第73話 ーお盆休みその5・集団プール(揺れる上井)ー

「センパイ、これがアタシの作ったお弁当だよ。好きなオカズとか、入ってるかな?」


 昼前になり、事前に山中が決めていた集合時間になったので、俺と若菜もプールから上がり、集合場所へ行った。


 先に来ていたのはやはりリーダー的な山中カップルだった。

 その集合場所にシートを敷いて、各カップルの女子が作った弁当を食べるというのが、昼のイベントになる。


「若菜ちゃん、張り切ったね!結構大きくない?」


 太田が、若菜が持ち出した弁当箱を見て、そう言った。


「アハッ、実はお姉ちゃんに手伝ってもらったんです。お姉ちゃんは彼氏がいるから、男の人には沢山食べてもらえばいいんだって言うんで、こんなに大きくなっちゃって」


「ウワイモよ、お前が今日一番の幸せ者じゃないんか?」


 山中がそう茶化すように言ってきたが、案外そうかもしれない。

 彼女代理の若菜の水着はビキニだし、しかも若菜はあっけらかんとしているから、結構平気で抱き着いてきたり、オンブをせがんだりする。

 その都度、若菜の胸が俺の体のアチコチに接触するのだが、俺が怯んでいると、気にしてたらダメです!逆にアタシが気になっちゃうから!と説教されてしまった。


「後は、大上と大村か。やっぱりみんな揃ってから食べた方がええかな。時間は少し過ぎとるけど」


「そうしようよ?せっかくみんなで来たんだもん。丁度今いる女子はビキニの2人っていう、男子2人には最高のシチュエーションじゃけどね」


「じゃ、もう少し俺とウワイモはお預け、と」


「アハハッ!」


 突然若菜が笑い出したので、俺や山中、太田はビックリした。


「どしたん、若菜ちゃん?山中君が可笑しいことでも言った?」


 太田が聞いてくれたが、若菜の答えは…


「なんで上井センパイは、ウワイモって呼ばれてるんですか?我慢してたけど、可笑しくて可笑しくて!」


 だった。

 山中を見ると少し照れながら、


「あの、若菜さん?ウワイモって呼んどるんは、俺だけなんよ」


「た、確かに。他にそう呼んでる人は見たことないけど…ププッ」


「うーんとね、俺が去年吹奏楽部に入った時に、初めて上井に話し掛ける時に、ちょっとふざけてウワイモって呼んだんよ。そしたら上井が、イモは余計じゃ、って返すのが定番になって、それ以来つい俺は上井のことをウワイモって呼ぶんよ。なあ、ウワイモ」


「ほいじゃけぇ、イモは余計じゃって言いよるじゃろ」


 このやり取りで、若菜もだが、太田まで笑いだした。


「あのさ、合宿最後のお昼ご飯前の、上井君と山中君の掛け合い!あれ、最高じゃったよね!」


 太田がその時を思い出して、更に笑い続けた。

 先生まで笑いを堪えながら、早く漫才を止めてメシにしろと言った時だ。


「アレは台本があるの?」


「あるわけないじゃろ!アドリブだよ、アドリブ」


 太田と山中の掛け合いも見ていて楽しかった。


 そうして喋っている内に、大村と神戸、最後に大上と広田が戻ってきた。


「なんか楽しそうに話しよるじゃん」


 大村が聞いてきた。


「いや、イモをどうして育てるかについて…」


「山中よ、イモは違うじゃろっつーの」


「結局、上井君が弄られてたのね。部長、ファイトだよ!」


 スカイブルーのワンピース水着の広田からガッツポーズで声援を受けてしまった。


「あ、ありがとう、広田さん、ハハハ…」


「じゃあみんな揃ったし、昼ご飯にしようや」


 山中はこんな時のリードが上手いよな…。だからホントは山中に部長になってほしかったんだよな、俺は。


「じゃあ各彼女さんは、お弁当を彼氏に披露してくださーい」


 これは太田が言った。太田が言うと、嫌味がない。これも人徳なんだろうな…。


「上井センパイ、目の前で待たせちゃいましたね。いよいよ、蓋を開けます!ジャーン」


 若菜が、お姉さんと共に作ってくれたという弁当を、広げてくれた。


「おぉ…」


 流石、男心を把握したお姉さんとの共作弁当だ。俺の好物ばかり詰まっている。

 ハンバーグ、ポテトサラダ、タコさんウインナー、鶏肉の唐揚げ、ご飯もわかめご飯と、残すはずがないメニューだった。


「これはいくらになる?」


「えーっと、750円になります!」


「いや、1000円って言われても、払っちゃうよ!」


「センパイ、ホンマに?嬉しいなぁ」


「これ、全部食べてもええの?」


「ちょっと多くない?」


「ま、まあ、確かにね。少し多いかな?」


「実はね、アタシとセンパイの、2人分…というか、1.5人分なの」


「ということは?」


「恋人ごっこしようよぉ、センパイ💖」


 若菜が年下とは思えない女のフェロモンで、俺を攻めてくる…。


「えっ、アーンして、とか?そんなことしてもええん?」


「うん!アタシもセンパイに、アーンしてあげる」


「なあ、若菜?」


「ん?なに?」


「若菜さ、絶対に彼氏がおるか、あるいはおったことがあるじゃろ?」


「また言ってる。アタシは彼氏はおらんし、今までもおったことはないよ」


「でも、こんなに俺の心を響かせるなんて、男心を分かってるからとしか思えないけどなぁ」


「お姉ちゃんに色々聞いたからかも」


「お姉ちゃん、かぁ」


「お姉ちゃんが、男子はこういうことすると喜ぶよ〜って教えてくれたの。アーンも、その一つだよ?センパイ、嬉しい?それとも嬉しくない?」


「う、嬉しいに決まっとるじゃん!」


 思わず声が大きくなってしまった。他の3組のカップルが、なんや?とばかりに俺の方を見たのが、恥ずかしかった。


「んもう、センパイったら声が突然大きくなるんじゃけぇ…。でもそんな所が、センパイらしいかもね!じゃ、センパイ、お口開けて…。はい、アーン」


 俺は恥ずかしくて周りを見れなかったが、口を開けた。

 若菜はタコさんウインナーをポイッと俺の口の中に入れてくれた。


「どう?センパイ」


「う、美味い…」


「わ、良かった!じゃ、ご飯も食べてね」


 若菜は箸でワカメご飯を摘むと、俺の口へと再び運んでくれた。


「はい、センパイ。ワカメご飯だよ」


「美味いね、ご飯も!絶妙な塩加減でどんどん食べられるよ」


「またぁ、中学でも高校でも部長をやると、お世辞が上手くなるね!センパイが部長の他に、生徒会役員までやっとったんは驚いたけどさ」


 俺はあまりの弁当の美味さに、若菜のアーンを待ってられなくて、自分から弁当箱に箸を突っ込んで食べ始めていた。


「モグ……へーとかいやくいん?」


「センパイ、頼むから、飲み込んでから喋ってよ。笑っちゃうよ」


 若菜は笑いを堪えながら、自分でも弁当のオカズを食べ始めていた。

 その口を押さえながら話す姿に、突然俺は、キュンとしてしまった。


(おい、自分!若菜は今日だけ…仕方なく俺の相手をしてくれてるんだ…勘違いすんな!)


 俺は若本が、今一番の恋愛恐怖症克服候補なんだ。それを若菜だ、前田先輩だと、余所見してたらダメだ。元々モテない男なんだから、勘違いするな…。


「生徒会役員は、担任の先生の呼び出しを受けて、撃破されたんよ」


「へぇ。立候補じゃなくて?」


「うん。高校だと生徒会役員になりたがる生徒って、少ないみたいだよ。緒方中の生徒会は、本当に選挙しとったけどさ。ここは信任投票でオシマイだよ」


「ふーん、そうなんだ…。それでも、役員なんだもん、威張っていいじゃん、センパイ!」


「うーん、あんまり、生徒会役員としての存在感って、出したくないんよね…」


 俺は去年生徒会役員になった時と、春先に吹奏楽部部長になった時の、1つ上の先輩からの陰口が心の奥底で澱んで溜まっていた。

 解決したとはいえ、言われた方は決して言われた事を忘れられない。


「どうして?生徒会役員も、吹奏楽部部長も頑張るセンパイは、カッコいいと思うよ?」


「そっか、若菜は文化祭前に入部したから…」


「えっ?センパイの生徒会役員の件と、アタシの入部時期に、何か関係あるの?」


「んー、まあちょっとね。春先に先輩方と少しトラブってね。でも若菜が入ってきた頃は、もう解決済みじゃったけぇ、なーんも気にせんでええよ」


「な、なんか気になるぅ…」


「ほらほら、気にしとったら、弁当全部食べちゃうよ!」


「あ、アタシの分が無くなる〜」


 若菜は慌てて弁当箱のオカズを箸で確保していた。

 その瞬間、前屈みになった若菜の胸の谷間が、俺の目に飛び込んできた。


(えっ!若菜の胸って、いつの間にこんなに大きくなったんだ?)


 午前中に何度か泳ぎながら若菜の胸に触れ、その都度触れてはならないモノに触れてしまったと直ぐに俺の体を離しては、若菜にセンパイ、意識しすぎ!と怒られたが、目の前に現れた胸の谷間を直視したら、逆に凝視してしまった。


「…ん?上井センパイ…。今、どこ見てま・し・た・か?」


「はぅっ…。いや、いい天気じゃねぇ、アハハ…」


 ヤバい、バレてる!


「天気で誤魔化す人は、真実を隠してるって言いますね、昔から。センパイ、素直になりましょ?」


「うぅ…。さっきプールの中じゃ、気にしないって言ってたじゃん」


「プールで泳いでる時と、プールから上がってる時は、ベ・つ!センパイのエッチ〜」


 その若菜の言葉だけが、何故か同時に弁当を食べていた他の3組の部内カップルに届いたのか…


「上井君、若菜ちゃんのどこ見てたん?」


「ウワイモ、お前もやっぱり男やのう」


「上井、気持ちは分かる、気持ちは。でも実行するな」


「上井君、そんな一面があったの?えー、宮田さんにも言っとこうかなぁ」


 立て続けに口撃を喰らってしまった。


「そんな、突然俺を一斉に攻めなくてもえぇじゃん!何かタイミングを見計らって、若菜が俺にエッチとかスケベとか言ったら、口撃してやろうって決めとったん?」


 俺は反撃になってるのかどうか分からない反論で立ち向かったが、ムキになっているのは俺だけで、張本人の若菜自身、笑いを必死に噛み殺して耐えていた。


「あ、あれ?何か、ホントに俺だけからかわれてる感じが…」


「上井君にバレちゃったよ、若菜ちゃん」


 広田が最初に言った。


「早かったですね~。でもセンパイ方、顔が笑いを堪えてるもん、バレちゃいますよ」


「そういう若菜ちゃんも、笑いを堪えてるのがよく分かったよ。肩が動いてたもん」


 太田が言った。


「なんとなく、どっかで俺を貶めようってプランがあったんかなと思い始めとるけどさ、実際どうなん?」


「勿論そうよ。上井君は残念ながら彼女がおらんけぇ、昼休みとか、もし若菜ちゃんと上手く喋れんかったら、何かアシストしようや、って山中君が言い出してね」


 太田が代表して答えていた。


「若菜はこの話、聞いとったん?」


「うん!」


 若菜は弁当を食べながら、さっき胸元を俺に見られたことなどすっかり忘れて、元気に答えた。無邪気だなぁ…。


「山中はなんて言ったんよ?」


「俺か?」


「太田さんは、山中が何か提案したけぇ、俺が何かキラーワードを言ったら、みんなして俺を口撃することにしとった、って言ってくれたけど」


「まあ大したことじゃないよ。ウワイモが若菜さんの水着絡みのネタを喋ったり、チョット女子的にエッチなネタを喋ったら、口撃することにしただけじゃけぇ」


「それのどこが大したことじゃないんよ!大したことじゃ、ったく…」


 一方、この輪に入りそびれてしまった大村と神戸も、俺はちょっと気になっていた。


 元々大村は群れるよりも単独行動が好きな方だが、今はどう思いながら、神戸作の弁当を食べているのだろうか。


 …神戸作の弁当を、きっと大村は毎日食べているのだろうが、俺は中3のカップル時代にそんな経験はなかったから、大村が羨ましく見えた。


 そんな気持ちがすぐ俺の表情に出るのだろう。若菜が少し心配そうに俺を見つめていた。


<次回へ続く>

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