第64話 ー神戸視点・合宿3日目その3(夕飯、そしてレク)ー

 アタシがリーダーのC班が担当する、3日目の夕ご飯が終わった。

 後はレクリエーションだわ。


 メインメニューはハンバーグっていう、この合宿では初めて出てくるメニューだったけど、夕ご飯は今日が最後だから、業者さんも頑張ってくれたのかしら。


 上井君も昼の合奏後、福崎先生と話してたみたいだから、夕ご飯の準備を見に来てくれたのはいつもより遅かったけど、ちゃんと来てくれた。

 そして大上君とちょっと話した後、今度はアタシの方を見て、ちゃんと目線を合わせて何か言おうとしてくれた。

 アタシも、昼はお話ししてくれてありがとうって言おうかな、と思ったんだけど、タイミングが悪くて次々と部員が入ってきたから、上井君がスッと目線を外して、いつもご飯前とご飯後に一言話す所へと移動しちゃった。

 ちょっと残念だったな…。


 でも何よりマミ…野口さんが、上井君を励ましてくれてるっぽい。

 初日に上井君を傷付けた負い目?とは思わないけど。


 お昼の合奏前に、実はマミについ本音を言ったんだけど、夕ご飯前にマミは上井君を捕まえてたから、もしかしたらその時のことを、マミは上井君に言ってるかもしれない。

 ちょっと恥ずかしいけど、上井君に伝わるんなら、いいや。


 でも夕ご飯前の上井君の一言の時に、大上君とアタシに、お代わり出来る?って聞いてくれたんだ。


 アタシはご飯をよそってたから、あと5人分くらいかな、って答えたんだけど…。

 たったそれだけの事で、胸が熱くなっちゃった。


 夜のレクは7時半からなんだけど、15分前にはみんな集まって、会場設営をして、って話を上井君は、昼の合奏後、そして夕ご飯の後の締めの一言でも言ってくれてた。

 最初アタシがそれくらい言おうか?ってお昼に言ったけど、やっぱりそういう説明とかは上井君じゃないとダメだな、アタシだとアドリブが出来ないし、何か聞かれても答えられないし。


 でも今日一番ビックリしたのは、午後の合奏後、食堂教室に行く時、突然山中君に、お盆休みの真ん中に、同期のカップル3組で海かプールに行こうって誘われたこと。

 大村君には先に話してあったみたいだけど。

 あと2組って、山中君と太田さん、大上君と広田さんの組み合わせだよね?

 そうか、同期って、カップル率が高いんだ…。

 ちょっと水着姿を披露するのは恥ずかしいけど、大村君に聞いたらせっかくのお誘いじゃけぇ、行こうよって言ってたけど。


 だから本当はそのイベントを楽しみにしてれば良いんだけど、なんか引っ掛かる…。なんだろう…。


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


「さて合宿も3日目の夜を迎えましたが、皆さん、疲れてますかーっ?」


 夜のレクリエーションが始まった。

 結局司会進行は殆ど上井君に任せることになって、上井君が困ってるような場面がもしあったら、その時に手伝う、ってことになったけど、上井君の第一声は流石だわ。

 あんなセリフ、アタシや他の役員には出てこないもん。


 その夜のレクリエーションは、初めに椅子取りゲーム、そして休憩を挟んでフルーツバスケットっていう流れに決まったの。


 その流れになったのは、福崎先生が椅子取りゲームのB.G.Mを作って下さったから、っていうのと、先生にもレクリエーションに参加してもらおうって話を、上井君と大村君の間で決めてたみたいだから。

 だとしたら、B.G.Mを作った先生に椅子取りゲームに参加してもらうわけにはいかないし、先生には2つ目のゲームに参加してほしいし、って訳みたい。


 最近は大村君がぐんぐんと部活に…副部長の役割を意識して参加して来てるから、一応彼女としては嬉しい。


 レクリエーションでも、上井君が大変なようなら、その時に手伝おう、それまでは普通にレクに参加しようって、役員4人で意思統一をリードしてくれたし。


 アタシが色々考えてる間に、上井君は絶妙な話術で、音楽室を盛り上げていってた。

 今は椅子取りゲームが始まるための説明をしてるのかな?


「まずは一旦座って下さい。今の段階では、全員座れますね?でーはー、ここから何脚か椅子を抜き取ります~。誰が座っている椅子にしようかな?」


 この言い方、煽り方、本当に上手いな…。


「抜かれたくない人!」


 ほぼ全員が手を挙げてる。アタシも挙げた。


「抜かれたい人!」


 誰も手を挙げない。アタシも挙げなかった。ここから、どう展開させるの?上井君…。


「いや、どうしたって最後は1人しか勝ち残れないゲームなんですが、やっぱり椅子は大事ですよね。っていうわけで、最初に抜き取る椅子は5つ!どの椅子かと言うと、2年男子が座っている椅子を抜き取ります。さ、同期の男子諸君、起立して、潔く椅子を先生に差し出して下さい」


「なんで俺らからなんよ~」


 伊東君が半分笑いながら文句を言いつつ、先生に椅子を託してた。上井君、どう切り返すの?


「えー、2年男子が一番指名しやすかったからです」


 また音楽室内が笑いに包まれた。ホント、上井君にこういう司会進行を任せたら、安心出来るわ。


 そして椅子取りゲームも始まって、アタシも楽しませてもらったけど、2回目で脱落しちゃった。


 でも先生が作ったっていうB.G.Mは、聴いてても楽しかったよ。

 先生ならではの選曲に、先生の遊び心が混ざってたし、後半にはTMネットワークの曲があったし、最後にはプロレス?の曲が入ってた。

 そう言えば上井君、プロレスが好きって言ってたことがあるなぁ…。

 上井君へのサービスなのかな、先生からの。


 結果はサックスの1年生、若本さんが優勝だった。

 対戦相手は同じサックスの3年生、前田先輩。

 アタシの想像だと、前田先輩が若本さんに勝ちを譲ったんじゃないかな。


 先生から1位の賞品、図書券が渡されて、若本さんは感極まってた。その姿を見てか、上井君もウルウルしてるのを、アタシは見逃さなかった。


 …昔から感激屋さんだもんね…


「はい、椅子取りゲームはこれにて終了です。いや、予想以上に盛り上がったんじゃないでしょうか?続けてフルーツバスケットと行きたいところですが、休憩しましょう。今、8時10分を少し回ったところなので、8時20分に始めたいと思います。それまでしばらく休憩~」


 上井君はそう言って、福崎先生のいる音楽準備室へ入っていった。

 もしかしたら今から、フルーツバスケットに出て下さい、って頼むのかもしれないわ。


 と思ってたら大村君が、


「えーっと皆さん、フルーツバスケットはこの後にやりますけど、さっき奪われてピアノの横にある椅子を、もう一度丸く並べなくちゃいけません。フルーツバスケットなので、さっきとは逆に内側に向けて、ですね。ちょっと疲れてて大変かもしれませんが、役員もやりますので、協力してもらえませんか?」


 って声を上げてた。

 何人か外へ行ってた部員もいるけど、音楽室で休んでた部員はそうじゃね、と言いながら、椅子をフルーツバスケット用に並べるのに協力してくれた。

 アタシや村山君、サオちゃんも慌てて参加したわ。


 そこへ先生と上井君が戻ってきた。

 上井君はビックリしたような表情だった。多分、自分で椅子を丸くするように説明するつもりだったんだろうな。

 大村君と上井君の会話が聞こえてきた。


「悪いね、大村。気を遣わせちゃって」


「いやいや、上井は多分、先生と打ち合わせとるんじゃろうと思ったけぇ、先に椅子だけでも丸くしとこうかと思ってさ」


 大村君、この合宿で何か殻を破ったような感じね。


「じゃあ椅子は、38脚並べてよ。それで1名分、足りない状態になるけぇ」


「OK。先生の分も合わせてじゃね」


「そうそう。後は俺が喋って説明するけぇ…」


「頼んだよ」


 大村君がリードして、部員みんなが椅子を内側に向けて丸く並べている時に、上井君は再びマイクを持って、話し始めた。


「皆さん、椅子取りゲームはお疲れさまでした。さぞやお疲れではないかと思いますが、フルーツバスケットのために椅子を並べる皆さんの目の輝き!いや、合奏する時よりも輝いてますよ!」


 上手いなぁ、みんなのテンションを上げる話術。中学の時より、全然違う。もしかしたら上井君、中学の時は、途中入部だから、部長とはいえ喋りとか遠慮してたのかな…。

 後輩には普通に話してたけど。

 だから上井君に憧れてた2年、1年の女の子がいたのに、なかなか信じなかったって聞いたから。

 でももしかしたらそれすら、アタシが付けた傷の影響なのかも、って思ってしまう…。


 そう言えば中2の体育祭の時、まだアタシは上井君とはそんなに話さないし、顔が判る程度だったけど、体育祭の最後の全学年対抗リレーで、野球かプロレスみたいな実況中継のように喋ってる男子がいて、物凄い盛り上がったのを覚えてるの。

 それが実は上井君の喋りって知った時は驚いたわ。放送委員になってたらしくて。


(え、吹奏楽部に途中入部してきた、あの上井君なの?あんな面白い男の子なの?)


 でも吹奏楽部では、体育祭の後もそれまでとそんなに変わらず、淡々と練習してたけどね。


 その直後に、北村先輩とのトラブルがあって、上井君を意識するようになったんだけど…。


「さてフルーツバスケットでは、ゲーム開始前に2つのお知らせがあります。1つは、フルーツバスケットでも、1位の方に先生からの特別賞が当たります。ただ椅子取りゲームと違って、どういう基準で1位を選出するかは、発表されてからのお楽しみ…にしといて下さい」


 これは上井君が独自にどうやって1位を選ぶか決めたんだろうなぁ。フルーツバスケットの1位なんて、決めようがないもんね。昼の会議でもそこまでは話題にならなかったし。


「そしてもう1つですが、なんと福崎先生も参加されます!」


 おおー、ってどよめきが起きた。


「去年までは先生は見守って頂くだけだったんですが、今年は参加して頂いたら面白いんじゃないか?と役員から声が上がりまして、先生に打診してみたところ、快く部員の皆さんと同じ立場での参加を受けていただけました」


 わー、と声が上がり、拍手が起きた。先生は頭をかいて照れていた。


「そのため、さっきの椅子取りゲームよりも1脚多い、38脚の椅子で円を描いてもらった訳ですが、先生にはゲストとして、一番初めの鬼になってもらうことになりました」


 今度は、へぇー、という声が音楽室を包んだ。


「去年は、時間無制限1本勝負で、鬼となった方がもうネタがない…とギブアップするまで続けたんですけど、今年は『8時45分までだよ!何本勝負になるんかいな?』、というタイトルで行います!制限時間は、つまり、8時45分までと言うことです」


 段々と雰囲気が盛り上がってくる手応えを感じる。


「では、先生には円の真ん中に立って頂いて、皆さんは席に座って下さい」


 ここで手が上がった。同期の広田さんだった。珍しいな、広田さんがこんな場で発言を求めるのは。


「上井くーん、ちょっとええ?」


「うん、どうぞ?何かゲームのやり方についての質問?」


「ううん、違うよ。あのね、上井君、ずっと立って司会して喋りっぱなしじゃない。さっきは仕方ないかもしれんけど、フルーツバスケットは、司会だけじゃなくて、一緒にプレイヤーとして参加しなよ」


「えっ?俺が?」


 すると、おお、それはええとか、センパイも是非とか、割と好意的な意見が聞こえたよ。アタシも賛成。


「いや、ええんかいな…」


「センパイ、見てるだけじゃフラストレーション溜まりますよ。やりましょうよ」


 瀬戸君が後押しをしてくれてる。


「あの…。役員会議に諮って、許可を得ないと…」


「何をモタモタ言うとるんじゃ。もう一つ椅子を並べりゃええだけじゃろ。はい、上井も参加!」


 最後は大上君が笑いながら決定打になる一言を放って、拍手まで起きたので、突然の展開だけど上井君も司会兼プレイヤーとしてフルーツバスケットに加わることとなった。


 上井君はとりあえず椅子を一つ手にして、最初にその声を上げてくれた広田さん、そして太田さんの間に場所を確保してた。


 …あれ?今度プールか海に行こうって言う山中君と大上君の彼女に挟まれてるんだ。偶然かな?


 とりあえず上井君もプレイヤーをしながら、マイクで喋ることになったけど、大丈夫かな?


「ではちょっと予定より遅くなりましたが、西高ブラスのフルーツバスケット、始めたいと思います!最初は先生、よろしいですか?お願いします!」


 拍手が沸き起こり、先生は真ん中でちょっと照れながら「いいか?」と確認していた。


「じゃあ俺の1問目は…苗字がア行で始まる部員!」


 ア行…アタシはカ行だから大丈夫。


 あっ、大村君は引っ掛かる…。え?上井君もだ。大上君もだし、伊東君、太田さんも!

 どんな動きをするのか眺めてたら、上井君は太田さんと席を交換してた。


(あ、上手いことやってるなぁ)


 結局最後は1年の赤城さんが残っちゃった。


「えーっ、アタシいきなり鬼?んもーっ!じゃあ…いきますよぉ…。木管楽器の人!」


 えーっ、アタシだわ!

 慌てて空いてる椅子を探したけど、何とか間一髪確保出来た。


 次は1年の出河君で、金管の人って言ってやり返してた。


 そしたら村山君が残って、悩んだ挙げ句恋人がおる人!って言って、みんな「は?」ってなっちゃったよ…。

 村山君はこういうのが苦手なの、変わらないねぇ。

 すかさず上井君がリカバリーに動いて、


「えーっ、只今の村山君の発言について、審議いたしました結果、質問は却下といたします。村山君、新しい問題を考えて下さい。10、9、8、7…」


 と、茶目っ気を含めて場を収めようとしていた。

 こういうアドリブが出来るのが、上井君なんだよね。

 村山君はヤケになって、全員一斉に動くフルーツバスケット!って絶叫してたわ。


 その後も、上井君が鬼になった時は廿日市市に住んでる人とか言ってたし、転校したことがある人、楽器は高校から始めた人、って色んな面白い問題が出て、楽しかったな。


 直ぐに制限時間の8時45分が来ちゃって、最後に鬼になる予定だったのは前田先輩だったけど、その前まででゲームは終わりにします、と上井君は言った。


 気になる1位はどう決めるのかと思ったら、今夜1回も鬼にならなかった人から選ぶんだって。

 なるほどね…。


 あっ、そしたらアタシも鬼にならなかったから、1位の権利があるわ!

 って前に出たら、アタシを含めて9人が、鬼にならなかったみたい。


 上井君はその人数によって、最終1位の決め方を何パターンか考えてたのかな?

 もしかしたら14人って時もあるし。


 その時は9人が3人ずつ輪になって、勝ち抜ける人を決めるジャンケンをして、決勝はまた3人でのジャンケン大会ってことになったの。


 アタシは近くにいた末田さん、1年の瀬戸君と輪になった。


「わー、神戸先輩に末田先輩じゃ、勝っちゃいけないような気になります」


 瀬戸君は真面目だね~。気にしないでいいのに。


 上井君が音頭を取って、3つの輪によるジャンケンが始まったけど…。


 アタシの輪は、末田さんがグーを出して、アタシと瀬戸君がチョキを出したから、あっさり末田さんが決勝に行くことになった。

 ちょっと残念かな…。


「神戸先輩…」


「ん?どしたん、瀬戸君」


「去年もこんなレクリエーションをやったんですか?」


 瀬戸君がそう聞いてきた。


「うん、やったよ。でも去年は1位を決めるとかしなかったし、フルーツバスケットは鬼がネタがなくなるまでやってたから、今年の方がメリハリ付いて面白かったかな」


 別に上井君を贔屓目に見たわけじゃないけど、やっぱり去年よりも今年の方が面白かった。

 そしてフルーツバスケットの1位も、若本さんに決まって、若本さんが2連覇しちゃった。凄い強運かもしれない。

 若本さんは少し泣いてたけど、運も実力の内だし…。


 この後、音楽室を明日の合奏体系にして…って上井君は説明した後、先生のいる準備室に入っていった。


 本当は上井君にお疲れ様を言いたかったけど、タイミングが外れちゃった。


 アタシ達、他の役員4人も一応集まって、大村君の休憩時の対応とか良かった、って言ったりしたけど、最後はやっぱり上井君の司会進行、アドリブの上手さには誰も敵わんね、と言ってレクの総括をして、解散になった。


「最初は長いなと思っとったけど、もう明日で合宿終わるね」


 大村君がそう話し掛けてきた。


「そうね。もしかしたら最後の合宿になるかもしれないしね」


「ん?ということは、チカちゃんは来年のコンクールは出ないつもり?」


「分かんないけどね。今はその方が可能性高いの。ウチの親が…ね」


「そっかぁ…。もう次の進路を考えなくちゃいけなくなってきたのかな…」


「だって2年生になる時に、もう文系と理系に分けられたじゃない?嫌でも進路は気になるわよ」


 そんな話をして、また後でシャワー室で…って約束して大村君とは別れたけど、どんな夜になるのかな…。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る