束の間のお盆休暇にて
第69話 ーお盆休みその1・集団プール①上井のパートナーは…ー
吹奏楽部の夏合宿が終わってから2日後の8月14日、俺はいつ以来になるだろうかという、レジャープール用の準備をして、家を出た。
母が聞いてくる。
「純一、今日は昨日の電話の女の子と、まさかプールなの?」
「えーっとね、昨日の電話は、別の予定の電話。今からのプールは、前から決まってた予定」
「まあ、アンタも休みなのに忙しいねぇ」
「誘ってもらえるだけ、喜ばなくちゃ。行って来る」
朝9時に広電宮島口駅集合だったが、他のメンバーはカップルばかり、俺は誰か相方になる女の子を用意してあると山中は言っていたが、誰なんだ?という思いもあって、俺は早目に家を出たのだった。
またその方が、神戸千賀子と同じJRの列車になる確率も低いだろうし。
今となっては、神戸と同じ列車になっても特に気にはしないのだが、その場合は大村が必ず宮島口駅で待ち構えているのと、車内で出会った場合はまだ会話に困るのとで、出来れば避けたい気持ちが強かった。
幸い宮島口までのJRでは一緒にならず、俺は1人でJRの宮島口駅から広電の宮島口駅へと移動した。
結構早く来たので、まだ誰も来ていないだろうと思ったら、広田がもう来ていた。
「あれ?おはよ、広田さん。早いね」
「あー、上井君!おはよー!無事に来てくれたんじゃね」
広田の私服姿は初めて見た。爽やかなブラウスにフワッとしたスカートという、なかなかお似合いの服装だった。
「うん、山中が何故か熱烈に誘ってくれるけぇ、断れんしさ。でも広田さんも早いね!」
「うん。アタシが言い出したようなもんじゃけぇ、早目に来とかんにゃいけんかな?と思うてね」
「そうなん?広田さんが発案者なん?」
「んー、なんとなく。太田ちゃんと合宿の休憩時間に話しよってさ、お盆休みにプールに行きたいねーってなって、最初はアタシと大上君、太田ちゃんと山中君の4人のダブルデートってとこから始まったんよ」
「ふーん。そこへよく副部長夫妻にも声を掛けたね」
「なんとなくね。大村君は合宿で上井君をサポートしたりして、なんか前とは違うって思ったのと、神戸さんは何となく同期の女子で浮いとるけぇ、親睦深めたいって思ったのと…」
「神戸さん、やっぱり同期女子の中で、浮き気味なん?」
「うーん、やっぱりね、いつも大村君が横におるじゃろ?じゃけぇ、話しにくいってのが大きいかな。話したら普通に喋れるんじゃけどさ。じゃけぇ、もう少し絆を深めたい、ってのもあるんよ」
そんな話をしていたら、広田の彼氏、大上が登場した。
「よぉ、上井。早いのぉ」
「お疲れ、大上。アレだよ、ワクワクして早起きして早く来ちゃって、ってやつ」
「子どもか!」
「子どもで悪いか!」
「まぁまぁ、2人とも…」
大上とは口調は乱暴だが、いつもこんな感じでフレンドリーに話している。広田も知っているので、ニコニコしていたし、雰囲気は悪くなかった。
「みんな早ーい!フミ、おはよー。大上君も、あ!上井君、来てくれたんじゃね、良かった」
次の登場は太田だった。
「太田さん、結構早く家を出たんじゃないん?五日市でも山の方じゃ、って聞いたけぇ」
「バスなら早くしないとダメじゃけど、今日はお母さんが送ってくれたんよ。上井君も早いね」
「そうなんだ?優しいお母さんじゃね。その途中で山中を拾えば良かったんに…。あ、自分が早いのは、山中に騙されてないかの確認もあって…って、ギブ、ギブアップ!」
突然背後からスリーパーホールドを仕掛けられ、ギブアップするしかなかったが、その相手は山中だった。
「よぉ、ウワイモ、おはよー」
「イモは余計じゃっつーのに。スリーパーなんか仕掛けんなや!」
「いや、もしまだ寝とっちゃいけんけぇ、起こそうかと」
「同期と立ったまま話しながら、どうすりゃ寝れるんよ」
俺と山中のやり取りを見て、女子2人は笑っていた。また始まったね〜みたいな感じだ。
「あとは…副部長夫妻か?」
大上が確認するように言った。
「大上君、もう一人おるよ。上井君のためのスペシャルゲスト」
広田が絶妙な合いの手を入れる。なるほど、付き合ってると、こんな感じで絶妙なやり取りが出来るんだなぁ。
「あ、そうじゃったの〜」
「そうそう、俺、それが気になってて。まさかドタキャンとか、ない…よね?一体誰が来るのか知らんけどさぁ」
吹奏楽部の関係者で考えると、野口かな?と思った。太田が同じクラリネットで誘いやすいという点があるし。
あるいは広田経由で宮田というのもあるかと考えたりもした。
だが一昨日の閉会式での様子を見ていると、宮田からは全くそんな気配は感じなかった。
大穴で伊野沙織?いや、伊野沙織は例え太田が、あるいは神戸が誘っても、固辞するだろう…。
「おはよう!皆さん、お揃いで」
大村と神戸が揃って現れた。
時間的に、俺が乗ったJRの列車より、2本後の列車で、神戸はやって来たようだ。
「お疲れさーん。今日は楽しくやろうや」
と山中が言い、
「大村君、今日は神戸ちゃんを独り占めしちゃダメよ。みんなで楽しむんじゃけぇね!」
と太田が言った。流石の大村も
「ははぁ…。仰る通りで」
と答えたので、その答え方が可笑しく、笑いが生まれた。
俺はチラッと横目で神戸を見たが、神戸も同じタイミングで俺を見た。
要は、一瞬目が合ったのだ。
その瞬間、互いにハッ!となったが、俺はそのまま下を向き、神戸は斜め上を見て、目線を外した。
(意識してる…?俺のことを…)
確かに合宿で少し神戸との距離は縮まったが、まだ普通の会話が出来るほどじゃない。
でも俺のことを部活外の今見たということは、今日何処かで会話してみたいということだろうか。それともそんなことは考えすぎで、単なる偶然だろうか…。
あるいは俺が来ることを知らされてなかったとか?それなら俺を気にするのも分かるが…。
「あとは、上井君への特別ゲストが来れば揃うね!」
太田が言った。俺はその言葉で我に返ったが、やはり誰が呼ばれているのか全然分からないのが、もどかしかった。
「ところで誰が来るん?俺のパートナー役っていう、面倒なボランティアを引き受けてくれた女の子って」
「まあまあ、ウワイモは面識がある女子じゃけぇ、安心しとけって」
山中はそう言うが…
「面識…って、よく話したりしとる女子か、顔を知ってるだけか、色々あるけど」
「上井君、どんな女の子がペアになるか、実は興味津々なんじゃろー」
太田が突っ込んできた。確かにその通りだが…。
「まあ、嫌でももうすぐ分かるけぇ、焦らんと待っときんさいや」
因みに副部長夫妻は、俺の相手になる女の子が誰かは知らないみたいだ。この話の間も、所在なさげにしていた。俺が来ること自体、予期してなかったという可能性が、まだ否定出来ない。
「あ、来たかも」
ずっとJRの宮島口駅方向を見ていた大上が、そう言った。
「ホンマ?あ、ホンマじゃ。上井君、お待たせ〜。待ち人来る、だよ」
広田がその方向を向いて、大きく手を振った。
「待ってたよ〜」
「すいませ~ん、目の前で列車が行っちゃって、一本乗り遅れちゃいました」
というやや大きな、遅れたことに対するお詫びが聞こえたが、その声は俺が想像していた何人かの女の子の声ではなかった。
(列車?ということはJRか…。廿日市や五日市なら広電じゃろうし。大竹方面?この声?あっ!)
「上井センパイ!今日はアタシが彼女代理を務めますよ〜。よろしくお願いしますね」
「若菜だったん?」
「そう!アタシ、黙っててねって言われて、センパイに言えないのがこんな苦しいとは思わんかったよ」
上井の目の前に現れたのは、若菜美穂、緒方中時代の1年後輩で、今年吹奏楽部に文化祭の直前に入部してきた女子だった。
「でも、よく引き受けたね、俺の相手だなんていうボランティアを」
「なーに言ってるんですか。アタシは森本ちゃんと横田のミキちゃんの思いを背負ってますから、3人分の後輩女子の相手をするくらいの気持ちで、今日は過ごして下さいよ」
若菜独特の話し方が、何だか心地好かった。
想像していた女子ではなかったが、若菜なら嬉しい誤算といえる。
「でも若菜、どんな繋がりで今日誘われたん?」
「今日ですか?あの、一昨日の昼間に山中センパイに拉致されまして」
「拉致とか言うなー」
思わず山中が抵抗した。
「じゃあ訂正。連れて行かれまして、食堂教室で最後のお昼ご飯のシチューを増量してくれる約束で、手を打ちました」
「どこまでが本当なんだよ…」
「ウワイモ、何となく分かってこないか?閉会式の前の昼食の時、なかなかお前が音楽室から来んかったじゃろ?じゃけぇ、シークレットゲストの交渉ついでに、音楽室におるお前を、若菜さんに呼びに行ってもらったんよ」
「ははぁ…なるほど」
「アタシあの時、何故か上井センパイのこれまでのこととか、えらく突っ込んで質問したの、覚えてるでしょ?」
「あ、そう言えば確かに…」
「あの時、アタシは山中センパイと契約を結んで、後に太田センパイ、広田センパイ、大上センパイにもこっそり伝えておいたんです」
「けっ、契約って…」
「アハハッ、若菜ちゃんって、面白いね!流石、上井君の中学時代を知る後輩ちゃんだわ」
太田が一番この状況を楽しんでいるようだ。
一方、完全にトリプルデートだと思っていた大村は、やはり機嫌が良くなさそうだった。
「チカちゃん、上井が来るとか、上井のパートナーとして若菜さんが来るとか、知っとった?」
「えっ…」
神戸はどう答えれば一番波風が立たないか、必死に考えていた。
「アタシ、山中君から誘われた時、サプライズがあるかも、とは言われてたの。もしかしたら、上井君、そして若菜さんがサプライズなのかな…」
「サプライズかぁ。それなら俺もなんとなく言われてたような気がする…。でも上井かぁ…」
「なに言ってるの?上井君がこの場にいるのが、そんなに嫌なの?」
「いや、そんなことはないよ。驚いただけで…」
神戸はちょっと安心した。
「だけどね、アタシも上井君がサプライズとは思わなかったし、若菜ちゃんもサプライズだとは知らなかったのよ」
「そうなん?同じ中学校なのに?」
「だってアタシ、まだ上井君と気軽に会話が出来るわけじゃないもん。若菜ちゃんだって、今まで黙ってるのは辛かったって言ってるじゃない?あんまり上井君がどうだとか気にせずに、みんなで楽しく遊ぼうよ」
「まあ、そうじゃね…」
大村が落ち着いたところで、山中がみんなに声を掛けた。
「じゃ、そろそろ行こうや。行き先は予想通り、ナタリーってことで」
「やっぱりな。でも無難じゃ。早う行こうや、同じ目的と思われる方が増えてきとるし」
俺が周りを見渡した限りでは、明らかに隣駅まで行こうとしているプールの準備をした家族連れやカップルが増えてきていた。
「うん、早く行こう?更衣室が無くなっちゃうし」
広田が同意し、8人の集団は動き出した。
切符を買う列に並ぶところから、徐々にカップル毎に別れていく。
「上井センパイ、今日はアタシが彼女代理だから、遠慮なく甘えちゃうよ?覚悟してね?」
若菜はそう言って、俺の横に並んで、俺を見上げた。
(若菜の顔って、改めてジックリと見ると、可愛いな…)
中学時代も、若菜とこんなに近く接近したことはなく、強いて言えば文化祭後の引退アーチで声を掛けたのが唯一の接近だった。
「なんだい、まずは田尻までの切符代か?」
「ううん、そんなケチじゃないもん、アタシ。甘えるっていうのは、こういうこと」
若菜は手を繋いできた。
「えっ…。そんな、いいんか?手なんか繋いで」
「今日は甘えるって宣言したでしょ?これくらいで驚くから、センパイはオクテって言われちゃうんだよ」
「そ、そうかもしれんけど…」
なんとなく山中達や大上達が、俺と若菜の組み合わせは上手くいっているのか、チラチラと気にして見ているのが分かる。
そんな彼らは、既に手を繋いだり腕を組んだり、いかにもカップルらしい光景を見せていた。勿論、副部長夫妻もだが。
部活中には見れない光景だけに、カルチャーショックを受けつつも、若菜がパートナーを引き受けてくれた以上、俺だって楽しい1日を過ごしたい。
「若菜!」
「えっ?は、はいっ?」
「今日は、楽しむよ!」
「お、おぉ〜」
これから始まる珍道中、どう展開していくのだろうか。
<次回へ続く>
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