第71話 ーお盆休みその3・集団プール③若菜とデートー

「しかし若菜!ビキニは驚いたなぁ!水着姿なんて見たことないけど。精々、中学の時の体操服しか見とらんけぇ、普段とは全然違って見えるよ」


「でしょ?まさかアタシがビキニなんて着てくるとは思わなかったでしょ?」


「これまで、友達や…もし彼氏がいたことがあれば、その時もこのビキニ着て泳ぎに行っとるん?」


「実はビキニって、今日が初めてなのよ。あ、あとアタシ、彼氏はいないので」


 若菜は少し照れながら言った。


「えーっ?じゃあ友達とかと泳ぎに行く時は…」


「ワンピースタイプしか着たことないんだよ」


「じゃあ今日って、わざわざ新しいビキニを買いに行ったの?」


「えへへ、そうなんだよ、センパイ!太田センパイからプール行かない?って合宿中に誘われて、良いですよ〜って答えたんじゃけど、最初は、木管の女子みんなで行くんかな?って思いよったんよ」


「へぇ。それが実は、因縁のある俺の相手として…って分かったのはいつなん?」


「んーとね、あ、合宿の最後のお昼ご飯の時に、山中センパイから聞いたの」


「あーっ、俺を音楽室に呼びに来て、驚かした時じゃね?」


「そうそう」


「もしかしたら、それでわざわざビキニを買ったとか?」


「うん。昨日買いに行ったんよ、お姉ちゃんと。ウブでオクテな上井センパイを驚かそうと思って…エヘヘ」


「うん、確かに驚いた!知り合いの女の子でビキニ着とる子なんかおらんし。その前に女の子と泳ぎには行っとらんけど」


「アハハッ、なんです、その3段落ち!」


「でも…やっぱり似合うもんじゃね。お店の人にも、ビキニとワンピースじゃったら、ビキニの方がええですよとか、勧められたんじゃないん?」


「もしかしてセンパイ、アタシとお姉ちゃんの買い物の後を付けてた?今センパイが言った通りだよ」


 そう言うと若菜は、少しビキニのズレを直すようにしながら、改めて胸を張ってビキニを俺に見せ付けるように、体勢を少し動かした。


「じゃけぇ、ちょっと恥ずかしかったけど、勇気を出したんよ〜。良かった、センパイに気に入ってもらえて」


「じゃあ今回、太田さんから泳ぎに誘われたのは、新しい水着を買ういいキッカケになったんかな?」


「ほうじゃね!これがアタシの最初の予想、木管の女子で泳ぎに行こうって話じゃったら、前から持っとるワンピース水着で済ませて、ビキニは買わんかったと思う…」


「なんか、俺のために買ってくれたみたいで、彼氏でもないのに嬉しいよ」


「ウフフッ。センパイを彼氏にしちゃったら、恨まれるから…。ミキちゃんとケイコちゃんに」


「またJRで会ったら、上井はちゃんと覚えとるよって、横田さんと森本さんに言っといてよ」


「また会えたらね。でももしかしたら、コンクールで会えるかもよ?センパイ」


「コンクール?出るんじゃね!2人とも?」


「出ますよ~。ミキちゃんの三洋女子は初めて出るらしいけぇ、B部門じゃって言いよったけど、ケイコちゃんの日出山女子は毎年A部門に出てて、しかも結構いい成績らしいよ」


「うわ、ライバルじゃんか。負けたらカッコ悪い〜」


「今も2人がセンパイのことを好きかどうかは、アタシも敢えて聞いとらんけど、もし可能なら、直接話せたら…ええね、センパイ!」


 早くも俺は、コンクールの日程が気になりだした。

 西廿日高校はA部門6番目だが、日出山女子は何番目なのか、B部門は同じ日にあるのか…。


「貴重な話を聞けて、助かるよ。やっぱり同じ中学だと、共通する話もあるけぇ、嬉しいよね」


「ですね!アタシ、もっと緒方の同期が入ってると思ってたのに、トロンボーンの高橋さんだけじゃけぇ、ビックリしたんよ…」


「ん?ということは、緒方中の吹奏楽部出身者は、他にもこの高校に入っとるってこと?」


「そう。ユーフォの新村くんとか、サックスの永田くんとか」


「永田?アイツ、西廿日に入っとるん?緒方で一番可愛がった後輩なんに…」


 若菜から聞いたこの話は、ちょっと俺には残念な話だった。


「でも知ってます?永田くん、横田のミキちゃん一筋じゃったの」


「へ?そうなんや?」


「そうなの。じゃけぇ、ミキちゃんがここを受けるけぇ、永田くんも西高受けたんじゃけど、肝心のミキちゃんが落ちちゃったけぇ、ショックで吹奏楽は止めたという話みたいよ」


「そっかぁ…。あのさ、横田さんは俺のことを好きっていうの、結構有名じゃった?」


「えっ?センパイがまだ中学生の時?」


「うん、おる時も、卒業した後も含めて」


「うーん…。同期の女子の間では、有名だった、かな?」


「そうなんや。もしかしたら永田がその話を聞いて、俺が卒業するのを待ってから、横田さんにアプローチとかしとったんかな、なんて思ってさ」


「それはどうじゃろ?だって去年の体育祭に、ミキちゃんがケイコちゃんとやって来て、センパイに合格したら告白しますって、宣戦布告したんでしょ?」


「そんな戦争みたいな言い方じゃなかったけど…」


「じゃけぇ、永田くんの動きは知らんけど、ミキちゃんは多分、卒業しても上井センパイのことをずっと好きだった、ハズ…」


 色々な情報が一気に入ってきた気がした。

 恋愛模様は横に置いといて、永田と新村が西高に入ったのに、吹奏楽部には寄り付かないのは残念だった。


 特に新村には、手薄なユーフォを助けてほしいもんだ。

 なんとかならんかな…。スカウトしに行こうかな…。


「センパイ、緒方中情報を沢山仕入れたでしょ?」


「ホンマやね。知らんかった話が山のように…。もしかしたら、俺に色々教えたいって話もあって、今回のプールへの参加を、快く引き受けてくれたん?」


「いや?教えたいというよりは、むしろ、面白そう…って思ったかな。センパイ方の部活以外での一面が見れそうだとか、普段からイチャイチャしとる副部長夫妻は別にして、大上センパイや山中センパイって、太田センパイ、広田センパイと付き合っとったのを初めて知ったけぇ、彼女を目の前にしてどれだけデレデレになるのか興味がありました〜アハハッ」


 若菜は楽しそうに話してくれる。


「あと、上井センパイとは行きも帰りも同じ方向なのに、何故か一緒にならんし。だから同じ母校の後輩として、情報を少しだけ教えましたけど、逆にもう少しセンパイのことを色々知りたいってのもあります〜」


 今は2人して、プールの縁に座って、足だけ水に浸けてパチャパチャやりながら話していた。


「そっか、何でも前向きに考えてくれてありがとうね。もし若菜が断ったら、俺の相手がおらんようになるところだし」


「そんなぁ。万一アタシが断っても、他にも上井センパイとならプールに行ってもええよ、っていうセンパイやアタシの同期とか、おると思うけどな」


「そんなの、おらんって。誰か思い付く?」


「センパイ方なら、よく上井センパイと話してる野口センパイでしょ?あとアタシの同期で若本さんも上井センパイと仲良しだし。神田のメグ、赤城ちゃんも面白がりそう!」


 合宿で夜中に覗き魔として査問を受けたメンバーじゃないか。まあその3人は仲が良いのだろう。


「まあそう言ってもらえるだけ、喜ばなきゃね。なんとなく合宿のパンツ覗き魔事件を思い出すけど」


「キャハハッ!早くも懐かしーっ。センパイがアタシ達のシャワーを覗いたんでしたっけ?」


「覗いてないってば。だから、神田じゃったっけ?アタシの穿いてるパンツの色を言ってみろとか言って、自爆覚悟で俺を誘導尋問したのは」


「そうだ、メグだ。アレはアタシも真似できんわぁ」


「あの時、適当に白とか言って逃げようとしたんよ。でも億万が一当たっとってさ、神田が白いパンツ穿いてたら、ホンマに覗き魔にされてしまう!って思い直して、見とらんから知らん!って言い通したんよ」


「なるほど…。まあアタシも悪ノリしてましたけど、完全に他の2人の世界だったので。アタシは主犯じゃなくて、共犯ってことでよろしくです」


「それも怪しいけどなぁ…」


「あーっ、後輩がちゃんと無罪を主張しとるのに、センパイは否定するんじゃぁ…。じゃあ、センパイには…」


 バシャーン!


 いきなり水が顔に掛けられた。


「わっ!な、何するんよ、若菜!」


「だってセンパイが可愛い後輩の訴えを疑うんじゃもーん」


 そう言うとニコニコしながら、もう1回水を掛けてきた。


「じゃあ…お返しじゃ!」


 俺も若菜に向かって水を掛けた。


「キャッ!やっぱりセンパイの方が手が大きいから、掛かる水も多い〜」


 そう言ってしばらく戯言を言いながら、水を掛け合った。


(ありがとう、若菜。気が晴れるよ)


「わーん、もうアタシの負けですぅ。センパイと水掛け合っても、勝てないもん」


 ちょっと拗ねた若菜が可愛い。


「ふう、じゃあそろそろ、流れるプールで流れようか?」


「そうですね!じゃ、浮輪を…」


 若菜はちゃんと浮輪を持ってきてくれていた。だが、まだ空気が入っていないので、ペチャンコのままだった。

 当然のように若菜は、俺の方を見る。浮き輪とともに…。


「センパイ…」


「みなまで言うなって。俺が膨らませればええんじゃろ?」


「話が早い!流石部長!流石緒方中OB!」


「若菜ってノセるのが上手いよな~」


 俺は浮輪の空気穴の閉じてあるボタンを開け、思い切り息を吸い込んでから、自分のバリトンサックスで鍛えた筈の肺活量を信じて、全力で息を吹き込んだ。


「センパイ、頑張って!」


 若菜が応援してくれている。ここは先輩としての意地で頑張らねば…。


 …はぁ、1回分でたったこれだけしか膨らまないのか?


「センパイ、まだ時間はたっぷりあるけぇ、慌てんとゆっくりでええよ」


 若菜の優しさが妙に突き刺さる。

 バリサクから離れて一ヶ月以上経つと、こんなに肺活量って落ちるのか?

 もう一回…いや、あと何回だ?頑張らねば…。


「……わ、若菜、浮輪、膨らんだよ…」


「わ~い、ありがと、センパイ!」


「…バリサクの現場から離れると、こんなに肺活量って、落ちるんやね、たった一ヶ月で…ハァ…」


 俺は全力で浮輪を膨らませ続けた代わりに、その場でダウンした。


「疲れた〜」


「センパイ、今からが楽しい本番なのに~。ポカリでも飲む?」


「…飲む」


「はい、どーぞ」


「ありがとう」


 ポカリってこんなに美味い飲み物だったのか、俺は一気に体内に流し込んだ。


「あー、美味かった。ゴメン、半分以上飲んじゃった」


「いいよ、センパイ。フフフ」


「…な、なに?怪しげなフフフって?」


「センパイ、アタシと間接キスしちゃいましたね」


「間接キス?…えーっ!若菜が飲みかけだった、ポカリなん?」


 俺は疲れていたことも忘れ、驚きのあまりポカリの入っていた水筒の口を、海パンで拭いた。


「悪い!知らんかったとはいえ思い切り口付けて飲んでしもうた」


「だからって、センパイの海パンで拭かなくてもええのに。直接のキスじゃないもん、こんなの気にしてたら、何も出来ないよ?セーンパイ?」


 若菜も若本のような小悪魔に見えてきた…。ワ行の苗字の女性には気を付けろ、なのかな。


「じゃあセンパイ、流れましょ?センパイが膨らませてくれた浮き輪で」


「そ、そうしようか…。もう罠はないよな?」


「なんです、罠って?もうセンパイったらやっぱりウブなんじゃけぇ…。間接キスくらいで、そんなに日焼けしたような顔にならないの!」


「いや、だって…」


「はい、行くよ!センパイ!」


 俺は若菜に強引に流れるプールへと連れて行かれた。


 人の流れを読んで、ちょっと空いてる所で2人同時に飛び込んだ。


「わー、やっぱり気持ちいい!」


「そうじゃね、センパイ🎵」


 若菜も楽しそうだ。一つの浮輪に俺と若菜の2人で掴まり、プールに入る日が来るなんて、予想だにしなかった。


「ねぇ、センパイ?」


「ん?」


「さっき、アタシとの間接キスで照れとったけど、神戸センパイとお付き合いしよる時、直接は無理にしても、間接キスくらいはしたんじゃないん?コンクールとかさ、吹奏楽まつりとかさ、遠征したじゃない?その時とか、一つの缶ジュースを2人で…とか」


 若菜が浮輪に掴まりながら、聞いてきた。


「ないよ」


 あっさりと俺は答えた。


「そんなぁ。アタシが必死に質問したのに、あっさり三文字で回答が終わるのぉ?」


「だって、無いものは無いんじゃけぇ、しょうがないじゃろ?」


「上井センパイと神戸センパイって、ホントに付き合ってたの?噂だけとか?」


「最近、自分でも怪しいと思っとる。夢でも見とったんじゃないか、ってね」


「でもアタシ、夏休みにはセンパイが神戸センパイと2人で帰るのを見たし、寒い頃…二学期の終わり頃かなぁ、朝方、センパイと神戸センパイが2人で楽しそうに会話しながら登校しとるのを、背後から見届けたし…」


「なんだ、ちゃんと見とるじゃん、数少ない俺と神戸さんの付き合っとる場面を」


「そうなの。アタシ、見てるの。でも、今の神戸センパイを見てると、とても中学の時みたく、楽しくクラを吹いてないような気がして。大村センパイっていう彼氏が出来ても、動揺せずに構えてる上井センパイも凄いけど」


「動揺はしたってば!去年の今頃とか、俺の心は冬の日本海じゃったんよ、マジで」


「そうなんです?アタシ、上井センパイと再会するまで、1年以上のブランクがあったけぇ、その間の上井センパイと神戸センパイの心理的駆け引きとか、分からなくて」


「まあそこら辺は少しずつ…」


 と、ゆっくり流れている俺と若菜の横を、早目に流れて通過していったのが、丁度大村と神戸だった。

 大村もすっかり機嫌よく楽しそうだったのでホッとしたが…。


「うーん、一度神戸センパイとジックリ話してみたいな」


 若菜は俺に聞かせようという感じではなく、呟くように言った。

 女同士、男の俺には分からない何かが、あるのかもしれないな…。


<次回へ続く>

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