第68話 ー神戸視点・合宿最終日その4(閉会式、そして)ー

 3泊4日の合宿も、最初は長いな…と思ってたけど、もう閉会式を迎えちゃった。


 食堂に使った3年1組や、男子と女子それぞれの寝室を片付けて、布団を運び出すように上井君はお昼ご飯の最後に指示していた。

 その後、音楽室に集まるように、とのことだったけど、出来れば2時頃には閉会式を始めたいとのことだ。


 アタシも布団と荷物を片付けながら、やっぱり今年で最後かもしれない合宿が終わることに、一抹の寂しさを覚えていた。


「女子って荷物が多いけぇ、男子より不利よね、絶対に」


 太田さんがそう言いながら片付けていた。


「太田さん、そんなに沢山、荷物を持ってきたの?」


「う、うん…。アタシ、髪が長いけぇ、まとめたりする道具一式が必要なんよね。それと、計算上はあと1週間は大丈夫なんじゃけど、月イチのアレとかも、万一に備えんといけんし」


「そっかぁ。確かにね」


 そう言えば山中君から誘われた明後日の海かプールへのカップル3組でのレクリエーション、女子が万一お月様に当たったらどうするんだろ?

 アタシは合宿前に終わったから大丈夫だけど、太田さんや広田さんは、どんなもんかな?

 …って、アタシが心配してもどうしょうもないけど。


 そうこう言いながら、何とか片付けて、寝室だった教室も元通りにして、音楽室へ向かった。

 音楽室はやっぱり男子の方が早く到着していた。


「ね、男子の方が早いじゃろ?神様って不公平よね」


 太田さん、どうしたんだろ?山中君と喧嘩でもしたのかな。

 と思ったら、山中君がアタシに話し掛けてきた。


「神戸さん、明後日の朝、大村と忘れずに来てね」


「あっ、うん。ちゃんと覚えとるよ。広電の宮島口駅前に9時だったよね」


「場所とか希望はある?」


「そうね〜。海もいいけど、プールの方が砂とか日焼けの心配が少なくて済むかな?」


「オッケー。大体女子の意見は似た感じやね。あと、当日サプライズがあるけぇ、ビックリせんとってね」


 それどけ言うと、山中君はトロンボーン付近の自席に戻っていった。


 そうそう、閉会式は譜面台だけ片付けて、合奏スタイルで行うことになっているの。

 去年は合奏スタイルも崩して、音楽室を元通りにして閉会式…って、ちょっと面倒くさかったんだけど、これももしかしたらちょっとした上井君の改善点なのかな。

 最後で疲れてるのに、更に音楽室で合奏体系を崩して、机と椅子を並べるのは、もう疲れもピークなのに正直面倒で嫌だったのを覚えてるから。


「えっと、皆さん全員お集まりでしょうか?パートリーダーさん、みんな来てますかね?」


 上井君がそう声を発した。そろそろ閉会式の始まりかな?


「では閉会式を始めます。まず、先生からの総評をお願いします」


 福崎先生が指揮者台に立たれて、話し始めた。

 でも先生も満足した合宿だったみたい。話にユーモアが散りばめられているし。


 先生が話し終えた後、上井君が部長として真面目に話しを始めたんだけど、すぐ上井君らしい、去年とは違うことをやり始めた。


 部員に目を閉じさせて、下を向かせて、アンケートを取るんだって。


 3問出して、該当する設問に手を挙げるんだけど、この合宿はどうだったか?って簡単なアンケートだった。


 結果は上井君らしくちょっとビックリさせつつの、ほぼ全員が楽しかった、って答え。


 驚かせないでよね、もう…。


 でも合宿を通して、アタシが上井君を見る目は変わった。

 それまでも凄い頑張ってるとは思ってたけど、去年の合宿の改善点を洗い出して、少しでも良いものにしようとしたり、みんなの前では道化役に徹したり。

 そんな無理を重ねるから、最終日に爆発して、行方不明になったりしたのかな。


 …ってことを本人に言ってあげたいけど、無理だから…


 最後に意見のある方、いますか?って上井君が問い掛けたら、去年は誰も何も言わなかったのに、今年は3年生の田中先輩が挙手して、発言した。


 あまりこういう場で喋らない先輩だから、ちょっと驚いたけど、合宿は楽しかった、コンクールに出るけど合宿は出ないと言ってた3年生を羨ましがらせる、みたいなことを言って、拍手喝采を浴びていた。


 上井君も嬉しそうだ。

 他に意見のある方…って上井君が問い掛けたら、なんと大村君が手を挙げて前に出ていった。えっ、珍しいわ…


「えー、場違いな副部長です」


 そう言って少し笑いを取ると、続けて話した。


「さて、実はですね、俺は合宿が始まるまで、不安だったんです。上井が合宿を去年より良いものにしたいと思って動いてるのは分かってたんですけど、どの辺りを改善したのかとか…。恥ずかしながら役員の間で共有出来てなかったんです。まあその原因は、知る人は知っている…かもですが」


 音楽室内は静まり返って、みんな大村君に視線を集中させていた。


(そんな…役員間の不仲みたいな言い方して、大丈夫なの?)


「そんな役員間の足並みの乱れをバラしてしまうのは恥ずかしいことですけど、でもやっぱり部長は上井で良かった、合宿の閉会式を迎えて俺はそう感じました。役員間の横の連携についても、上井が身動き取りにくいんなら、俺がその役を引き受けようと思い、合宿中に役員5人で集まる機会を強引に作らせてもらったりもしました」


 アタシは固唾を飲んで大村君の発言に耳を傾けた。


「その時の会合でも思いましたが、役員5人はみんなそれぞれ個性があって、得意な分野があるんです。リーダーシップと司会進行、喋り。これは上井には誰も敵いません。なっ、上井?」


「えっ?そっ、そうかな?ハハハッ…」


 突然話を振られて、上井君は慌てて答えてた。


「じゃあ、俺は何が得意なんだというと、俺が一番役員5人の中で身動きを取りやすい立ち位置なんです。なので俺は、目立つ部分は上井に任せて、上井が出来なかったり、苦手だったりする部分をサポートしていこうと思いました。それを改めて自覚したのが、合宿の成果…かな?」


 ほぉーっ、という声が上がった。


「古くからの俺と上井の関係を知ってる方は驚かれるかもしれませんね。でも俺も吹奏楽部の一員として、上井をサポートして、上井が目指す楽しい部活作りに微力ながら貢献したいと思いますので、みんな、コンクール、頑張りましょう!」


 上井君が一番に拍手して、みんなも一斉に続いた。大村君も恥ずかしそうに自分の席へと戻って行った。


「はい、副部長からの決意表明でした!いや、ありがたいもんです、仲間って。どうしましょう、役員順に何か言っておく?村山は何かある?」


 あ、上井君、やり過ぎだって…。村山君はこういう突然の指名に弱いんじゃけぇ。


「なっ?なんだ?お、俺に突然振るなって。アドリブはお前と違って苦手なんじゃけぇ」


 案の定、村山君は慌てていた。なんで突然指名したんだろ?まさか村山君の後に、アタシやサオちゃんまで指名したりしないよね?


「じゃあ、俺から一言。村山くん、フルーツバスケットで参加者の恋人の有無を聞かないように!」


 音楽室は爆笑に包まれていた。

 あ、もしかしたら…村山君は昨夜のフルーツバスケットで鬼になった時、恋人がいる人!って変な質問をして、音楽室の空気を変な空気にしたんだった。

 それを踏まえて、ワザと上井君は村山君が変な視線のままで終わらないよう、敢えて笑わせる展開を作ったのかな。


 他に少し上井君が喋ってから、


「では、これで昭和62年度吹奏楽部夏季合宿を終了いたします。今、一番暑い時間帯ですが、家に着くまで、事故、怪我のないように気を付けて下さい。お疲れ様でした!」


 と、閉会の宣言をした。


 同期の男子や、上井君を慕ってる1年生が、上井君の元へお疲れ様でしたと、声を掛けに言ってる。

 大村君もだった。

 上井君は一通りありがとう、って返してから、音楽準備室に入っていった。先生に挨拶するのかな?


「チカちゃん、帰りは大竹方面でまとまるとか、何か決まっとる?」


 大村君が聞いてきた。決まってる訳ないじゃん、大村君がいる限り。誰も遠慮して誘わないわよ、アタシなんて。


「ううん」


「じゃ、宮島口まで行こうや」


「そうね」


 アタシは少し名残惜しかったけど、大村君と一緒に帰ることにした。


 山中君だけ、明後日よろしくね、と声を掛けてくれて、大村君もOKと応えていた。


「でも大村君、よく海かプールのトリプルデートなんか、一緒に行くことに決めたね」


「ああ、まあ他のメンバーが、山中と大上っていう、もう安心なカップルじゃけぇね」


「そういう理由なのね」


「彼女がいない男子がメンバーにいたら、断ってたよ、多分。チカちゃんに近付かれたら嫌じゃけぇね」


 アタシはその言葉を聞いて、ふと山中君が言ってたサプライズが気になった。

 もしかしたらサプライズって、上井君のことじゃないかな?

 だとしたら彼女がいない男子がメンバーにいることになっちゃうけど、大村君は大丈夫だろうか?


 宮島口へ向かって2人で歩きながら、ちょっと心配になった。


「ところでチカちゃん、合宿での俺の仕事、どうだった?」


「え…。うん、上井君の手の届かない所をサポートしてて、副部長として頑張ってたと思うよ。昨日のレクとか、役員会議とか」


「じゃあさ、そのご褒美に…」


「キスなら、ダメ」


「また?」


「だって、ここは通学路じゃもん。こんな所でするもんじゃないわ」


「…あーあ、いつ俺はキス出来るんだろう。上井に先を越されたりして」


「なんで上井君が出てくるのよ」


「うーん、俺らの同期男子で、一番恋愛から離れてるから…」


「なんか…大村君からそんな言葉、聞きたくなかったな。上井君に失礼じゃない?」


「そ、そうやね…。ちょっと言い過ぎた」


 なんだろう、この苛々感。

 合宿の閉会式では、結構いい事言ってたのに。上井君といい感じで部長、副部長のコンビになってきたと思ってたけど、内心、上井君のことをそんな風に見てるの?

 アタシと2人になって、他の人の目がない時は、結構裏の面を見せるようになってきたなぁ…。

 去年はアタシを繋ぎ止めるためにか、そんなことは言わなかったけど。


「ねえ、大村君?」


「え?」


「アタシのこと、好き?」


「あっ、当たり前じゃん!じゃけぇ、チカちゃんとの時間を最優先にしとるじゃろ?そういうチカちゃんは、俺のこと、好き?」


「う、うん…。好きよ」


「良かった。合宿の帰りじゃろ、チカちゃんと険悪なムードでは帰りとうないけぇさ」


 じゃ、他の人…上井君とか…を貶すような話はしないでほしいな。


「チカちゃんもC班のリーダー、お疲れ様」


「う、うん、ありがと。でも大半は大上君に頼っちゃったけどね」


「それは上井が割り振ったんじゃけぇ、そんなに気にせんでもええんじゃないん?」


「そうね。大村君のB班は、他の2年生って誰がいた?」


「えーっと、広田さんと末田さんか。他は1年生だった。チカちゃんの後輩の高橋さんもおったよ」


「アタシの、って言うよりも、緒方中の後輩ね。高橋さんはトロンボーンじゃけぇ、あまりアタシとは話したことはないんよ。まあ上井君は部長じゃったけぇ、高橋さんとも普通に話せるけどね」


「…なんかチカちゃんの視界には、常に上井がおるんじゃね」


 大村君がまたなんとなく不快な感じで話し始めた。


「そんなこと、ないってば。話の流れでそうなっただけじゃん」


 でも大村君の指摘に、ちょっとドキッとしたのも事実…。

 確かにこの合宿では、上井君のことをよく考えてたし。アタシと付き合ってた時に、今回の合宿くらい、グイグイと引っ張ってくれる頼もしい存在だったら、もしかしたら…。


 だけどまさか上井君がアタシを奪い返すとでも思ってるの?大村君ってば。

 それとも、結局アタシには直接は言わなかったけど、今朝の上井君の行方不明騒ぎで、ちょっと上井君に苛々してるの?


 アタシとの復縁なんて、上井君は考えてもないと思うけど、大村君の猜疑心、嫉妬心って、多分平均よりも強い。


 だからアタシが仮に村山君と話してたとしても、ちょっと長いと途端に不機嫌になる。


 吹奏楽部の同期生、幼馴染と話しててもそんな感じだから、大村君の知らない、アタシのクラスメイトの男子と喋ってたりして、それを目撃された後は、本当に面倒なんだよね。

 最近、そんな束縛が強いことに、ちょっと嫌になることが多い。

 1年以上付き合ってると、相手の嫌な面も見えてくるのは仕方ないのかな。

 大村君だって、アタシの嫌な部分とか見えてて、それでも何も言わないのかもしれないし。


「じゃ、チカちゃん、また明後日ね」


 気付いたら宮島口駅に着いていた。

 何だか後味が悪い合宿の最後になったな…。

 お互いの疲れもあるんだと思うけど。

 特に大村君は、結局黙ってたけど、今朝上井君が行方不明って聞いて、早朝から校内を探し回ってたから、というのもあるかもしれないし。


「うん、明後日、9時にね」


 そのまま大村君は自転車で、サーッと帰っていった。

 いつもならアタシの電車が来るまでいるのに。

 やっぱり疲れてるんだな…。


 …上井君を待ってみようかな。きっとまだアタシ達よりも後だよね?高校を出たのは。


 でも会えたとしても会話がぎこちなくなるし、まだちゃんと仲直りしたわけじゃないから、止めとこう。アタシが付けた上井君の傷が、治ったと思えるまでは…。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る