単なる知り合い程度な関係性になってしまった状態の村山から、俺に対して偶然性でもあれば別だが、わざわざ

「好きな女の子がおる」

 と言っておくためだけに話し掛けてくるとも思えなかったが。


 それより村山が船木さんと別れてから、新たに好きになった女の子は誰なんだろう?

 後で今日来ている男子に探りを入れてみるか…。誰か情報を持ってるかもしれない。特に全方位外交の山中辺り、どうだろうか?


「でも若菜さ、合宿の最終日、村山のお母さんが運転する車で帰ったじゃろ」


「センパイ、ようそんなこと覚えとるね!」


「大竹方面の女子がみんな固まっとったけぇ、村山め、ハーレムやな、とか思ったからかも」


「ハハハッ!確かに。でもアタシ、さっき言った通りで、いつまでもダメだった恋を引き摺る性格じゃないけぇ、車?ラッキー!って便乗しただけよ。逆に村山センパイは気を使ってたけど」


「若菜にそう言われると、いまだに神戸さんとまともに話せない俺は、欠陥人間に思えるよ」


「ううん、アタシが女なのに、恋愛面では女らしくないのかもしれないし。上井センパイは、神戸センパイにフラレた後の出来事が二重、三重に酷いじゃん。引き摺っちゃうのも仕方ないよ」


「そう?慰めてくれる?」


「うん。アタシはやっぱり…上井センパイが一番親しみやすいし。同じ中学ってのもあるけどね」


「そうやね。同じコンクールに2回出とるしね」


「竹吉先生の指揮でね」


「そうそう。竹吉先生は俺の恩人じゃけぇ、足を向けて眠れんのよ」


「へぇ。吹奏楽部に引っ張ってくれたから?」


「勿論、それが一番だね。でも他にも1年と3年の時は担任してくれたし、神戸さんと別れた…いや、フラれた時も励ましてくれたし」


「えーっ、先生はセンパイと神戸センパイが別れたの、知っとったん?」


「そりゃ担任じゃもん。フラれた後、俺はクラスの中では死んだようになっちゃって、反面あの人はイキイキしとるし、そんなのはすぐ気付くよ」


「もう、先生ったらその情報を吹奏楽部の後輩達に教えてくれれば…」


「去年、横田さんにも言われたよ。俺がフラれたのが3学期の1月末じゃったんよ。その情報を吹奏楽部の後輩がすぐキャッチしていたら、俺はもう少し卒業までの日々を楽しく過ごせたはずだって」


「ハハッ、ミキちゃんらしい~」


 流れるプールで流れに身を任せて色々なことを若菜と話していたが、例によって2時間ごとの休憩の案内放送が入った。

 昼ご飯の時、午後3時の休憩案内が入ったら、プールは終わりにしようと決めていたので、若菜のビキニ姿も見納めになる。


「…プールの時間、これで終わりだね、センパイ」


「そうだね。昼の時の約束じゃけぇ」


 若菜は少し寂しそうな表情をしていた。


「どしたん、もう終わりなのが寂しい?」


「…うん。寂しい。まだ帰りたくない」


 不覚にも若菜のそのセリフを聞いて、動揺してしまった俺がいた。


「…ま、まぁ、俺も寂しいよ?もう終わりか、ってね。でもとりあえず、みんなの集合場所に行こうよ。まだチケットは、次の休憩時間まで有効じゃけぇ…。残りたい者と帰りたい者って、聞いてみてもいいかもよ」


「ホント?アタシ、残りたいな」


「じゃ、集合場所で話し合いだ。行こう、若菜」


「うんっ!」


 俺は若菜の手を引いてプールから上がり、昼ご飯を食べた時の場所へと向かった。


(若菜はどんな気持ちで寂しいなんて言ったんじゃろうか…)


<次回へ続く>

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