第67話 ー神戸視点・合宿最終日その3(最後になるのかな)ー

 合宿最後の合奏も終わった。


 合奏は本番を意識して、何分で通せるか、に挑んだけど、風紋では指が攣りそうになるほどだった。

 それでもコンクール規程の12分には、課題曲、自由曲は収まらなかった。


 だから何処かをカットしなきゃいけないんだけど、課題曲をカットするわけにはいかないから、自由曲の何処かをカットしないといけない。


 中間部は各楽器がそれぞれ目立つフレーズがあるから、何処をカットされるか、みんな怖いだろうな…。


 でも先生は、出来には満足されたみたいで、機嫌よく合奏を終えて、上井君に後を託してた。


「あっ、はい。えーと、ではこの後の説明ですが、まずE班の皆さん。楽器を先に片付けて、昼食の準備をお願いします。そしてE班以外の皆さんも、片付けるのが大変なパート、楽器は、早目に片付けに入っても大丈夫です。例えば打楽器とか、打楽器とか、打楽器とかね」


 自由曲のカット問題で、ちょっと雰囲気が重くなってたから、それを察知して上井君はちょっとユーモアを交えて、これからの説明をしてた。こういうセンスは、流石だなって思う。

 すかさずトランペットの1年の赤城さんが、センパイ、打楽器しか言わんし〜って言って膨れっ面してたけど、それもいいスパイスになって、音楽室を和やかにしていた。


 アタシはもう少し練習しようかなと思ったけど、もうみんなお昼ご飯モードになってて、練習してる部員はいなかった。

 でも上井君は、だからといってもう少し練習しろとかは言わなかった。


「チカはまだ片付けないの?」


 マミがクラリネットを片付けながら、そう声を掛けてきた。


「うーん、上井君の真意は、E班のメンバーと、片付けが大変な楽器は、片付けに入っても良い、だと思ったから、もう少し吹こうかと思ったんじゃけど…。もうそんな雰囲気じゃないみたいだね」


「まあ、上井君自身が、片付けが大変な打楽器じゃもんね。その上井君が片付けに入ってるのを見たら、みんなも片付けに入っちゃうよ。合宿最後の合奏だったし」


「本当は上井君も、もう少し練習してほしい…って言いたいんじゃないかな…」


「そうよね…。でも、上井君は雰囲気を重視する性格じゃん?じゃけぇ、片付けが簡単な楽器はもう少し練習しろ!って、言いたくても言わないと思うな」


 マミはそう言って、自分のクラリネットを片付け始めた。

 アタシも諦めたような気持ちで、クラリネットを片付け始めた。


 E班のサオちゃんや山中君、太田さんは、早く片付けて、次々と食事の準備に行ってる。

 あれ?

 1年の若菜ちゃんは、E班だったっけ?

 山中君に連れられて、昼食準備に向かってる。

 若菜ちゃんは確かアタシのC班の筈なんだけど…。

 フルートの誰かの代わりなのかな?

 ホワイトボードで確認しようにも、既に班分けは昨日のレクリエーションでホワイトボードを多用したので、消えてしまってるし。


「チカちゃん、早目に行こうや」


 大村君が声を掛けてきた。

 マミを見ると、クラリネットを丁寧に片付けている途中だった。


(そう言えばマミって、大村君とは話そうとしないよね…。上井君寄りの立場だからなのかな)


「あっ、うん。もう少しで片付くから」


「分かった。廊下で待っとるよ」


 大村君は廊下へと出ていった。


 アタシはふと感じた疑問を、マミにぶつけてみた。


「ね、マミ…」


「えっ?なに?」


「マミは、大村君のこと、嫌い?」


「な、何よ突然」


「あのさ、よく考えたら、アタシとマミが話してる時とか、結構大村君はズケズケとアタシに話し掛けて来るけど、そういう時とかマミは途端に口を閉じちゃうよね。嫌いなのかなって思って…」


「…うーん…。アタシ、吹奏楽部に入って、最初に仲良くなったのはチカだよね。で、男子で初めて色々話せるようになったのは、上井君なんだよね」


「そうだったね」


「キッカケはアタシの妙なお願いを聞いてくれそうな男子は、上井君しかいない、そう思ったからなんだけど…。それ以来、上井君とは男女の区別なく話したり相談に乗ったり、乗ってもらったりして」


「うん、うん」


「だからチカとの中学3年生の時のドラマを聞いた時はビックリしたけど、逆にね、だから2人は話さない…目も合わせないのか…ってその時は納得したんだ」


「うっ、うん…」


「アタシはそんな上井君の悩みをずっと聞いてたから、どうしても上井君を応援したくなる。サオちゃんにフラレた時は、アタシの前でだけかな…悔しいって、涙を流してたんだ」


「えっ、そうなの?」


「他にも上井君の過去を聞いた同期がいると思うから、再起を期したのにサオちゃんにフラレたって結果を話して、ついその同期の前で泣いちゃった場合もあるかもだけど。でもね、アタシはその上井君の涙を見た時、なんてピュアな男の子なんだろうって思ったの。いくら友人関係的に何でも話せる間柄になってたとは言っても、アタシも女子だもん。女子の前で涙を流せる男の子って、アタシは…慰めてあげたいし応援したいし、母性本能がくすぐられちゃう」


「…そうだ、ね」


「だからね、アタシは、上井君こそ今では大村君とまあいい関係になってるけど、上井君と大村君のどっちが人間味あるか?って考えたら、上井君、だなぁ」


「…それは、否定出来ない、かな…、アタシでも…」


「でもチカは、大村君と付き合って1年以上経つでしょ?上井君と前みたいに普通に話せるようになりたいのは分かるけど、彼氏としては大村君を選んでるわけで。大村君の何処に彼氏としての魅力を感じてる?」


 マミはどうして急に、即答出来ないような事を聞いてきたんだろう。


「そ、そりゃあ、アタシには優しいし…。スポーツも出来るし、勉強も出来るし、ホルンもあっという間に上手くなったし…。何より、アタシじゃなきゃダメだって何度でもアタックされた告白の言葉…」


「そっか。その辺りが上井君が敵わない部分なんだね。スポーツ…上井君は体育が嫌いだって公言しとるし。勉強はよく分からんけど。中3の時、付き合ったキッカケも、上井君は照れ屋で、大村君みたいに猛烈なアタックはしてこなかったから、チカから上井君に告白の言葉を言わせるように仕向けた…って言ってたよね。でも結局恥ずかしがり屋さんだから、いつもチカからアクションを起こさなきゃ付き合えてる実感がなかったって」


「……」


 当の上井君は、食堂教室に行ったのかと思いきや、音楽室の隅っこで、前田先輩と密談の途中だった。


 …前田先輩、何故か合宿に入ってから上井君と急接近してるんだよね。何かあるのかな…


「まあ、上井君と大村君の比べっ子しても、正しい答えなんかないもんね。今、チカは大村君の恋人なのが、答えだよね」


「う、うん…」


「実は、アタシね、上井君のことを…」


「え?」


「あ、いや、何でもないよ。上井君に彼女が出来たら良いのにね」


 マミはそう言って、片付けたクラリネットを席に置いて、先に立ち上がり、じゃあ先に行ってるねと、食堂教室へ向かった。


 アタシは狐に摘まれたような感じになったけど、先に行った筈のマミが再度顔を出して、


「大村君が待ってるよ!」


 とだけアタシに向かって叫んで、食堂教室へと再び向かった。


(分かってるよ…。マミが話しを大きくしちゃったから、遅くなっちゃったんじゃないの)


 急いで大村君の元に駆け付けたら、ちょっと苛々気味の大村君が待っていた。


「チカちゃん、もうちょい早く来てほしかったな…」


「ご、ごめんね。マミと話してたらつい長くなっちゃって」


「女同士の話って長くなるもんとは聞いとるけど」


「だから、ごめんってば」


「どんな話をしたら、長引くの?」


 大村君は嫉妬深い。それはアタシが他の男子と長く話してたら顕著だけど、まさかマミと話してても嫉妬してるの?


「えっ、そんな大した話じゃないよ。合宿最後だね、とか。来年は合宿に参加するのかな、とか」


 まさか大村君と上井君の比較をしてたなんて、口が裂けても言えない。


「ふーん…」


 なんか疑ってるっぽい。拗れると面倒だから、あまり説明はしない方がいい。それが、アタシが学んだ大村君が不機嫌な時の対処法だった。


「最後のお昼ご飯だね。メニューはなんだろうね」


「うーん、あんまり匂いとかせんけぇ、カレーじゃなさそうやね」


 良かった、なんとか話の方向を変えれたわ。

 大村君の機嫌が悪いと、他の人にも悪影響だから…。

 その点は、上井君の方が大人だわ。どんな時でも人前だと、明るい上井君を演じられるから…。


 途中で、山中君と若菜ちゃんという珍しい組み合わせの2人が、音楽室に向かうのとすれ違った。

 もしかしたらもう準備は出来たのに、まだ上井君が来ないから、呼びに行ったのかな。

 でも前田先輩と何か分かんないけど、重要な話をしてたっぽいから、まだ話の途中かもしれないよ。


「ほぉ、最後の昼飯はシチューなんやね」


 美味しそうなシチューを目の前に、大村君の機嫌が一気に回復した。


 食堂教室はほぼみんな揃ってるし、配膳も完了してるのに、上井君が又もいない。

 やっぱり山中君と若菜ちゃんは、上井君を呼びに行ったんだわ。


 …と思ったら、山中君だけ先に戻ってて若菜ちゃんはまだみたい。

 上井君と久々に、緒方中の話でもしながら向かってるのかな。と考えてたたら、


「さ、センパイ、最後の挨拶を。お昼はシチューだよ」


 若菜ちゃんが上井君を連れてきた声が聞こえた。


「おお、いい匂いがするな~。その前に…山中~」


「おぉ、ウワイモ、元気か?」


「イモは余計じゃっつーの。若菜に何させとるんよ」


「いや、何事も経験を積まないと一流のフルート部員にはなれんよってことで、獅子が子を谷に落とす心境でのぉ」


「何が獅子だよ、俺の鼓膜が破れるかと思ったわ。山中の獅子は、ライオンの方じゃなくて、てんやわんやの方の獅子じゃろ」


「おお、若菜さんナイス!美声をウワイモの耳に響かせたんじゃね」


「渾身のボケをスルーすんなって。美声を通り越して犠牲になったらどうしてくれるんよ」


「大丈夫、鼓膜は再生されるらしいけぇ」


 な、何を漫才始めてるの?

 上井君と山中君が2人で話し始めたら、どこまでが真面目で、何処からが漫才なのか分かんない!


 そんな2人のやり取りを止めたのは、福崎先生だったわ。


「上井、山中、漫才はそろそろ止めて、昼飯にしてくれんか?」


「あ、先生、スイマセン。ただ山中がですね」


「まあまあ、続きは食べてからにしてくれや。まず上井の一言、頼む」


 先生も笑いを堪えているようだったわ。


「えー、では個人的には不本意ですが、最後の昼食を頂きましょう。シチューのお代わり、ある~?」


 シチューの所にいた太田さんが、あるよ~と答えていた。


「お代わりもありますんで、最後のご飯、目一杯食べて下さい!では合掌…。頂きまーす」


 アタシは食事時は、2年の女子の中に固まって、みんなと話しながら食べている。


「ねぇねぇ、今回の合宿、どうだった?」


 誰ともなく話し始めた。


 広田さんは


「…アタシ、みんなに懺悔しとかなきゃいけない事があるの。実は2日目の上井君パンツ事件の犯人、アタシなんよね」


「えーっ?」


 誰も知らなかったようで、一番驚いていたのは末田さんだった。

 マミは若干斜め下目線で、広田さんを見ていた。


「ほら、上井君が合宿の初日に、テンションが変だったじゃん?それを見てた宮田さんが心配して、2日目の朝に、上井君に今日は大丈夫かって聞いたのよ」


 みんな広田さんの告白に聞き入っている。


「大丈夫!って上井君が言ったあと、アタシがつい、心配の種も消えたもんね、って言ったのよ。それで終わってくれればいいのに、宮田さんったら心配の種に食い付いてきて、アタシは余計なこと言った…と思いながら、上井君の方を見たわけ。そしたら上井君は明らかに困惑してて、目でアタシになんとかして、って訴えてるの」


「えっ、ヒロってば、上井君と目と目で会話出来るの?わ、いつの間に…。大上君が嫉妬せん?」


 そう言ったのは太田さん。


「誤解せんとってね。アタシ、上井君と付き合うてはおらんけん。でも打楽器で1ヶ月一緒に過ごすと、やっぱりこれまでは知らなかった上井君の色んな側面が、見えてくるよ」


「ふーん…」


「アタシは上井君の目のSOSを受けて、どんな心配の種だったら、上井君が初日にテンション落とすか、必死に考えたのよ!で、最終的に一度上井君の目を見て、何を言っても許してね、ってOKを取った…つもりで、宮田さんだけに話すけど、上井君は着替えのパンツを忘れたの、って言ったのよ。それを打楽器3人だけの秘密って言ったのに、宮田さんが1年の女子に拡散させちゃったってわけ」


「へぇ~っ!それが、2日目の昼ご飯の時の、上井君の変な挨拶に繋がるんじゃね」


「そう。実際は上井君って汗かきだから、パンツなんか忘れるどころか、必要以上に持ってきてたんだって」


「何それ〜。ウケる~」


 笑い声が上がった。

 2日目の上井君の昼ご飯の時の妙な挨拶の謎が、忘れた頃に解明されたような気がしたわ…。

 そっか、だから広田さんと宮田さんが2日目のお昼ご飯前に、上井君に謝ってたのね。


 でも、パンツがどうのこうのって1年の女子が盛り上がってた話を、絶妙に収束させた上井君は、やっぱりアドリブが利くなぁ。


 この前思い出した、中2の時の体育祭でのリレー実況、あれは上井君の持ってる力をちょっと解放しただけなのかも。


 そろそろお昼ご飯も終わりになりそう。


(もしかしたら、合宿に参加してワイワイ言いながらみんなとご飯を食べるのも、これで最後かもしれない…)


 アタシは来年、3年生になったら春で引退して、大学受験の勉強に専念しなさいと、既に母に言われている。



『進学希望のアナタには、絶対に国公立…しかも出来たら広島大学に行ってほしいの』


『分かってる。久美子と健太がまだこれから…だからでしょ』


『うん、ごめんね。久美子は市内六高《※1》に行こうとしてるし…』


『市内六高って…。お母さんにはもう宣言したの?』


『そうよ。船入か、元町に行きたいんだって』


『頭も良くて、吹奏楽も強い所だね』


『そうみたい。久美子はね、アナタには告げてないけど、勝手に姉をライバル視して、お姉ちゃんを超えることを目標にしてるみたいよ』


『ふーん…』


『だから、アナタも負けられないでしょ?妹に。そのためには、来年の春の定演?入学式?で吹奏楽部を引退して、大学受験の勉強に専念してほしいのよ』


『う、うん…』


『アナタが吹奏楽を、クラリネットを好きなのは分かってるわ。本当は高校最後のコンクールにも出たいとも思ってるはずよね』


『……』


『でもね、一つだけ言わせて。アナタの成績、下がってる一方なんだって?』


『……』


『今の彼、アナタとは合わないんじゃないの?』


『お母さん、それは聞き捨てならないわ。大村君のせいで成績が下がってるっていうの?』


『悪いけど、そう、としか思えないわ。中学の時、上井君と付き合ってた時は、むしろ成績が上がってたじゃない。竹吉先生に二学期末の三者懇談で褒められたの、お母さん、覚えてるわよ。素敵な男子と交流を持たれて成績もうなぎ昇り』


母は一息入れて…


『上井君の成績は知らないけど、アナタは上井君みたいな男の子の方が、相性が良いんじゃないの?』


『な、何よ。大村君とだって、お互いに勉強で分からない所を教え合ったりしてるし…』


『お母さんが言いたいのはそんなことじゃないの。大村君?彼は気分屋さんでしょ。アナタの心を動揺させる時も多いんじゃない?初めて電話を掛けてきた時、アタシが出たのに、いきなり、チカ?って言ってきたのは、なんか…忘れられないわよ』


『何よ、否定的な言葉ばっかり』


『上井君はアタシが出ようが、アナタが出ようが、健太が出ようが、電話での第一声は、こんばんは、上井と申します…だったでしょ?人間性がそういう部分で現れるのよ』


『だからそれは、アタシから大村君に気をつけて、って注意したし』


『とにかく、今のままだとお母さんは、3年生になったら吹奏楽部は引退しなさい、としか言えない。来年もコンクールまで出たいなら、もっと頑張ってほしい、それだけ』


 そんな母とのやり取りを思い出していたら、いつの間にかお昼ご飯は終わっていた。


 マミに


「ね、上井君って、締めの一言って、言った?」


 って聞いたら、


「え?チカ、どうしたの?とっくにご飯では最後の言葉です、って挨拶したよ。聞いてなかったの?」


「う、うん…」


「締めの言葉まで聞き逃すなんて珍しいね。またなんか悩んでたの?」


「いっ、いや、別に…」


 …ホントにこれで合宿は最後の参加になるのかな…


<次回へ続く>


 ※1=この頃、広島市内の公立高校トップクラスの六高を、市内六高と呼んでいました。広島県内は学区制が引かれていて、上井達のいる地区からは、広島市内の高校は原則受験出来ないことになっていましたが、成績が中学校内上位5%内に入っていたら、学区外受験が認められていたのです。それを指して、メチャクチャ頭の良い友達を、六高レベルじゃ!と呼んだりしてました(;´∀`)

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